時間は昼を迎え、昼食後に予定通り移動開始。ここからおおよそ丸一日航行し、現場に到着したらそのまま作業開始となる。
事前に依頼を寄越した鎮守府と連絡を取ったところ、次の現場は大規模寄りの中規模。姫級が2体出現した代わりに、随伴が若干少なめという現場である。そのため、メインになるのは姫の残骸回収。
その現場の情報を聞いた時、伊豆提督にはやはり嫌な予感がよぎった。姫級の残骸がそこにあるということは、再び出洲の手の者が残骸を横取りしている可能性があるということ。そして、雑に扱うせいで穢れが拡がり、作業範囲が当初よりも大きくなること。
そもそもが大規模寄りということは、そんなことをされたら間違いなく大規模になっているし、そこに到着するまでに時間がかかるということは、穢れから更なる深海棲艦が生まれている可能性があるということにも繋がる。
だからと言って、うみどりの速度を今以上に上げることは出来ない。今は、艦内に影響を与えない最高速度である。これ以上のスピードになると、生活に支障が出るレベルとなってしまう。ただでさえ動き出しの時にはどうしても揺れるくらいなのだ。それが常時発生したりするようなもの。
「また何か起きるかもしれないわよね」
執務室の椅子に深くもたれかかる伊豆提督の姿に、イリスはそうねと返しつつ苦笑する。伊豆提督もここ最近は精神的に疲労が溜まっているのがわかるからだ。
昨晩に瀬石元帥にうみどりの現状を話した時、淡々と事実だけを話すようにしていたのだが、言われた通りここ最近のうみどりを取り巻く環境は異常と言っても過言ではない。
自ら七色の艦隊と称したように、現在発見されている種族がカテゴリーK以外全種揃ってしまっていることが、とにかくとんでもないこと。平和の象徴と言うのは簡単だが、うみどり以外が簡単に受け入れられるようなことではないため、ここからどうしていくかを考えなければならないのだ。
特にカテゴリーYとカテゴリーR、つまり見た目が深海棲艦の者達に対する問題がとにかく多すぎる。まず侵略者と同じ姿、1人は中身が少し違うだけで
そのことを考えると、今まで考えたことない悩みが続々と現れ、それによって精神的な疲労が絶えない状態となる。最終的に一番いいところに落ち着きたいと思うと、なかなか簡単なことではないと実感出来てしまい、殊更に疲れてくるようだった。
そこにさらに後始末を邪魔する者のことを考慮し始めると、癒しの時間がいくらあっても足りない。一つずつ解決していこうと尽力するものの、そもそも簡単に解決出来る問題ではないので、不安と焦りがどうしても出てしまう。
「ハルカ、今日は久しぶりにマッサージでもしてあげるわ。ここ最近、お疲れでしょ」
そんな伊豆提督を気遣い、イリスは一度強めの癒しを得ることを提案。伊豆提督の中での癒しとなると、少しだけでも職務から離れて全く別のことをすることになる。マッサージはその一環であり、他にもエステやサウナなどで身体を整えることも趣味としていたりする。後者はうみどりでは出来ないものの、余裕があれば軍港都市などで利用しているくらいである。
その性格上、健康を維持するための行動には妥協しないのが伊豆提督。それがここ最近、心労なども相まって疎かになりつつあった。それはよろしくない。
「それじゃあ、よろしくお願いしようかしら。最近スキンケアもちゃんと出来ていなかった気がするし、なんだかんだガタガタかも」
「私から見てもそう思うんだもの。自覚も出来ているなら尚更よ」
「そうね。常々、健全なる精神は健全なる身体に宿ると思っているんだもの。長であるアタシがちゃんとしてないと、うみどりを最善の方向には向かわせられないわね」
よし、と小さく声を上げて立ち上がり、大きく腕を上げて伸びた後、決心したように宣言する。
「今日はお休みにするわ。根を詰め過ぎてもいい結果にはならないもの」
「たまにはいいかもしれないわね。最後に休んだのはいつかしら」
「
「さっさと休みなさい。私も今日は付き合うから。事務作業は全面的に休業よ。急な連絡は誰かに電話番をしてもらえばいいわ。みんな貴方のこと心配してるんだから」
部下に心配されたらおしまいだと苦笑する伊豆提督。
結果、うみどりの運行が始まった時点で伊豆提督とイリスは半休というカタチとされた。
これからの激戦のことを考えると、今のうちにしっかり休んで万全な体調にしておくのは急務である。
伊豆提督が休むことが決定したことで、艦娘達も大袈裟なことはしない方向へ。VRはイリスの管理が必要になるため、原則使用不可。トレーニングなどは保護者的なポジションになる長門などの管理下であれば良し。それ以外は危険なことでなければ自由。基本的にはいつもと同じではあるが、全体的に休息のモードに入っている。
艦娘達だって休息が必要。ここ最近は焦りはなくとも精神的な疲労は自覚無しに蓄積されている可能性はある。ぱっと見ではわからずとも、突然ブレーカーが落ちたかのように倒れるかもしれないのだ。
「休める時に休むことはいいことだよな、うん」
「なのです。最近はずっと特訓ばかりでしたし、ゆっくり休むこともいいことだと思うのです」
「君達、わかりやすく鍛えられているからね」
食堂でお茶を啜る深雪と電に、今は時雨も便乗していた。夕立と付き合っていたことで少々疲れているらしく、甘味を求めてここに訪れている。
その夕立は遊び疲れてお昼寝中だという。そうやって聞くと、夕立は誰よりも幼い子供のよう。実際に拗らせて歪んで病んでしまったことで精神的に未熟な子供になってしまっているのだから仕方ないことかもしれない。
