さらに時間が経過し、周りは夜の闇に包まれる。そして、後始末が完了した。探照灯で照らしながら穢れが何処にもないことを確認し、イリスによる確認も進む。
深夜の戦いから始まり、そこから丸一日をかけたこの仕事もようやく終わり、うみどりの面々は疲れを露わにしながらも何とか仕事を終わらせることが出来たとホッとしていた。
「ふぃー、疲れた疲れた。お疲れさん」
「お疲れ様なのですー」
後始末を終えたことで、深雪と電は軽くハイタッチ。後始末屋としても慣れてきており、これくらいの規模であれば疲れていてもまだ余裕を見せる。とはいえ、この後もう一本と言われたら勘弁してくれと苦笑するだろう。
時雨も流石に疲労の色は隠し切れないものの、この作業には慣れてきており、顔色が悪いなんてことは無くなっている。流石にネ級の頭を拾うのだけはキツいと他の者に願い出たが。
「んじゃあ、洗浄して、飯食って、今日はおしまいだな」
「なのです。あ、でも寝る前に」
「神風の見舞い、だろ?」
電が言う前に、深雪もそうしておきたいと思っていたことを言う。同じ思いだったようで、電は笑顔で返した。
深夜の戦いでとんでもない技術を発揮した代わりに、丸一日動けない状態になっている。身体がガタガタになり、入渠も意味がないため、妖精さんにマッサージをしてもらっているほどだ。むしろそれがあれば症状が1日で終わるというのは、それはそれで凄いことではあるのだが。
この時間まで姿を見せないと言うのなら、余程重傷なのだと感じる。実際は無傷なのだが、見えないところでボロボロになっているというのなら、それはそれで心配だ。
「やってたこと、無茶苦茶だもんな……。ただの棒で艤装をぶった斬るって」
「人間業じゃないね。艦娘でもあんなこと出来るのは少ないんじゃないかな」
時雨もアレには感心しているようで、神風に対しての畏怖の気持ちが一段と深くなったかのようだった。
「じゃあ、飯食った後に見舞いに行こうぜ」
「なのです!」
「僕は夕立が暴れなければ行くよ」
神風との戦いが約束されているため、後始末が終わったならすぐにでもやると言い出しそうなのが夕立。電もその対象に入っているため、神風がダメなら電が相手しろとゴネそうである。姉として、それを抑えつける方が優先度が高いと苦笑していた。
物分かりが良ければここまで考える必要が無いのだが、こと戦いにおいては、夕立はスキャンプよりも問題児である。そのため、上手く言いくるめられる時雨に任せるしかない。
洗浄、夕食と終えて、あとは風呂と眠るだけという状態にしてから、深雪と電は神風の見舞いに向かう。時雨は案の定夕立がゴネそうになったため、万全な状態でやらないと面白くないだろうなどと言いくるめて夕立を黙らせ、抑えつけるために見舞いを辞退。代わりについてきたのが、マエストラーレの命の件で神風に御礼が言いたいというグレカーレである。スキャンプはいろいろ考えたいことがあるからと部屋に篭ったらしい。
見舞いのことを伊豆提督に話したところ、少しだけ考える表情をした後、多分大丈夫でしょうと許可を出した。こういう時こそ、仲間の温もりが欲しいモノだと少々意味深なことを言っている。
「ミユキもイナヅマもお疲れ様だね。あんなお仕事の後なのに」
「慣れたもんだ。疲れはするがな」
「なのです。海が綺麗になるのは気持ちがいいですし」
「疲れてるんだ。じゃあ、あたしがマッサージしてあげよっかぁ?」
手をワキワキするグレカーレにやめろとチョップをしながら、神風の部屋へと到着。その扉の前には見張り役のように妖精さんが立っており、深雪達の姿を見るとちょうど良かったと言わんばかりに神風の部屋の扉を開ける。
その様子は、どちらかと言えば
「何かあったのか?」
深雪の質問に強く頷くと、3人に早く入ってくれと促すようだった。神風の身に何かあるのではと少々不安になるのも束の間、複数人の妖精さんに囲まれた神風が魘されているのが目に入った。
「神風……?」
