後始末現場での戦いは終了。深夜の戦いとなったため、そのまま作業を開始するかもう一眠りしてから作業するかをうみどりの面々に問うたところ、船渠棲姫の亡骸も含めて早急に片付けたいという意見が多く出たため、予定よりも早くなってしまったが後始末作業が開始されることとなった。
とはいえ、全員寝起き。空腹感などはどうしてもあるため、軽く食事をしてからの作業開始となる。伊豆提督が手早く全員分の軽食を作って振る舞い、それを食べたら準備開始。
ただし、先程まで戦場に出ていた者達はまずは休息を取ることになっている。ただでさえ今回の戦闘では、自己修復するという厄介な敵を相手することになっているため、疲労感が普段よりも大きめ。そのまま後始末に入るとしても、今回はそれなりに規模が大きい現場だ。戦闘の分、疲労が溜まるのが早くなるし、最悪倒れる可能性まである。
「夕立、君なら言いかねないから先に釘を刺しておくけど、神風は疲れてるんだ。だから、戦いを挑もうなんて空気を読まない発言はやめなよ」
「む、あんなに強いのがわかってるのに」
「君の欲を満たすためにこの世界が動いているわけじゃないんだ。だから、自重するんだよ。君だってそこまで愚かじゃないだろう?」
夕立は不服そうだったが、どうせなら万全な状態で戦いたいと、渋々従っていた。
そんな問答が聞こえたからか、休息に入る前に、神風が夕立にちょっと来いと手招き。そして、近付いてきたところで耳元で囁く。
「休んでから
「ぽい」
神風からも言われたことで、夕立は素直に従った。だが、夕立は気付いていない。『躾ける』と断言したことに。
「神風ちゃん、
「ええ、おかげさまで
「謝らないでちょうだい。アレだけのことをしたんだもの。すぐに休んでもらわなくちゃいけないわよ」
伊豆提督に聞かれた神風は、大丈夫だと今回の部隊の面々とすぐに洗浄へと向かった。
今の問答が少し気になった深雪は、準備が終わったところで伊豆提督にその件について聞いてみることにした。
「ハルカちゃん、神風ってやっぱり何かあるのか?」
船渠棲姫を始末する際に長門が心配したこともあり、今回のような激しい戦闘をした場合、神風の身に何かあるのではと予想していた。
「ええ、あそこまでの戦闘をした場合、どうしても今日一日は動けなくなっちゃうみたいなの」
鉄パイプで身体どころか艤装まで斬り裂いてしまう技術は、それ相応のリスクがあると伊豆提督は語る。
アレほどの技術を発揮するには、艤装のパワーアシストを一点集中するなど、細かい制御が必要不可欠となっているらしく、艦娘の身体であってもそんなことをしたら身体にガタが来てしまうらしい。本来の水路に必要以上の水を流せば横から溢れるのと同じだと喩えていたくらいである。
今の神風は謂わば、防波堤が破壊されたような状態。1回やるくらいならこんなことにはならないのだが、あの戦闘中何度も繰り出していたのだから、今だけは粉々になってしまったと言ってもいい。
ならば入渠で治すのはと深雪は考えたものの、伊豆提督はそれもまた難しいと語る。神風自身が
「……そっか。わかった。今はそっとしておいた方がいいってことだな」
「ええ、今日丸一日寝たきりになるけど、明日には復帰してくるから心配しないであげてちょうだい。あと」
「追求はしない。神風には神風の事情があると思ってる」
「ありがとう深雪ちゃん。その優しさだけで神風ちゃんは救われると思うわ」
聞きたいことはいくつもある。そんな技術をどうやって手に入れたのか。その技術をどうして手に入れようと思ったのか。そこまでして何故その技術を使っているのか。などなど。
だが、それが全て神風の奥にあるトラウマ的なモノに触れてしまうのではないかとも考えた。それくらいしないといけないくらい辛い出来事があったからというのがおそらく答え。それを掘り起こすのは、流石の深雪でも抵抗があるし、むしろ触れない方がいいと考える。
「じゃあ、あたし達は後始末に出るよ。神風にはお大事にって伝えておいてくれよな」
「ええ、わかったわ。それじゃあ、よろしくお願いね」
ここから本格的に後始末が始まる。元々の規模は大規模に近い中規模。船渠棲姫の所業──残骸を使用した再建造により少しだけ残骸が減っているものの、それでも時間がかかるのは間違いない。
予想される終了時間はその日の夜。未だ陽は昇っていないが、陽が落ちるまでは作業し続けるということ。なかなかハードな現場となってしまったが、仲間達は全員、やる気満々であった。
うみどりの面々が後始末に向かう中、艦内に残った者は各々持ち場に就くことになる。
スキャンプ達純粋種の扱いは客人であり、ここに来たのは人間達を観察するため。後始末作業が何たるかをしっかり見てもらうため、外部の映像が好きなだけ見ることが出来る執務室へと来てもらった。
「ここでみんなの仕事を見てちょうだい。アタシ達がここで何をしているか、どういう思いでココにいるか。それを知ってもらえれば、人間も捨てたもんじゃないって思ってもらえると信じてるわ」
伊豆提督はそれだけ伝えると、3人のことをイリスに任せて工廠へと戻っていく。長門が連れ帰ってきてしまった戦艦棲姫を監視するためだ。
