後始末屋の特異点   作:緋寺

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白雲を救うため

 深海釧路沖棲雲姫と化した白雲を救うため、深雪達は戦いを挑む。最初は説得に出ようとしたのだが、狂ったかのように叫び、攻撃を繰り出してきたため、まずはその動きを止めるために策を練る。

 

 那珂が接近しても、まるで心中を狙うかのように至近距離でも魚雷を放つため、迂闊に近寄れない。

 加賀が繰り出した薬剤散布の艦載機でも、薬剤そのものを()()()()という異常な特性を見せつけてきたため、その場で洗浄を施すことも不可能に近い。

 

「冷えてダメなら……熱くしてやんよ。凍り付いてんなら、溶かしてやる!」

 

 頭を冷やすことは出来ず、既に冷え切っているというのならば、逆に熱くする。深雪はそう宣言して、突撃を開始。

 超至近距離まで接近出来たとしても、白雲は魚雷を躊躇わない。むしろ、自らの最大火力であることを理解して、狙えるタイミングがあれば自らのダメージを気にせずに放つ。さらに言えば、その雷撃の威力は半端ではなく、その残弾も艦娘とは比べ物にならないほど多い。

 6人がかりで戦って、おそらくは互角。殺さずに戦うのはかなり厳しいのだが、まずは出来る限り対話のために動き続ける。

 

「白雲! あたしの話を聞け!」

 

 実の姉である深雪の声が最も届くはず。そう考えて、深雪は戦いの中でも叫び続ける。まずは話をしようと。攻撃をぶつけ合うのではなく、言葉をぶつけ合おうと。

 しかし、今の白雲は深海棲艦となっていることで理性が砕け散っている。相手が姉妹であろうと、それが認識出来ているかもわからない。声が聞こえたからそちらに顔を向け、しかしそれが誰だとしても主砲を構える。

 

 この行動、深雪は知らないのだが、まさに()()()()()()()と言っても過言ではない。理性なく本能のままに行動し、対話も出来ずに攻撃をし続ける。

 それはまるで、自分のことに手一杯というか、周囲に気を配れるほどの余裕がないというか、とにかく失われた理性を補完するように力を振るう。

 

「ズット、ズット呼ンデタノニ! 誰モ来ナカッタ!」

 

 白雲の頭の中はそれでいっぱいである。助けてほしくて叫び続けて、しかしその声は誰にも届かず、今やその身は深海へと堕ち、その気持ちが暴走している。

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()。これが今は最も重要と言える。どれほど恐ろしい目に遭えば、こんなことになってしまうのか。精神が壊れ、助けを求めながらも攻撃を続ける深海棲艦へと身をやつしてしまうのか。

 そもそも深海棲艦となったのは自発的なのか。何者か──出洲しかいないが──に身体を弄くり回された結果、この身体に()()()ことに恐怖を覚えて、助けてと繰り返したのではないのか。

 

「悪い、白雲。お前が助けを呼んでいたのにも気付かないで。伸ばした手を掴むことが出来なくて。本当にすまない」

 

 深雪の口からは、自然と謝罪の言葉が出た。本来ならば知る由もない、白雲の不運。だが、それに気付くことが出来ていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれないと思うと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 こんなの、深雪のせいではないことなんて、誰がどう見ても明らかだ。何処で何をされたかもわからない相手まで救うのは、聖人君子である伊豆提督だって不可能な話だ。救えるのは、手が届く範囲だけ。

 

「でもな、だからこそ、今お前を救ってやる。間に合わないなんて無い。お前がどういう状況であっても、今でも手を伸ばしてくれるなら、あたしがその手を掴んでやる!」

 

 そう言うと同時に、装備された発煙装置から煙が噴出する。今回は無意識ではなく意図的。暴走を繰り返し、周りに見えるモノ全てを破壊せんと攻撃を繰り返す白雲の動きを少しでも止めるため、冷静でいられるように視界を遮る。

 

 これはこの戦いに入る前に妙高から指示されていた作戦の1つ。あちらは深海棲艦であり、カテゴリーYとは違って対話が出来ない可能性は高いだろうと考えた上で、落ち着かせることは出来ずとも、その攻撃の精度を低くするために。

 自らの安全をまず確保し、その上で説得しやすい状況を作る。お互いに攻撃が当たりにくいなら、訴えかける言葉を聞き取りやすくなるはずと。勿論、そこからムキになって余計に聞く耳持たなくなる可能性だってあるのだが、それでもまだ被害が広がる確率はかなり落とせる。

 

「みんな、煙幕張る! 電探の感度を目一杯上げてくれ!」

 

 当然、煙の中では視認性が全員落ちる。白雲からの乱雑な攻撃が流れ弾として飛んでくる可能性を考慮すると、この中でもまともに動けるように電探を使わねば、グダグダな戦いになってしまうだろう。

 

「見エナイ、何モ、見エナイ、怖イ、冷タイ……ッ!? オーイ、オオーイ! 誰カッ」

 

