後始末屋の特異点   作:緋寺

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穢れなき姫

 後始末も早々に終わったおかげで、明るい内に落ち着けるようになり、夕食も軽食ではなく、伊豆提督がしっかり作って振る舞えるくらいとなっている。

 楽であったとはいえ、後始末という作業をこなしてきたのだから、空腹感は勿論強い。そのため、相変わらず絶品な料理に舌鼓を打つ。

 

「それじゃあ、お願いね」

「……はい、それでは」

「い、行ってくる」

 

 そんな中、伊豆提督に頼まれ、平瀬と手小野が料理をカートに載せて食堂から出て行く。その料理は、艦娘達が食べているものとは違い、病人のために作られたであろうお粥のような流動食。()()()()()()でも食べやすいモノ。その時点で、その料理が誰のために作られたモノかを察することが出来た。

 口元に近付ければモノを食べることが出来ることは実証済み。ならば、せめてお粥くらいは食べてもらいたいと、伊豆提督が少量ではあるがキチンと用意していた。本当ならもう少し栄養だのなんだの考えておきたかったようだが、そもそも深海棲艦に対してどういう料理が効果的なのかはさっぱりわからない。そのため、お粥はどちらかといえば窮余の一策である。勿論、お粥1つとっても、その味は絶品と言えるのだが。

 

 長門が食事中は、カテゴリーYの2人がそういった作業を受け持つ。そこまでしなくていいと長門は話すものの、うみどりで匿ってもらっている以上、雑務が自分達の仕事だからと率先して動いていた。

 別に仕事中毒(ワーカホリック)というわけではないのだが、いい歳をしてタダ飯喰らいは精神的にキツいということらしい。雑務と言っても、苦痛を感じるようなことではないので、これだけ自分達から動くことが出来た。

 ちなみに、そういう時の桜は伊26達が面倒を見てくれているためあんしんであった。平瀬や手小野には同類ということもあって特に懐いているが、うみどりの艦娘の中では、命の恩人と認識している伊26に最も懐いている。これはどれだけ時間が経っても変わることはない。

 

「勿体無いよなー。戦艦棲姫もハルカちゃんの飯食ったら、絶対侵略とか忘れちまうぜ。こんな美味いもん作る人間を滅ぼすわけにはいかねぇって」

「ご飯は世界を救うかもしれないのです」

 

 今のところ、このうみどりに来た者の中で、伊豆提督の食事を拒んだ者は一人としていない。カテゴリーM全盛期の時雨であっても、最も拗らせているスキャンプも、総じて食事だけは文句を言わないどころか美味しいと口を揃えている。

 ならば、深海棲艦である戦艦棲姫も、ちゃんと味覚があるのなら美味しいと感じて絆されてくれるのではないか。深海棲艦も艦娘と似たようなものならば、同じ感覚を持ってもおかしくない。

 電の言った『ご飯は世界を救う』というのは、あながち間違いではないかも知れない。

 

 だが、状況はここで一変する。

 

「は、はは、ハルカ、ちゃん、ちょっと……!」

 

 大きく焦りを見せた手小野が、食堂に駆け込んでくる。誰が見ても大慌てであり、冷や汗までかいているほど。テンパりすぎて息も切らしている程である。

 

「何かあったの手小野さん」

「は、早く、早く来て、大変」

 

 あまりのことで呂律が回らなくなりつつある。元々話すのが少々苦手というのもあるのかもしれないが、今はそれが余計に出てしまっている。

 そのため、伊豆提督がまず深呼吸を促した。せめて落ち着かないと先に進めない。スーハーと深く呼吸をして息を整えるものの、表情は変わらず。

 

「落ち着いてちょうだいね。それで、何があったの?」

「ご、ご飯、持っていったら、戦艦棲姫が……」

 

 戦艦棲姫の名が聞こえたことで、長門が大きく反応する。戦艦棲姫を拾ってきた手前、何かあった時には自分の責任だと思っているからだ。

 ここには手小野は戻ってきているが、平瀬はいない。つまり、まだ戦艦棲姫の部屋にいるということ。最悪の事態を考えると、平瀬の身が危険である。

 

