『敵影は……カテゴリーM。だけれど、
ただカテゴリーMと言われたならば、艦娘の姿をしながらも、憎しみに呑み込まれたことによって人類の敵となっている存在となる。
ここにいる時雨もかつてはそうだったが、うみどりで生活するうちにその憎しみが一極化されたことによって、少々捻くれているものの純粋種の艦娘として成立していた。
しかし、その姿が深海棲艦であるとなると、話は変わる。これまでに存在していなかった、
その在り方からして、そういうモノがいてもおかしくはないのだ。艦娘に深海棲艦の要素が混じったモノがカテゴリーMならば、深海棲艦に艦娘の要素が混じったモノがカテゴリーMとなっても、何もおかしな話ではない。
だが、今まで出てこなかったところを見る限り、カテゴリーMというのは
ならば、今ここにいるのはどういうことか。見ただけではわからないというのが実情である。
「カテゴリーMなら僕の仲間かと思ったけど、随分と事情が違いそうだね」
トレーニングルームから直接工廠に向かう深雪達。着替える暇は無く、出撃するとしたら工廠にも制服はあるため、トレーニングウェアのまま、気にせずに廊下を駆け抜けた。ストレッチだけでも汗ばむくらいはしているのだが、風呂に入る暇もなし。
そんな時、時雨が複雑な表情で呟いた。うみどり唯一のカテゴリーMであるため、あちらの気持ちは嫌というほどわかる。しかし、姿形が深海棲艦だというのなら、自分のように救われることは無いかもしれない。
「何処の誰だかはわからねぇけど、カテゴリーMだってなら説得してやるさ。お前に出来たなら今回も出来るはずだぜ」
「相変わらず根拠のない自信だね」
「自信くらい持っておかねぇと出来ることも出来ねぇだろ」
「確かに。それくらいの気概が無いと前にも進めないか」
深雪は当然、今回のカテゴリーMも出来る限り説得するつもりである。姿が深海棲艦であろうと、カテゴリーMであることには変わりないのだから。
深海棲艦ベースのカテゴリーMだとしても、そこに艦娘の要素が含まれている。ならば、理性が消えて本能的に人間を憎んでいても、ヒトの声は聞こえるはずだ。
それに、今やうみどりには対話が出来るどころかわかりあうことが出来る深海棲艦までいる。ならば、より説得出来る確率は上がるのではなかろうか。
「でも、ダメだったらどうするっぽい? 全然話を聞いてくれなかったら」
そんな夕立の質問に対し、深雪は歯を食いしばりながら答える。
「……仕方ねぇよ。そのままじゃ人間を襲っちまうんだろ。これまでの深海棲艦を斃して、それだけ特別に見るってのはしちゃあいけないんだ。だから、斃すしかねぇ」
その覚悟だって持って立ち向かう。辛く苦しい選択ではあるが、そうしなければ平和が脅かされてしまうのだから。
自分の気持ちよりも優先しなくてはならないことがあることは、後始末屋となってからいくつも味わっている。その都度暴走しかけ、それを止められ、覚えることで成長してきた。今の深雪は、この状況であっても自分を抑え込むことは出来ている。
「電、辛い選択になるかもしれないけど」
「わかってるのです。割り切らなくちゃいけない時が来るって。覚悟は、出来ているのです」
これまでなら、きっとこんな時にでも命を救わなくちゃいけないと涙を流していただろう。だが、これまでの経験で心が強くなっている電は、この状況で割り切ることを選択することが出来ている。強くなると決意したことで、その精神は飛躍的に成長を見せていた。
勿論、救えるものは救いたい。傷つきたくないし、傷つけたくない。だからと言って、その選択で他者に迷惑がかかるなら、自分が傷ついた方がいい。奇しくも後始末屋の精神を手に入れていた。
「うし、じゃあもう大丈夫だ。あたしも割り切ってる。どんな相手が来ても、やることをやるだけだ」
「そもそも僕や君達が部隊に選ばれるかもわからないけどね」