 何も見えなくなった途端、叫び声を上げる白雲。救われるため、助けを求めるため、おーいおーいと仲間を呼ぶ。

 これは深海棲艦と化した白雲の本能的な叫び。救われたくて、温もりが欲しくて、ただただあてもなく叫び続ける。

 ただ呼ぶだけなら良かったのだが、それに併せて砲撃と雷撃まで繰り出した。救われたいのに近付かせない。矛盾した行動になってしまっているのだが、深海棲艦の本能も合わさってしまっているため、暴走と言ってしまっても過言では無い。

 

 この煙幕がトラウマを刺激してしまっているかのようで、深雪はその悲痛な叫びを聞くのが辛かった。しかし、こうでもしないと仲間達が危険というのもある。理性なく周囲の敵と認識したものを破壊し続ける上、心中覚悟で自爆するような攻撃すら繰り出してくるのだ。

 

「艤装を黙らせます。あの冷却の力は、艤装が発端です」

 

 ここまで観察に徹していた妙高が、煙の中でも主砲を構える。狙いは本体ではなく、背中に接続された深海艤装。氷柱はそこから垂れており、白雲を冷やし続けているのは間違いなくそこ。薬剤すら凍らせる冷気は、白雲の身体も心も凍てつかせ、周囲に気を配るための思考を凍結させてしまっている。

 ならば、艤装を破壊してしまえば、せめて思考の凍結を解凍出来るのではないか。それが妙高の考えた作戦だ。基部が失われれば、白雲への影響は大きく薄れ、話を聞いてくれるようにもなるだろうと。

 

「背後に回り込みます。三隈さん、お願いできますか」

「お任せあれ。三隈の立体的な航空砲雷撃戦ならば、煙幕の中でも彼女の位置は手に取るようにわかりますわ」

 

 妙高に頼まれたことで、三隈の航空戦力としての力を合わせた戦闘力が本領発揮される。瑞雲を上空に飛ばす三次元の索敵からの砲撃により、白雲の行動を明確に制限し始めた。妙高も砲撃を繰り返しながら移動し、煙の中でも位置取りを有利にしていく。

 助けを呼ぶために声を上げ続けているのが悲痛ではあるのだが、今は我慢してもらうしかない。煙幕そのものが神経を逆撫でするような行為に繋がったとしても、誰も傷付かずに救うのはこの手段しかない。

 

「加賀さーん、那珂ちゃんは逆側からいっきまーす!」

「了解。援護するわ。貴女の舞台装置になってあげる」

「ありがとー! アイドルに理解が深い加賀さん尊敬しちゃうー!」

「煽てても何も出ないわよ」

 

 妙高と三隈が動き出して反対側。那珂と加賀も、白雲の後ろを取るために駆け出した。艦載機を発艦し、その状況を把握しながら那珂とも連携し、その砲撃を完全にサポート。白雲がどのように動いているかを逐一教えながら、艦載機による牽制も含めて道を拓く。

 那珂は那珂で、華麗なステップを忘れることなく、魅せるような動きで煙の中を駆け抜ける。妙高とは反対側から追い詰めるその姿は、アイドルというよりハンターであった。

 

「深雪ちゃん、電達は正面からなのです!」

「おうよ! 後ろを取りやすくするために、あたし達が気を惹きつけるぞ!」

 

 そして深雪と電は、回り込むということは一切せず、白雲の正面から真っ直ぐ突撃。

 その本能的な叫び声に手を伸ばすため、妙高と那珂が背後に回り、深海艤装の基部を破壊しやすくするため、自らを囮として行動した。

 勿論最も危険であることは理解しているが、今の白雲相手ならばそう簡単には攻撃は当たらない。乱射されても、煙幕の中であればそうそう上手くはいかない。そう確信出来る何かがそこにはあった。

 

 深雪の無意識の力、願いを叶える力は、この煙幕にも微量に含まれている。その願いは、『白雲に救われてほしい』という非常に抽象的なモノ。だがそれが、戦術に自由度を与えていた。

 白雲は酷い暴走をしなくなる。対する仲間達は、煙の中でも視界が狭まらない。そしてそれを、()()()()()()()。圧倒的に有利な状況を作り出す願いである。

 

「白雲! 今だからこそ、あたしの話を聞け! 救ってやるから! 助かりたいなら、手を伸ばせ! あたしの手を取れ!」

「白雲ちゃん、電からもお願いなのです! 深雪ちゃんの手を取ってください!」

 

 正面から感情をぶつけ、白雲の叫び声を掻き消すくらいに声を上げ、危険だとわかっていても距離を一気に縮める。

 

「誰カ、誰カーッ!」

 

 しかし、白雲は精神的に周りが見えていない状態。思考の凍結により、他のことが考えられない。今のピンチしか見えておらず、ただ叫び、周囲に乱雑な砲撃と雷撃を繰り返すのみ。

 そこまで雑であれば、攻撃も回避しやすい。そもそも自分に向けて放たれているわけでもないので、回避せずとも当たらず、自分のところに向かってくる砲撃だけを注意すればいいだけとなっている。

