軍港都市に夕陽が差し込み、休暇の終わりを告げていた。鎮守府を出てからも街を歩き回り、楽しめそうなことは全て楽しんだ。
この世界の楽しみを、たった1日の休暇で思う存分知ったであろう深雪は、艦娘といえど流石に疲れが見え始めていた。
「いやぁ、遊んだ遊んだ。遊んだし食べたし楽しんだ!」
満足げな表情を浮かべて、疲れた身体を癒すように身体を伸ばす。この街で楽しめる大体のことはやったことで、世界のことを充分に知ることが出来ている。
そんな深雪を見て、他の5人も満足げ。神風の目的である『
これを知ることが、確実にモチベーションに繋がるのだ。こんな世界を守りたいという気持ちを育むには充分すぎる成果。他の者達だってまずこの街を守らなくてはという気持ちが強くなるほどだ。
「お土産も買ったしね。睦月ちゃんが間宮羊羹でしょ、子日は軍港饅頭!」
「この辺りで採れる海産物の佃煮も買っちゃいました。ご飯のお供はいいですね」
「あの爺ちゃんと婆ちゃん、すっげぇオマケしてくれたよなー」
買い物をしている時も、住民の笑顔をその目に焼き付けている。そして、その時の言葉も。
「海を守ってくれって、頼まれちまったな」
そう、艦娘であるとわかると、みんな口を揃えて言ってきた。頑張ってくれと、
照れ臭い気分になったものの、強く、それはもう強く、任せてくれと宣言した。満面の笑みと共に。
「当たり前だよな。あんないい人達の平和をぶっ壊されてたまるか」
「ええ、そうね。私達の仕事は直接的では無いかもしれないけれど、平和に繋がってるわ」
「だな。なんかすげぇやる気出てきたぜ」
優しい住民、楽しい仲間、そんな世界に囲まれて、深雪のやる気は今までで最も高まっていた。明日大規模の後始末があると言われても、疲れすら感じずに笑顔でやりきれるのでは無いかと思える程に。
その前にトレーニングも必要だ。身体を鍛え、心を鍛え、まずは一人前になるところから。まだまだ艦娘として前に進めていないと自覚しているため、明日はまず身体を鍛えたいなんて考えていた。
「あら、お帰りなさぁい。楽しんできたみたいねぇ♪」
そんな深雪達を、うみどりの前で伊豆提督が出迎えてくれた。小さく手を振りながら、満面の笑みで。
「ただいま! めっちゃ楽しかったぜ!」
「それは良かったわぁ。ここは人間の楽しいところを詰め合わせたような街だもの。深雪ちゃんにも気に入ってほしいわね」
「気に入ったも何も、またここに来たいって思えるくらいだぜ!」
本心からの言葉だ。守るべきモノの姿を知ることが出来て、またここに来たときは守れていることを実感する。そのためにも、ここには定期的に戻ってきたかった。
そんな深雪の言葉を聞けたことが余程嬉しかったのか、伊豆提督は深雪を抱き締めてしまう。深雪は驚きを隠せなかったものの、全く嫌な気持ちはしなかった。
「もう、嬉しいこと言ってくれちゃって! 勿論また来るわ!」
「お、おう、頼んだ。また来るために、あたしも頑張るから」
そんな2人に、ここにいるみんなが温かい笑みを浮かべた。この絵は、平和の象徴だと思いながら。
食べ歩いてきたこともあり、夕食は程々に。伊豆提督もその辺りは理解しているので、最初から少なめに作っている。その伊豆提督はイリスを連れて外出中。約束通り、夜の間にこの港軍港都市での予定をこなしてくるとのこと。
予定と言ってもそこまで重苦しいことではなく、親友との再会を楽しんでくるそうだ。そこにイリスも加わっているところを見ると、その3人が昔馴染みということになるらしい。
「みんなで休日って感じで、なんかいいな」
今日は結局丸一日を私服で過ごすことになり、夕食の食堂に集まった全員が休暇スタイルである。制服姿の艦娘が1人もいないというのは非常に珍しい光景。
ガッツリ食べることが出来ないものの、少しは食べられる程度には小腹が空いているからか、伊豆提督が用意した夕食をモフモフと食べながら、休日の最後を満喫している深雪。食堂の少し端の方でこの空気感を味わって、明日からの活力をさらに高めていた。
今日一日の出来事を反芻しながらも、もう次のことを考えていた。
