後始末屋の特異点   作:緋寺

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あの地は今

 全てが失われた結果、食に衝撃を覚え、食に対して強い興味を持つことで、侵略という本能すら戻ってくることが無かった戦艦棲姫。

 全ての事情を聞いても、深海棲艦の本能、侵略を『なんか』と切り捨て、美味しいモノを食べて、美味しいモノを作りたいと、食に対しての探究心をこれでもかと示し続けた。

 

 これならば敵対することはないだろうと、うみどりの仲間として受け入れられることになる。保護した長門はそれが決定したことで安心し、他の者達も意識を取り戻したからうみどりから出て行ってもらおうだなんて考えない。

 

「そうそう、提案なんだけれど、この子を今のままにしておくのは流石にまずいと思うの」

 

 全員揃っているところで、伊豆提督が現状の問題点を話す。それは、戦艦棲姫という存在そのものに関すること。

 

「うみどりに住むとなったとしても、この子は深海棲艦、見た目はどうしてもアタシ達の敵と同じ。カテゴリーYの3人もそうだけれど、なるべく深海棲艦から離れた姿でいてもらわないと、いざという時に大変よね」

 

 まず1つ目は見た目である。今うみどりで暮らしている3人のカテゴリーYは、中身こそ普通の人間だが、見た目は疑いようのないくらい深海棲艦だ。なので、どうしても偽装は必要になる。髪を結んで服装を変え、時には髪も染めて、パッと見では深海棲艦と思えないくらいにまで変えている。この戦艦棲姫にも同じことを施す必要があるだろう。

 服に関しては全く心配はいらない。カテゴリーYもそうだが、イリスが何着も用意している。戦艦棲姫の分も既に用意されている辺り、周到なのかなんなのか。

 

「それと、どうしてもこの声が特徴的すぎるのよね。どうにかアタシ達と同じように発音出来るようになってもらえると助かるわ」

「ハツオンナンテ、ナカナカムズカシイコトヲイウワネ」

「ごめんなさいね。でも、アナタ達のその話し方、嫌でも深海棲艦だと思われてしまうの。アナタの安全のために、今後の食生活のために、お願い出来ないかしら」

 

 声に関してはカテゴリーYにもない特徴。何処か反響しているような、カタコトな発音。聞き取りづらさまであるため、そこから深海棲艦であることがバレてしまう。人前では喋らなければいいというのもあるが、それだけで乗り越えることは出来ない。

 

「マァ、オイシイモノヲタベルタメニヒツヨウダトイウノナラ、ワタシハドリョクヲオシマナイワ」

「苦労をかけてごめんなさいね。本当はありのままで生活してほしいのだけれど、どうしても今の世界がそれを許してくれないの。申し訳ないとしか言えないわ」

「シカタナイワヨ。ワタシガソレダケ()()()()()()()ノヨネ。ジブンデモワカッテイルツモリヨ」

 

 物分かりの良すぎる戦艦棲姫に、伊豆提督は感謝しかなかった。戦艦棲姫にしてみれば、ただ生きていくだけで制限がかかり続ける。ありのままでいたら世界に押し潰されるだなんて、怒りを覚えてもおかしくはない。なのに、この世界に馴染めるように努力を惜しまないとまで言い切った。

 こんなこと、人間や艦娘であっても言えないような言葉だ。それを当たり前のように言えるのは、逆に恐ろしい。

 

「それと最後……名前よ」

「ナマエ、ソレハヒツヨウナモノナノカシラ」

「ええ、流石にアナタのことを戦艦棲姫と呼び続けるのはどうかと思うもの」

 

 便宜上、名前があることに越したことはない。戦艦棲姫にはその必要性が全くわからないのだが、例えば人間の街に入れるようになったとして、モノを食べるのにも名前が必要だと説明すると、手のひらを返したように名前を決めてほしいと返した。これにはそこかしこから笑みが溢れた。

 ここまで純粋に食欲だけで動いているのは、人間や艦娘にもなかなかいない。だが、本来本能的に侵略を繰り返している深海棲艦からその本能が失われた時、何を中心に据えて生きていくのかとなれば、それは最初に衝撃を受けた欲望を満たすためとなるようだった。この戦艦棲姫にとって、それが食欲だっただけ。

