夜のデッキにて、スキャンプの悩みを聞いた深雪と電。その悩みとは、スキャンプがこれまで感じたことのないような感覚に苛まれているということ。優しくしてくれた酒匂の顔が忘れられず、変に苦しいのに嫌な気分ではないという不思議な感覚。それを知っているなら知りたいと。
深雪にはすぐに答えられなかったが、電にはすぐに答えられた。その感覚の正体は、電にもあったこと。
「スキャンプちゃんは、酒匂さんのことが、好きになったのですよ」
スキャンプはキョトンとしていた。全く予想していなかった言葉が電の口から放たれた。
「好き? 好きって言ったか今」
「なのです。スキャンプちゃんは、酒匂さんのことが」
「何度も言うんじゃねぇよ!」
声を荒げて電の発言を止める。その時のスキャンプの表情は、まだ出会って間もないものの、これまでに見たことのないようなものだった。夜であるため少し暗いものの、その頬は赤く染まり、怒りや憎しみなんて何処にも見えない代わりに、激しく動揺しているもの。
ここにグレカーレがいたら、こんなスキャンプを冷やかしたりしていたかもしれないが、深雪も電もそんなことはしない。するわけがない。スキャンプの変化を喜び、これまで地獄だった艦生がここから変わるかもしれないと思うと、その思いを応援したくなる。
「いいことじゃんよ。誰かを好きになることって悪いことじゃねぇよ」
「なのです。嫌いになるより好きになる方が、絶対にいいことなのです。その第一歩が酒匂さんなら、電はすごく納得出来るのですよ」
「だよな」
スキャンプの思いを後押しするように、前のめりに話をする深雪と電に、スキャンプは鬱陶しそうに近付いてくるなと手を振る。
「でも、だな。あたいには、裏がないって言われてもわかんねぇんだよ。テメェらはサカワのことを絶対に信頼してるし、その言葉に嘘は無いんだと思う。でもな、あたいはそれでも裏切られるかもしれねぇって考えちまうんだ」
これまでの経験から、そんな簡単に他人を信じることが出来ないスキャンプ。周囲が全て敵という環境をどうしても引きずってしまうため、『好き』という感情が芽生えたとしても、相反する感情のせめぎ合いのようになってしまい混乱している。
スキャンプには人間や仲間に虐げられた記憶があるせいで、あの酒匂も同じようにしてくるのではないかと考えてしまう。今の優しさが実は上辺だけであり、信じきったところで手のひらを返されるのではないかと恐れている。
その攻撃的な性格も、『好き』という感情の前では、臆病な性格に変貌させる。自分のそれで酒匂を傷付けてしまわないかと不安になり、だとしても今の関係を切ることには否定的。
そしてそれが、全て
「わからなくはねぇよ。信じた奴に裏切られるなんて苦しいよな。あたしは経験無いけど、その気持ちはわかるつもりだ」
「電もなのです。近しいことはあったので、スキャンプちゃんの思うことはわかるのです」
深雪は初めて伊豆提督に世界の真相を聞いたときに、人間に対する不信感が生まれている。だとしてもうみどりの面々や軍港都市の人間達を事前に知っていたおかげでそこは振り切れている。後に引きずることなく、これまで通りの生活を即座に取り戻している。
電は深雪よりも重症だった。今まで信じていた仲間達に裏切られたかのような感覚を得たことで、世界が暗くなったかのように見えた。だが、人間を信じる深雪を信じることで、事なきを得ている。今では深雪と同じように、うみどりの仲間を信じて生活出来ていた。
総じて、人間への不信感は知っている。だが、信じられる存在も知っている。その経験があるからこそ、スキャンプに大丈夫だと言い切れる。
「あたしらが生き証人だ。うみどりのみんなは絶対に裏切らない」
「なのです。心配もいらないのです。酒匂さんは特に信用出来る人なのです」