より強く、艦娘として一人前になるためには、全体的な成長が必要だ。今のところやったことといえば、海上歩行訓練とスタミナトレーニングだけ。砲撃や雷撃の訓練どころか、筋トレすらもしたことがないのだ。それをする前に初仕事に出ることとなったわけで、まだ艦娘としては半人前と思っている。
「……明日は筋トレでもやってみるか。やること指示されてないし」
ボソリと呟いた瞬間、グルンと音が聞こえる程に勢いよく長門が振り向いた。流石にこの反応をされたら深雪もビクッと震える。食べているモノを噴き出してしまいそうだった。
「筋トレか。それなら私に任せろ」
うみどりのトレーニングルームの設備を整備しているのは長門。趣味と実益を兼ねているようで、暇さえあれば筋トレをしているくらいである。
そんな長門がその言葉を聞きつけてしまったため、即座に距離を詰めてくる。それが生まれたばかりの艦娘である深雪であっても。
「後始末屋は全身運動だが、特に必要なのが身体の裏側の筋肉だ。浮いている物を持ち上げる時、背筋が物を言う。明日はラットプルダウンからやってみるのはどうだろうか。勿論、他の部位も均等に鍛えて」
「わかった、わかったから。筋トレはあたしもやりたいと思ってるから、長門さんに全部任せるよ」
「了解した。私に任せてくれればいい。最高の仕上がりを約束しよう。ところで」
このノリは一旦ここで置いておいて、長門はすぐに表情を変えた。
「保前提督の鎮守府に行ったそうだな」
「あ、うん。神風のツテで、演習を見せてもらったんだ」
「どうだった。どう感じた」
興味深そうに、しかし何処か心配しながら深雪に問う。どうしてそんな顔をしているのかはわからないが、深雪ははっきりと本心からの言葉を口にした。
「正直、まだ怖いって思うところもあるけど、それ以上にすげぇって思ったよ。人間の身体であそこまでやれるなんてさ。艦だった頃とはまるで違う。衝突しても、沈むことは無いんだなって」
どうしても演習に対しては思うところがあるのが深雪だ。だが、それを自分で口にして、それを乗り越えようと思うことが出来るようになっているのは大きな成長である。
その言葉を聞けたことで、長門は少し安心が出来たようだった。深雪が生きていることを前向きに捉えていることがわかっただけでも、安心に値すると感じたようである。
「あそこまでやれるようになるのに、あたしはどれだけかかるんだろ」
「焦る必要は無いさ。まだ深雪は芯もまともに出来ていないんだ。そこを作るところから始めなければ、自分を支えられずに折れてしまうぞ」
まだまともにトレーニングすら積んでいないのだから、この先何処まで行けるかなんてわかるはずもない。何が得意かも、何が苦手かもわからなければ、どう成長していいかも判断出来ない。
だからまずは芯を作る。この休暇で心の芯は出来たと言えるだろうから、あとは戦っていくための身体の芯。これは考えているだけでは作られない。
「その芯に大切なのが、そう、筋トレだ。健全なる精神は健全なる肉体に宿るという言葉があってな、つまり身体を鍛えれば心も強くなるということだ」
「知らないあたしでもわかるぞ。それ、絶対極端な考え方だ」
「だが、あながち間違ってはいないぞ。鍛えれば健康になれる。健康になれば落ち込むこともない。故に、心も強くなる。筋肉は全てを解決するからな」
極論を話す長門は、それはもう楽しそうだった。だが、深雪もそれに対して嫌な気分ではない。駆逐艦達と共に行動することが多いため、長門とはあまり話が出来ていなかったのだが、こうやって笑いながら話せるということは、より仲が深まったと感じられる。
どうしても多く話せる相手というのは限られてくるので、こういう場を使ってしっかりと仲間意識を深めていきたい。深雪はそう思った。
その頃、伊豆提督達は夜の軍港都市へ。深雪達が足を踏み入れなかった大人の街──というと語弊があるものの、ようは酒を出す店の方へと向かっていった。待ち合わせの場所は、ここに来たら必ず立ち寄るようにしているバー。年に数度、来れるが来れないかの頻度ではあるのだが、それでも顔馴染みとして扱われ、店に入れば店主が頭を下げてくれるほど。
「待ち合わせなの。彼、もう来てるかしら」
案内された先には、既に一杯呑んでいる保前提督。入港の時と同様に、秘書艦の能代は鎮守府で既に休んでいる。
「来たわよトシちゃん」
「ああ、まぁ座ってくれよ」