 

「なるべく深海棲艦からかけ離れた名前がいいわね。察されることもないくらいに、全く関係ないくらいの言葉の方がいいわ」

「ワタシハドンナナマエデモカマワナイワ」

「誰か何かいい感じの名前無いかしらね」

 

 伊豆提督が戦艦棲姫の命名について艦娘達に尋ねるが、流石にいきなり名前を決めろと言われても簡単には出てこない。ペットの動物を名付けるわけではないのだから、冗談みたいな名前なんてつけられないため、格好がつく上にそれっぽいモノとなると、誰もが自分の知識を捻り出すしかなくなる。

 当然、戦艦棲姫自身に名前を決めろと言っても、そもそも深海棲艦に名前という概念が無いため、ピンとも来ないというのが実情。

 

「うーん、やっぱり難しいわよねぇ。それじゃあ、アタシがすっと思い浮かんだ名前にしてもいいかしら」

 

 すぐに思い浮かぶことなんてなく、さらにはそれが戦艦棲姫に一生ついて回る名前なのだから慎重にならざるを得ない。そのため、結局は伊豆提督が決めることとなった。

 

「アナタの事は、これからセレスと呼ばせてもらうわ」

「セレス、ネ。ナニカイミガアルコトバナノカシラ」

「アナタと言えば食べることでしょう。何処かの神話に食べ物の神様というか、穀物の女神がいたと思って。その名前を貰ったのよ」

 

 食べ物の神と言われたことで戦艦棲姫はほほうと興味深そうに頷いた。それならば喜んで使おうと、その名前も気に入ったようである。

 

 これにより、戦艦棲姫──セレスの在り方が決まった。うみどりで食を探求し、この世界を好きなように生きる。

 ある意味、向いている方向が変化した深海棲艦と言えるかもしれない。侵略ではなく、食に身体を向けただけ。

 

 

 

 

「というのが事の顛末です」

 

 ここまでのことを大本営、瀬石元帥へと報告した伊豆提督。流石にそろそろキチンと説明しておいた方がいいと考えたのと、カテゴリーBのことについては瀬石元帥にも話が通るので、包み隠さず説明が出来るというのもある。

 

「……」

 

 瀬石元帥は、もう無言で胃薬を呑んでいた。痛くなる前兆を感じ取ったか、もしくはここから間違いなく痛くなることがわかっているからか。

 

『ここ最近、うみどりの界隈が騒がしくなりすぎじゃあないか』

「仰りたいことはわかりますが、こちらも望んでこうなっているわけでは」

『わかっとるわい。儂としても驚きばかりが先に出るんじゃよ』

 

 椅子にどっぷりと座って天を仰ぐ瀬石元帥。伊豆提督の報告を聞いたことで、喜び半分驚き半分というくらいである。

 

 潜水艦のカテゴリーB達と、そこそこいい仲になれたことは喜ばしいこと。長である丹陽と直接対話をして、その存在をお互いに理解し合えているのは非常に大きい。伊豆提督自身が話せているわけではないのは残念ではあるものの、互いを認め合うことは出来ているのでまだマシ。

 そこから問題児と呼ばれているカテゴリーBをうみどりに招き入れ、人間の良さを再認識してもらうのも、今はかなり上手くいっていると言えよう。

 

 そこまではよかった。だが、本能が失われて食欲に目覚めた戦艦棲姫と聞いてしまったら、それはもう驚きを通り越して唖然としてしまう。そもそも動かなくなったから保護したというだけでも無茶苦茶なのに、そこから目が覚めてうみどりで食を探求するとか、誰も理解出来ない。

 危険なことは殆ど無いのかもしれないが、だからといってやっていることが博打すぎる。これでうみどりが内部から全滅とかになったらどうするつもりなのだろうかと。

 

『戦うことなく説得が出来たドロップ艦(カテゴリーM)に、人間に対しての反発を抑え込めるようにした過去の遺産(カテゴリーB)、ついには本来侵略者である深海棲艦(カテゴリーR)まで手懐けるだなんてのう。今のうみどり、もしかして全種揃っておるんじゃないかの』

