後始末の現場に現れた深海棲艦の見た目を持つカテゴリーMは、深雪の妹である白雲。その姿を酷似している深海釧路沖棲雲姫に変え、そこに佇んでいた。
姿形は侵略者であっても、カテゴリーMであることには変わりない。妹だとか関係なく、まずは説得に出たいというのが深雪と電の考え。
もし説得出来なければ、その場で沈める覚悟もある。そうしなければ、うみどりすらも危険に晒してしまうかもしれない。辛いが、話が出来ないのならば、それはもう白雲ではないと割り切るしかなかった。
この覚悟を受け入れ、伊豆提督は深雪と電を部隊に組み込むことを約束し、出撃出来るように指示を出した。2人は喜びを隠すことなく、工廠の奥へと向かった。
深雪と電が準備を終えた時には、部隊も決定していた。2人は説得役としての出撃となり、それを守るための部隊として、加賀、妙高、三隈、那珂の4人をサポーターとして設定している。
今回は昼間。空母も充分に活躍出来るために加賀が含まれている。もし万が一現れた白雲が出洲による改造が施されていたとしたら、駆逐艦であるにもかかわらず、航空戦を仕掛けてくる可能性がある。そのため、火力よりも柔軟性、あり得ないかもしれないが、ここで制空権争いが可能になるようにしていた。
また、長門の火力だと一撃で終わらせてしまう可能性があるため、交渉の余地を一応は残したと言える。ダメージを与えて言うことを聞かせるというのは不服ではあるのだが、今は状況が状況だ。情報が手に入れられる機会を逃すわけにはいかない。
「いざって時は、主砲じゃなくて拳をぶつけてみる。それなら死にゃしないからな」
「それは本当に緊急事態の時だけにしなさいね。それで危険に晒されたら意味がないんだもの」
「わかってる。一番は自分の命だよ。あと仲間の命な」
「誰も死なないのが一番なのです」
頼んだとはいえ、伊豆提督は少し心配そうな表情を見せた。何故なら、深雪も電も、あえてトレーニングウェアをそのままに制服を着て、艤装を装備していたからだ。時間が無かったというのもあるが、喧嘩をするために潜水艦に乗り込んだ時と同じ姿で戦場に立とうとしている。
深雪はいざという時は砲撃ではなく拳で語り合うと宣言した。それならば、相手の命を奪うことはなく、それでもダメージを与えることは出来る。
しかし、相手はカテゴリーMとはいえ深海棲艦。むしろカテゴリーMだからこそ、そんな簡単にやらせてくれるわけがない。呪いによって人類に憎しみを持っているのならば、今から向かう者達に気を許すわけがないのだから。
「それじゃあ……その、みんな、あたしの妹を救うため、力を貸してくれ」
随伴してくれる4人に頭を下げる深雪。そんな深雪を見て、ニッコリ笑った那珂が肩をポンと叩く。
「大丈夫大丈夫。みんな同じ気持ちだよ。那珂ちゃんも、あの子は救わないといけない気がするもん。だから、力を合わせて救ってあげようね♪」
それをきっかけに仲間達が深雪を鼓舞してくれる。
「無傷というわけにはいかないかもしれませんが、必ず救いましょう。誰もが救われる権利があるのですから」
「ええ、三隈もそう思いますわ。あの場に立つことが彼女の選んだ道には見えませんもの。正しい道を教えて差し上げなければ」
「貴女は気にせずやりたいことをやりなさい。それを成功させるのが私達の仕事だから」
これだけ言われれば、深雪のやる気は十二分に湧き上がる。仲間に後押しされ、この作戦を必ず成功させるのだという気持ちが膨れ上がる。だからといって、頭が熱くなっているわけではない。背中を守ってくれる仲間がいるからこそ、冷静に事にあたれる。
電も深雪と同じ気持ちだ。あの白雲を救うため、心を落ち着かせて戦いに挑む。勿論恐怖が無いわけではないが、隣に深雪がいてくれる上、目的を同じとしているのだ。ならば、やれないわけがない。
「みんな、気合充分ね。それじゃあ、出撃お願いするわ。救護班、念のため準備! 残りはいつでも出られるように待機よ!」
ここから白雲説得作戦が開始される。私情が含まれてしまうものの、普段以上に深雪は真剣だった。
海上、現場にはすぐに辿り着けるような場所に停泊しているため、出撃したらあっという間に白雲が視認出来る場に立てる。
