後始末屋の特異点   作:緋寺

216 / 1161
嵐の前の静けさ

 夕食時になれば、仲間達が食堂に集まってくる。そして、セレスが料理をしている光景にまずギョッとした表情を浮かべた後、もうその勉強も始めているのかと興味深そうに眺めるというのを何人も繰り返すことになった。

 実際、その手伝いは微々たるもの。緊張しながら包丁を握る姿は微笑ましさもあるが危なっかしさもあるため、本当に大丈夫かと考えられた結果、平瀬と手小野の指示をちゃんと聞いて、初めての料理というセレス専用のミッションは無事クリアされている。

 

「野菜、ちゃんと切れてるじゃん。多分セレス、あたしよりもう料理上手いぜ」

「電もまだこんなに出来ない気がするのです」

 

 セレス手製の部分はというと、やはりわかりやすく作りやすいであろう、サラダである。

 包丁の使い方が多少雑なところがあっても、切って盛り付けするだけで済む部分が多いので、今のセレスには最も適している料理かもしれない。

 

 少なくとも、うみどりに見た目を気にする者などおらず、むしろセレスがこれを作ったとなれば、それに対していい評価をする者ばかりである。

 特にセレスのことを強く気にかけている長門は、このサラダを見て驚きを隠さず、素晴らしいと絶賛した。味に関しては普段の物と変わるわけが無いのだが、逆に言えば普段通りを正しく再現出来ているのだとそこも評価する。

 

「包丁ッテ、ナカナカキンチョウスルモノネ。コレダケ作ルダケナノニ、スゴク時間ガカカッチャッタワ」

「何、最初はみんなそんなモノだろう。私だって今やれと言われたら、そこまで早く出来ないさ」

「ソウ? ジャア、キョウノ出来ハ、マンテントイウコトカシラ」

「ああ、私が太鼓判を押そう」

 

 同じ戦艦というのもあり、長門とセレスは仲がいい。常に一緒にいるとかそういうのでは無いのだが、顔を合わせると談笑をするような、まさしく友人という仲。見ていてほっこりするし、お似合いとも思えるコンビである。

 

 そんな感じで賑わう食堂だが、時間になっても伊豆提督がやってこないことに気付き、少し騒つく。

 

 いつもなら食事を作っているということもあり、誰よりも早く食堂にいるのだが、今日は休息ということで身体の()()を治すためにいろいろとやっているため、イリスと共に部屋にこもっている。

 マッサージから始まり、このうみどりで出来る限りのリラックスを全力で提供。明日からの執務のために英気を養い、十全の体調を作り上げるために尽力している。

 

「ごめんなさい、遅くなってしまったわ」

 

 そんな食堂に入ってくるのはイリス。しかし、伊豆提督の姿はまだ見えない。

 

「ハルカはさっきまで寝てたのよ。いろいろと支度してからこっちに来るから、心配しないでいいわ。体調が悪いとかそういうのは無いから」

 

 本当に今の今まで眠っていたらしく、少し見せられないくらいグダグダなのだとイリスは語る。

 いつもキチンと整えた状態でみんなの前に現れるわけだが、それには多少時間がかかるものもある。別にメイクとかをしているわけではなく、寝癖を整えたり、眠ったことでヨレヨレとなった服装を正したりと、提督として前に出られる姿になるため、それを今手早くこなしているだけ。

 

「はぁい、ごめんなさいねぇ。心配かけちゃったかしら」

 

 そんなことを話しているうちに、伊豆提督も到着。明らかに顔色が良くなっているし、肌艶も良くなっている。

 午後からの数時間でここまで整えられているのは、イリスと妖精さんの手腕のおかげだ。治療を妖精さんに手伝ってもらうことで、重傷であっても早期に完治させることが出来るようになった今、疲労回復のためのあらゆる手段も妖精さんにやってもらうことが可能。

 

 しかし、これに関しては妖精さんとの強い信頼関係が築けていることが条件。エステに近いリラックス出来る空間の提供は、傷の治療のような絶対に必要なことではないため、妖精さんとて何の躊躇もなくやるようなことではない。本来の仕事とはかけ離れた行為だからである。

