深雪と白雲を襲う、潜水艦からの雷撃。その存在がソナーによって感知出来ないという状況であるため、海上ではその魚雷をいち早く察知しながら逃げ回ることになってしまった。
戦場にいる者では対処出来ないために新たに実行した策は、潜水艦を直接向かわせること。本来なら悪手であるこの策も、今は頼らざるを得ない手段となった。
伊203を筆頭に、伊26とスキャンプが潜航開始。スキャンプに関しては、伊203に強引に引っ張られての出撃になったため、その意思はそこまで前向きではない。
しかし、敵潜水艦を発見した伊203が既に戦闘をしている現場に辿り着くと、考え方が一変することになる。
海上を攻撃していた潜水艦の正体は、潜水棲姫。見る者が見ればわかる、
「貴女、元人間でいいんだよね」
淡々とした声色で、魚雷のような突撃を繰り出す伊203に、潜水棲姫は驚きの色を隠さなかった。
この潜水棲姫に与えられた特殊な力は、現在海上の全員が翻弄されることになっているステルス機能。特殊な艤装を扱うことで、アクティブソナーの水中波も、パッシブソナーの音波も、全て吸収してしまうというとんでもない力である。
それなのに、伊203はただ目視だけでここまで辿り着いた。感知どころか、ほぼ勘に近い動きをして。
「な、何よアンタ達は……!?」
「質問に答えて。遅いのは嫌い」
その驚異的な加速による突撃に、潜水棲姫は怯みつつも同様に高速回避を見せる。移動速度は伊203よりは間違いなく遅いのだが、艤装の反応速度は群を抜いている。回避にステータスを全振りしているようなすばしっこさ。
そのうえ魚雷の威力は当然深海棲艦と同様であるため、一撃でもまともに貰ったら四肢欠損で終わるようなことではなく、そのまま木っ端微塵にされる。
潜水棲姫は伊203の威圧に押されたか、しかし弱みを見せて堪るかと、フンと鼻で笑いながらも質問に答える。
「ええ、人間よ。でも、私は
「わかった。じゃあもう口は開かなくていい」
聞けることが聞けたからもういいと、伊203は回避されたとしても行動を変えることはなく、海中で急ブレーキ。そのまま身体を捻り海中でターン、潜水棲姫への突撃を再び繰り出す。
伊203のその攻撃には、明確な殺意が乗っていた。この存在には1分でも1秒でも早くこの世からいなくなってほしいという気持ちが、嫌というほど伝わってくる。
潜水艦がここまで接近戦を仕掛けてくるとは思っていなかった潜水棲姫は、伊203の猛攻に対して焦りが見える。
潜水艦ならではの、敵の目を欺き続ける戦い方。それが一切通用しない相手は、この潜水棲姫としても想定していない。しかも、魚雷などの艦娘としての兵装を使うわけではなく、自身を直接ぶつけるタイプのあり得ない戦い方。
これが海上ならばまだ理解は出来るが、海中で徒手空拳を繰り出すのは、後にも先にも
「な、なんなのアンタ……っ」
「質問していないときは黙って」
海中を海中と見ていないような縦横無尽な戦い方。前後左右だけでなく、上下まで視野に入れた、二次元ではなく三次元の攻撃。海上以上に考えることが多く、思考の速さがモノを言う戦い。
そして、そういう戦闘こそ伊203の真骨頂。何事においても早く速く動く伊203だから、この戦闘がまともに出来る。頭の回転が速い。行動が速い。何もかもが速い。それを全て、余すところ無く使っている。
「ンだよアイツ……無茶苦茶じゃねぇか。あたい達必要だったか?」
そんな伊203の戦闘を見て、スキャンプは唖然としながらボヤいた。今の伊203は間違いなく潜水棲姫を圧倒している。致命傷を与えることはまだ出来ていないが、潜水棲姫は攻撃に転じることが一切出来ていない。攻撃しようとする暇を与えず、回避に専念させるように動き続けている。
「アレだけじゃないかもしれなかったでしょ。1人でここでコソコソ隠れて、深雪ちゃん達を攻撃してるってわけじゃなかったかもだし。見た感じ他にいなそうだけど」
「そうかもしれねぇが……って、テメェ、ちょっとキレてんのか」
「……そうかも。あんなの見せられたら、気分がいいモノじゃ無いから」
スキャンプに話す伊26も、声色に少し怒りが見えていた。スキャンプはまだそのことを知らないのだから無理もないが、伊26はうみどりの艦娘の中で最も桜に懐かれているのもあり、潜水棲姫の姿で悪事を働くカテゴリーYが気に入らなくて仕方ない。
本当なら伊26も戦闘に参加したいと思っていた。あの潜水棲姫に直接拳を叩き込んでやりたいと考えた。だが、今手を出したら伊203の邪魔になってしまう。あの速さには、誰もついていけない。見慣れている伊26であっても、わかっていても身体がついていかないのだ。
だから、邪魔をせずに見守るのが、今一番勝ちの目がある手段だ。ここで潜水棲姫が違ったことをしてくるのならば、その時に対応する。むしろ今は、スキャンプが手を出さないように抑えておく方が先決な気もしていた。そのスキャンプは伊203の戦闘力を察したことで、その場から動けないでいたが。
「あれ、桜ちゃんのお姉さんの姿をしてるの」
「サクラ……って、あの深海棲艦にされちまったガキか」
「あの子がここに来た時、ニム達はお姉さんの遺体を回収してる。その遺体はまだうみどりの中で大切に安置されてるの。だから、アレが桜ちゃんのお姉さんと同一人物なわけがないんだけど、姿形は全く同じ」