2人にそれだけ言われても、スキャンプは簡単には変われない。深雪が経験の積み重ねで吹っ切れることが出来たように、スキャンプも経験の積み重ねで他者が信用出来なくなっているのだから。
だから、深雪は提案する。
「そんなに難しいなら、明日からしばらく酒匂さんと行動してみたらどうだ? 信じられるか信じられないかを知るために、もっと観察してみろよ」
「……はぁ!?」
そんな提案を聞き、スキャンプは素っ頓狂な声をあげてしまった。そして、その顔は余計に赤く染まる。
「電も深雪ちゃんの提案に賛成なのです。疑問に思っているから、まずはそれを解決するために動くべきなのです」
電も乗り気。人間が信用出来る存在であることを知ってもらうため、そして、スキャンプの『好き』という気持ちを後押しするため、この提案を是としている。
酒匂──うみどりの中でも屈指の善人──と共に行動すれば、きっとそのまま人間を信じられるようになる。2人はそう考えていた。
「……んなことしたって、何も変わらねぇよ」
「断言出来る理由はないだろ。そういう人間と付き合ったことないんだからな。知らないものを知ってるように言うのは間違ってると思うぜ」
「なのです。まずはやってみてから文句を言うべきだと思うのです」
深雪だけでなく電からも強い言葉をかけられ、スキャンプはぐぬぬと息を詰まらせる。
本来ならば、これは諸刃の剣だろう。信用するに値する相手かどうかは、付き合ってみなくてはわからない。そして、裏の顔を知っていることなんて基本的には無いのだから。
しかし、相手が酒匂であるなら話は別。間違いなくいい方向に進むと信じられるのだから、共に行動することを推奨出来る。
「まさか天下の問題児が、こんなことでビビっちまうなんてことは無ぇよな?」
そしてトドメに深雪が煽り散らかした。これまではこれに乗せられてスキャンプはやってやると奮起している。深雪はそれを狙った。
しかし、スキャンプは条件反射的に言い返すことはなく、少しだけ考えた。これまでの喧嘩腰とは違って、思った以上に奥手な反応。だが、深雪にビビっていると言われたら、日和ってなんていられないと、ギリッと歯軋りをしながら深雪を睨みつけた。
「……いいぜ、やってやらぁ。信用出来ねぇ奴だったら、こっちから願い下げだっつーの。あたいを信用させてみろってんだ」
「よく言った! 明日は後始末があるからみんなで作業だけど、その後からはまたフリーになるはずだからな。その時から酒匂さんといろいろやってみろ。絶対に信用出来るし、そういう人間もいるってことがわかるから。正直、あたし達とつるんでるより絶対にいい経験になるから」
ニカッと笑った深雪は、スキャンプのその気持ちを後押しした。
「電も何かあったらお手伝いするのです。頑張ってください」
電も満面の笑み。ここまで来ると、もう後戻りは出来ない。
「……何かあったら、ここの連中全員ぶっ潰してやるからな」
「おう、好きにしろよ。そんなことは絶対に無いし、もしそうなってもあたしが止めてやるから。その代わり、勘違いから暴れるとかそういうのは無しにしろよ」
「わかってらぁ」
これにより、翌日からスキャンプのその気持ちを理解する作戦が始まることとなった。
それを成立させるためには、ある程度の人間に理由をしっかり知ってもらわなくてはならない。そのため、後始末の前に伊豆提督やイリスに事情を説明してからとなる。スキャンプはその辺りは否定的だったが、そういうわけにはいかないと納得させた。
翌朝、うみどりは現場に到着。事前に言われていた通り、そこは中規模寄りの小規模。姫級の残骸などはなく、持ち去られた形跡もないため、作業範囲が拡がっているようなこともない。これならば、作業は夕方になる前には終わるだろうと、予想出来る。
勿論、今この現場に
「今回も執務室で見ていてちょうだいね。何か他にしたいことがあるならそちらをしてくれてもいいけれど」