 

 言われてみれば確かにと、伊豆提督も少し驚いている。純粋種であるG、B、R、混成種であるC、M、Y、そして未だ謎に満ちている特異点(カテゴリーW)。その全てがうみどりに集結していた。いや、して()()()()

 

「七色の艦隊ですね」

『何を上手いこと言うとるんじゃ。じゃが、今のうみどりは見た目だけかもしれんが辿り着くべき平和の場所かもしれんのう』

 

 全ての種が仲良く生きている場所とするならば、うみどりの現状は最上級の平和の産物だ。

 まず手を取ることが出来ないであろう深海棲艦が、イレギュラーすぎるカタチとはいえ仲間に加わっているのだ。それを平和と言わずして何を言うのだろうか。

 

「うみどりはコレを維持するように戦っていきます。誰一人欠けることなく、後始末を続けていきますよ」

『うむ、そうしてくれ。儂も出来る限りサポートしよう。苦労をかけておるからの』

 

 大本営からのサポートが約束されたのは非常に大きい。元々後始末屋という部隊そのものが多少は優遇されているのだが、今はそれ以上にいろいろと巻き込まれすぎているため、大本営としても手を打つ必要はある。

 そのため、まずは後始末屋に対しての優遇を少し強くしつつ、調査してくれた内容に対して優先順位を上げて手をつけることを約束してくれた。これは、うみどりから無茶な要望がないことを知っていての処置でもある。強いて今必要なのは、増えた人数分の食費くらいか。

 

「そうだ、もう一つ聞いておかないといけないことが。溜まった残骸は、また軍港に持っていけば?」

『うむ、それに関しては保前君の軍港に持っていけばよい。今度こそ、間違いなく、頼れる業者に入ってもらったからの』

 

 軍港の問題も、今は刻一刻と解決に向かっているらしい。特に大きいのは、いつもの廃棄物処理をどうするかだったが、軍港都市に新たな業者、しかも今回は元帥が徹底的に調べ上げて白である業者を採用している。これでダメなら元帥から降りねばならんと冗談も言っていたが、その発言自体がフラグにしか聞こえず笑えない状況である。

 ともかく、後始末屋としての行動はこれまでと変わらない。海域で残骸を集め、海を綺麗にし、頃合いを見て軍港に向かってそれを引き取ってもらう。

 

『保前君も快方に向かっておるよ。一番重傷じゃったが、今はもう自分で動けるくらいにはなっておる。妖精治療の賜物じゃな』

「それなら安心です。ちょっと貧乏くじを引き過ぎて心配でした」

『まぁのう。今でこそ大丈夫じゃが、保前君も酷く落ち込んでおったからのう』

 

 街人を危険に晒したようなモノと考え、保前提督は見えないところで随分と落ち込んでいたらしい。それこそストレスで胃が危ないことになっていたようだが、今は軍港都市のためにまた尽力すると、むしろ今までよりもやる気を出しているとのこと。

 そのおかげか、軍港都市の修復は迅速に行われており、出洲の施設跡は綺麗さっぱり失われているという。まだ地下施設の調査は続いているが、それ以外は通常営業と言ってもいいくらいに元に戻った。

 

『また頃合いを見て軍港に行ってやっておくれ』

「そうします。この前から後始末が立て込んでいましたし、もう少し進めたら一度向かえるように手筈を整えておきます」

『その時は、匿っている純粋種や深海棲艦も街に行かせるつもりなのかの?』

 

 それに関してはまだ考えてはいない。カテゴリーBの方は自分達からそれを望むかどうか。セレスに関してはその時までの学習の結果次第。

 

「その時に考えます。今のままでは無理ですが」

『うむ、その辺りはそちらに任せるからの。よろしく頼むぞ』

 

 

 

 

 軍港都市も順調に復興出来ているようで、あの時の戦いの傷跡はようやく失われつつある。

 しかし、油断が出来ないのは当然のこと。ここからむしろ、気を引き締めて進めていかねばならない。

 




戦艦棲姫の名前、セレスは、豊穣の女神デメテルの別名。ケレスとかセレスとかで呼ばれる神。
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