「甘いモノが染みる気がするよ」
「お疲れさん。夕立はどうよ」
「最初よりはかなり良くなっているね。無意味に喧嘩を売るようなことはしなくなったよ。知恵の輪が解けた時に飛びつかれたけどさ」
遊びに一喜一憂する姿は、それはそれで面白いと時雨は語る。戦闘センスもさることながら、
このまま純粋に楽しむことを知り、心の余裕を手に入れたら、神風を凌駕する力を手に入れかねない。才能の塊であることがよくわかった。
「そっちはどうだったんだい?」
「スキャンプのことか?」
「勿論。夕立はまだ素直な方だけど、アレはもっと
酷いと言われれば否定が出来なくなってしまうが、それは過去の経験があるからこそああなっているのは納得している。夕立と近しいものの、そのベクトルが違うのも理解済み。
「スキャンプは酒匂さんといい仲になると思うぜ」
「……へぇ、聖人君子の威光に当てられたかい」
「似たようなもんだろうけど、もう少し言い方な」
酒匂の心に触れたことで、スキャンプの凝り固まってしまった心が少しずつ
今も救護隊の仮班員として酒匂と行動を共にし、そこに他の救護班である3人の駆逐艦娘とも交流を深めていた。本人は望まずとも、酒匂がそうしておいた方がいいと言えば、渋々でも言うことを聞いているようだった。
「それじゃあ、問題児達は各々何かを見つけられそうなわけだね」
「だな。グレカーレも……うん、グレカーレも大丈夫だからな」
「呼んだ?」
ニコニコしながらグレカーレが食堂に入ってきていた。神風と行動をしていたみたいだが、その神風が執務室で電話番をするということで、何か飲み物でも持っていってあげようと行動に移したらしい。
ただし、深雪と電を見る目にはどう見ても愛欲の色が見えるのはもう諦めていた。神風には尊敬だが、2人には
「お前達をここに呼べて良かったんじゃないかって話してたところだ」
「んー、そうかもね。あのスキャンプも、ちょっと柔らかくなってると思うし」
グレカーレから見ても、スキャンプはここ30年から考えてみれば随分と変化したと思っている。それこそ、スキャンプはうみどりの面々に
いつも周囲を威嚇しているような、不良じみた態度を続けていたスキャンプも、酒匂の前では威嚇が無くなり、今では睦月や子日、秋月達とも交流が出来ているほど。深雪達は水泳の訓練の時からその傾向を知っているが、知らなかった時雨は声を上げるほどに驚いていた。
「へぇーっ、あのスキャンプがねぇ。変われば変わるものじゃないか」
「ねー。あたしもちょっとビックリしちゃった。あんな優しい目のスキャンプ初めて見たもん」
「グレカーレが言うなら、本当に変わったんだろうな。相変わらずあたしには鋭く睨みつけてくるけど」
「それはミユキが最初に
それならいいんだけどと深雪はとりあえず深追いするのをやめておいた。スキャンプの名誉にも繋がるかもしれないと察して。
「まぁ、一番驚いてるのはあっちだけど」
その視線の先には、既に夕食の仕込みを始めているカテゴリーYの面々。伊豆提督に休んでもらうため、今回の食事はカテゴリーY達が用意することとなっていた。平瀬も手小野もなんだかんだ伊豆提督から料理の手ほどきを受けており、味の再現が出来ているかと言われればまだ届いていないにしても、その料理は絶品なモノになっている。そのおかげで、仲間達からも安心して任せられていた。
その中心にいるのは、なんとセレスである。食の探求のため、早速キッチンに足を踏み入れ、料理というものを覚えようとしている。伊豆提督から学んだ平瀬と手小野からさらに学ぶということになっているのだが、勿論初心者とかそういうレベルではないため、器用かどうかも含めて知るところから。
「ほ、包丁の持ち方、危ない」
「……如何に深海棲艦だとしても……指は切れますから……」
「ソ、ソウネ、ハモノヲ持ツノハハジメテダカラ、キンチョウシテシマッテイルノヨ」
和やかな料理風景だが、その姿だけ見れば深海棲艦がわちゃわちゃしているという、誰も見たことのない光景であった。
3人がこうしているところに、桜も細かいお手伝いをしようとしているため、うみどりにいる外見深海棲艦の面々が全員そこに勢揃いしていることとなる。
「デモ、ガンバルワ。オイシイモノガ自分デツクレルヨウニナレバ、モット楽シクナルトオモウモノ」
「そ、そう、それは確かに、そう思う」
「……いいことだと思います……お料理は……楽しいですから」
料理をする外見深海棲艦の者達は、人間よりも人間味のある表情で楽しく進む。セレスも最初はあまり表情が無い方だったが、知れば知るほど感情が豊かになっているかのようだった。
「ね、あれすごい光景でしょ。実際に見ても信じられないもん」
「かもしれないな。これが当たり前の風景になりゃあいいんだけどな」
「あはは、何それすごい平和。でも、あたし達が本来目指さなきゃいけないのは、そういうことなのかもしれないねぇ」
グレカーレも、何処か優しげな目でキッチンの光景を眺めていた。
うみどりに訪れた者は、総じて何かいい道を見つけている。過去を失った者もいるし、それまでに死にたくなるほど辛い思いをした者もいるが、今ではそれを乗り越えて幸せな生活を手にしている。
そんな幸せな道が選択出来る今の環境こそ、真の平和と言えるだろう。今はうみどりだけの平和だが、これを世界中に行き届かせたい。深雪はそう思った。
ここに来るまでは酷かった者達も、今やなにかしら楽しいことになっています。スキャンプも、このまま行けば心からの笑顔を取り戻せるのも時間の問題かもしれませんね。