 そんな条件があったとしても、伊豆提督は一味も二味も違う。妖精さんとの信頼関係の構築は完璧。艦娘から好かれている提督は、妖精さんからも好かれているというのがよくわかるものだ。

 

「アタシもこれで元気いっぱいよ。ご飯を貰ったらまた休ませてもらうけれど、明日には完璧なアタシをまた提供するわぁ」

 

 ニコニコの伊豆提督を見ていると、艦娘達もより穏やかな気持ちになれる。心身共に落ち着くことが出来るのは、ここにいる全員が、健康体でいられることがわかっている状態。

 誰一人欠けることなく、誰一人倒れることなく、楽しく暮らしているこのうみどりが、今最も平和な場所と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 うみどりの航行は順調に進み、割と厄介な深夜も抜けて朝へ。ここ最近は航路に深海棲艦が現れるようなことはなく、後始末の現場に向かうだけならば、妨害も何もない。

 出現頻度が落ちているというわけではないのだが、部隊を組んでいない深海棲艦、()()()があまり現れていないようにも感じる。それは軒並み部隊を組むようにしているためか、それともまた別の理由があるのかは不明。ただでさえ深海棲艦の生態自体がわからないというのに、行動原理から何から何までを知ろうだなんて不可能に近いのだ。

 そのため、今は現れないことをラッキーと思うしかない。それに確率は集約するとも言う。今が現れていない分、そのうち異常な数で航行の妨害をされる可能性だってあるのだから。

 

「平和は平和だよな……マジで」

 

 今日も今日とてトレーニングを続ける深雪が呟いた。本日の午後から後始末作業、しかも大規模寄りの中規模ということで、到着次第開始しても間違いなく日を跨ぐことになる。

 トレーニングはするものの、今回は程々に。疲れを残して後始末作業に入るのは悪手であるため、今はトレーニングと言ってもストレッチによって柔軟性を伸ばす方向にしている。

 

 便乗しているのは電と時雨、そして夕立である。身体を動かしたいという夕立の要望に応え、喧嘩はしないが一緒にトレーニングをしようと話すと喜んでついてきた。これも、心のゆとりが少しでも芽生えている証拠。ワガママを言わずに一緒にストレッチが出来ているのだから、夕立もしっかり成長している。

 

「いいことだとは思うんだけど」

「嵐の前の静けさというヤツかい?」

「ああ、なんかそんな感じがしてならねぇ」

 

 時雨からの言葉に、深雪が小さく頷く。つい最近、船渠棲姫との戦いがあったわけだが、それ以降は非常に静かだ。束の間の平和を手に入れることが出来たのは喜ばしい限りなのだが、その間にあちらが力を溜めている気がしてならない。

 

「そうだったとしたら怖いのです……。またあんな戦いをするかもしれないのですよね……」

 

 その話を聞いたことで、電が悲しそうな表情を見せる。戦う決意はしたものの、実際に戦うことになると優しさが出てしまうのが電。可能な限り戦いたくないが、戦うことになったら全力で立ち向かう、という心持ち。

 

 船渠棲姫との戦いは、深海棲艦すらも手駒にして事を成そうとする、残酷な戦いだった。自己修復の力まで与えて壁とし、心身共にダメージを与えてくるような厄介なやり方。

 生み出しては嗾け、沈めたところでまた生み直し、無限の軍勢を作り上げていた船渠棲姫には、神風だけでなく、その戦いを見ていた者全てが嫌悪感を抱いていた。

 またそんな敵が現れたらと思うと、電は非常に嫌な気分になった。命を何だと思っているのだという敵は、見ているだけでも嫌悪感が激しくなる。しかし、出洲はそういう存在。間違いなくその嫌な気分になるのは約束されてしまっている。

 

「躊躇してたらやられるっぽい。だったら、時間をかけずに斃しちゃった方が、相手のためになるっぽい」

 

