神風が目を覚ましたということで、時間は遅いものの夕食を食べてもらうために食堂へ。他の者達は全員それを終わらせており、残すは神風の分だけという状態で食堂に置かれていた。そして、そこには伊豆提督とイリスの姿も。
すぐに温め直すと料理を手早く加熱していくが、ここで神風から先程の事が語られる。
「深雪達には知ってもらったわ」
「知って……って、アナタの過去のことを?」
「ええ。悪夢に魘されているところ、見られちゃった」
危なく料理を落としかける伊豆提督。イリスがすぐに支えたので事なきを得るものの、動揺が酷かった。
本来なら最後まで隠し通さねばならないような事実なのに、さらには
「ごめんなさい神風ちゃん、もう大丈夫だと思ってお見舞いを許可したアタシの落ち度だわ」
「私もあんなに寝ちゃうなんて思わなかったもの。ハルカちゃんは悪くないわよ」
「でも……」
「いいのいいの」
見た目は完全に真逆なのだが、実際の歳は神風の方が上。それを知った事で、この会話の関係性も、実は
知ってしまうと、なんだか不思議な気分である。カテゴリーCの特異性──外見と実年齢の食い違いもよくわかる光景。
「深雪ちゃん、電ちゃん、それにグレカーレちゃん、わかってると思うけれど」
「ああ、わかってる。他言無用だろ」
「ええ。神風ちゃんのためにも、よろしくお願いね」
深雪は勿論、電も力強く頷く。グレカーレもコレに関してはしっかり理解しているようで、わざわざ神風に喧嘩を売るようなことはしないと断言した。
多少問題を起こしかけるグレカーレとて、尊敬している神風を傷つけるなんて絶対にしない。むしろ、尊敬がまた増したくらいだった。
過去の神風はどちらかといえば潜水艦の面々に近い。グレカーレも姉が人間にやられたという事実があるからこそ、神風の気持ちが少しはわかる。皆殺しにするために全ての縁を切って復讐に取り憑かれるということはなかったものの、その恨みがどれほどの熱を持っているかは理解出来ているつもりだ。
「さ、じゃあさっさとご飯を食べておくわ。丸一日寝てたようなものだから、お腹もペコペコよ」
「すぐに温め終わるからもう少しだけ待っていてちょうだいね」
「ええ、お願い」
そのついでに深雪達は少しだけだが夜食を提供された。口止め料も含まれてるのかと思いつつも、そこでは何も言わなかった。
翌朝、今回の後始末も清浄化率の維持を確認するために、丸一日この海域に待機する。その間はいつものように自由時間。
そして、朝食後にそれは起きた。
「神風! 夕立、ずっと待ってたっぽい!」
待てをされ続けてきた夕立が、ついに限界を超えて神風に突っかかった。
時雨に言いくるめられて戦いを先延ばし先延ばしとされていた夕立だが、電と戦う約束もまだ実行出来ていないこともあり、我慢が出来なくなってしまったのだ。
「後から後からって、夕立ずっと待ってるのに酷いっぽい! 今日はもう疲れてもいないんでしょ? 電も本調子だよね。じゃあ、2人とも夕立と戦うっぽーい!」
第二次の時から生きているのだから、艦娘となって最低でも30年経っているのに、これでは我儘を言う子供。元々夕立は見た目とは違ってかなり幼い性格をしていることが多い艦娘なのだが、拗らせ続けてその要素がさらに酷いことになっている。
「神風、悪いんだけどそろそろ止められない。頼まれてくれるかい」
寝不足というわけではないのだが、朝から若干疲れが見える時雨が神風に願い出た。
昨晩から夕立を抑えつけるために尽力していたようだが、夕立はどうしても強者と戦いたい、そうでなくても戦いたいという気持ちが非常に強くなってしまっているようで、こんなに長い時間戦わずに過ごしていることは無かったらしい。
それだけフラストレーションが溜まっていることで、夕立は徐々にイラつきまで見せ始めているようで、ここで神風がさらに待たせるようなことがあったら、うみどりの面々に見境なく喧嘩を売る可能性まで出てきていた。
それを見越した時雨が、
「いいわよ、約束だものね」
