後始末屋の特異点   作:緋寺

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尊敬の念

 神風の戦いは、圧倒的であると言えるほどだった。その怒りを以てして、何もさせず、痛みだけを与え続ける拷問とも言えるような攻撃を続けたことで、船渠棲姫は瀕死の重傷の状態でまだ生き続けている。

 

「どれだけされても、貴女は考え方を変えないでしょう。生まれた子供ですら蔑ろにするような平和を是とするような輩は、そもそも平和を望む資格も無いのよ」

 

 腹に突き刺した鉄パイプをグリッと捻りあげる。こんな状態でも自己修復が反応してしまっているため、傷口が拡がったところから治っていき、死ぬことすら許されない。

 むしろ、怒りを露わにしながらも冷静な神風は、ちゃんと()()()()()()()()()()()()。本来刺さるような設計になっていない鉄パイプであろうが、神風の手腕であれば、関係なしに刃とすることが出来た。

 

 自己修復が出来たとしても、痛覚が失われているわけでは無い。反応は鈍いかもしれないが、これほどのことをされれば、嫌でも激痛を感じることになる。

 これまで余裕そうな顔をしていた船渠棲姫も、神風の圧倒的な力を前に焦りを見せ始め、今ではこんなことあり得ないと思いながらも腹から痛みが押し寄せてくるため、既に涙目だった。

 

「まだ理解出来ないの? 本気で自分が正しくて、私達が間違っていると? 平和を目指している者として自分の方が間違っていると思わないかしら。何故一方的に平和を強制しているの? それは平和じゃなくて管理。人から自由を奪って好き勝手管理してるだけ。これだけ話しても、貴女はそんな管理社会を平和と言うの?」

 

 ここまでされても、船渠棲姫は本気で神風が間違っていると思っている。管理されていようと、戦いのない世界には違いなく、人々は必ずその世界を望むのだと信じて疑わない。

 だから、何を言われても理解が出来ない。痛みと共に刻まれても、神風の言葉は全て間違っている。最初から最後まで、徹底的に自分本位。

 

「そう、わからないのね。本当に愚かだったわ。貴女にとって、私は本当に悪魔か何かなんでしょう。でもね、私からしてみたら、貴女は吐き気がするほど邪悪な存在よ」

 

 もう会話にもならないと判断したのだろう。これだけのことをやっても話が出来ず、何を言っても無駄なのなら、もうこれでおしまいにするしかない。

 

 本当は、元人間であるカテゴリーKを手にかけるのは、神風としても気分のいいモノでは無かった。命を大切にするからこそ、命を奪うことには人一倍神経を使っている。

 しかし、この船渠棲姫は野放しにしていたら、絶対に不幸を呼ぶ。生み出した命を道具と語り、自分を守るための壁としてしか見ておらず、いざ斃れたとしても造り直せばいいと考え、もし望む平和が来たとしても廃棄するとまで言い切った。この価値観は、神風には許し難いモノであった。

 

 深海棲艦を殲滅しているのに命がどうとか言う資格は自分には無いかもしれない。命を奪っている者が命を大切にしろと言うのはどうなんだと、神風は何度も何度も自問自答している。艦娘になったことで覚悟をしながらも、その覚悟がブレることもあった。だとしても、自分の中にある信念は曲げることは出来ない。

 

「貴女はここで死ぬ。何故こんなことになったと思うなら、そもそもの思想が間違っているってだけよ。でも、私達が正しいとは言えないのかもしれないわね」

 

 吐き捨てるように、自分にも言い聞かせるように、最後の言葉を呟く。船渠棲姫は、この時の神風の目を見て、信念の強さの違いがあまりにも違うことを理解した。理解してしまった。

 だが、それはもう遅かった。根深く侵蝕した命に対する思想は、もう取り除かれることはない。こうなったとしても、自分の生み出したモノは自分が好きなように使う。命とは認識していない。自分で考えて行動するだけの道具という認識は改められることは無かった。

 

 結局、神風の言葉は、船渠棲姫には届かなかった。

 

