後始末屋の特異点   作:緋寺

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意思無き者

 中規模寄りとはいえ、小規模の後始末となれば、もう熟れたものである。深雪と電は神風と共に肉片拾い、時雨は酒匂に海水の濾過を学ぶ。

 範囲もそこまで大きなモノでもないため、作業自体もとんとん拍子。午前中には半分以上が終わり、午後に残った分も小一時間くらいで終わるのではないかという程度。久しぶりにここまで楽な作業が来たので、拍子抜けというわけではないが、何処か力が余っている感覚である。

 

 実際、ここまでのトレーニングや作業によって、スタミナが普通以上に鍛えられている。小規模の後始末程度であれば、息が切れることもない。疲れが身体に溜まるのは当然のことだが、動けなくなるなんてことはもう絶対に無い。

 

「ふぃー、とりあえず集めるのもそろそろおしまいだな」

「なのです。今日は少なかったのです」

「だよな。やっぱり姫級とかがいないからなのかな」

 

 昼食を軽く食べながら、今回の作業を思い返す深雪と電。やはりこれまでのことを考えると、仕事量が少ないと感じられるようである。

 大物が無いというのがやはり大きく、それだけでも作業は少なくなるモノ。いつもなら、カタチが残っている残骸を艦内に運ぶことが多い長門であっても、今回は少しそういうことをやっただけで、後は細かい残骸を集める作業に手を貸しているくらいだ。

 

 総じて、今回の後始末は誰もが楽と結論づけた。疲労も少ないことを考えると、この長い後始末屋としての活動の中でも上位に入るレベル。

 

「Ciao〜、ミユキ、イナヅマ、お疲れ様」

 

 後始末屋が休憩中ということで、執務室の面々も工廠でのお昼に便乗するためにやってきた。食堂で用意しているわけでは無いので、全員が纏めて食事をするのは効率もいいため、伊豆提督としても推奨している。

 

「おう、お疲れさん。つってもお前らは見学してたんだよな」

「そだよ。ミユキ達の勇姿を舐めるように見てたよ」

「言い方」

 

 だが実際、グレカーレの()()な艦娘を見る目は少々強め。特に尊敬する神風を見るときに至っては、凝視と言ってもいいくらいに見ている。それを知っている伊豆提督達は、別にそれを止めるわけでは無いのだが。見ていることに文句はないのだ。

 

「夕立は……知恵の輪やってんのか」

「ぽい……ハルカちゃんがくれたコレ、難しいっぽい」

 

 ルービックキューブは何とか揃えたらしい夕立だが、知恵の輪には絶賛苦戦中。前までなら休憩中でも戦いたいと駄々を捏ねていたが、今はこの遊びに夢中なようである。力業で引きちぎろうとしたらしいが、すぐに咎められたのと、そもそも艤装のパワーアシストがない夕立には知恵の輪を曲げるだけの力を発揮することなんて出来るわけがないため、大人しく正攻法な遊び方で楽しんでいる。

 

「で、スキャンプは……あれ、スキャンプは来てないのか?」

「来てるよちゃんと。ほら」

 

 グレカーレが指差す先、工廠の入り口のところにスキャンプはいた。その視線は酒匂を向いていたが、なかなか近付くことは出来ていない様子。深雪と電に好意について突きつけられたせいで、酒匂に対して変に意識してしまっているらしい。

 そのことを知っているのは極少数であるため、今のスキャンプの行動は、単にうみどりに馴染めていないだけのようにしか見えない。現にグレカーレですらそう思っている。

 長年潜水艦で共同生活をしてきたために、スキャンプが誰かに好意を持つだなんて想像もつかない。その上、潜水艦の中でもスキャンプはああやって人から離れていることが多いため、あの行動が一般的だと思っても仕方ないこと。

 

 全容を知っている深雪と電からしてみれば、あの行動も微笑ましいもの。もどかしさもあるが、まずはゆっくりと自分の気持ちと折り合いをつけてもらいたいと、温かい目で見守るだけである。

 

 

 

 

 その後、後始末はあっという間に完了。夕方どころか、まだ日が高い時には、航空戦力による薬剤の散布が始まっている。ここまで早いのはなかなか無いと、みんなが口を揃えて言うほどである。

 

「すまないが、先に洗浄を済ませてくる。戦艦棲姫の様子を見に行きたくてな」

「ええ、大丈夫よ。もう長門さんにしてもらわなくちゃいけない作業は無い段階だもの」

「恩に着る」

 

 そんな中、自分の作業が終わったことを確認した長門は、神風に先に終わると伝えて足早に片付けに入っていた。理由は自分で言った通り、未だ寝たきりの戦艦棲姫の様子を見るためである。

 

 船渠棲姫との戦いの際に保護することになった戦艦棲姫は、今も相変わらず目を覚ますことはない。いや、目は覚ましているのだが()()()()()()()()。糸の切れた人形のようなモノで、力無く横になっているだけ。

 長門も頻繁にその顔を見に行っており、その都度やはり動いているわけがないかと残念がる。

 長門が作業やトレーニングをしている間は誰の目にも入らなくなるものの、ちょくちょくカテゴリーY組がその様子を確認している。しかし、状況は良くも悪くもならない。ただ横になっているだけ。安心していいのか悪いのかわからないような状態である。

 

「あたし達も後から様子を見に行ってみるか」

「なのです。せっかく仲良くなれるかもしれない深海棲艦がいるのですから」

「君達は物好きだね。でも、興味はあるよ」

 

 その様子を見ていた深雪は、長門と同じように戦艦棲姫の様子が気になったようで、自分も見に行っておきたいと考える。あの戦場で唯一()()()()存在と言っても過言では無いため、もしかしたらそのまま仲間になる可能性があるのなら早いうちから近付いておきたかった。