 夕立の言い分は間違ってはいない。可哀想だからと手を抜いたら逆にやられる。敗北したら、出洲の思う壺だ。ならば勝たねばならない。

 その上で、なるべく苦しませずに斃してやった方がいい。夕立はそこまで言う。()()()()()()()()()が苦しみになっているのかもしれないのだから、それから解放するためにも。死は救済と言う者もいるが、この状況に関してはそれもあながち間違いではないのかもしれない。

 

「全員が全員、セレスみたいな深海棲艦とは限らないからな……。むしろ、セレスがああなったって知ったなら、もっと酷い改造をしてくるかもしれねぇよ」

「だね。僕もそれは思った。敗北を失敗と考えるなら、より改良した何かを用意してくるのがヤツらだろうからね」

 

 じゃあそれが何なのかと言われたら皆目見当つかないが。あちらは高次の存在へと至るための実験に、あらゆる命を弄び続けているのだ。何をやってきてもおかしくない。

 

「それこそ、次の現場は大規模に近いって話だろ。その改造したヤツ使って何か仕掛けてきそうじゃないか?」

「電もそれは思ったのです。それこそ、あちらの欲しい姫級の残骸もあるわけですし」

「船渠棲姫みたいな敵がまだいて、その場で何か造り出していたら気分が悪いね」

「そんなの出てきたらぶっ飛ばしてやるっぽい!」

 

 考えられる最悪は尽きない。だが、ここにいる4人の知識はまだ限られているところ。また、理解していても意識の外に追いやってしまっていることもある。そうなってほしくないという願いが叶うかどうかは、この段階ではわからない。

 

 

 

 

 あと小一時間程で現場に到着する段階まで来ると、イリスと妖精さんが進行方向の安全確認がより強めになる。残骸が散らばる現場に近ければ近いほど、そこから新たな深海棲艦が生まれやすいからである。

 これまでは何もない海を航行していたために妨害は無かったが、この辺りまで来ると前回の戦場跡という認識となり、いつ攻撃を受けてもおかしくなくなる。

 

「今のところ、敵影は無し、順調にここまでは来れたけど……真っ昼間から何かしようとは思わないのかもしれないわね」

 

 船渠棲姫の時は夜戦だった。出洲自身も夜襲を仕掛けてきている。対する今日は、日が真上に近いくらいの高さまで昇っている真っ昼間。ハイエナをするにしても、こんな白昼堂々やるものだろうかと考える。

 だが、固定観念は振り払った方がいい。やることなすこと全てがおかしい出洲達の行動だ。来るなら夜と考えていたら足を掬われる可能性もある。常に警戒を厳として行動するのが、安全第一の動きとなるだろう。

 

「……ん? 艦影見つけた?」

 

 そんな中、電探を司る妖精さんがイリスの手を叩いた。まだ視界に入っていない状態ではあるが、それよりも広範囲の電探ならば艦影は発見出来る。

 場所はまさに後始末現場。そこに広がる穢れから生まれた何かか、それとも残骸を奪い取りに来た何者か。それを知るためには、もう少し近付く必要がある。

 

 そこからさらに近付き、現場まであと30分足らず。そろそろ残骸が見え始めてもおかしくない場所まで近付いたところで、イリスの視界に入る。

 その艦影は、その現場を荒らしているようには見えなかった。しかし、それが()()()()()にも見えなかった。

 

「……また初めてのタイプが出てきたじゃないの。一体全体どうなってるのよあちらの技術力は」

 

 イリスは明確な苛立ちを見せた後、すぐさま艦内放送に出た。

 

 

 

 

『後始末現場手前に敵影発見よ。すぐに準備して』

 

 放送と同時に艦内が慌ただしくなる。しかし、その敵の詳細が発表されることで、またもや騒然となる。

 

『敵影は……カテゴリーM。だけれど、()()()()()姿()()()()()()()

 




これまでのカテゴリーM、時雨も含まれますが、姿は艦娘だけど仲間が憎しみに満ちている深海棲艦のような存在だったため、BとRの混成体だったわけですが、新たに現れたカテゴリーMは、深海棲艦の姿をしているのに彩がMとなります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。