伊203を筆頭とした潜水艦隊が海中に到着したことを、真っ先に簡易ソナーで察知したのは、深雪でも電がでもなく那珂である。
「深雪ちゃん! ちょっと止まって大丈夫! ニムちゃん達が海の中で頑張ってるよ!
「援軍、来てくれたか!」
「うん! だから、
那珂からの忠告で、ようやく深雪は自分の身体に起きていることが理解出来る。
冷気を身体から放ち続ける白雲を引っ張って逃げ回り続けたため、そろそろ手に感覚が無くなってくるほどの凍傷になってしまっていた。しかも、凍結のせいで癒着してしまっているように凍りついている。手は真っ白。見ただけでかなり酷い状態なのがわかった。
それだけならまだしも、手から伝わってきた冷気で、深雪は身体の一部に霜が降りている有様。白雲の艤装には氷柱が伸びていたりするが、深雪は髪の先端が凍り、握っている手の方にも氷柱が出来始めている状況。
離れた方がいいと言われても、手を離すことが出来ない。無理に剥がしたら、今以上に痛い目に遭う。うみどりに戻って事情を話した後、湯を使ってゆっくり引き剥がしてもらわねばならない。
そうしてもらった上で、深雪は入渠が必要だろう。凍傷があまりにも酷く、自然治癒ではどうにもならない。細胞が破壊されてしまっているのだから、それを完治させるにはもう、ドックの妖精さんの力を借りるしかない。
「白雲、落ち着いたか? 今、あたし達の仲間の潜水艦が、あたし達を狙ってくる奴をどうにかしてくれてる。だから、まずはここから撤退する必要がある。ここまでは大丈夫か?」
故に、今は自分の身体のことは完全に後回しにした。どうにも出来そうに無いなら、まずは白雲のことを優先する。
真正面から見据えて、ゆっくりとわかりやすく説明する深雪。今の白雲はちゃんと話を聞いてくれるはずだと、より妹を扱うように優しく。
「潜水艦……ッ」
「ああ、敵の潜水艦もいるけど、仲間の潜水艦もいる。誰もお前を傷付けない。心配する必要はないからな」
今は剥がすことが出来ない手だけではなく、もう片方の手で肩をポンと叩き、なるべく熱を与えることで落ち着かせる。
白雲の潜水艦に対する恐怖心は普通ではないようで、その言葉が聞こえるだけでも歯を食いしばるように顔を歪める。敵であっても味方であっても、潜水艦だけはどうしても苦手というイメージが強い。
深海棲艦化によって理性が焼き切れているならば、味方の潜水艦を相手にしてもいきなり爆雷を投げるようなこともしかねないので、今は充分に落ち着かせることで対処するしかないだろう。本能のままに行動するならば、自分に対して害を為そうとする存在に対しては余計に危ない行動に出るだろうから。
「いいか白雲、よく聞け。あたし達はお前を救いに来た。助けてくれって声が聞こえなかったのは、本当に悪かった。でも、今ならもう大丈夫だからな。お前の声、よく聞こえてる。呼んでくれればすぐに駆けつける」
言い聞かせるように、染み込ませるように、深雪は寒さを表情にも態度にも出さずに語り続ける。止まっていられる間は、ずっと話し続ける。
言葉は、心に最も影響を与える手段だろう。むしろ、今の白雲を納得させるには、行動より言葉の方が必要だ。聞く耳持たないわけではないなら尚更。
「オ姉様……」
「ああ、姉ちゃんだ。助けてほしいと思ったら、あたしを呼べ。寂しくもさせねぇよ」
白雲はこうなってしまったせいで、極端に独りを拒みそうだと深雪は察していた。辛い時、苦しい時に、おーいおーいと助けを呼ぶ。それに反応してやれば、白雲は落ち着くだろう。そもそもそうやって呼ばせないくらいに誰かが近くにいてやれば万事解決。
「オ姉様……オ姉様……助ケ……来テクレタノデスネ」
「ああ、助けに来たぞ。遅くなってすまねぇ。これからはもう独りじゃない。独りにしねぇ」
「本当ニ……待ッテ……待ッテイマシタ」
まるで満たされたかのような表情。これまで白雲を蝕み続けていた穢れと呪いが浄化されていくようにも見えた。自らの冷気のせいもあるが、目元から涙がキラキラと結晶化して舞い散る。先程まで燐光を舞い散らせていたそれとは全く違う、怒りも憎しみも感じない表情。