 深雪の言葉に電が同調し、時雨も皮肉を言いつつ便乗すると言い出している。空っぽの戦艦棲姫という長い歴史の中でも無かった存在がそこにいるというのは、とても興味深いらしい。

 

「大勢で詰めかけるわけでも無いし、面会謝絶ってわけでもないもんな。洗浄が終わったら行ってみようぜ」

「なのです!」

「ああ、そうしよう」

 

 作業自体が本当に全て終わるのは、薬剤の散布が全て終わった後。それまでは工廠で待機しつつ、別途作業が湧いて出てこないかを確認するくらい。最悪、この段階から深海棲艦の急襲なんてこともあり得るため、それに備えておく程度である。

 

 そして、そんな心配も結果として杞憂に終わり、作業はすんなりと終了した。この海域は、何の心配もない本当に簡単な現場だった。

 また乱入されるかもしれないという不安は常について回るが、何も無いならそれでいい。

 

 

 

 

 作業後、洗浄が終わった深雪達は、新しい制服に着替えた後そのまま戦艦棲姫がいる部屋へと向かう。

 その部屋は、一応安全を見るということで、艦娘達の私室から少し離れた空き部屋。とはいえ、各々の部屋と同じ構成になっているため、中の様子は何も変わらない。

 

「長門さん、まだいるか?」

 

 扉をノックして、その部屋に入ると、先に後始末作業から上がっている長門がそこで戦艦棲姫の身体を拭いていた。それはまるで介護をするかのように、丁寧に相手のことを思い遣った行動。

 元々検査着に着替えさせられていたため、脱がすのは簡単。いくら深海棲艦であっても、そのまま放置していたら汚れてもくるだろうと、一日一回、必ずこのように身体を綺麗にしている。その水は洗浄にも使われている薬剤が含まれており、もし万が一横になっているだけで穢れが拡がってしまうようなことがあっても、これによってまた綺麗な身体に戻ってもらう。

 

「ああ、君達か。戦艦棲姫はまだ何も変わっていないな」

「みたいだね」

 

 長門の為すがままにされている戦艦棲姫は、どれだけ身体を動かされても何の反応もない。うっすら開いた目は虚であり、息もしているのはわかるが、本当にただそれだけ。生きるために必要なことは条件反射的に実行しているが、それ以外のことは何もしない、出来ない。

 

「ご飯は食べるのです?」

「ああ、口元に運ぶとちゃんと食べるようだ。咀嚼もするし、しっかり飲み込む。だがそれだけだ。いい顔も悪い顔もしない。極端なことを言えば、口元に何かあるから食べてしまう、という感じだな」

「食べるだけマシ、ということなのですね」

 

 夜になったらちゃんと眠っているようにも見えるため、本当に最低限の活動しかしていないようにしか見えないらしい。仮死状態というわけでもなく、意思だけが完全に失われているというイメージが一番強い。

 

「……戦艦棲姫とは何度も戦ったことがある。その度に私は勝利を収めてこれた。しかし、常に奴は何かしら言葉を発したよ。表情もあった。()()()()()と知らしめられた。だが、これではあんまりじゃないか。敵とはいえ、仮にも意思のある生物だ」

 

 身体を拭きながら、長門は思いを吐露する。

 

 相手は人類の敵、侵略者である深海棲艦である。顔を合わせれば命懸けの戦いへと発展し、その時にどちらかの命が潰えるのは確実。長門はその都度勝利を収めることが出来たが、何度も何度も言葉を交わしてきた。

 理性なく、本能のままに活動する深海棲艦は、たとえヒト型をし、言葉を介したとしても、人類から見たらそれは()()()()と同じようなモノ。特に深海棲艦を知らない者からしてみれば、その考えの傾向は強い。

 しかし長門は、深海棲艦を()()()()として考えている。故に、戦いは仕方ないとしても、その種を尊重していた。命の奪い合いはなるべくならやめたい。しかし共存もままならないなら仕方ない。この悲しい戦いを殲滅というカタチで終わらせねばならないのは辛いと、素直な気持ちを話していった。

 

「その意思を奪い、人形のように使うだなんて言語道断だ。それが平和のためというのなら笑わせる。いや、笑えもしない」

 

 いくら敵であろうとも、その自由意思を奪うことは許されることではないと、長門は締めくくった。

 

「……かも、しれないな。目が覚めたら敵になるかもしれないけど、それがコイツの意思だっていうなら否定は出来ないもんな……」

「なのです……苦しいけど、悲しいけど、考え方の違い……なのです」

 

 時雨も無言で小さく頷いた。可哀想とかそういう気持ちではなく、この戦艦棲姫が敵対の道を選ぶのなら、仕方ないがこれまでと同じように戦うというだけ。意思の否定をするつもりは無いという意味で、2人の言葉に同調した。

 

「触れてみれば、人間や艦娘と同じなんだがな。ほら、手を握ってみてくれないか」

「いいのか?」

「ああ、もしかしたら、違う刺激になるかもしれない」

 

 長門に言われて、その手を取る深雪。相手が純粋な深海棲艦であろうとも、その身体は正しく熱を持ち、同じ命であることを伝えてくる。電も同じように触れ、同じような思いを持った。

 

「私の願いは、この戦艦棲姫と共存することだ。敵対することなく、友として付き合っていきたい」

「……だな。あたしも、そうあってほしいって思うよ」

「なのです」

 

 

 

 

 この時、深雪の指先に煙がチラついたのは、誰の目にも入らなかった。戦艦棲姫を注意深く観察していた時雨にも、深雪と共に平和を願った電にも。

 




長門はこの戦艦棲姫との共存を『願い』ました。
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