 

 砲撃はただ避けるのみ。魚雷は電が的確に撃ち抜き、深雪の進路を妨害する攻撃は全て払い除けた。もう、深雪の道を妨げるモノは無い。

 

「白雲!」

 

 故に、もう手が届く場所まで辿り着くことが出来た。煙幕で視界が遮られる中、一切迷うことなく、真っ直ぐに白雲の元へと辿り着いた深雪は、主砲を持っていない手を確かに握った。助けを求める手を取るために。伸ばされていなくとも、救うために。

 

「っぐ!?」

 

 だが、それが悪手だった。ぶちまけられた薬剤を凍結させるほどの冷気を纏っているのだから、手を取ったらそれがまともに深雪に襲いかかるのは当然のこと。

 冷たさも限度を超えれば痛みへと変わり、まるで凍傷を受けたかのように掌が痛む。救われたいのに触れるモノを拒絶するという矛盾。

 

 報われない力。だが、深雪がこんなことで諦めるわけがなかった。痛みを堪えながら、白雲を強く引っ張り、抱き締めるように抱える。当然、全身が貫かれたかのような冷たさに襲われるものの、少し顔を顰める程度で、痛みを口に出すことは無かった。

 

「白雲、落ち着け! 大丈夫だ! お前は必ず救ってやる! それに、独りじゃない!」

 

 痛いほど寒く冷たい状況にあっても、深雪はその熱意を忘れない。氷は熱によって溶かされるはずだと信じて、自らの熱を白雲に送り続ける。少しでも凍結を和らげるため。

 それともう一つ。抱えることで白雲の動きは完全に止まる。逃れようともがきはするが、深雪はその手を絶対に離さない。

 

「頼んだーっ!」

 

 動きが止まったということは、基部が無防備に曝されるということだ。そこを狙うために回り込んだ妙高と那珂には、絶好のチャンスが訪れた。

 

 しかし、そう簡単には終わらない。

 

 

 

 

「深雪ちゃん、避けてぇーっ!?」

 

 電の悲痛な叫び。瞬間、深雪の足下から魚雷が接近してきているような反応。それも、1本や2本ではない。白雲ごと深雪を始末しようとするレベルの数が、一気に浮上してきた。

 

「まずい……っ。白雲、力抜けぇ!」

 

 冷たさなんて関係ない。出来る限りの力を込めて、無理矢理にでもそこから離れるため、自分の身を投げ打つ覚悟でそこから飛び退いた。

 身体が悲鳴をあげるが、そんなことどうだっていい。白雲を救うために、無理にでもその場から離れた。

 

 その一瞬、いや、半瞬後に、放たれた魚雷は一斉に爆発。深雪はその爆発に巻き込まれるカタチで大きく吹っ飛ばされることになる。

 こうなると白雲も無事では済まない。背後から爆発を喰らうカタチとなったため、基部に損傷を受けつつも、深雪と共に海面をゴロゴロと転がる。

 

「くっそ……なんだよ何が起きた……っ!?」

 

 白雲と同様に基部に損傷を受ける羽目になった深雪は、なんとか浮力だけは失うことなく、その場で留まることは出来ている。身体にもガタが来ていたものの、まだ戦えないわけではない。

 

「潜水艦なのです! でも、今の今までそこにいたなんて……」

 

 ソナーを装備していたわけではないが、常設の簡易ソナーには何も反応が無かった。うみどりのソナーも無反応。それなのに、いきなり海中から魚雷が現れたようなモノである。

 

「潜水艦、アァア、潜水艦ッ、潜水艦ガイルッ」

 

 その情報が耳に入ったことで、白雲はさらに錯乱を始める。潜水艦にいい思い出がないことは間違いない。

 

「落ち着け白雲! 大丈夫だ、あたしがいる! 絶対に救うから!」

 

 暴れそうになった白雲を止めるため、深雪は身体に鞭を打ってより強く抱き締めた。今の状態で暴れたら、余計にダメージが拡がりかねない。

 だが、ここで深雪は気付いた。白雲の冷気が落ちていることに。魚雷の爆発に巻き込まれたことで基部が破損し、機能が低下しているのがわかった。

 

「いいか白雲、大丈夫だ。ここであたし達は絶対に生き残る。心配するな」

 

 面と向かって目を合わせて、深雪は自分の思いを白雲にぶつける。今ここで初めて、深雪と白雲は目と目が合った。そして初めて、思考の凍結が少しだけ溶けた。

 

「……深雪……オ姉様……」

「ああ、そうだ、あたしはお前の姉ちゃんだ。姉ちゃんだから、絶対守ってやっからよ」

 

 白雲の前に立つように、爆発の起きた地点に身体を向ける深雪。危なげであったからか、電もすぐさま駆け寄る。

 

 

 

 

 そんな深雪の背中を見ていた白雲の目には、仄かにだが熱が灯った。燐光だけではない、その心についた火を表すかのような焔が。

 

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