戦艦棲姫が目を覚ましたというニュースは、当たり前だがすぐに全員が知ることになる。戦艦棲姫が望んだ追加のオカズを用意するためにやってきた平瀬と手小野が、準備している間に説明したからである。
2人の説明は、ゆっくりではあるものの、懇切丁寧なモノ。今の戦艦棲姫には全く敵意が無いことをしっかりと伝え、むしろ仲良くなれる可能性まで示唆した。
それを聞いた者達の反応は、十人十色と言えるだろう。喜ぶ者もいれば、怖がる者もいる。だが総じて、追い出そうという気は誰も持っていなかった。間違いなく深海棲艦に恨みがある者だっているのに。
「あたしは共存に大賛成だ。な、電」
「なのです! 戦わずに済むどころか、お友達になれそうなら万々歳なのです!」
カテゴリーWの2人は、こうなる前にちょうど話していたこともあり、戦艦棲姫が仲間に加わることを喜んでいる。
「君達は少し短絡的過ぎないかい」
だが、そこにツッコミを入れるのはやはり時雨。
「相手は深海棲艦だ。今は仲良くなれたとしても、もしかしたらその本能を取り戻すかもしれないだろう」
「そりゃあそうかもしれないけど、少なくとも今はあたし達のことを仲間だと思ってくれるかもしれねぇんだ」
「情をかけるだけかけて、裏切られたらどうするつもりだい。僕は、付かず離れずを提案するね。近付き過ぎれば過ぎるほど、裏切られた時のダメージは大きいよ」
そんな時雨の言葉に、うんうんと頷くのは
人間ですら艦娘を裏切っているのに、本来敵対している深海棲艦が信用出来るのかという話である。見た目だけ深海棲艦であるカテゴリーYとはわけが違うぞと。
カテゴリーMである時雨も、その辺りの警戒は深雪達以上。今でこそ怒りと憎しみを一極化することでコントロール出来ているが、それとこれとは話が別。深海棲艦は敵であるという概念は当然残っている。あの戦艦棲姫が例外中の例外というだけで、斃せと言われれば容赦なく撃てる。
「警戒するに越したことはない。君達も、そういうことはちゃんと考えておくべきだ」
「……まぁ一理あるから心には留めておく」
時雨は間違ったことは言っていない。警戒せずに心を許し過ぎると、いざという時に大惨事を引き起こしかねないのだ。悲しいことではあるが、これは
しばらくして、食堂の面々が夕食を終えても伊豆提督達は戻ってこず、戦艦棲姫と一悶着あったのではないかと不安になる一同。
「少し様子を見に行ってくるわ」
ここで動き出すのは、残った中で最も膂力がありそうな加賀。伊豆提督に加え、長門まで向かっている状況で、戦艦棲姫が手がつけられず押さえ付けているとかになっているとしたら、その次に強い者が向かうのが普通である。
加賀なら緊急事態だったとしても任せられるというのが仲間達の総意。とはいえ、あの2人がいる状態でどうにも出来ていなかったら、誰が行っても意味があるかわからない。
しかし、食堂から出ようとした加賀の足はそこで止まってしまった。食堂からは見にくかったが、その表情は驚きに染まっていた。
「あら、加賀ちゃん、心配かけちゃったかしら」
「……そうね、少し遅かったから、心配になってきていたけれど……それはもうどうでもいいわ。隣の」
「そうねぇ。みんなもまだ揃ってくれているのなら丁度良かったわ。説明が必要だと思うし、今しちゃいましょ」
伊豆提督の声が聞こえてきたため、食堂の面々はひとまず安心する。しかし、そのまま食堂の中に入ってきた時に、酷く騒つくことになる。
隣に戦艦棲姫の姿があったのだから、無理もない。今は寝かされていた時の検査着のままではあるものの、そのスラリとした身のこなしは、上品さや優雅さすら感じる。
「カンゲイサレテイルノカシラ」
「戸惑っているんだ」
「ソウ、ソノアタリモ、ワタシノナクシタジジョウトイウヤツネ」
長門とは既に打ち解けているように話をしているが、他の者達は気が気で無かった。
当然だが、ここにいる者達は現在艤装なんて身につけていないため、戦えと言われても簡単に出来るようなものではない。
「ええと、多少は聞いているかもしれないけれど、長門ちゃんが保護した戦艦棲姫が目を覚ました結果、こうなっているわ」
紹介されたことで戦艦棲姫が一歩前に。食堂にいた半数ほどがビクッと震えたものの、それも含めたほぼ全員が、この戦艦棲姫に大きな違和感を覚えている。深海棲艦とは思えないくらい非常に澄んだ瞳をしていたからである。
敵対する心なんてカケラも感じず、ここにズラリといるうみどりの面々を興味深そうに眺めているだけ。
「なんでも、アタシが提供した料理にとても興味があるらしくてね。美味しいモノをもっと食べたいという気持ちが強いらしいの」
「エエ、アノオカユト、アトカラモラッタオカズモトテモキョウミブカカッタケレド、アレイジョウノモノガタクサンアルヨウダカラ、モットシリタイワ」
姫というだけあって立ち姿も気品を感じ取れるのだが、その戦艦棲姫自身は色気より食い気というイメージであるため、そのギャップも何処か取っ付きやすさを感じる。
「だから、ひとまずはうみどりで保護しつつ、美味しいモノでも食べてもらうわ。ここがどういう場所かは簡単にだけれど聞いてもらっているの」
「
後始末屋がどういうものかは既に聞いているらしく、その存在には好感を示しているようである。深海棲艦としての本能すら失ってはいるが、海を綺麗にする仕事だと聞けば、それは素晴らしいモノと感じるらしい。