マッサージ自体は終わっているようで、身体を休めるためにも睡眠に入っていたようなのだが、そこで神風は脂汗をかきながら息を荒げていた。妖精さんが起こそうとしても、なかなか目を覚まさないらしく、マッサージが出来る妖精さん達も流石に焦りの色が見えていた。
そんな時に深雪達が来てくれたのだから、渡りに船と救援を頼んだのである。
「おい、神風。しっかりしろ! おい!」
「神風ちゃん!?」
妖精さんにどいてもらい、その手を取った深雪と電は、すぐに大きな声で呼びかける。
しかし、強い拒絶反応を起こしているかのように髪を振り乱す。悪夢を見ているのは間違いなく、そこから目を覚ますことが出来ていない。自分達も経験があるからこそ、こんな神風を見てしまっては心配が大きくなる。
「神風!」
無理矢理起こそうにも、殴るわけにはいかない。しかし、優しく揺するだけでは意味がない。強く手を握っても反応は変わらない。
自分が悪夢を見ていた時どうされたかを思い出す。デッキで眠っていた時に悪夢に苛まれたが、その時は神威に傍にいてもらった。無理に起こすようなことはされなかった代わりに、強い温もりを与えられた。今はそれしかないと考えた。
少し強引ではあるが、眠っている神風を引っ張りあげ、落ち着けるように顔を抱き締める。脂汗が服につくが、そんなこと関係ない。どうせこの後風呂に入るし、それ以上に神風を落ち着かせることに専念したい。
電はそんな行動に出た深雪に対して驚きを見せるが、自分もこうしてもらえれば落ち着くことが出来ると判断し、むしろ温もりを増すために神風の手を両手で握る。
「神風、しっかりしろ」
「神風ちゃん、起きてください」
叫ぶだけでなく、落ち着かせるように優しく語りかけもする。まだ神風は目を覚ましておらず、むしろ全身強張っているような状態ではあるのだが、対応を変えたことで少しずつでも落ち着いていくようにも見える。
「グレカーレ、悪い、水とか持ってきてくれ。妖精さんに案内してもらって」
「わ、わかった。すぐに持ってくるから」
こんな神風を見て動けなかったグレカーレも、深雪に指示を出されてすぐに動く。うみどりの中は案内されているものの、すぐに必要なモノが何処にあるかなんてわかるわけもないため、マッサージをしていた妖精さんに手伝ってもらい、目を覚ました時に必要そうなモノを持ってくるために奔走する。
そうこうしている内に、神風は強く痙攣したかのように身体が震え、身体中が酷く強張る。歯を食いしばっており、まるで
こんな神風はこれまで見たことがない。戦いの中でも飄々としていた神風の、誰にも見せないような弱い部分。
「っあ……っ」
小さく息を漏らし、ようやく強張っていた身体から力が抜ける。悪夢をひとしきり見終わったのか、息は落ち着いていき、深雪によりもたれかかるように前のめりに。
「……神風、大丈夫か?」
少し身体を離しつつ背中をさすりながら目覚めやすく声をかける。ここまで来たら神風も落ち着いてきたようで、深雪のその行動によって薄らと目を開く。
「……私……また魘されて……」
「すげぇ魘されっぷりだったぞ。酷い夢を見たんだろ」
「ええ……って、深雪!?」
あまりに驚いたため、容赦なく深雪を突き飛ばしてしまう。不意打ちを喰らった深雪は見事に吹っ飛ばされ、その場に崩れ落ちることに。
「み、深雪ちゃーん!?」
「あ、ご、ごめん。ちょっと驚いちゃって。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。いい、攻撃だったぜ……」
痛みを堪えながらもサムズアップする深雪に、これまで酷いことになっていた神風も少しだけ落ち着けたようだった。
神風が落ち着いたところで、グレカーレがいろいろと持って部屋に戻ってくる。まずはその長い髪をグレカーレがタオルでワシワシと拭く。そうしている間に水をガブ飲み。ようやく一息つけたようで、神風は大きく息を吐いた。
伊豆提督を呼んでこようかと尋ねたのだが、そこまでしなくてもいいの一点張り。故に、今は最初に訪ねた3人以外には誰もいない。