「……白雲、だよな」
その現場にポツンと立つ白雲──深海釧路沖棲雲姫は、声をかけられてチラリと深雪の方へと目を向けた。
深海棲艦特有の、青白い燐光を発する瞳。艦娘とは一線を画した真っ白な肌。それなのに、それ以外は殆ど艦娘と言ってもいいくらいに面影が残った姿。まるで
しかし、それが深海釧路沖棲雲姫の本来の姿。深海棲艦には何人もいる、艦娘の姿に酷似した個体の1人。
特に特徴的なのは、寒そうにしているその姿。自分をギュッと抱くようにしているのも無理は無かった。理由はわからないが、背部に接続された魚雷発射管には、氷柱が垂れていた。
今のこの場は昼間であり、寒さなどは感じない場所。なのに、その周囲だけは季節感がおかしいかのようだった。それも深海釧路沖棲雲姫の特徴、いや、
だが、深雪の目には、それは深海棲艦ではなく、自分の妹として認識出来ていた。純粋種の艦娘としての本能で、姉妹艦だけはすぐにわかる。
これは、間違いなく自分の妹。何がどうなってこんな姿になっているかわからないが、本来のカタチを知らずとも、それが変質した自分の妹だと確信出来た。
「あたしのこと、わかるか。昔に直接顔を合わせたわけじゃあないけど、お前の姉ってことになってる、深雪だ」
武器は持てど、使うつもりはない。まずはただ話す。それで心を通わせられればそれでいい。対話が可能かどうかをまず知らねばならない。
視線は向けるが、言葉を発さない。その頭の中がどうなっているかはわからないが、すぐに襲ってこない辺り、本能のままに暴れるということはしないようである。
ならば、話せる余地がある。この状況下でも冷静でいられる深海棲艦ならば、きっと対話が出来る。
「白雲、今は武器を収めてくれないか。話がしたくてここに来たんだ」
握っていた主砲を基部に引っ掛け、攻撃の意思などないと示しながら訴える。まずはただ話をしようと。戦うためにここに来たのではないと。
「……ズット……」
「え?」
「ズット……呼ンデイタノニ……」
その言葉の意味はわからない。だが、次の行動で今の白雲がどういう存在かがわかることになる。
「
怒りにも悲しみにもとれる叫びと共に、左手に握る主砲を深雪に向けた。目は向いていても、それが自分の姉とは認識出来ていないような、酷く濁った色の瞳。深雪が一度見た、説得の余地もなく沈められたカテゴリーMとはまた違った、負の感情がグチャグチャに掻き混ぜられたような色。
「モウ、モウ遅ヒノ。コウナッテシマツテハ、意味ガナイノ」
「何を言って……っ!?」
「ダカラ、ダカラ、コノ冷タヒ海ニ、一緒ニ、一緒ニ沈メバイイワァ!」
白雲から対話を切り、深雪に向けて砲撃を放つ。当然ながら深海棲艦の主砲は見た目とは全く違う火力を発揮するため、間近で放たれたら艦娘相手以上に危険。
「くそっ……!」
だが、深雪ももう素人ではない。トレーニングを繰り返し、実戦経験も経て、そして精神的にも成長して、今ここにいる。対話をするためには負傷は許されない。死ぬなんて以ての外。
故に、この砲撃に対してすぐさま反応した。出来る限りのスピードでその場から離れ、砲撃はギリギリで回避。
深雪の隣にいた電も、当たらないように即回避していた。掠めることもないくらい大きく移動したので、深雪からは離れるカタチとなったが、逆に戦況が見やすくなったと、広い視野を存分に活かすために周囲に気を配る。
「白雲! 話を聞いてくれ!」
「ハハ、ハハハッ、イトオカシ!」
一度攻撃を始めてしまったことで、白雲は暴走状態に陥っている。深海棲艦の本能とカテゴリーMの本能が悪い意味で溢れ出し、艦娘としての理性は何処かに行ってしまっている。
そもそもカテゴリーMには理性はあってないようなものではあるが、それとはまた違う壊れ方。本来の対話出来ない深海棲艦と似たような反応。
しかし、話を始めた直後の言葉。『助けてと叫んでいたのに』だけは、白雲の本心だったのではないかと感じた。
そこから予想出来るのは、単純なこと。何処かの地で生まれ、何者かに何かをされた。ふわふわしているが、それが今の深雪達にわかること。それを助けてと叫んだが、誰も助けてくれなかった。この恐怖体験により、白雲は今の精神状態へと変化したのだろう。