伊豆提督が執務室に招き入れた3人に聞く。前回の後始末の時は、基本的にはただ見ているだけ。後始末が何たるかはその時に全て知っているはずなので、ここからは前回のおさらいといった程度になる。
他にしたいことと言われても、普通なら存在しない。うみどりの面々との交流を進めていたとしても、その者達が総じて後始末の現場に出て行ってしまっているのだから、やりたくてもやりようが無いというのが現状。
「夕立はもう少し遊んだ方がいいって神風に言われたっぽい。だから、何か遊べるモノあるっぽい?」
心のゆとりが必要な夕立に必要なものは遊び。後始末の裏側でも何かしておいた方がいいと神風に言われており、何かないか伊豆提督に聞く。すると、何処かからか一人でも遊べそうなものとして、ルービックキューブや知恵の輪を取り出した。
「今はこんなものしか無いけれど、やってみる?」
「ぽい! どうやってやるか教えて欲しいっぽい!」
「ええ、いいわよ。簡単だけどとっても難しい遊びなんだけれどね」
夕立が非常に子供っぽく楽しそうに見つめているため、伊豆提督としても非常に穏やかな気分になっている。強さを証明することで自分を保っていた夕立が、強さとは関係ない遊びに楽しみを見出だしているのは喜ばしいことだ。
「あたしは後始末の様子を見てるね。カミカゼとかミユキとかイナズマに焦点合わせてね」
「はいはい、本当に首ったけねぇ」
「あたしを
グレカーレは後始末の様子をじっと見ていることになる。前回と同じではあるのだが、自分が好きになった相手の活躍をその目にしたいという願望が強く出ているため、見るべき場所が少々変わるだろう。
あまり欲望丸出しの目をされてしまったら困るものの、人間に対する信用にも繋がっているのと、なんだかんだグレカーレは本当にやってはいけないことはやっていないため、これはまだ穏やかに見ることが出来る。
最後のスキャンプだが、この中でも特に反発が強いため、伊豆提督としては慎重に行かねばならない。とはいえ、今回は少々変化がある。
この後始末に入る前に、深雪と電から話はされているため、どうすればいいかはもう考えてある。
「スキャンプちゃん、話は聞いているわ。アタシからは何か言うことは出来ないけれど、イリスなら何かしら手を打ってくれるわ」
「ええ、ひとまずスキャンプには仮だけど救護班として働けるように手配しておくつもりよ」
「は、救護班だと?」
これは想定していなかったようで、イリスを睨み付ける。
「だって、酒匂と一緒にいたいのよね」
グレカーレや夕立には聞こえないように囁くと、スキャンプはビクッと震えた後、小さく舌打ちをした。
「とはいえ、救護班が実際に仕事をすることになるのは、そこで戦いが起きてからだし、怪我人が出ないなら出動もしないわ。だから、どういう心構えでこの仕事をするかを知ってもらうために、班長である酒匂にいろいろ教えてもらうのが、貴女の仕事になると思うわ」
酒匂と共に生活し、本当に信用出来る者かを知る。そのためにいろいろ手配してくれている伊豆提督とイリスに、本来は感謝するべきなのかもしれない。スキャンプには、その気持ちもわからないのだろうが、やるべきことを正しく用意したことは、悪くない気分だった。
そのため、おおよそ納得してその状況を受け入れる。口は悪くとも、その気持ちは伊豆提督とイリスにはしっかり伝わった。
「……そうかい。わかったわかった。今回はそれに乗ってやるよ」
「よかったわ。なんなら酒匂と同じ制服でも用意してあげましょうか?」
「いらねぇよ!」
それはただイリスが着せたいだけだろうと誰もが察した。
スキャンプはスキャンプで新たに進むことになる道を見つけたようである。これまでの不幸を払拭するくらいの幸せは、酒匂と共にあるかもしれない。
酒匂の制服、つまり阿賀野型制服姿のスキャンプ……割と似合うかもしれない。でも中には競泳水着は着てそう。