「ぽい! それじゃあ、工廠行くっぽい!」
「ストップ。
ここで神風は一つ提案をした。清浄化率の維持を見る必要があるため、海に出ることは出来ない。だからといって、トレーニングルームで喧嘩をするとお互いに怪我をすることになる。
夕立のストレスを抜くためには、それこそ演習以上の戦いがいい。そして、それが出来る場所がうみどりにはある。
「ハルカちゃん、VR借りてもいいかしら。今日誰か使う予定ある?」
「今日は誰もいないわ。今から借りたいって子はいるかもしれないけど」
そこにある者達はどうぞどうぞと神風に譲る。システムを管理しているイリスも、今のところ申請を受けていないから大丈夫だとすぐに準備してくれた。
「じゃあ夕立、ついてきてくれるかしら。伸び伸びと好きにやれる場を提供するわ。他にも見たい子がいれば好きにしてくれてもいいから」
「ぽい! そんな場所あるならすぐにでもやりたいっぽい!」
神風に手招きされて、ウキウキしながらついていく夕立。だが、この時点でスキャンプとグレカーレ以外はいろいろと察した。
夕立はここで神風によって完膚なきまでにやられることを。
トレーニングルームの更に奥、仮想空間へと繋がるその場所で、中に入る者は手早く着替える。夕立も神風に聞きながら準備をするが、その時を今か今かと待っており、ずっとソワソワとしていた。
仮想空間に同時に入ることが出来るのは6人まで。神風と夕立以外は、夕立の保護者枠として時雨、問題児達の管轄として深雪と電、そしてグレカーレ。スキャンプも興味を持ったようだが、中に入るより外で見ていたいということで、イリスの隣で内部の様子を見ることに。もし内部で何かあった場合、スキャンプが外から文句を言うためでもある。全員が中に入るまでは信用していないことの表れ。
「あたし達はもうこなれたもんだな」
「なのです。頭痛も無いですし」
「僕はまだだよ……この後のことを考えると憂鬱だね」
時雨はまだ深雪や電よりも回数が少ないため、訓練終了後の頭痛の恐れがある。それを思うと今からげんなりしているようだった。
「わぁ、すごいっぽい! さっきまで艦の中だったのに、海の上っぽーい!」
「これが今の人間の技術なんだ。うわ、すごい、触った感覚はあるのに、痛みだけは無いんだぁ」
夕立は元より、グレカーレもこの環境には驚いている様子。
第二次の時には無かったこの空間は、練度を上げることは出来ないが技術を磨くことが出来るという場であることは事前に説明を受けているため、その辺りは納得してここにいる。
「よーし、神風、早速やるっぽい!」
「ええ、じゃあ装備は自分で決めていいわよ。使いたいモノを好きなように使いなさい。私はこれだけでいいから」
そう言いながら神風は一本の刀をイリスに頼んで展開してもらった。主砲も無ければ魚雷もない。本当に刀1本だけ。
対する夕立は、自分の最も得意と言える主砲2つと電探を装備したスタイル。だとしても魚雷は扱えるため、駆逐艦として出来ることは全て出来るような状態。
「本当にそれだけでいいっぽい? もしかして夕立、甘く見られてる?」
「何言ってるのよ。私の本気はこっちを使う時よ。艦娘の力だけで戦う方が手を抜いているようなものだから」
「そうなの? じゃあ、それを証明してもらうっぽい!」
どちらも準備が出来たとわかった瞬間、合図も無しに主砲を構える。これはまだカテゴリーMとして荒んでいた頃の時雨と似たような行動。出来ると知ればすぐ行動し、攻撃に出るという狂犬のような性質。
そして、時雨の時は神風が容赦なくその腕を撃ち抜いて何もさせなかったが、今回は主砲も装備していない状態。撃ち抜くなんてことは出来ないのだが、今の神風はそれ以上のことが出来る。
「姉妹って似てるのね。まさか本当に時雨と同じようなことをしてくるなんて」
主砲を放つ前に、神風は抜刀していた。夕立の行動を前以て予測していた神風は、既にその対策を講じていたのだ。
ただしその対策が非常に雑、かつ残酷。今この瞬間、
