後始末屋の特異点   作:緋寺

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心のゆとり

 清浄化率を確認するための待機中、夕立が痺れを切らして神風に戦いを挑んだため、それを見守るために深雪達は共に仮想空間に入っていた。

 実際、神風が負けるとは全く思っていなかったため、むしろ夕立が心配になるほどではあった。

 

「つっても、ここまで差があるなんて思ってねぇよ」

 

 その戦いは、本当に神風が一方的。夕立が動こうとした時には、その息の根を止めている。首を飛ばすところから始まり、両腕を斬り飛ばし、両脚を斬り飛ばし、時には腕を三枚おろしにし、頭を縦に割ることまでしている。

 それでも夕立が止まらないので、神風は容赦なく仮想の死を与え続けた。バリエーションも多種多様。文字通り()()()()、夕立の心を折りに行った。

 

 その結果、夕立が動かなくなった。

 

「あら、おしまいでいいの?」

 

 神風も刀を鞘に収める。仮想空間なので疲れを感じていないが、夕立はそこで膝をつく。

 神風にはどうやっても勝てない。それを嫌というほど知ることになった。創意工夫も通用しない。力押しは以ての外。考えようとしても時間すら与えられない。それなのに、神風が繰り出す技は見ても覚えられない上に、()()()()()()()()

 

「勝てない……ぽい……」

 

 あまりに圧倒的な差があったせいで、夕立の心は完全に折れていた。

 

 潜水艦の中で時雨とやり合った時は、まだ勝ち目があると感じていた。体術同士でアレならば、砲撃を加えれば勝ち目はあるのだから、またやりたい。

 電に砲撃を止められた時も、それなら返すことが出来る、次なら勝てると自信満々だった。関節技は近付かせなければいいだけなのだから、またやりたい。

 

 だが、神風相手には()()()()()()()()と思えるほどになってしまった。

 

「そう、勝てないの。今の貴女と私には、これだけ差があるのよ。そもそも貴女、ブランクがあるわよね。30年も拗らせ続けて、その間ちゃんと鍛えてた? 第二次の時の力に胡座をかいてない?」

 

 心が折れた夕立に、今度は説教である。神風の裏側を知る者にしてみれば、この説教も母性が働いてのことなんだろうと察することが出来た。

 

 夕立はいわば、ワガママな子供だ。自分がやりたいことを優先し、周りすら巻き込む。そしてこのザマだ。

 そういうことをちゃんと教え、学んでもらい、成長を促す。そうして夕立すらも立ち直らせようとしている。

 

「喧嘩が好きなのはもう仕方ないわ。貴女だっていろいろ理由があるだろうし、()()()()()()()()()()()()()んでしょうけど、そんなことをしていても何も変わらないわ。むしろ、自分の立場を悪くするだけよ。手遅れかもしれないけど」

 

 勝てなすぎることで打ちひしがれている夕立に向かって、少し辛辣気味に説教をする神風。その言葉が聞こえてるかはわからないが、夕立はうぐと息を詰まらせる。

 

「というか、貴女ちゃんと自分が思ってることを口にしたことある? 潜水艦の仲間に悩みとか打ち明けたことある? ずっと溜め込んでるなら、一度ここでぶちまけてみなさいな。恥ずかしいことならここから出た後に私だけが聞いてあげるから」

 

 こういうところは母親なのだなと深雪達はいろいろと思う。親子という感覚は理解出来なくとも、どういった存在なのかはなんとなくわかっている。神風にとっては、夕立も手のかかる子供くらいにしか思っていないようである。

 だからだろうか、夕立もポツリポツリと自分のことを話し出す。嫌な過去を語るというのはそれだけでもストレスが溜まるものだが、神風の前だと何故だか素直に話せてしまうようだった。

 

「……夕立は、自分が強いって思ってた。でも、あんな酷い目に遭った。じゃあ、夕立は弱いんじゃないかって、思うようになったっぽい」

 

 夕立の言う酷い目というのは、勿論30年前の事件。グレカーレのように姉妹が犠牲になったのではなく、夕立は自身がその被害に遭っている。

 

