他にも敵がいるかは潜水艦達に任せて、海上艦の部隊はギリギリ正気を取り戻している白雲を連れてうみどりへと帰投。
海上での戦いは殆ど無かったようなモノであり、潜水棲姫からの雷撃は全て深雪と白雲を狙っていたため、消耗は全て深雪が受け持っていた。極端なことを言えば、やろうとしていたことが全て出来ていないため、妙高に至っては無傷かつ消耗無しという非常に珍しい状況に。
しかし、消耗している深雪はかなり危険な状態でもあった。冷気を放出し続ける白雲を落ち着かせるために、常に手を握り続けている。時々身体にも触れているため、完全に冷え切っており、触れ続けていた片手は完全に凍傷で張り付いてしまい剥がれなくなっていた。その上、髪は霜まみれ。肌も病的に白くなってしまっており、酷いところでは血液が凍りかけて裂傷にまで発展してしまっていた。
だとしても、深雪は痛みも苦しみも全く表情に出さない。自分は健康体だと言わんばかりに笑顔を絶やさず、白雲に嫌な思いをさせないように心掛けていた。
「白雲、さっきも言ったが、ここにいる人達は全員が味方だ。あたしのことも、お前のことも第一に考えてくれてるくらいだからな」
「……ソウ、ナノデスカ。本当ニ、人間ガ」
「ああ、だから、あたしに免じていろいろ我慢してくれ」
念入りに説明をし、工廠へと入った。
ここまでの行動は一部始終見られており、深雪の身に起きている大惨事も常に確認され続けていた。故に、それをどうにかする手段は、伊豆提督が準備している。
「お帰りなさい。深雪ちゃん、特別なお風呂を用意しているから、すぐに入ってちょうだい」
「風呂?」
「ええ、薬湯って言った方がいいわね。修復材を濃いめに混ぜ合わせて、他にもいろいろと成分を入れた自慢の一品よ。滅多なことでは使わないんだけど、今のアナタには絶対に必要なモノだから」
何処の鎮守府も風呂には修復材が混ぜられている。うみどりも例外ではなく、それのおかげで過度な疲労も立ち所に癒され、擦り傷程度なら入渠するまでもなく治療される。深雪もそれには大変お世話になっていた。
今回伊豆提督が用意したのは、それよりも修復材の比率が強めなモノ。傷の修復作用をより強め、身体を温めながら確実に治療をする。
今の深雪は中破や大破のレベルな損傷と言ってもいい。凍りついているからなんとかなっているだけで、下手をしたら腕が根こそぎ持っていかれる可能性すらある。それをなるべく酷い状況にしないように治療するには、強めの薬湯に全身を包まれながら洗浄と共に癒されるべきと、伊豆提督は考えた。
「お風呂と違って長く浸かれないわ。ある程度終わったら普通のお風呂の方に移動してもらうわ。そこは当然、アタシは確認出来ないから、イリスに任せるつもりよ」
「うす、早いところ行った方がいいんだよな」
「ええ。でもその前に艤装を下ろしてちょうだいね」
「だよな。艤装装備したまま風呂になんて入れねぇし」
話しながらも、既に主任達がフル稼働し、深雪から艤装を剥がしている。そう、
白雲と触れ合い続けていることで、深雪は全身が凍結しかけており、装備している艤装にも影響が出始めていた。専属妖精さんも寒そうに震え、背中に面している部分が凍結により張り付いてしまっている。強引に剥がすと、制服がバリバリと音を立てるほどである。
海の上にいたというのが大きく、雷撃から逃げ回っている時に波飛沫などを身体に受け、それが冷気により凍結し、そこにまた飛沫がかかりと、氷にも層が出来ていた。それのせいで、これだけの大事になっている。
「白雲ちゃん、アナタも艤装を下ろしてちょうだい」
手を繋いだ状態で凍結してしまっているため、白雲にも一緒に風呂に入ってもらわなければならない。そのため、伊豆提督は白雲にも艤装を下ろすことを願い出る。
しかし、呪いによる人間不信が激しい白雲には、伊豆提督に声をかけられることも気に入らないこと。これまで見せたことのない表情で睨みつける。
「無礼者! タカガ人間風情ガ、艤装ヲ下ロセト言ウカ!」
怒りと憎しみに満ちた声色で、伊豆提督に対してその気持ちを全てぶつけるように怒鳴りつける。深海棲艦化していようと、艤装は艦娘の誇り。余程信頼した相手にしか触らせないという気持ちなのだろう。
そんな白雲相手でも、伊豆提督は揺らがない。内心驚いてはいたが、こうなることは想定内。
「そうしないと深雪ちゃんが大変なことになるわ。アナタのためではなく、深雪ちゃんのために言っているの」
ここは少しだけ強気に。命が懸かっていることなのだから、素人の感情に流されるわけにはいかない。この艤装のせいで冷気が止まらないのではと考えているため、深雪の凍結をこれ以上進ませないようにするためには、その機能を停止させる必要がある。艤装は艦娘と接続されていない限り動かないのだから、まずはそれを下ろしてもらうことが必要不可欠。
「何もアナタを取って食おうだなんて思ってないわよ。冷静になって話をさせてちょうだい。でもその前に深雪ちゃんをアナタと一緒に温めないと、本当に取り返しのつかないことになるわ。そこはわかってちょうだい」
「人間ノ指図ナド受ケヌ!」
「いいから聞いとけ白雲。つーかあたしからも頼む。艤装下ろしてくれ」
伊豆提督には強く反発するが、深雪のお願いに対してはうっと困った表情をする。
「端的に言えば、だ。お前が艤装下ろさないと、あたしが風呂に入れねぇんだ。だから頼む」
「……シ、シカシ、オ姉様……」
