「
そんな神風の言葉に、深雪達は耳を疑った。目の前にいる神風は、元々は将来を誓った夫と、その間に産まれた子供がいたということ。
「ま、マジかよ……全然見えねぇ」
「当たり前じゃない。艦娘になった時に姿もその艦娘に寄るんだもの。元々の姿とは全然違うわ」
人間から艦娘へと変わるにあたり、その姿は艦娘のモノへと置き換えられるようなもの。本来の姿がどんな状態でも艦娘となれば全てが心機一転となる。大怪我を負って生死の境を彷徨っていた睦月と子日が、艦娘となることで怪我も何も無くなっていることがその証左にもなっている。
極端な話、末期の癌であっても、艦娘となれば健康体になれてしまうのだ。適性さえあれば、なんだってアリである。その代償が姿形の変貌ではあるのだが。
「ここまで話したから言っちゃうけど、私、ハルカちゃんより歳上なのよ?」
「え、ちょ、マジか!?」
「ちゃんと黙っておいてよ。時雨にも話さないでね」
夕立を抑えつけるために見舞いを辞退した時雨には申し訳ないと、神風は苦笑いを浮かべながら話す。深雪は大きなリアクションをしているが、電もグレカーレも唖然として言葉も無かった。
カテゴリーCである時点で、ある程度人間としての人生経験をしているのは当然のこと。まだ生まれて間もない深雪と電はともかく、第二次深海戦争から今まで生きているグレカーレと同じくらい。
そんな雰囲気を見せないのは、姿が神風であるからというのもあるのかもしれない。どう考えても、本来の姿よりも縮んでいるようなものなので、
ちなみに神風は、第二次深海戦争の時には物心も付いている。うみどりの中では、前回の戦争のことをある程度体験している稀有な存在。
「……復讐って言ったよな」
「ええ、復讐よ。私の愛する家族を奪った深海棲艦を許すつもりは
艦娘となるきっかけは復讐。だが、今の言い分からして、その復讐心は鳴りを潜めているようである。
そもそも、家族を殺した張本人である深海棲艦は、当時に既に始末されている。つまり、復讐の相手というのはとっくの昔にこの世からいなくなっているのだ。だとしても、深海棲艦に家族を殺されたという事実は覆らないので、当時の神風は今では考えられない程に不安定だったらしい。
自分で語ることであるため、何処まで信じられるかはわからないがと神風自身が付け加えるものの、今このように言うくらいなのだから、神風にとっては相当だったのだろう。
「今の神風ってすげぇ落ち着いてるだろ。あたし達のこと気にかけてくれるし、後始末屋としてもあたし達にとっては誇れる大先輩だ。でも、復讐のために艦娘になったって」
「あ、そこは言い方が悪かったかもしれない。私は、復讐するために鍛え続けたの。艦娘をやってるのとはイコールじゃないわ」
先程の言葉、『鍛えて鍛えて鍛え上げて』の部分と、『艦娘をやっている』の部分は時系列的に少しズレがあるらしい。艦娘をやって鍛えているわけではなく、鍛えたからこそ艦娘になれたみたいな言い方。
「私が鍛え始めたのは、今の戦い、第三次深海戦争が始まるよりも前だもの」
「え、でも深海棲艦に殺されたんだろ。だったら」
「ミユキ、そこはあたしが説明出来るかも。合間の20年を潜んでたから、その間の世界の状態は説明出来る」
ここでグレカーレが少しだけ口を挟んだ。神風に過去のトラウマを話し続けてもらうのは、精神的にもキツイだろうということで、ここで少し交代。
神風としては内心ありがたく思えた。ここが当初の通りグレカーレではなく時雨だった場合、過去を何も知らない者に語り続けることになるため、神風の精神的な負担は鰻登りとなるだろう。それは神風としても避けたいところではあった。
「第二次が終わってから、第三次が始まるまでに20年空いてるっていうのは、ミユキもイナヅマも知ってることだよね」
「ああ、ハルカちゃんに聞いてる」
「第二次自体は8年だったというのも聞いているのです」
「その20年の間、
第二次深海戦争の終わりは、人類の目から見て深海棲艦の殲滅が完了した時。理性無く本能のままに侵略を続ける深海棲艦が現れなくなり、長く海戦が発生しなくなったことで、この戦いは終結したと人類が決定したに過ぎない。
実際はごく少数だとしても深海棲艦は残っているし、時々は発生している。その場合は戦争ではなく
その時には純粋な艦娘は人類と縁を切っている。しかし、模造の研究は完成していた。
艦娘は、海上保安の1つのカタチとして、人類の
「人間達は時々出てきちゃうはぐれ深海棲艦を始末するために、今よりもずっと少ない数の
「それくらいなら戦争とは言えないってことか」
「そゆこと。そんなの、野生の熊が人里に下りてくるようなモノだもん。それを戦争なんて言ってたら、この世界は戦争だらけになっちゃう。それに今は、深海棲艦の出方がその時の何十倍だからね。毎日何処かで戦いがあるし、そもそもはぐれ深海棲艦は部隊なんて組まないし」
はぐれ深海棲艦として現れる場合は、部隊を組むことなくふらりと現れては、やりたい放題好き勝手暴れるというだけ。それを艦娘が殲滅するというのが当時の仕事風景。艦娘という存在も、今とは少々違うと言ってもいい。
「じゃあ、神風の家族が殺されたってのは……」
「ええ、
極端な言い方をしてしまえば、非常に運が無かった。しかし、生物が起こした事件であることは間違いなく、突然愛する夫と娘を奪われた当時の神風は、精神的にも異常をきたしていたという。
「海に近付いていたから巻き込まれたわけじゃない。確かに海に近い街ではあったけど、本当に、本当に偶然、流れ弾が私達の暮らしていた家に直撃した。それが、第三次深海戦争が始まる5年前のこと」