「ふぅ……ごめんなさいね、なんか変なところ見せちゃって。まさか貴女達が部屋にいるなんて思わなかったわ」
「妖精さんに呼ばれたんだよ。なんか深刻そうな顔してたし」
「それに、ハルカちゃんさんからお見舞いの許可も貰っていたのです」
「……そっか、今日はいつもよりも長引いちゃったから、ハルカちゃんももういいと思っちゃったのね。誰も責められないわ」
あまり見せたくなかった光景らしく、お見舞いを許可した伊豆提督を恨めしく思いつつ、本来なら終わっている時間で目も覚ましているくらいなので、それを見越して許可したのだろうと解釈した。
いつもならこの時間は戦いの疲労が全て取れて、眠っていたとしても目を覚まし、ガタガタだったとしても気を取り直している時間帯だと神風は語る。
故に、神風がこんなことになっていることを知る者は、伊豆提督とイリス以外にはいない。神風はうみどりが結成されてから今まで、この
それがまさかこんなカタチ──伊豆提督でも想定外の神風の消耗──でバレるとは思っていなかったようだ。
「もう就寝時間くらいよね。だったら、いつもよりも2時間近く長く寝ちゃったわ。ガタが来てるのかしらね……」
「いや、よくわかんねぇけど……それだけ激しいことしたってことだろ。無理すんなって」
「無理したわけじゃないのよ? ただ、ここまで深く寝て、その、悪い夢を見るのは久しぶりだったから」
グレカーレにもう大丈夫と言うと、グレカーレは素直に離れた。わからせられた深雪と電相手とは違い、尊敬の念が強いからか、神風の言うことは割と素直に聞く。粘ることもしない。
「カミカゼの髪、すごく綺麗だよね。いい匂いだし」
「そう? ありがと」
「じゃあこのタオルはお持ち帰り」
「やめれ」
深雪がすかさずツッコむ。神風相手でもそれはそれであった。そんなグレカーレを見たことで、神風は苦笑とはいえ笑顔を取り戻した。
「その、聞いていいことがわかんねぇけど、何かあったのか? 悪夢を見るだなんて只事じゃないぞ」
流石にここまで関わったのだから、その理由は知りたくなる。話したくないことなら話さなくてもいい。だけど、話せそうなことならスッキリするためにも話してみないかと、深雪は神風に促してみた。
勿論無理強いはしない。艦娘になった理由を聞くのがタブーであることを重々理解した上で、これだけ苦しむのならば共有してほしいと願う。
「正直なところ、聞いてほしいことではないのよね」
「……だよなぁ。誰にだってそういうモンの一つや二つ」
「でも、気になるでしょ。深雪だって同じように悪夢で苦しんでるんだもの」
神風も悪夢に苛まれているからこそ、深雪の悪夢脱却に力を貸してくれたようだった。初めての水泳の訓練に付き合ったのも、それが理由。悪夢が辛いことを知っているからこそ、神風は深雪に対して親身になっている。
いや、それだけではない。
「これ、ハルカちゃんとイリスしか知らないことだから、絶対口外しないでね。グレカーレ、貴女もよ」
「わかってる。カミカゼが
「タオルお持ち帰りして匂い嗅ぐのはいいのかよ」
それに関しては素知らぬ顔である。神風もそれくらいならと広い心で許可をしようとしたが、流石に深雪が待ったをかけたので、未遂に終わった。そんな話をしている時も、グレカーレは楽しそうではあった。
「まぁいいわ。私が見た悪夢はね、私の家族が死んだ瞬間なの」
「……家族、か。酒匂さんとかにも聞いてるけど、辛ぇよな」
「ええ、本当に。だって、
一瞬、聴き間違えたかと思った深雪は、キョトンとした顔で神風を見た。同じような表情を電とグレカーレも浮かべていた。
「ちょ、ちょっと待った。神風、今なんて」
「何度も言わせないで」
「そりゃそうだろうけど、一番思ってもないことが聞こえたからこんな反応してんだよ。神風、お前もしかして……」
深雪の反応も無理はないかと神風は小さく溜息を吐いた。そして、この話の本質を語り出す。
「
神風の艦娘になった経緯が今明らかに。