伊豆提督が深雪に真実の上辺を話そうとした最悪のタイミングで、うみどり艦内に警報が鳴り響いた。そして、イリスの艦内放送。
「ドロップ艦の存在を確認したわ。……
深雪にはさっぱりわからない。ドロップ艦というなら、自分と同じ存在だ。自分と同じように保護をして、同じようにここで世界を学び、後始末屋として共に歩くのだろう。そう思った。
だが、伊豆提督の反応は深雪の思っていたものとまるで違うモノ。執務室に備え付けてある設備から、イリスと同じように全体放送を発する。
「全員警戒態勢。今から言う子は工廠に向かって艤装を装備してちょうだい。長門、妙高、那珂、加賀、三隈、神威」
この神妙な声色、そして切羽詰まったような展開に、深雪は混乱し始める。何故ここまでしているのだ。まるでこれでは、
「加賀、三隈、神威は哨戒。緊急時のために攻撃機も装備しなさい。最悪の場合、ここから港に向かいかねないわ。必ずここで食い止めるわよ。うみどりを停めなさい!」
その発言とともに、艦内が揺れる。航行中であったうみどりが減速をかけたようで、速度を落としていったのだ。おそらく、ここで交戦するために。
ここで深雪は確信した。伊豆提督はドロップ艦のことを
イリスの放送では確かにドロップ艦と言った。深海棲艦ならそうは言わない。間違いなく艦娘である。艦娘なら仲間だ。だが、明らかにそう思えない。
むしろ最後の言葉、『食い止める』は明確に危険視している発言だ。自分達だけでなく、人類に牙を剥くと言っているようなモノ。
「は、ハルカちゃん、何が起きたんだよ。イリスはドロップ艦って言ってたよな。だったらあたしと同じだろ。なのに、なんで」
深雪の困惑した声に、伊豆提督は真剣な、しかし悲しそうな表情で深雪を見据える。その目を見て、深雪も辛さがわかった気がした。伊豆提督はこんなことをしたくてしているわけでは無いのだと察することが出来た。
そして、その向こう側、何故こんなことになっているのかを話していく。
「今のドロップ艦はね……基本的に
そうでなければ、迎撃のようなことなんてするはずがない。むしろ、その特性が無かった深雪の方が珍しいというのだから、わけがわからない。
そうこうしている内に、うみどりの仲間達の準備が整い、工廠の門が開く。そこから
3人が3人、主砲も魚雷も積んだ状態。長門に至っては、殺傷力が非常に高い41cm砲を装備している。相手が艦娘であろうとも、一撃で屠ることが出来る主砲を持ち出していた。
「深雪ちゃんも、ここで見ていてちょうだい。これが、この世界の真実。……今からここまで話すつもりはなかったのだけれど、こうなってしまったら全部話しましょうか」
ギュッと拳を握る音が、深雪の耳にも入った。つい昨日まで、世界の楽しさ美しさを知ってもらおうと尽力したのに、今はその逆を語ることになりそうなことを悔やんで、どうしても力が入ってしまった。
すぐに自席のパネルを操作すると、うみどりの外の映像が壁に映し出される。艦内から戦場を確認し、伊豆提督が的確に指示が出せるようにするために、艦の周囲にカメラを設置しているようだ。
その映像は、まさに今、長門達がドロップ艦に近付こうとしているところだった。
「これが……ドロップ艦、なのか」
「ええ、アナタと同じで、アナタと違う、ドロップ艦よ」
長門達が相対しているのは、見た目は間違いなく駆逐艦である艦娘。深雪は自分が神風に見付けられた時にどういうカタチでそこにいたのかは聞いていなかったのだが、そのドロップ艦はこの海のど真ん中で当たり前のように立っていた。深雪は海上歩行訓練が必要だったのにもかかわらず、既にそれが出来ていたのだ。
そういうところから見ても、深雪は特殊である。ドロップ艦は最初からそれが出来ているモノなのだと言われたら、深雪がそれを何故出来なかったのかというところに繋がる。
そして何より違うのは、その表情である。おそらく今目覚めたばかりだと思われるのだが、長門達への視線は、明らかに
「なんだよ……アレ」
そんなドロップ艦の表情を画面越しに見て、深雪はトラウマをまた呼び起こされた。演習へのトラウマはひとまずは振り切ったものの、
しかし今まさに、艦娘が敵対しているという状況である。長門達が交渉をしているようだが、どう見ても聞く耳を持っていない。
そして、
「構えた……!?」
ドロップ艦は手に持つ主砲を長門に向けた。同じ艦娘同士で争う必要なんて無いのに。
あちらが構えたならば、長門達も応戦しなければならない。小さく舌打ちしたような表情を見せた後、その主砲をドロップ艦に向けた。同時に妙高と那珂も同じように主砲を構える。
それを見ながら、伊豆提督は止めていた話を続ける。
「ドロップ艦……
「罪……? っていうか、人間にって、長門さん達は艦娘で……えっ?」
「そういうことなの。アタシは今から、これを伝えたかったの」
画面の向こうでは、長門達とドロップ艦の激しい戦闘が始まってしまった。3対1な上に、駆逐艦相手に巡洋艦以上の艦を3人も出しているのだから、簡単に負けるようなことはない。しかし、ドロップ艦は何処かおかしく、それでも互角に戦えていた。
生まれた瞬間から、人類を滅ぼすために生まれた深海棲艦のように
深雪はその戦いをもう見ていられなかった。手も足も震えてしまっており、息も荒くなってくる。
「今、艦娘は