これは、深雪にしか出来ない解決方法だ。実の姉であり、自分の痛みを顧みず接し続け、一切の不信感を持たずに語りかける。ただそれだけをやるだけでも難しいことなのに、深雪は平然とやってのけた。
相手が深海棲艦であっても、理性が焼き切れ本能のみで動いている存在でも、その心に寄り添える。凍りついた心をその熱で溶かし、満たされない気持ちをその在り方で満たす。
「……不束者デスガ……」
凍りついた表情も溶け、少しだけでも笑みを浮かべた。深海棲艦の姿をしていても、カテゴリーMなのだから艦娘の心も持ち合わせている。呪いに蝕まれていようとも、感情を捨てているわけではない。
今この時、白雲はカテゴリーMであっても救われた存在として、前に進み出そうとしていた。
海中では潜水棲姫を完膚なきまでに始末した伊203が、付着した血を払い除けるかのように海水で洗いながしていた。潜水艦のいいところでもあり悪いところでもあるのだが、周囲が全て水であるため汚れや穢れの付着がいち早く取り除ける。その海水自体が穢れの温床でもあるため、取り除いたと思ったら余計に付着させているという可能性もあるため、油断は出来ないが。
「フーミィちゃん、任せっきりでゴメンね」
「構わない。今回はこれが一番早かった」
伊26に謝られても、伊203はいつもの態度、雰囲気を崩すことはなかった。潜水棲姫がそこにいた時に見えた怒りは、始末したことで何処かに行ってしまっているようだった。
「……あたいを連れてきたのは、これを見せるためだったのか?」
何も出来なかったスキャンプが伊203に問うと、考えるまでもなく一言、そうと答えた。
「許せない人間はこういうのを言う。直に見た方が早い」
「……そうかもしれねぇ」
「逆に、私達を信用出来るでしょ」
酷すぎる人間をその目で見たことで、何も問題ない人間に対しての不信感は消えた。最後残酷な終わり方を見せたものの、それほどまでに敵の所業に対して怒りを覚えていたのならば、そうなっても仕方ないと納得も出来た。伊26から事情も聞かされているため、ここまでやるのも理解出来るし、自分が同じことが出来る立場なら、同じことをしていただろうと同調も出来る。
「……ああ、少なくともテメェらは信用出来る。あたいと同じように腹を立てていたみたいだからな。敵の敵は味方っつーImageが強かったが……そうじゃねぇ。テメェらは最初から味方だ」
「だよね。ニム達は、スキャンプちゃんと同じ方を向いてるよ」
「ん、理解が早いのは好き。出来ればもっと早い方がよかった」
「うるせぇ」
伊203の歯に衣着せぬ物言いに文句を言いつつも、スキャンプは口角を少しだけ上げていた。うみどりの連中は、思っている以上に信用出来る。
「もう少し深いところを調べた方がいい。アレだけで終わらないかもしれないから」
「だね。もしかしたら、まだまだ隠れてる可能性あるもんね」
「ここより深くってことか。海底はまだ見えてねぇしな」
今は水深としては、この海域がかなり深い場所にあるというのもあるが、海面から海底までの距離のちょうど中間くらい。海面もあまりよく見えないが、海底も暗くて見えない位置である。
ならば、より深いところにまだ敵が潜んでいてもおかしくない。それこそ、海底がどうなっているのかもわからないのだ。海溝に身を隠している可能性もあれば、堂々とこちらを見ている可能性もある。
「あ、じゃあニムは海上のみんなに連絡してくるね」
「よろしく。ニムは判断が早くて好き」
「ありがとね。ここからは二手に分かれよっか」
今の海中の様子を、海上の面々は知らない。逆も然り。そのため、伊26が連絡役となりつつ、状況把握する。伊203のようなスピード重視の潜水艦が連絡役を務めた方がことが早く進む気がしないでもないが、現状は安全であることを早急に知った方がいいため、伊203はこの方法を良しとしている。
