後始末屋の特異点   作:緋寺

202 / 1161
植物棲艦

 後始末の作業は正午を回って折り返し。海の上に散らばる残骸は半分以上が撤去され、体液やら何やらで汚れた海水も濾過によってきれいになりつつある。

 どうしても範囲が広いため、全部終わらせるためにはまだまだ時間が必要ではあるが、今のままでいけば、予定通りの時間に終わらせることも出来るだろう。

 

「……ご飯、用意しました」

「た、食べて」

 

 今回の昼食の当番は、平瀬と手小野。軽食を繰り返し摂るというスタンスで後始末を続けているため、2人でささっと用意することの方が重宝されている。工廠に持ってくるという前提もあるため、まるで行楽弁当のように同じモノが皿の上にビッシリと並んでいた。

 それに加えて、今回は桜もそれを手伝ったのだと伝えられると、仲間達全員で礼を言った。これには桜もご満悦。桜の握ったおにぎりは少々不恰好ではあったものの、何処か味もいい気がした。

 

「……あの、アレは結局……どうするつもりなんでしょう」

 

 食事中ではあるものの、平瀬がどうしても気になるとその方へと目をやる。工廠の端にある、いや、()()のは、生気の抜けたような表情で虚空を見つめる戦艦棲姫である。

 艤装は当然ながら外されており、もし正気を取り戻したとしても、どうとでも出来る状態。艤装を身につけているのなら、子供でも対処が出来るくらいである。

 

 平瀬達カテゴリーYには、その戦艦棲姫に対して少々思うところがある。姿だけ見れば同類、そして、出洲に利用されて自分を失った存在というところで特に強めの愛着もある。

 しかし、あちらはカテゴリーRという決定的な違いがある。正気を取り戻したとしても侵略者。艤装がなくても襲い掛かってくる可能性が非常に高い。そのため、平瀬も手小野も気にはなるけど怖いとも感じている。

 

「今のところは保留としか言えないようだ。少なくとも今は私が監視しているから安心してくれ」

 

 そう話すのは休息がてら戦艦棲姫の監視をしている長門。拾ってきた手前、自分が面倒を見なければという使命感に駆られているようである。

 呼びかけても触れても全く反応が無いため、今は工廠の壁にもたれ掛けさせているが、そうでもしないとコテンと倒れてしまう。本当に意思のない人形。何をすれば元に戻るかもわからないし、元に戻したところでどうすればいいのかもわからない。

 だが、ここまでわかりやすく可哀想な存在は、どうしても放っておけなかった。戦艦棲姫も被害者の内。深海棲艦ではなく、出洲一派によって運命を狂わされた者の1人とするならば、救うに値する存在である。

 

「出来ることならば、我々の仲間となってもらいたいがな……」

「し、深海棲艦を?」

「ああ。侵略以外の楽しみを知ってもらえれば、深海棲艦ともわかり合えるとは思うんだが」

 

 手小野はその発言に目を丸くしたものの、長門は至って真剣。本気で深海棲艦ともわかり合おうとしている。

 理性なく本能のままに行動し、人類の平和を脅かす存在となってしまっているのは仕方ないこと。()()()()()()というのは長門だって理解している。だとしても、あの傀儡にされた戦艦棲姫は違う。今や空っぽと言っても過言ではない。ならば、うみどりのやり方を知ってもらい、共に手を取り合うことも出来るのではないか。

 

 出来たとしても、あの戦艦棲姫だけの限定的なことであることも、心の底では理解している。だが、それが例え叶わない願いだとしても、言うだけならタダだ。

 

「電も、長門さんの言葉に賛成なのです」

 

 そんな長門の言葉が聞こえてきたようで、電もそれはとてもいいことだと賛成の意を示す。戦いを好まない電ならば、長門のこの言葉を全力で支持するだろう。

 戦わずに世界が平和になれば、それに越したことはない。余計な痛みなどなく、余計な命のやり取りもない。お互いがわかり合い、全員がハッピーエンドを迎えられるのが、一番平和的に戦争を終わらせる手段だ。()()()()()()()()()という点を除けば。

 

「酒匂も、あの戦艦棲姫はどうにか仲間にしてあげたいなぁ」

 