「ちゃんと供養してあげるから、安心して終わりなさい。貴女も利用されていたのかもしれないんだもの。だとしても、許されないことをしているのは理解しておきなさいよ」

 

 神風は自分への迷いを振り払い、トドメを刺す。鉄パイプを抜いた瞬間に自己修復が始まるのはもうわかっている。そのため、このままの状態で艤装を動かし、基部に接続された主砲を船渠棲姫に向けた。

 

「さよなら。生まれ変わったら、もっと正しい道を歩んでちょうだい」

 

 そして、主砲を放つことにより、船渠棲姫の頭を噴き飛ばした。

 

 

 

 

 ここまでの戦闘は、うみどりでも常に中継され続けている。深夜というわかりにくい状況の中でも、そこで何が行われているかは一部始終把握出来るようにされている。

 これは伊豆提督を始めとする、うみどりの面々がすぐにでも次の判断が出来るように。増援が必要ならばすぐに出すし、救護班を出す必要があるなら見ながらでも指示を出す。そのためにも、その戦いをしっかり見届ける必要があった。

 

 この神風の戦いは、深雪達の心に深く刻み込まれた。船渠棲姫の言葉に怒りを湧き立たせ、その怒りのままに蹂躙した神風は、今までに見たことのない姿だった。

 

「神風……ありゃあブチギレてたんだよな……」

「なのです……」

 

 深雪も電も、あの壮絶な戦いに呆気に取られていた。絶対に追いつけない、圧倒的な力を目の当たりにした。だがそれ以上に、神風の怒りがヒシヒシと伝わってきた。

 

「命がどうとか言っていたね。船渠棲姫のやり方は確かに気分のいいものじゃなかったよ」

「仲間を盾にして自分は安全なところにいたもんな。しかも斃したとしても復活させてたぞ」

「あれは冒涜だよ。今の人間ならではの業だね。なんて傲慢な所業なんだか」

 

 久しぶりの時雨の皮肉に、深雪は何も言い返せなかった。人間という大きな括りで言ったのは気に入らなかったが、『元凶である人間』という括りで言うのならば、時雨の言葉はあながち間違っていない。

 平和のためと言いながら、命を命と思わず弄ぶ実験を繰り返しているのだから、時雨のような苦言が出てもおかしくはない。深雪だって同じように元凶に対しては思っている。

 

「……でも、神風ちゃんの思いも、嫌というほどわかったのです」

 

 電が少し泣きそうな声で呟いた。命の冒涜を怒り、実力行使で圧倒した神風は、それ以上に悲しみに溢れていたと電は感じていた。冷酷な表情の裏側に涙を隠しているような、そんな感覚。

 過去に何かあったから、命の冒涜を誰よりも怒り、悲しみ、この戦いを終わらせた。そこから考えられるのは、同じように誰かが命を失ったのを目の前で見たからとしか思えない。

 

「聞くのはやめておこうな。神風だって、話したくないことだろ」

「なのです……多分、艦娘になった理由に繋がると思うのです」

「だな。時雨、わかってんだろうな」

「当たり前さ。流石に僕としても神風のそれには触れちゃいけないと感じている。彼女から話してくれたら別だけどね」

 

 深雪も電も、神風の過去には触れてはいけないと感じている。ズカズカ入り込んでいく時雨ですら、あの神風を見た後なのでそっとしておこうと考えたようである。

 カテゴリーMとしての人間への憎しみが元凶へ一本化したことで、仲間を思いやる心も芽生えているようだった。後始末を体験したことで、うみどりの仲間達に対して尊敬の念が芽生えたのも大きい。

 

「……グレカーレ、どうした」

 

 この戦いをじっと見ていた問題児3人も、各々思うところがあったようだ。その中でも、グレカーレは特に大きな反応を見せていた。今までに見せたことのない、悔しそうな、それでいて悲しそうな顔。涙は流さずとも、雰囲気がそれを語っている。

 

「……あれ、間違いなく()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 純粋種の艦娘は、縁のある艦娘と顔を合わせた時に、それが誰かがわかるようになっているのは世界的にも判明している事実である。相手がカテゴリーCであった場合は、姉妹艦ならすぐにわかるが違和感が凄まじいというところも深雪は実体験で理解している。