そこはやはり、海から生まれた者という深層心理が働いているのだろう。汚い海より綺麗な海の方が好ましいと感じるのは、至極当然のことであった。
「ただ、この世界の状況や自分のことまで、何から何まで覚えていないらしいの。というか、失ってしまったみたい」
「自分がどう生まれたのか、どうしてここにいるのか、全てを失くしてしまったと話している」
伊豆提督に加え、長門からもその話がされた。単純な記憶喪失ではない。
「だが、うみどりにいる以上、この世界の実情は知ってもらわざるを得ないと思う。今はうみどりのことだけを知ってもらったが、ここからは人間と艦娘、そして深海棲艦のことを知ってもらう必要があると、私は感じている」
「アタシもそれは仕方ないと思うわ。ただ、そのせいで価値観がガラリと変わってしまう可能性は高いのよね」
2人の言葉に、戦艦棲姫は首を傾げることしか出来ない。しかし、うみどりの仲間達は、知ってもらうことは仕方ないかと頷くしか無かった。
もし何も知らずにうみどりで活動をしていたら、今後の戦いに巻き込まれた際に、不要な感情に呑み込まれて、深海棲艦としての本能を最悪なタイミングで思い出しかねない。
しかし、今知ってもしものことがあったとしても、戦艦棲姫のことにのみ力が注げる今ならば、対処はしやすいだろう。保護したのに、この場で始末せざるを得ないことになったとしても、それはもう仕方ないとして割り切るしかない。
「ワタシノシラナイ、ウシナッタコトガ、マダマダアルトイウコトネ」
「ええ。だから、そのことについても知っておいてもらいたいんだけれど、良かったかしら」
「エエ。ソウイウコトハハヤイウチニカギルワ。ソレデワタシノ
やけに達観した考えを持つ戦艦棲姫に、伊豆提督は少々驚きつつも、本人が望んでいるのなら尚更今の方がいいと決心がついた。
深雪や電の時に説明を少々先延ばしにしていたことで、良いことも悪いこともあった。だから今回は、先延ばしにせずに早急に手を打つ。
「それじゃあ、話すわね」
「エエ、オネガイ」
戦艦棲姫も既に聞く気満々。料理がどうこうあったものの、自分の在り方がわからないというのは当人にとっても不安があるようで、知れることならすぐにでも知りたいというのが本心だったと言える。
その後、うみどりの仲間達の前でこの世界のことが説明された。
戦艦棲姫は深海棲艦という種族であり、人類や艦娘とは敵対する存在であること。その深海棲艦の目的は謎ではあるが、本能的に侵略を繰り返し、命のやり取りをしていること。世界はそんな戦争をもう三度も繰り返しており、深海棲艦はその都度、敗北を喫しているということ。
さらにそこに付け加え、今はその戦争の中にいる悪辣な人間のことも語る。艦娘も深海棲艦も材料としてしか見ていない存在。そして、戦艦棲姫は元々その人間側の存在であり、今はうみどりに保護されたということ。
ここまで淡々と話している間、戦艦棲姫はあまり表情は変えなかったものの、その全てを興味深そうに聞いていた。ただ、感情が揺れ動いているようにも見えなかったのは、戦艦棲姫がポーカーフェイスなのか、それとも本当に何も感じていないのか。
「ここまでが、この世界の、うみどりを取り巻く状況の全て」
「ソウ、イロイロワカッタワ」
伊豆提督が話し終えても、戦艦棲姫は振る舞いを一切変えていない。むしろ、その話を聞いていたうみどりの面々や、カテゴリーBの問題児達の方が辛そうな表情をする者が多かったくらいである。
「ワタシカラヒトツイエルコトハ」
それだけ聞いて、戦艦棲姫は自分の考えを語る。
「シンリャクナンテミジンモカンガエテイナイワ。トイウカ、オイシイモノヲツクレルニンゲンヲホロボストカ、イミガワカラナイモノ」
これである。最初に持った強い意志が、美味しいモノが食べたいである戦艦棲姫にとって、侵略という行為はそれを失わせること以外にない。ならば、深海棲艦だからといってその性質に準じる必要は一切無い。
「ニンゲンカラスベテヲマナンダトシタライラナクナルカモシレナイケド、サイショニリョウリトイウモノヲウミダシタニンゲンニハ、カンシャトケイイヲハライタイワネ。ダカラ、オナジコトヲイウケレド、シンリャクナンテスルリユウガナイワ」
全てを知ったところで、戦艦棲姫は全く歪むことは無かった。あくまでも人間は、自分の知りたい料理というモノを生み出した偉大なる種。そこから全てを学ぶことが出来たのなら、人間自体が不要になるかもしれないが、自分の知らないことを作り出した人間に対して、侵略する気なんて微塵もなく、むしろ感謝と敬意を持って接したいとまで言い放った。
この戦艦棲姫、人間達よりも余程人格者である。全てを失ったことで、姫としての気品のみが表面化しているかのようだった。その実、食欲という欲には非常に忠実だが。
「シンパイスルナトイッテモムズカシイデショウケド、ワタシハシンリャク
行動理念が食に完全に偏ってしまっている。それは喜ばしいことなのか憂いることなのかはわからないが、少なくとも人類の敵になろうとはまるで考えていないようだった。
こうやって話している間も、イリスは戦艦棲姫を注視している。しかし、その彩は全く変わる気配はない。白に限りなく近い赤。カテゴリーRであっても、こうなると人類との和解も容易なのではと思えた。
セリフを全てカタカナで書くというのは、大変かつ読みにくいわけですが、深海棲艦というのはそういうものですからね……。