画面の向こう側で戦っている3人も、昨日休暇を楽しんだ駆逐艦のみんなも、このうみどりにいる艦娘達全員が、軍港で出会った暁や綾波ですら、元人間である。深雪のような生まれながらの艦娘では無い。本来守られる側の人間が、艦娘となって身体を張って戦っていた。
伊豆提督がこうなる前に言っていた、根本的な部分が違うという言葉。それはまさにここ。海から生まれた艦娘である深雪と、人間を素体に作り出された人工艦娘。それは同じ艦娘でも根幹が全く違う。
暁の失言はまさにこれを言いそうになっていた。艦娘は元々人間なんだから。これが暁のあの時の言葉の続き。
上辺だけ話そうと思っていた伊豆提督が語るつもりだったのもここまで。艦娘達は深雪を除いて全員人間だと伝える予定だった。嘘を吐くつもりはない。ただ、意図的に本質ーー人類の罪の部分を隠して。
「……なんでそんなことしなくちゃいけなくなったんたよ……艦娘が人間を恨むような罪って、なんだよ……」
絞り出すように問う。ドロップ艦である深雪も、一つ間違えればああなっていた。いや、
それを聞いてしまったら、深雪自身もあのドロップ艦のように、うみどりの仲間達に憎悪を抱いてしまうかもしれない。しかし、知らないままだと不信感を抱く。
予定とは違う、本質に踏み込まれる質問に、伊豆提督は覚悟を決める。
「人間が艦娘を
「利用って……協力じゃなくてか?」
「そう。最初は協力関係だったのだけれど……一部の人間がやらかしたのよ。この話は腰を据えて話さなくちゃいけないわ。長門ちゃん達の戦いが終わってからにしましょう」
画面の向こう側の戦いは佳境を迎えている。ドロップ艦の砲撃を長門がバルジで食い止めながら、妙高と那珂の華麗な連携によって追い詰める。その間もドロップ艦に向けて何かを叫んでいるようだが、その声はこちら側には聞こえてこなかった。
その言葉を聞いても、ドロップ艦の憎悪は失われることはない。追い詰められても追い詰められても、目の前の艦娘を始末しようと容赦なく攻撃する。命を奪おうとする思いが強いせいか、その攻撃は戦艦である長門であっても苦戦を強いられる程。
「生まれたばかりの駆逐艦なんだよな……なんであんなに強いんだ」
「……本来の艦娘はね、言ってしまえば
そこもやはり深雪とは違う部分だ。それこそ、深雪は段階を踏まないと強くならない。まるで
「イリスがさっき言ってた、カテゴリーMっていうのは?」
「ドロップ艦……だけというわけでは無いのだけれど、この世界に生きている者達をカテゴリー分けしているの。これはイリスにしか出来ないことなんだけれどね。これもちゃんと話さなくちゃいけないんだけれど、簡単に言えば、Mは
詳しいことは後からと言われ続けるものの、深雪は相変わらず混乱が失われない。これだけ見ても聞いても、艦娘同士が争っている理由が何も理解出来ない。理解を拒んでいる。
だが、1つだけ確実にわかったことがある。自分は何かが違う。ドロップ艦であっても、それとは違う。これを見ても、人間に向けての憎悪なんて微塵も湧いてこない。理解出来ていないからかもしれないが、今の深雪はこの世界の美しさも楽しさも刻み込まれているため、何故憎しみを向けなくてはいけないかがわからない。
「……あたしは何なんだ」
「イリスの言葉をそのまま借りて伝えるわね。深雪ちゃん、アナタのカテゴリーはWだそうよ」
それが何を意味しているかわからないが、少なくとも今戦っているドロップ艦のMとは違うことはわかる。敵性艦娘ではないからうみどりに保護され、今の今までそのことを伏せられて生活していた。
こんなことを知ってしまっては、深雪はどうなってしまうかわからない。だから、深雪のことを思って真実は伏せられていた。今日語ろうとしていたのも、艦娘は元人間であるということしか話すつもりは無かった。敵性艦娘の存在は、ギリギリまで伏せるつもりでいた。
こんなに早く、敵性艦娘であるドロップ艦が現れるなんて考えていなかったというのもある。つい先日後始末をして、そこの清浄化率が100%になったことも見届けたというのに、そちらの方向にドロップするだなんて、伊豆提督にも予測は出来なかった。
そうこうしている内に、戦いは決着の時。最後まで憎しみをそのままにしていたドロップ艦は、多勢に無勢だと判断したから、この場からの撤退を考えた。
しかし、ここで逃してしまったら、今後そのドロップ艦が何をするかわからない。故に、長門は苦虫を噛み潰したような表情で、そのドロップ艦に向けての砲撃を放った。それは艤装にまともに直撃し、基部が破壊され、戦う力を失った。
「……っ」
その瞬間を見てしまった深雪は、目を見開く。そして、長門と同じように苦い顔をした。艦娘が艦娘を沈める瞬間を目にしてしまったことで、肉片を回収している時よりも激しい嫌悪感と嘔吐感に襲われる。
命の灯火が消えていくドロップ艦は、最期まで憎しみを長門達に向けていた。その目からは、その感情が読み取れるほどだった。
──絶対に、許さない。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/106000123
うみどりの筆頭駆逐艦、神風。深雪にとって大先輩。格好つけても様になる子。こんな神風も、深雪の真実は知っていたわけで……。
【挿絵表示】
「こうすることで何か強くなれるんだな」
「……ただのポーズだから勘弁して」