 手小野の言葉は予想通りのものだった。

 

「戦艦棲姫、が、目を覚まして……!」

 

 

 

 

 大急ぎで戦艦棲姫の部屋に来たのは、伊豆提督とイリス、そして長門である。他にも行きたいと言うものはいるだろうが、あの部屋にはそんな人数は入れない。その上、カテゴリーYとしての変化で大柄になってしまった平瀬もいるため、なるべく人数は少ない方がいい。

 

「平瀬さん、大丈夫?」

「……はい、だ、大丈夫です。ですが……」

 

 平瀬は何事もなくそこにいたものの、少し萎縮してしまっていた。それもそのはず、ベッドの上が予想していなかった状況になっていたからである。

 

「コレガコメトイウモノナノネ。オイシイトイウカンカク、ザンシンネ」

 

 伊豆提督手製のお粥を感慨深そうに口に運ぶ戦艦棲姫に、そこにいるものは驚きを通り越して呆然としていた。

 

「コレヲツクッタノハ、アナタ、ナノカシラ」

「え、ええ、簡素なモノで申し訳ないけれど」

「コレデカンソ……ナラ、モットゴウカナモノガアルト?」

「そうね、少なくとも、眠っているアナタの口に流し込むタイプではないご飯はいくらでもあるわ」

 

 当たり前のように話しかけてくる戦艦棲姫に、伊豆提督は動揺しながらも丁寧に返す。

 相手は深海棲艦。価値観が人間や艦娘とは間違いなく違う。少しでも気が変わったら、この場で手近な者に襲い掛かるかもしれない。伊豆提督や長門なら関係なく制圧出来るであろうが、そういう問題ではない。

 

 しかし、戦艦棲姫には戦う意思などカケラもなく、目の前のお粥を興味深そうに見ながら口に運び、一口一口を噛み締めるように味わっていた。初めての感覚を楽しんでいるようにも見える。それこそ、深海棲艦には見えないほどに。

 

「ホカニモアルトイウノナラ、タベテミタイモノネ」

「それなら残っているオカズを持ってきましょうか?」

「ゼヒトモ。コレイジョウノモノガアルノデショウ? キョウミブカイワ」

 

 イリスが言うには、彩は限りなく白に近い赤、カテゴリーRであることには変わりない。とはいえ、深海棲艦を直接洗浄するという他に類を見ない手段を用いたことによって、深海棲艦であるにもかかわらず、()()()()()()()という特殊な存在となっている。

 その影響か、この戦艦棲姫には敵意というものがまるで存在しない。見た目も話し方も仕草までもが大人ではあるが、その頭の中は知らないものに興味津々の子供のようにすら感じた。

 

「トコロデ」

 

 満足げにお粥を口に運ぶ戦艦棲姫ではあるのだが、不意にその手を止めて、伊豆提督に目を向ける。

 深海棲艦の情報は大本営が無数に集めており、戦艦棲姫は比較的よく出現するとして、写真や映像までしっかり残っているのだが、ここまで()()()()の戦艦棲姫は初めて見る。隣の長門に至っては、戦場で何度も相見えていることもあり、伊豆提督以上に不思議な感覚を持っていた。

 

「ワタシハ、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 追加のオカズに関しては平瀬と手小野に任せ、伊豆提督は戦艦棲姫の前に座る。お粥を食べ終えた戦艦棲姫は、笑顔ではないにしても、上機嫌というのがわかる雰囲気。そういうところも普通の深海棲艦と違う。

 

 一般的な深海棲艦は、笑みを浮かべても不敵なモノか残忍なモノというイメージが強く、本能のままに侵略を繰り返す存在であることは雰囲気と表情からわかりやすい。稀に特殊な個体はいるものの、艦娘と遭遇した場合は確実に戦闘行為へと繋がる。そこに例外は無かった。

 

「アナタ自身、自分が何者かは何処まで理解しているの?」

 

 伊豆提督の質問に対して、戦艦棲姫は腕を軽く組んで軽く悩む仕草。そういうところにも艶っぽさを感じる。

 