部隊として出撃した艦娘はこのまま休息。残りの艦娘は全員後始末。そうなると、自由に動けるのは伊豆提督かカテゴリーYである平瀬と手小野くらい。しかし後者は、いくら艤装を外しているとはいえ戦艦棲姫を目の前にして何か出来るとは思えない。見ていることは出来ても、監視という体裁にはならないだろう。その上、今は桜の保護者としての責務もある。
そうなれば、もう艤装など関係なしに制圧が出来る力を持つ伊豆提督が見ているしかなくなる。業務自体はタブレットを用いて行なえばいいだけなので、実際は作業の場をあちらに変えるというだけ。
一応、部隊の休息を部屋ではなく工廠でやってもらえば、伊豆提督はその時点で執務室に戻ってこれるようにはなる。神風は無理だが、体力的にまだ残っているようなら、拾ってきた長門が責任を持って監視すると自分で言い切っているくらいだ。
「何かわからないことがあれば聞くわ。でも、見ているだけである程度はわかると思う。言ってしまえば、後始末は海の掃除だもの。というか、貴女達も多少は知っているわよね」
伊豆提督が執務室から出ていったところで、イリスが軽く説明をする。そのイリスも、いつもの自分の席で作業を始めていた。本来ならば制御室で各種状況整理と制御を行なっているのだが、今回は状況が状況であるため、その辺りを妖精さんに任せて、ここでやれる作業をしている。何かあった時の艦内放送などは執務室からでも出来るようになっているので、安心して妖精さんに任せることが出来る。
潜水艦組は、しばらくの間、むしろ今も、うみどりの監視をしてきているはずなので、後始末屋が何をしているかは見ればわかるはずである。そしてその目的も。
そのため、質問を受け付けるとは言ったものの、何もされずにただここで待機していることになると、イリスは考えている。下手をしたらこのまま眠気に負けて眠り始めるとさえ。
「Hey,
だが、その予想に反して早速スキャンプから質問が飛んできた。イリスは少し驚きつつも、何かに真摯に向き合おうとしているスキャンプの心意気を汲んで、どうぞと視線を向ける。
「こんなことやっても無駄だと思わねぇのか」
後始末屋の本質的な部分について突いてきている。ずっと後始末を続けてきているのに、深海戦争は未だ終わる気配がない。ならば、こんなことを続けていても無駄なのではないかとスキャンプは思っていた。
人間不信がまだまだ深いスキャンプにとっては、この後始末という行為自体が、ただの
それに、スキャンプ達は一度、この戦争に勝利している経験がある。その時には後始末屋なんてモノは存在しておらず、戦いを続けているうちに最後は勝利にまで持っていくことが出来た。その後に海を綺麗にしたかどうかは定かではない。
ならば尚更、後始末屋という存在が無駄ではないかと考えてしまう。何もせずとも戦争は終わるのに。
「そうね、貴女達からしてみれば無駄かもしれない。私達がこんなことをしていても、この戦いはまだ終わる気配はないもの」
「だったら」
「でもね、だからといってやらないという選択肢は無いの。後始末をしてるから戦いがこの程度で済んでいると思わないかしら。貴女達が戦ってきた第二次と今の戦い、少し違うと思わない?」
スキャンプ達は1つ知らないことがある。それが、第二次と第三次の戦争の規模だ。
だが
「私達がそう出来ているかどうかはわからないけれど、後始末を始めたことで、戦いの頻度は間違いなく落ちているわ。その代わりに長期化している気がしないでもないから、一長一短だけれど」
「……どっちがいいかは比べられねぇな」
「ええ。でも、汚いより綺麗な方がいいでしょう。間違いなく」
それは嫌でも納得が出来る。潜水艦という艦種であるスキャンプは、海上艦よりも海の汚れは気になるところだ。何せ、海水に全身を浸しているのだから。
「私達のこの作業で、この戦争は
一般人にとっても、鎮守府にとっても、後始末によって深海棲艦の出現頻度が落ちることで、切羽詰まるようなことが起きにくくなっているのは確かだ。故に、この戦争は
心に余裕があるというわけではないものの、第二次の時と比べればブラックな鎮守府も相当少なくなっているし、もしあったとしても厳しい処罰の対象になっている。それも、後始末屋によって戦闘が比較的少なくなっているからというのが実情。
この改革を行なったのは、他ならぬ現在の元帥、瀬石 幸輝である。
「これで答えになったかしら。無駄か、無駄じゃないか」
「Okay. あたいとしては、無駄じゃないって結論になった。今はそれでいい」
「そう、それならよかったわ」
この後始末屋という仕事が無駄ではない仕事であることを理解したことで、スキャンプの中でも、何かが変わろうとしている。人間を見る目が、少なくとも少し前よりはいいモノへと。
ここから丸一日、後始末屋の作業を見続けることになる問題児達。それによって、そのいい方向に向かっていく見る目が、より良い方向に向かうのは言うまでもない。
自分でやりたいとは思えない仕事を、自分からやっている者に対して、敬意が生まれない理由は無いのだ。それが純粋種であっても。
後始末屋という部隊がいるからこそ、第三次深海戦争は緩やかに続くカタチとなっています。少なくとも、危険度だけで言えば第二次よりは安全にはなっていますね。ノウハウがあるというだけでも充分。