 鎮守府に、提督に裏切られるようなカタチで命を搾り取られ、死の淵に立たされたことによって、自分は弱い存在なのだと感じてしまった。

 実際の夕立は、その鎮守府でも屈指の実力者だった。それこそ、当時の筆頭駆逐艦と認定されるくらいの力を持っており、性格もここまで好戦的でも無かった。だが、一度死にかけたことで精神を病んでしまっていたのである。

 

「夕立は自分の強さがわからなくなっちゃった。だから、それが知りたいの。戦って勝てば夕立は強いっぽい。強ければ、もうあんな目に遭わなくて済むっぽい」

 

 曲解と拗らせで、夕立は酷く歪なモノに歪んでしまった。強さを自覚するために、周囲に戦いを挑む。そして勝つことで強さを手に入れ、負けたところで何度も挑んで勝つまでやる。そして勝てば強さの証明になる。死の恐怖を知っているからこそ、それを振り払うために戦いに身を委ねようとする。

 それがこの長い年月で歪みに歪んで、最初の気持ちを忘れ、ただ喧嘩を売るだけのワガママな子供になってしまった。潜水艦という閉じられた空間で、他に娯楽もなく、仲間達も人間に対して裏切られた憎しみを持っているため、それに乗っかってしまったとも言える。

 

 だが、ここで神風に自分の思っていたことを口にすることで、最初の気持ちを思い出し、ただ喧嘩をしたいだけではなく、自分の中にある恐怖──弱いために訪れた死の恐怖──を払拭したいために戦いたいということを思い出した。

 

「そもそも、自分が強いって思うことが烏滸がましいのよ」

 

 そんな夕立に、神風はまず一言。

 

「誰だって強さと一緒に弱さを持っているわ。私だって、今夕立を完膚なきまでにボコボコにしたけど」

「もう少しオブラートに包んでほしいっぽい!」

「事実でしょ。屈服させたけど、私にだって弱いところはあるわ。戦って強いだけがこの世界で生きていくために必要なことじゃない。というか、戦いで強いだけなんて、この世界ではポンコツよ」

 

 まるで自分に言い聞かせるような言葉。ただ強いだけでは意味がない。復讐心に駆られ、人を捨てる程にまで鍛え上げた神風が、艦娘となって人の思考を取り戻したことで、自分の心の弱さを自覚した。だからこういうことが言える。

 

「貴女に必要なのは、その苦しみを乗り越える強さよ。それはただ喧嘩で強いことじゃない。喧嘩が弱くても、心が強いヒトはごまんといるわ。力の強さより心の強さ。夕立、貴女は今、心は全然強くないのよ」

 

 これを弱者と罵られていると受け取ってしまったら、もうおそらく矯正しようもない。神風も下手したら見捨てる。だったら好きにやっていろと、この場でさらに心を折るために一方的に殺し続けるだろう。

 だが夕立は、力の強さに関しては罵られると憤慨するが、心の強さに関してはピンとも来ていなかったので、首を傾げる。

 

「心の強さ……? 夕立、そこを鍛えればもっと強くなれるっぽい?」

「ええ、それこそ私を凌駕するかもしれないわね。だって貴女は純粋種、私みたいな模造品とはそもそものデキが違うでしょ」

 

 こき下ろすわけでもなく、夕立自身の強さも持ち上げながら、夕立を正しい道へと誘導する。

 

 本来ならば、道は自ら選択させるべき。それは神風としても理解している。しかし、その道が見えていない夕立に対しては少し話が変わる。見えていない道を見つけさせるためには、誰かがそこに連れていくしかない。それでその道を選ばないというのならば、それは本人の選択だ。誰も何も言えない。代わりに、自分の道とは交わらないとして、放っておくし見限る。

 夕立は長く生きているとはいえ、子供っぽい性格であるが故に、まだまだ矯正出来る余地がある。今のままの道で行けば、間違いなく破滅する。道が続いている先にあるのは崖だ。

 

「……どうやったら強くなれるっぽい?」

 

 食いついた。強くなるためなら何でもやると言わんばかりの夕立ならば、自分の知らない強くなる方法なら率先して知りたがる。

 

「戦いを挑むんじゃない。一緒に付き合っていくの。そうね、一緒に遊んでみるとか。遊びにも勝敗はあるけど、負けても楽しいことをしてみるのが、貴女には一番いいかもしれないわね」