「安全を確かめるのも私達の仕事。救護班やるならそこも覚えておいた方がいい」
「へいへいわかったわかった。あたい達の索敵不足で上の連中にギャーギャー言われても気に入らねぇしな」
「そう。だから早く行く。ついてきて」
「だからテメェはあたいを置いていくんじゃねーよ! 速さが違うのにどうついていきゃいいんだよ!」
「もっと速くなって」
「無茶言うなバカ!」
言うが早いか、伊203はすぐさま真下に向かって潜航を開始していた。一人だけタービンによる速力増強をしているため、スキャンプは当然そのスピードには追いつけない。
マイペースが過ぎる伊203に、スキャンプは怒鳴りつけ、伊26は楽しそうに笑みを浮かべるだけであった。
白雲が比較的正気を取り戻したことで、動きやすくはなった深雪は、手を繋いだまま──繋いだ手が離れないだけだが──うみどりへと戻るために行動を始める。ゆっくりとになるが、移動を開始した。
妙高、三隈、那珂、そして電による輪形陣で2人を守りつつ、加賀が念のためと艦載機を飛ばし、周辺警戒も怠らない。海中は三隈が瑞雲を飛ばしているので一応は確認出来ているが、まだステルス機能を持つ潜水艦がいたら意味がなくなる。そのため、神経を張り巡らせた状態での行動が余儀無くされている。
「いいか白雲、あたし達の仲間は全員、お前のことを仲間だと思ってくれてる」
「……デモ、人間ナノデスヨネ」
「人間にもいい奴と悪い奴がいる。あたしの仲間は全員いい奴だ。あたしが保証する」
やはりカテゴリーMであることには変わりないので、呪いの効果での人間不信は未だに続いている。それに、白雲がこうなってしまったのにも人間が関与している可能性が非常に高いのだから、それも相まって人間が信じられるわけがない。
時雨と同じように、白雲もまた少々捻くれてしまっているのだろう。人間はどうしても信用出来ず、深雪にそう言われているからついてきているだけであって、怒りと憎しみは多少鎮静化していても失われてはいない。
「うみどりには白雲ちゃんの先輩もいるのです」
「……貴女様ハ」
「あ、ごめんなさい、まだ名乗ってなかったのです。深雪ちゃんと同じカテ……純粋種の電なのです」
深雪の状況を見ているため、迂闊に握手などは出来ないが、仲良くしてほしいとお辞儀をした。
白雲の目から見ても、電は純粋種であることはわかる。それに深雪と同じというのも。
「電様……宜シクオ願イ申シ上ゲ奉リマス……」
「よろしくなのです。そんなに丁寧じゃなくてもいいのですよ?」
「性分、デスノデ」
警戒心はどうしても取れないようで、深雪以外には一歩以上身を引いているようなイメージ。電も例外ではなく、純粋種だからと言っても迂闊に信用しない。
信用出来るのは、熱をくれた実姉だけ。それ以外は人間であろうが艦娘であろうが同じ。そこはやはり、身体が深海棲艦になっている弊害なのかもしれない。
ならば、セレスと同じように洗浄によって穢れを落とすことが出来れば、また何か進展する可能性はある。
「ア……潜水艦、潜水艦ガ……ッ」
ここで伊26の浮上を察知したようで、白雲が突然慌てふためく。何処から取り出したのか爆雷を手に、海中をキョロキョロと見回す。
「大丈夫だ白雲、これは仲間だから。安全だから爆雷しまえ」
「マコトデスカ、信用出来ルノデスカ、潜水艦デスヨ」
「本当だ。信用出来る。潜水艦でもだ」
深雪からこれだけ言われればひとまずは落ち着けるようだが、伊26の姿が見えるまではずっとソワソワしていた。
現状では、この現場での戦闘は終了といえる状態に。しかし、まだ警戒は解けない。
海底にまで向かった伊203とスキャンプの調査結果が知らされるまでは、敵の待ち伏せはあると考えるのが普通。ただでさえ、ソナーが通用しない潜水艦なんてものが出てきてしまったのだ。今もすぐ隣に敵がいるだなんてことがあってもおかしくは無い。
まだまだ警戒は解けませんが、ひとまずは終了。呆気なさは地下施設の離島棲姫並みでしたが、相手が悪い。