伊203の戦闘を見守りながら、伊26がスキャンプに桜がうみどりにいる経緯を説明した。それを聞けば、あの潜水棲姫という存在がどれほど罪深いモノかがすぐにわかった。
拗らせて人間に対して嫌悪感などを持つスキャンプであっても、桜やその姉に対しては同情した。その上で、敵対している存在に激しい憎悪が向いた。命を冒涜し、ただでさえ人間の姿を書き換えるような所業をしているのに、そこからさらに命を搾り上げて、新たなカテゴリーYを生み出している。そんなことが許されていいのか。
「……クソ気に入らねぇ。こんなことをするクズは一体何様なんだ」
「多分自分のことを神様だと思ってるんじゃないかな。あり得ないけど」
「違いねぇ。あたいは神なんざ信じてねぇけど、そんな奴が神だとしたら、この世界は終わってんな」
スキャンプであってもそう思えるような存在。うみどりが立ち向かおうとしている相手が、そういう輩であることを理解したスキャンプは、うみどりの意志に少し同調することとなる。
伊203の戦いはまだまだ終わらない。回避に特化しているため、簡単には攻撃が入らないのだが、伊203の頭の回転の速さによって、回避方向なども計算されていく。徐々に追い詰めているのが、素人目に見てもわかった。
別に嬲ろうとしているわけではない。そんな猶予があるのなら、スピード重視の伊203なら即座に決着をつけている。それでもこれだけ時間がかかっているのだから、この潜水棲姫はそれなりにやり手。
「こ、この……っ」
「魚雷が撃てると思ってるなら甘い。貴女、素人?」
「なっ」
そして、捉える。回避され続けていたところに、拳が掠めるようになってきた。鋭すぎて切り傷が出来てしまうほどである。艤装で身を守るということをしない潜水棲姫は、伊203にとっては素人同然である。
この潜水棲姫は、ステルスによって隠れ潜み、大きな火力で一撃で粉砕する。その戦術しか知らず、回避性能を特化されていてもそれしか出来ない。自らの身を守るということを知らない。
ステルスのために艤装を守れと言われているのかもしれないが、それにしても庇いすぎていて動きが緩慢。緩慢と言っても伊203にとっては、だが。
「もう暇も与えない。この場で終わらせる」
切り傷が自動的に修復されていくところが見えたため、潜水棲姫にもその力があることが判明。これ以降の敵は全て
生半可な攻撃だと勝手に治ってしまうならば、絶対に死ぬ場所を一撃で貫くしかないだろう。潜水艦ならば、爆雷によって爆散させるのが一番手っ取り早い。だが、伊203にはそんな手段を持ち合わせていない。
さらにスピードを上げて、より深い位置に攻撃を加える。案の定、潜水棲姫はそれを回避しきれなくなり、腕を掴まれては強引に払い除け、脚を蹴り飛ばされれば自己修復に頼りと、精神的に摩耗させられていくだけとなりつつあった。
「最期に、質問」
それもままならなくなり、伊203の手が潜水棲姫の首を捉えた。傷はすぐにでも治るかもしれないが、窒息の苦しみは永続的に与えられるため、自己修復なんて通用しない。
「っかはっ」
「貴女のその身体、どうやって手に入れたの」
少しだけでも情報を手に入れるため、睨みつけながら問う。潜水棲姫は苦しみながらもそれを聞き、命の危機からかボソリと話した。
「……し、知らない、私は、与えられただけ」
「与えられただけ?」
「こ、高次の存在と、なるため、適性を持つ私は、この力を与えられた、だけ……っ」
白々しく、しかしこれが本当のことであるということはなんとなくわかる。だが、次の言葉は最も言ってはいけなかった。
「
「……前任者」
「ええ……あのお方の教えを……何も理解していなかった愚か者……力を持っても、結局何も出来ず……ふふ、死にかけで妹と逃げたらしいけれど、あれならもう助からなかった。何処かで、のたれ死んでるでしょうね」
確定した。間違いなく桜の姉のことだった。これで、伊203の怒りのゲージが一気に振り切れた。睨み付けるのをやめ、冷酷で静かな瞳へと変わった。
「もういい。じゃあ死んで」
「なっ」
「一刻も早く、1分1秒もこの世にいないで。遅いのは嫌い」
首を掴んでいた手を引き寄せると、身体をグルリと回転させて首に脚をかける。以前電がグレカーレにかけた三角絞めのように見えて、確実に首のみを絞める首四の字。さらに身体を反らせて潜水棲姫の脚を掴む変形型逆エビ固め。
凶悪な技を二重にかけた挙句、背中の艤装を潜水棲姫の背中に押し当て、そこを軸にして強引に畳み折る。
「っぎぃっ!?」
「悲鳴が不快。すぐに終わって」
そして、勢いをつけて自らの身体を縮こめるカタチで潜水棲姫を引き裂いた。これにより、潜水棲姫の上半身と下半身は無理矢理千切れ、首四の字によって絞められていた首もあらぬ方向へと捻り上げられる。
間違いなく絶命したことがわかる大惨事。そこは深海棲艦特有の黒い血溜まりとなり、真っ二つになった潜水棲姫を汚そうに放り投げると、魚雷を一本放ち、亡骸そのものを木っ端微塵にしてしまった。
こんな敵の姿を、後始末というカタチででも桜の目に届く可能性がある状態にはしたくない。怒りに塗れながらも、思い遣りだけは失っていなかった。
その光景を最後まで見届けたスキャンプは、伊203に神風と似たようなモノを見た。
伊203もまた、何処かで人を超えてしまっている存在だった。