「負けて楽しいなんてあるの?」

「勿論。私だけかもしれないけど、結果じゃなくて、過程を楽しむのよ。ちなみに私、自分で言うのは何だけど、剣術以外はかなり普通よ。トランプとかむしろ弱い方だから」

 

 その言葉に、深雪は思い当たる節があった。妙高と三隈と共に遊んだオセロ。あれはなかなか勝てなかったが、どうやってやればいい手になるかとか、ここで逆転出来そうだとか、逆にしてやられて声をあげたりとか、ただ遊んでいるだけでも楽しかった。

 夕立に必要なのはそれなのだろう。海中で鬱屈した生活をしている中で、そういう多少の娯楽があったかは知らない。だが、あったとしても夕立はそういうのに触れてこなかったのだろう。だからこそ、ここで知っておいた方がいい。

 

「これが終わったら、みんなでレクリエーションルームで遊んでみましょっか。あんまり疑心暗鬼になるようなゲームじゃなく、それこそババ抜きみたいな運の要素が強いゲームとかだと楽しめると思うわ。夕立、どうかしら」

 

 勝敗はありつつも、誰にだって勝てる運の要素があるゲームならば、心の強さが鍛えられる。神風はそう語る。夕立に必要な心の強さは、()()()だ。

 

「わかったっぽい。今より強くなれるなら、夕立、神風の言うことに乗っかるっぽい」

「ん、いい子。絶対にいい方向に行くから、安心してついてきてちょうだいね」

 

 夕立との喧嘩に関しては、ここで終わる。電との戦いは、この時には夕立の頭の中からスッカリ消え果てていた。

 だからといってそれを蒸し返そうとは思わない。やらずに済むならそれに越したことは無いのだから。

 

 

 

 

 仮想空間での活動はこれで終了。時雨は少しだけまだ頭痛がするようで、憂鬱な表情をしていたが、グレカーレと夕立は目に見えて痛みを表す。

 

「あ、頭痛い……」

「うああ……なんでみんな平気っぽい!?」

「慣れよ慣れ。何度もやれば頭なんて痛くなくなるわ」

 

 ケロッとしている神風を見て恨めしそうな夕立。グレカーレも深雪と電が痛みすら感じていないことを知って羨ましそうに眺めている。

 

「中に入らなくてよかったぜ。あたいはそういうの嫌だからな」

 

 頭痛に苦しむ2人を見て、心配するわけでもなく少し安心しているスキャンプ。好き好んで頭痛に苦しもうだなんて思わない。やれと言われてもこれを見たら絶対やらないと断言することだろう。

 

「で、どうなんだよユーダチ」

「どうって?」

「そいつらの言うこと、信じんのか?」

 

 スキャンプに真正面から言われるものの、夕立は真っ直ぐな瞳で返す。

 

「強くなれるなら、夕立は乗っかるっぽい」

「単純だなテメェは」

「神風はまだ信じられる気がするっぽい」

 

 夕立曰く、野生の勘。少なくとも神風からは、嫌な人間という雰囲気は感じられないとのこと。

 とはいえ少々危うさも感じる。同じように力を得られると言われたら、出洲にもホイホイついていきそうな危うさが。

 

「スキャンプ、聞いてたと思うけど、今から遊ぶぞ。お前もついてこいよな」

 

 ここで深雪がスキャンプもこれからやる遊びに付き合わせようと誘った。夕立もそうだが、スキャンプにも心のゆとりは必要だと感じていた。

 

「あぁん? なんでテメェに指図されねぇといけねぇんだ」

「みんなでやった方が楽しいだろ。それとも何か、お前、ゲームでも負けるのが怖いのか?」

「んだと? やってやらぁ! テメェに吠え面かかせてやるからな!」

 

 あまりにもわかりやすい煽りに、素直に乗っかるスキャンプ。そんな2人のやり取りは、場を和ませるのには充分だった。

 

 

 

 

 この後、レクリエーションルームで繰り広げられるババ抜き対決は熾烈を極めた。尚、誰かが強い弱いということはなく、順位が決まることもなかった。

 そのおかげというのもあり、夕立は確実に悪ガキからいい子へとステップアップしている。

 




ババ抜きはババ抜きでポーカーフェイスとか必要だから強さ弱さは出てきそうなですけどね。こういうの強そうなのは時雨とグレカーレ。
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