救われなかったことに怒り、孤独を悲しみ、人間達が許せない。その本能のままに攻撃をし、逃げ惑う敵に対して
「ギヨライノ方ガイイカシラ……ナラバ、ゴ遠慮、ナサラズニ!」
凍り付いた魚雷発射管が動き出す。それを向けた方向は、やはり深雪。最も近くにいた者であるため、完全に狙いを定められていた。
「深雪ちゃん! 下がってください!」
「悪い、頼む!」
そして魚雷が放たれたが、それにすぐさま対応したのは電。放たれた直後の魚雷を主砲で撃ち抜くことによって対処した。
電の砲撃は元々深雪よりも精度が高い。命中率の低さは精神的な問題である。だが今は、その精神面を乗り越えているため、精度の高さだけが残った状態だ。故に、魚雷だけを撃ち抜くなんて芸当も可能。
魚雷には命が無いため、破壊するのにも躊躇がない。むしろ、深雪を守るために率先して動く。
これによって被害は無かったものの、白雲との間合いは離れる一方。魚雷が無くなったかと思えば、また砲撃が繰り出され、近づくことを許さない。
それはまるで、対話を拒否しているかのようだった。そして、その思いもぶつけられているかのようだった。
「近付けねぇ……っ。みんな!」
「はいはーい♪ まだまだ話は始まったばかりだもんね!」
対話にすらなっていない状態。白雲の心が修復可能か不可能かもまだ判断出来ない。ならば、もう一度対話が出来るようにサポートする。そのために随伴艦はあてがわれているのだ。
真っ先に動き出したのは那珂だ。深雪が避けると同時に、那珂だけは前に突き進んでいた。回避しながらでも前に進むステップは、相変わらず異常に素早い。アイドル活動を戦場に取り入れているというのは聞こえが悪いものの、明らかに戦いのステップを踏んでいる。
「ちゃんと深雪ちゃんのお話を聞いてあげてね♪」
あっという間に白雲の近くにまで到達するが、勿論それだけでどうにかなるわけが無かった。殆どゼロ距離であっても、魚雷を放ってきたのだ。そんなところで爆発したら自分も巻き込まれるというのに。
一緒に沈むと発言していたため、そういう攻撃をしてくる可能性は考慮していたが、実際にやってくるとなると厄介極まりない。心中する気満々の敵、自分の命を投げ捨てるかのような攻撃は、那珂といえども専門外。
「わっとと! それはダメだよぉ!?」
「那珂、そこから離れなさい」
危なく自爆に巻き込まれかけた那珂に離れるように促したのは加賀。その時には、何やら違う矢を弓に番えていた。
「貴女を殺すつもりはないわ。でも、暴れているなら鎮めなくちゃいけない。だから、今は静かになさい」
そして放たれた矢はいつものように艦載機に──
「クッ」
しかし、それに反応した白雲は、自分に直撃することを恐れたかすぐさま回避。お返しと言わんばかりに魚雷も放つ。流石にこれは堂々と放ち過ぎている上に距離もあるため、矢を放った直後の加賀でも回避に移ることが出来た。その視線を自ら放った矢から放すことなく。
「発艦」
その宣言と同時に矢が艦載機へと変化。そのスピードをそのままに、低空飛行しながら
そして、真上からぶちまけるのは、後始末の際に海域に散布する、清浄化させる薬剤である。
後始末後の洗浄にも使われる薬剤でもあるため、セレスのように穢れが失われる可能性に賭けて、あえてこれを使用した。
「ッ……」
頭からモロに薬剤を被る白雲。本来ならばこれで多少は洗浄されることとなるのだが、純粋な深海棲艦ではなくカテゴリーMである。それが効果的であるかは運次第。
「……頭ヲ冷ヤセト、イフコトカシラ。ハハ、ハハハ、イトオカシ!」
だが、その薬剤は白雲の頭を冷やすどころか、
冷え切っている状態でコレならば、白雲には物理的に冷静にさせることは難しい。
「冷えてダメなら……熱くしてやんよ。凍り付いてんなら、溶かしてやる!」
その光景を見た深雪は、逆に気合を入れていた。冷静さではなく、燃え上がる闘志で、白雲を正気に戻す。これが今やるべきことなのだと決めつけた。
それに呼応するように、装備した発煙装置から緩やかに煙が溢れ出す。深雪の気持ちが昂れば昂るほど、その煙は強く、濃く。