促されて、隣に座る伊豆提督とイリス。注文はと聞かれ、遠慮なくカクテルを頼んだ。伊豆提督のみならずイリスもである。どちらもアルコールには強い様子。
「ではまず、親友との再会を祝して」
運ばれてきたグラスを掲げ、チンと音を鳴らして乾杯。軽く口をつけると、小さく吐息を漏らす。
「あまりこういう場所で大っぴらに機密のことは話せないから、まぁ世間話と行こう。最近どうよ」
「嫌なことだけれど、景気が良いったら無いわ。今は休みが取れてるけれど、明日出港したらまた何処かで後始末が待ってると思うわ」
「だろうな。深海との戦いは、安定しつつあるが激化しつつもある。ここ最近は知恵もつけてきているしな」
グッとグラスを呷った後、追加でウィスキーを頼む保前提督。伊豆提督との再会が嬉しいのか、酒も進むようだ。こういう時でなければここまで呑めないと楽しそうに話す。
「そちらは前よりもさらに腕を上げてるみたいじゃない。後始末の時の大物、アナタの艦隊の子がやったんじゃない?」
「装甲空母姫のことか。ああ、うちの綾波がな。そのまま放置してしまったのはすまない。連絡も出来なくて」
「その事はあの子ったら、本当にとんでもないわねぇ。のほほんとしてるのに、戦場では鬼神なんだもの。どうやったらあんな精度で頭だけ撃ち抜けるのかしら。向こうだって回避するでしょうに」
「本人に聞いても、練習だの一点張りだよ。そりゃあそうだがとしか言えない」
物騒な話ではあるものの、二人の中ではこれが世間話らしい。周りに客がいるので小声ではあるが。
イリスも酒を呑みながらとはいえ、こんな話が周りに聞こえていないかと警戒は怠っていない。クスクス笑ってはいるのは、もう慣れたという証拠か。
「そうそう、手回ししていたとはいえ、突然押しかけちゃったようでごめんなさいね。迷惑じゃなかったかしら」
「迷惑も何も、むしろお前の艦娘と顔を合わせることが出来てよかった。神風が気を遣ってくれたんだろうか」
「多分ね。あの子、大分深雪ちゃんを気にかけてるから。アナタにも会わせておきたかったんでしょ」
あの鎮守府来訪は、神風が上手く流れを作って、保前提督と顔を合わせる機会を作り出したということになる。深雪の演習へのトラウマを利用したことにはなってしまうが、そうでなくても何か理由をつけて向かう予定だったようだ。
その理由は、目的と一致している。深雪に世界の楽しさを知ってもらうため。軍港都市の住民だけでなく、提督にもこんな良い人がいるんだと理解してもらうためだった。
結果として、深雪は保前提督には好印象を受けている。伊豆提督の親友と聞いていたため警戒心もなく、話したことで悪い人間では無いとすぐにわかった。そもそも深雪の性格上、相手に対して心を閉ざすなんてことは無いのだが、それでも初見の人間となればある程度は勘繰るだろう。それも無くなったのは、あのタイミングで顔を合わせることが出来たから。
「深雪、すごくいい顔をしていたわ。
イリスもそこで口を出す。どうしても序盤は深雪の話題になってしまうものの、ここにいる者全員が、満場一致で深雪は良い子と結論付けているようだった。
「ねぇハルカ、そろそろ話してもいいんじゃないかしら」
「話すって、
「ええ。根幹まで話さなくても、上辺だけでも知っておいてもらった方がいいわよ。深雪なら受け入れてくれるわ」
タイミングを見計らっているところではあるのだが、まだ踏ん切りがつかないのも確か。
「俺も頃合いかもとは思ってるぜ。上辺だけならまだマシだろうに。でも、嘘だけは吐いちゃダメだ。隠し事はギリギリだ」
保前提督からも後押しをされ、伊豆提督は決意する。
「そうね。それじゃあ明日、出港したら深雪ちゃんに話しましょうか」
「その方がいいわ。私も一緒に話すから」
「ごめんなさいねぇイリス。もし何かあったら、アタシをサポートしてちょうだい」
「ええ、勿論。私はそのためにここにいるんだもの」
しんみりした話はここまでとして、改めて再会を喜び合い世間話を再開する。提督同士の心を休める時間でもあるのだから、重い話はもう必要ない。
深雪に真実が伝えられる時は、刻一刻と近づいてくる。それが吉と出るか凶と出るかは、まだわからない。
丸一日の休暇もこれにて終了。次回は出港から。深雪に裏側が話されるようですが、さてどうなるか。