「ワカラナイノヨネ」

「わからない?」

「エエ、ドコデウマレタカモ。キヅイタラココニイタワ。タダ、ジブンガ()()()()()ヨウニオモエルワネ」

 

 自分で何も無いと言い切れるような存在。そこから考えられるのは、深海棲艦は()()()()()ということ。そもそもが人形として造られているのもあるが、その上で洗浄によって穢れを失ったことで、深海棲艦としての在り方を最初から最後まで失ったようなものである。

 

 これに関しては、全ての深海棲艦に同じ処置が出来るとは思えなかった。そもそも洗浄が海上で簡単に出来るようなことではない。極端な話、鹵獲して縛りつけ、身動きが取れなくなったところに薬剤入りのシャワーを浴びせ続けるという割に合わない手間をかけてようやく1人である。

 その上、まだ対話可能な姫級を鹵獲することは不可能に近い。抵抗が激しく、命のやり取りをせねばどうにもならないレベル。瀕死の重傷を負わせてから鹵獲という手段もあるかもしれないが、深海棲艦は()()()()()()()()ことでも知られている。

 こんなことが出来るのは、それこそ人形のようにされた深海棲艦相手で無ければ難しい。

 

「ヒツヨウサイテイゲンノコトハデキルノダケレド、ナントイエバイイノカシラ、ジブンノ()()()()ガワカラナイノヨ」

「在り方……それは、()()()()()()()()()()()、ということかしら」

「ソウネ、ソレガイチバンイイコトバカシラ」

 

 穢れを失ったことで、侵略者としての本能も失った戦艦棲姫。元々そういうものが与えられていたかはわからないが、人形という役割からも脱却したことによって、本当に自分の道が見えなくなってしまったようだ。

 そもそも自分が深海棲艦であるというのもわかっていないかもしれない。人間や艦娘の区別もついていないかもしれない。とにかく、この戦艦棲姫は今や何も無い姫ということになる。

 

「生き方は自分で探すモノ……と言いたいけれど、今のアナタにそれを言うのは酷なのよねぇ」

 

 何もわかっていない状態で探せと言われても、まず探すものがわかっていないのだから何も出来ないだろう。生き方がわからないというのはそういうモノだ。何かしらの目的が無ければ、真っ直ぐな道を歩いて行くことは出来ない。

 

「ちなみにだけれど、アナタはどう生きていきたい?」

 

 伊豆提督の言葉に、戦艦棲姫はそんなこと言われてもという顔を見せる。それが分かれば苦労しないとも。

 ただ、戦艦棲姫の中には、1つだけ明確なことがある。

 

「オイシイモノヲモットタベタイワネ。メガサメタトキ、ワタシハマズタベルコトカラハジマッテルモノ」

 

 ここに保護されている間の戦艦棲姫がやっていたことなんて高が知れている。食って寝ているだけ。そうなると、無意識に刻まれた娯楽は食べることくらいだ。

 戦艦棲姫にある本能は、今や食欲くらい。洗浄により失われた部分に、それが埋まったようなもの。

 

「じゃあ、まずはココ、うみどりのことを知ってもらうことにしましょう。勿論、美味しいモノは提供させてもらう。それか、自分で作ってみるというのもいいんじゃないかしら」

「ジブンデツクル……キョウミガアルワ」

「なら、充分に身体が動かせるようになったら、いろいろやってみましょ。それでいい?」

「エエ、ソウサセテモラウワ」

 

 素直に伊豆提督の言うことを聞いている戦艦棲姫の姿は、どちらかといえば異様な光景。

 しかし、こういうカタチで戦いを回避することが出来たというのは、悪いことでは無い。そもそもが、あの船渠棲姫が連れてきた人形の()()()をしたようなものなのだ。

 

 

 

 

 仲間として加わるかはまだわからないが、そのまま海に還すわけにも行かない。その結果、戦艦棲姫がうみどりの一員となる。

 これが吉と出るか凶と出るかは、今はまだわからない。

 




全てを失った戦艦棲姫が加わりました。侵略者としての本能も洗浄によって洗い流されてしまったようですが、この後どうなることやら。
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