 それがカテゴリーYだとしても、姉妹艦ならばわかるらしい。故に、グレカーレは船渠棲姫に姉の面影を見てしまった。自分の目の前で犠牲になった姉かどうかはわからないものの、それがマエストラーレであるというのは真実である。

 

「そう、なのか」

「そうだよ。あたしが姉妹を間違えるわけないから。ミユキもそういうこと無かった?」

「……あったな」

「じゃあ、あたしの感覚もわかるよね」

 

 その姉を使ったカテゴリーYが、元凶に心酔し、命を冒涜し、好き勝手振る舞った挙句、神風の怒りを買い、無惨に散った。これは流石に同情出来た。人間を恨んでしまう気持ちもわかる。

 

「すごい、心がグサグサする。腹は立つし、泣きそうだし、気分が悪いよ。でも、カミカゼには感謝してる。あんな姉さん……じゃないけど、姉さんみたいなのが、好き勝手やってるのを止めてくれたんだもん。姉さんの命を踏み躙るヤツをさ」

 

 握り拳は震えていた。複雑な感情を何処にやればいいのかもわからず、ただ拳を握るしか出来なかった。

 本当は自分の手で決着をつけたかったかもしれない。だが、あの自己修復と船渠の力を持つアレを斃すことは、出来ていたかわからない。

 伊豆提督にも言われた通り、精神的な面とブランクによって、全盛期の力が出せるとは到底思えなかった。姉の力を持つ下衆に敗北する可能性はかなり高かったと言える。

 

 だからこそ、アレを止めてくれた神風には感謝をしていた。正直なところ、人間であるというだけでも少し見下していたところはある。いくら深雪や電が信用出来ると言っていたとしても、心の何処かではあの人間達と似たような存在なのではと訝しんでいた。

 しかし、この戦いでそれが全て払拭された。船渠棲姫のやり方を非難してくれた神風に対しては、深雪や電に対する感情とは違う感情を持つに至った。わからされたのではなく、見せつけられた。

 

 愛欲ではない。その感情は、尊敬。

 

「戻ってきたら、カミカゼに御礼を言わせてほしいかな。姉さんを解放してくれて」

「ああ、それがいい。多分、神風もそう言ってもらえれば少しは気が楽になると思う」

「……だよね」

 

 ここまで話して涙が溢れそうになったか、目をグシグシと拭いて、パッと明るい表情になった。こんなの自分じゃナイナイと吹っ切れたかのように笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 その後、後始末現場の戦いはそのまま終了。復活させられた深海棲艦も全員終わらせて、撤収をしているものの、1つ問題点が出てきていた。

 それは、戦場に出ていた部隊が戻ってきた時。長門が拘束していた戦艦棲姫をそのまま連れてきたことで、うみどり内は騒つく。

 

「す、すまない。何を言われるかはわからなかったが、どうしても放っておけなかったんだ。コレもヤツの被害者と言えるだろう」

 

 船渠棲姫が死んだことにより、命令系統が完全に失われており、艤装が自己修復されたことで十全の力が発揮出来るようになってしまったとしても、ピクリとも動かなかった。艤装自体も全く反応せず、敵としての認識も失われている。

 故に、長門はそれをそのままにすることも出来ず、だからと言って意思もない者を殺すことも出来ず、ここに連れてきてしまったという。

 

「どうにかしてあげたいとは思うけれどね……」

 

 疲れた顔の神風も、この戦艦棲姫を斬ることには抵抗があったようだ。船渠棲姫を始末したことで怒りは発散出来ており、()()()()()()()という今までに無かった存在に対して、その力を振るおうとは思えなかったらしい。

 

「……少し考えておきましょう。でも、監視だけは外さないように。艤装も取り外しましょ」

 

 伊豆提督はそれだけしか言えなかった。

 

 

 

 

 後始末現場の戦いはコレで終了。いくつかの感情を揺るがしたものの、真相に近付くための材料は結局手に入れることは無かった。

 




この話も200話となりました。展開的に、まだまだ続きそうな感じとなりましたが、今後ともよろしくお願いします。
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