 おにぎりをもふもふと食べながら、この話を聞きつけた酒匂も自分の意思を示す。せっかく生きてここに保護されたのに、傀儡のまま命を奪うというのも気分がいいものではない。

 生きているのなら、この世界を楽しんでほしい。深雪達とは少し違う純粋種ではあるのだが、どうせならその生を謳歌してもらいたい。酒匂も電と同様の願いを持っていた。

 

「うむ。だが、どうすれば意思を取り戻すのだろうな。あのままだとしたら、何もせずに衰弱してしまうだろう」

「深海棲艦って何を食べるのです?」

「全然わかってないんだよ。こんなに長いこと戦争してるのに、あちらの生態系って謎ばっかり」

 

 平和を求める3人の会話は、このお昼の休憩中ずっと続いた。それを近くで聞いていた者達も、あの戦艦棲姫をどうにかする手段は無いものかと考えるようになっていた。

 

 

 

 

 時は夕暮れまで進む。後始末も大詰めで、残骸も海水の浄化もあと一踏ん張りという段階。

 

「いやぁ、やっぱり長門さんの力は偉大だなってすげぇわかるぜ」

「なのです。大きな残骸を集めるのがこんなに大変だなんて」

「睦月と梅がいなかったらマジでキツかっただろうな」

 

 いろいろ溜まったケースを工廠に運び入れながら、2人して腰を伸ばしていた。深雪と電がそう言うのも無理はない。これまで長門がやっていてくれた大物の艤装の処理を、駆逐艦達だけでやることになったからである。

 

 今回の戦場は、空母棲姫の亡骸が存在する現場。艤装は悲惨なことになっているとは聞いていたが、それはバラバラになっているというわけではなく、殆どカタチを残しながらも砲撃に曝されたことによってそこら中がボコボコのズタズタになっているということ。オイルのようなものまで垂れ流され、そのまま残っている方が運びやすく、ここまで壊れているならバラバラになっていてほしかったというのが本心。

 それを運び入れるとなると、まずは数人がかりで海上を引きずってうみどりに移動させてから、かなりの力業で引っ張り上げるという作業になる。引きずるということはその分また穢れは拡がるし、海上だからといって軽々やれるようなものではない。睦月と梅による大発動艇の運用によって多少はパワーが上がっていたものの、それでも大変であった。

 そのため、休息中の神風と秋月を除いた駆逐艦総動員で作業に入っていた。神風はともかく秋月は動ける状態にはあったので、艤装を装備して艦内からのサポート。そのおかげで、問題が起きることなく何とか終えることが出来ている。

 

「肉片集めより全然マシだよ」

「お前まだ引きずってんのか」

「一度刻まれたモノは簡単には直らないんだよ」

 

 時雨は吹き飛んだ深海棲艦の肉片を集めるよりは、こちらの方がいいと断言していた。最初の感覚が余程残ってしまっているのか、平気になっていてもまだまだ根に持っているかのような発言である。第二改装をしたとしても、そういうところは何も変わらない。

 

「でも、あの船渠棲姫の亡骸を運ぶよりは肉片集めの方がマシかな」

「……確かにな」

 

 後始末の現場が戦場になったのだから、先程まで戦っていた船渠棲姫達の亡骸は当然そこにある。しかも、自己修復を発動させないようにするため、血溜まりにしたモノなどもあるため、そこだけは後始末が難航した。

 既に肉片と言えないモノに関しては、浄化の際に吸い取ることで対処。頭だけになっているネ級などは、そのまま拾い上げるしかないので、なるべく()()()()()()()()()()処理。

 どちらかといえば精神的な面でキツかったと時雨は語り、深雪と電もそれには流石に同じ反応を見せた。

 

「そういえば、あの戦艦棲姫はもう連れて行かれたのかい?」

 

 時雨が工廠を見回しながら話す。昼休み中は壁にもたれ掛かるカタチでそこにいた戦艦棲姫の姿が見当たらない。ついでに言うなら、それを監視していた長門の姿も見えない。

 