「ちょ、神風それやりすぎじゃあ」
「死なないし痛くないんだから、一度これくらいされた方がいいわよ」
時雨の苦言も何のその。どうせここでここまでやられたとしても、現実で死んでいるわけじゃないのだから構わないと凄まじい。
首が失われた夕立はその場で消滅し、ピンピンした状態の夕立がまた現れた。疑似的な死を経験し、夕立は目をパチクリさせている。
「え、今何が起こったっぽい?」
「1回目。私が勝ったわけだけど、まだやる?」
「ゆ、夕立には何されたかわからないっぽい。だから、無効っぽい!」
先程の死を振り払い、すぐさま次の攻撃に転ずる。相変わらず主砲を前に構え、神風を見据えるのだが、その時にはもう射線上に神風の姿は無かった。
「何、自覚出来る負け方がしたいのね。いいわよ、じゃあここからはちゃんと理解出来るように行きましょうか」
主砲を構えている両腕が斬り飛ばされる。痛みは無いが、見た目が悪く、夕立は目を見開いてしまう。
それだけでは終わらない。返す刀で袈裟斬りにし、肩から横腹までが綺麗に斬り落とされたところで再び消え、夕立はリセット。
「2回目。私の勝ちね」
「も、もう一回、もう一回やるっぽい!」
今度は学習したから、バックステップをしながら主砲を構える。目にも留まらぬ速さで近付いてくるなら、一度離れて見えるようにしてから撃てばまだマシになると考えて。
こと戦いに関してはよく頭が回る夕立。一度見ただけでその技を模倣することが出来るほどの戦闘センスを持っていることもあり、すぐさま対応しようとした。
しかしそれは、
「素早いのはいいことよ。それだけ身体が動くんだから、もう少し技術を学んだ方がいいかもしれないわね」
華麗なステップを見せながらも一気に接近した神風は、動かないように夕立の両脚を斬り飛ばす。自分の勢いもあるため、その場で海面に転げ回るように転倒する羽目に。
自分の両脚が目に入ったときには、神風がもう真横におり、再び首を斬り落とされた。
そして、夕立はリセット。
「3回目。やる気だけは満々だから、まだまだやれそうね」
「まだまだ、まだまだやるっぽい!」
「いいじゃない、そんなに殺気立っちゃって。
そこからは、もう虐殺のようにしか見えなかった。夕立が魚雷を放とうとすれば、それを飛び越えたときにはゼロ距離に近づかれており、上半身と下半身が離れていた。スピードにようやく目が慣れてきたかと思いきや、さらにスピードを上げられて頭を縦に割られた。同じように接近して、覚えたばかりではあるが関節技を決めようと手を伸ばしたら、よりによってその手を三枚おろしにされた。その一撃一撃が、実戦なら即死レベル。
この異常すぎる戦闘力の正体を知っている深雪達は、何故だか少し悲しい気持ちになった。
家族を失ったことで鍛え続けて手に入れたこの戦闘力。深海棲艦に復讐するために、人間の皮を破ってしまい、覚醒してしまった破壊と殺戮の才能。それを今、平和を守るために振るっているのだが、だとしてもこの力の発端は悲しい現実。
「……電、あたし達は、神風にこんな力を使わせるわけにはいかないよな」
「なのです。だから、電達はもっともっと、強くならなくちゃいけないのです」
「だな。神風にあんな力を使わせないようにするためにも、あたし達は今以上に強くなろう」
深雪と電は、神風のためにも強くなろうと決意した。戦いに対して控えめな思いがある電も、神風のためにと思うとやる気が出た。
そう話しているうちも、夕立は何度も何度も疑似的な死を迎えていく。痛みはなくとも、心を折るには充分だった。
いくら夕立であっても、神風にとっては子供みたいなもの。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/111531446
203話『神風の過去』にて、その壮絶な過去を聞いた時の反応。そうなるのも無理はない。それだけ悲しく辛い過去を神風は持っていた。
リンク先に深雪と電のアップがありますので、是非ご覧ください、