その流れ弾のせいで幸せな家族を失い、復讐の鬼と成り果ててしまった。そうならないように誠心誠意努力していた当時の艦娘達にすら恨みを抱いてしまいそうになるくらい。
「そこからの私は酷かったと思うわ。深海棲艦という深海棲艦を皆殺しにしてやるって、躍起になって鍛えて鍛えて鍛え続けた。人との付き合いも全部切って、山籠りをしていたようなものよ。やれることは全部やったわ。その結果手に入れたのが、貴女達も見たでしょうけどあの剣術よ」
怒りと憎しみに囚われた神風が、長い年月をかけて鍛え続けた結果、今でも誰も敵わないのではないかというくらいの驚異的な力を手に入れることとなった。
たった5年、されど5年を、復讐に身を置き続けたことによって手に入れた突然変異。精神的にも摩耗し続け、恨みのみを生き甲斐にして生き続けてきたことによって覚醒した、神風の才能。
「でも、強くなったところで海に逃げられたら手も足も出ない。憎しみに囚われすぎて、そんなことにも気が回らなくなってた。とにかく強く、強く、深海棲艦を鏖殺出来る力を欲してた。人間としての自分を殺してしまったくらいに」
家族と共に、神風の心も死んでいたようなものだ。ある意味、
元々そういうことが出来る才能を持っていたというのもあるだろう。本来なら不要で、死ぬまで日の目を見ることのない才能。
「そこで深海戦争が始まったことを好都合だと思っちゃったのも、今考えれば良くないことよね。これで復讐が成し遂げられるって」
これも今の神風からは考えられない行動だ。世界の平和を守るためではなく、自らの欲望──復讐を成し遂げるために、艦娘となったのだから。
「ありがたいことに私には艦娘……神風の適性があって、今のように艦娘になることも出来たわ。修行のせいでボロボロだった身体も、ご覧の通り綺麗で若いモノに変わった。でも、艦娘となったことで私は自分の愚かさにも気付けた」
艦娘となることで、ベースになっている艦娘に思考が寄るというのは多々あること。神風にもそれが起きていた。
それまで復讐心に満たされていた心に、
「生き残った者として、死を背負い、誇りある生を謳歌するのが、私の本来あるべき姿だと……
神風という艦娘の誠実さと意志の強さを宿したことによって、今の神風は復讐心を過去のモノとして客観的に見ることが出来る。
故に、復讐のために艦娘をやっているのではない。平和のために手に入れた力を振るう。きっかけは復讐であっても、今の神風が心の底から考えるのは、この世界の平和のことだ。
「だから、私はこのうみどりに志願したのよ。初期艦として。復讐心を忘れることは出来なくても、ここのやり方は平和を目指すためには一番適してると思ったから。逆に言えば、また復讐心に囚われないようにそこから離れた部隊に所属したかったっていうのもあるわね。でも、それはそれで辛い戦いもあったわ」
このうみどりのやり方は、戦いではないカタチで世界の平和を目指すモノ。しかし、カテゴリーMという、本来ならば命を奪う必要のない存在との戦いがどうしてもついて回る。
戦わざるを得ないために、歯を食いしばって命を奪うが、その後に過去を思い出せと言わんばかりに
しかも、変に大人で親であるという経験があるからか、自分より歳下である伊豆提督に悩みを打ち明けることもなかなか出来ずにいたのも大きかった。
だが、そういうプライドなんて不要だと思い立ち、全てを打ち明け、打ち解けることで、この10年は順風満帆な艦娘生活を送ることが出来ている。意地を張ることの無意味さは、神風に教わっていると語る。
「そんな中、貴女が、深雪が現れてくれた。私は本当に嬉しかったのよ。命を奪わなくてもいいドロップ艦の存在が」
「カテゴリーWのことか……」
「それこそ、生まれたばかりの貴女は、
それが軍港都市での行動、深雪に世界の楽しさを知ってもらうという目的に繋がる。カテゴリーMや
それは自分の娘に向けていた感情と同じだ。もし娘が生きていたら、そうやって育てているという方法を、深雪に対して実践している。迷惑にならないように、深雪のことも考えて。
「……まぁ、だから、私にとって貴女達カテゴリーWは、子供みたいなものなの。深雪なんて、私の娘に結構似てるのよ? 写真とかは残ってないけど、目元なんてそっくりで」
「そ、そうなのか」
「あの頃は10歳だったから、今の貴女の外見より幼いくらいね。順当に成長してくれていたら、もしかしたら貴女にそっくりだったかも。そうそう、あの子が中学に通うとなったら、制服もセーラー服だったのよ。だから、本当に似てたかもしれないわ」
一度本当のことを口にしてしまえば、湯水の如く溢れ出る神風の感情。こういうところも、これまでは見たことがなかったところである。
この一件により、神風との心の距離がぐーんと近付いたかのように思えた。
10年前から始まった第三次よりもさらに5年前に、10歳の娘を失っている神風。単純に計算しただけでも、いい歳であることがわかります。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/111498280
198話『道具の命』にて、鉄パイプ片手に船渠棲姫に立ち向かう神風。斬れ味なんて皆無な武器で、艤装も何もかも叩き斬る技を披露した回。その怒りと憎しみは、今回の話で書いた通り。
【挿絵表示】
そして、一切の慈悲なく腹を貫く。命を冒涜する者に、容赦なんてしない。