「ああ、長門さんが空き部屋に運んだみたいだな」

「動くかはわからないですけど、今は部屋で寝かしておくって言ってたのです。電もその方がいいと思うのです」

「洗浄もさせてるはずだから、穢れを垂れ流すことも無いはずだぜ」

 

 何も出来ないなら、危険なここより安全な部屋がいいだろう。それは満場一致だった。

 

 だが、洗浄までしたのは予想外だった。付着した穢れを落とすための行為であるそれを、言わば()()()()()()と言える深海棲艦に施すというのは如何なモノかと疑念を抱いていた。

 とはいえ、洗浄されても戦艦棲姫が溶けて無くなるみたいなことはなく、戦場の汚れも全て落ちた状態になっているため、ひとまずは安心。

 放置している間に内側から穢れが再び溢れてくる可能性が無いとは言えないので注意は必要だが、今はそういったこともない、綺麗な存在である。

 

「意思もなくて、穢れも無くなったっていうなら、いよいよあの戦艦棲姫は何なんだろうね」

「それを言われちまうと、何も言えねぇ。深海棲艦でも無くなっちまったのかも」

 

 穢れを持たない深海棲艦は、それは既に艦娘なのではと思わなくは無かった。外見が違うだけで、生まれ方は純粋種と同じなのだから、存在が艦娘に近しいモノと言ってもいいのかもしれない。

 

「なんであれ、戦わなくてもいいのは嬉しいのです」

 

 笑顔の電に、深雪もそうだなと小さく頷いた。

 

 

 

 

 戦艦棲姫が運ばれた部屋には、長門の他にもイリスと妖精さんが数人入っている。寝たままの戦艦棲姫を調査するため、機材などを持ち込んでいるわけではないのだが、妖精さんが身体中をペタペタと触りながら状況整理中。

 

「私の眼でも、この戦艦棲姫はカテゴリーR、深海棲艦であると判断は出来るわ。でも、穢れが失われたからか、その色が()()()()()()()()のよね」

 

 イリスの判定はやはりカテゴリーR。しかし、彩は限りなく薄く、うっすら赤いかというくらいにまでに変化しているらしい。だとしても、深雪や電(カテゴリーW)のような純粋な白にはならないので、何処まで行ってもカテゴリーRなのは変わらない。

 

「もし目を覚ましたとしても、深海棲艦であることは変わらないということか」

「ええ、こればっかりはどうにもならないと思う。ただ、今意思を持っていないってことは、多分永遠に目は覚まさないと思うわ。何かのキッカケが無いと」

「キッカケ……か。揺すっても軽く叩いても反応が無いものをどうすればいいのか」

 

 長門としても、出来ることなら目を覚ましてもらいたいと思っている。もしかしたら出洲の情報を持っているかもしれないという打算的なところもあるが、それ以上に被害者を保護して心を通わせたいという気持ちが強い。

 

「提督はどう言っている?」

「ハルカも出来ることなら救ってあげたいと話していたわ。ただ、意思もない空っぽの人形を生かし続けるのも難しいことも理解してる。出来る限りギリギリまでは面倒を見るけど、どうにもならなかった場合は……心を鬼にして()()するしかないと」

 

 納得せざるを得ない伊豆提督の見解。維持をするにも限界はある。ただでさえ、目を開いていても動かない状態であり、触れても音を立てても無反応。しかし、心臓はしっかり動いているという、割と判断が難しい状態。()()()()みたいなものである。あえて称するならば『植物棲艦』か。

 何処かのタイミングで覚悟をしなくてはならない。せっかく生きながらえたのに、その命を奪わねばならない。

 

 同情して拾ったために、その覚悟を先延ばしにしてしまっていた。長く居れば情も湧いて、より命が奪いにくくなるのに。

 

「情を見せない方がよかったのだろうか」

 

 長門が小さく呟く。

 

「そんなことないわ。救いたくなる気持ち、私はわかるもの」

 

 イリスはそうとしか返せなかった。

 

 

 

 

 この戦艦棲姫がどういうカタチであれ、うみどりで共存出来る未来が来るのかどうか。それはまだわからない。

 




完全な無反応で、洗浄により穢れすら失った戦艦棲姫。とりあえず今は、イリスが採寸したいわゆる患者衣と呼ばれる服に着替えさせられています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。