「そりゃあそうだけどな!」
やれることは全力でやるだけ。選ばれなかったら、その時はその時。今は出来ることをするためにも動く。
工廠には既に数人集まっている状態。伊豆提督もたまたま工廠で作業していたようで、一番初めにここにいたらしい。なんでも、セレスの艤装を調査している主任から、そのデータを貰っていたとのこと。
「ハルカちゃん、今回はカテゴリーMなんだろ? だったら、あたし達に行かせてくれよ」
「時雨ちゃんの時と同じように、電達に説得させてほしいのです」
到着するや否や、伊豆提督に直談判する深雪と電。時雨の時はその要求が通り、長門達に守ってもらいながらも説得に成功して今に至るが、今回はそんな簡単なことではないことはわかっている。なので、出来たらやらせてくれと最初から少し引き気味で自分の意思を見せた。
対する伊豆提督は、そのカテゴリーMが
「……正直なところを言うと、時雨ちゃんを説得出来た前例があるから、アナタ達には出てほしい。そうは思っているわ。ここ最近は練度も上がっているし、心を落ち着かせることも出来てる。充分に成長したと言えるでしょう」
「なら」
「でも、今回は相手が悪いわ。
見てもいないのにこれだけ注意してくるということは、間違いなく深雪が冷静でいられないような相手である。グレカーレが船渠棲姫と知って取り乱したように、深雪にも同じようなことが起きるかもしれないと危惧されている。
だが、それだけで止まってはいられない。救える命があり、その力が自分にはあるかもしれないのなら、それが誰であろうと前に進みたい。それが深雪だ。
「じゃあ、まずは見てみる。それでダメだって言うなら、あたしは素直に一歩引く。だからハルカちゃん、頼む」
「電からもお願いするのです。まずは見せてほしいのです」
2人揃って頭を下げる。何も知らないうちに決めるのは何か違う。知ってからダメだと思ったらダメとしてくれと、心から訴えた。
「……わかったわ。じゃあ、見てみなさいな。これが、今回のターゲット……深海釧路沖棲雲姫よ」
名前を聞いたところでそれが誰だかはわからない。グレカーレのように艦生が長いわけではないため、すぐに察することなんて出来るわけがない。だが、遠隔で映されたその本体を見た瞬間、深雪の表情は強張った。
その深海棲艦の見た目は、かなり艦娘に近い。だが明確に違うところは、頭に生えている2本の角。それが艦娘では無く深海棲艦なのだと嫌というほどわからせてくる。
逆に言えば、それ以外はほぼ艦娘と言ってもいいくらいにヒト型。素足で海の上にいることは流石におかしいとは思えても、制服もただの黒いセーラー服。あれも艦娘だと言われても、おそらく否定も何も出来ない。
「……艦の頃に顔を合わせたことは無いと思うんだけど、姉妹だとこれでもわかんだな……」
深雪は強く歯を食いしばることになった。そして、グレカーレの気持ちが痛いほどにわかった。
「コイツ、
駆逐艦白雲。吹雪型の8番艦。つまり、
姉妹艦のこんな姿を見て、心が痛んだ。出洲によって白雲の命を素材に造られた深海棲艦だというのならば、その犠牲となったことに怒りが込み上がる。
しかし、あれはカテゴリーRではなくカテゴリーM。これまでとはまた勝手が違う。どうしてあんな姿になってしまったのかがわからない。これまでと違う状況であることは間違いない。
「どうしてこうなっているのかは、皆目見当がつかないわ。でも、アナタがそう思う通り、深海釧路沖棲雲姫は駆逐艦白雲をベースにした深海棲艦よ。過去の文献からもそう言われている。ただ、こんな場所に現れる深海棲艦でもないのよ」
名前の通り、その地にのみ出現するため、人間が定めた個体対象にも地名が振られることになっていた。しかし、今のこの現場は別に釧路沖なわけでもない。本当に無縁な存在がここにいる。
ならば何故ここにいるかとなる。その地からここまで動いてきたか、何者かによってここまで
そして、それをやろうとする者達なんて、うみどりの面々ならばすぐに辿り着く。
「……出洲のせいか」
そうなるのは当然のことである。これまで平和のためと言いながら命を弄び続けてきた出洲達ならば、白雲にそういうことをすることにも躊躇は無いだろう。最初から深海釧路沖棲雲姫として生まれたとしても、それを材料に使おうとすることだってしそうだ。
故に、これには伊豆提督も首を縦に振る。彼は異常事態全般は大概出洲が一枚噛んでいると考えているくらいである。流石に固定観念に囚われているのではと自重はしているが。
「どういう理由であっても、奴らが絡んでいる可能性はかなり高いと思うわ。もしかしたら、ここで生まれたドロップ艦が穢れに塗れてしまったことで姿を変えた……という可能性もあるけれど」
「怖いことを言わないでもらえないかな。アレが僕の成れの果てみたいに聞こえるじゃないか」
「可能性としてゼロではないということよ。怖がらせて申し訳ないけれど、呪いに蝕まれ、内側から人類を憎み、理性が焼き尽くされたら、艦娘の身体が深海棲艦に変質する……と言われても、もう驚かないわよ」
もしかしたら自分もああなっていたかもしれない。そう思うと、時雨はいい気分にはなれなかった。
「ただ、少なくともあの子はカテゴリーRじゃなくてカテゴリーM。艦娘の要素を持っているということは変わらないわ。アタシ達の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。ここまで知った上で、深雪ちゃん、電ちゃん、あの子を説得してみる?」
特型という括りで言えば、白雲は電の姉に当たる存在。しかも、艦の時には生まれ故郷も同じであり、縁としてはそれなりに強い方である。
だからこそ、それを2人に問う。ここまでのトレーニングと経験で、2人はこの戦場に出ても問題がない実力があると判断はされた。勿論、あちらの実力は未知数ではあるものの、対応出来るだけの力は持っているはずだ。
残すところは、精神面だけ。姉妹艦だからといって、斃すことに躊躇しないか。無理にでも説得を押し通そうとしないか。先のことを考えられるか。あらゆる面で心配なのはそこである。
「当たり前だぜ。妹とか深海棲艦とかそういうの関係なしに、カテゴリーMとは話をしてみるさ」
「話が出来なかったら……辛いですけれど、斃す方向に切り替えるのです。電達の力が足りなかったら、誰かに代わってもらってもいいのです」
「だから、やらせてくれ。釧路沖なんちゃら……言いにくいからもう白雲って呼ぶけど、白雲の説得、あたし達にしか出来ねぇ」
相手が姉妹だからこそ、感情的にはならず、至って冷静に事にあたると宣言した。
だが、本人を目の前にしたら、どうしても感情が出てしまうかもしれない。冷静でいられなくなるかもしれない。そうなってしまったら、すぐに引っ込めてくれても構わない。そういう気持ちで、この戦場に、白雲を救う戦いに出向きたい。
2人の目は真剣そのもの。これまでから考えると、随分と成長している。故に、伊豆提督は決断する。
「わかったわ。今回はアナタ達に任せます。それも込みで、すぐに部隊を考えるわ。その間に準備しておいてちょうだい」
「っし、ありがとなハルカちゃん! 電、すぐに準備しようぜ!」
「なのです! ハルカちゃんさん、頑張ってくるのです!」
喜びを隠す事なく、2人は出撃準備のために工廠の奥へと走った。
カテゴリーMの説得はカテゴリーWに実績があるとはいえ、ここで例外のような存在を任せるのは少々抵抗があった。
しかし、少しでも救える可能性があるならば、ここで信じてみたい。そういう気持ちもあった。
この決断が吉と出るか凶と出るかは、まだわからない。
釧路じゃないのに釧路沖棲雲姫が現れる事態に。あと、この世界では白雲はもうドロップします。