「お前に悪いことは何もない。むしろ、解析して整備して今以上にいいモンにしてくれる。ハルカちゃんが信じられないなら、あたしを信じろ。大丈夫だから」
今の深雪は艤装を外したこともあり、冷気で顔も青ざめている状態。だとしても表情はまるで変えることは無かった、優しく、言い聞かせるように、白雲にお願いする。
深雪にそう言われてしまったら、白雲も言うことを聞かざるを得ない。人間の指図を受けるだなんて嫌で嫌で仕方ないが、姉が信じろと言うのならば、それに縋るしかない。
「……カシコマリマシタ……オ姉様ニ免ジテ、艤装ヲ預ケマス。タダシ」
「大丈夫、深雪ちゃんが言った通り、解析と整備だけはやらせてもらうけれど、返さないなんてことは絶対にしないし、壊すこともないから安心してちょうだい」
「……人間、裏切ッタラドウナルカ、覚悟シテオクヨウニ」
あくまでもスタンスは変わらない。人間に対しては怒りと憎しみ以外が無いのだから、今ここで攻撃に転じなかっただけでも運が良かったと言える。
もし攻撃していたら、白雲はここで始末されていた可能性が高いのだ。何故なら、伊豆提督の隣には護衛のように神風と長門が控えていたのだから。最悪の場合、深雪の凍結した腕などのことを後回しにしてでも白雲を処理していた可能性だってある。
「ハルカちゃんは裏切らねぇよ。あたしが保証する。だから、さっさと風呂行くぞ」
「オ姉様……ドウシテソコマデ人間ヲ」
「ちゃんと教えてやっから、今は言うこと聞いてくれ。あたしのために」
そろそろ唇が紫色になってきているので、深雪自身も限界が近付いてきているのがわかる。それがわからない白雲でもないため、憎しみのこもった瞳で伊豆提督を一瞥した後、深雪のためと用意された風呂へと向かった。
下ろされた白雲の艤装は、接続が切れた後でも冷気による白い靄を噴出していた。
用意された風呂は、いつも使う大浴場とは別の、少し小さめな場所。それでも数人は同時に入ることが出来るくらいの大きさがあるため、深雪と白雲は何も考えることなく湯船に浸かることが出来る。
手を繋いだまま離れないため、今は制服を着たままになってしまっているが、無事離れることが出来たらすぐに脱ぐことになる。
念のため白雲の監視は必要であるため、それを受け持つのは神風。いざという時の戦力として、これ以上の者はいない。
あとは心配だということで電も様子を見ている。あそこまで酷いことになっている深雪を見るのは勿論初めてであるため、今でも不安が隠し切れていない。
「あっつ、普通の風呂より熱くないか?」
「貴女が冷え切ってるだけよ。温度差で熱く感じるだけ」
「そんなもんなのか……うお、沁みる……っ」
湯が傷口に入り込むことで軽い痛みが走るものの、それもすぐに終わる。修復材の機能が働いて、見る見る内に軽傷は塞がっていった。
問題の凍結により癒着しかかっていた手も、熱で氷が溶かされた上で修復材が効いてきたため、ゆっくりと離れていく。離れた直後はまだ掌がズタズタであり、見るに堪えない状態ではあったものの、それも時間をかければ元通りになっていく。
「どうよ白雲、温まるだろ」
手が離れたところで落ち着いた深雪が白雲に話しかけると、先程までの雰囲気から変わり、ぼんやりと虚空を見つめていた。目も虚で、何か考えているのか何も考えていないのかわからない表情。
修復材の機能の他に、洗浄と同じ浄化の効能もあるため、今白雲は体内の穢れが洗浄されている真っ最中。
白雲の身体自体はもう全て深海棲艦に置き換わっていると言っても過言では無い。自ら穢れを生み出す存在である。それを浄化されているのだから、本来の在り方をゆっくりと消されているようなモノ。
それによって侵略の意志を失ったセレスという前例があるため、白雲も人類に対する敵対の意志が薄れるのでは無いかと考えられる。とはいえ、艦娘の要素はカテゴリーMとしての呪いが存在するため、いろんな意味で強い人間不信に陥っているのはどうにもならないところ。
「まぁ、ゆっくり自分と向き合えよな。あたしはどういう白雲でも受け入れてやっから」
そんな深雪の言葉にも無反応。浄化が効いているのか、何か考え事をしているのか。
風呂に浸かって数十分で、傷らしい傷は見えなくなった。冷え切った身体にも浸透して、深雪の顔色はいつも通りと言えるくらいにまで回復。
ここは意識のあるまま入渠ドックに入るようなモノ。それ故に、長く浸かり過ぎても悪影響が出るような強い効能がある。
「う、まだ手は痛いな。握ることも出来ねぇや」
「焦らないの。まずは傷が全部治るのを待ちなさいな。その後にゆっくり手をグーパーしなさい。すぐに元通りになるわよ」
これ以上、この風呂に浸かるのはよろしくないと、ここで一度上がらせる。この薬湯の風呂からは、そのままいつもの大浴場にも向かえるようになっており、改めて風呂に浸かることで傷を治すのではなく疲労を取る。
流石にもう着衣のままの入浴はよろしくないので、ビショビショになった服は全部脱ぎ、妖精さんに渡してから大浴場に足を踏み入れた。
白雲は未だぼんやりしていたが、深雪が痛みを堪えつつ表に出さないようにサポートすると、されるがままに制服を脱いでいった。
「流石に風呂に入るだけじゃ身体は深海棲艦のままか」
「そうなるのは仕方ないと思うのです。身体がそのまま書き換えられてしまっているのですから」
深雪がある程度動けるようになったことで安心した電も、ここで風呂に便乗。神風も同じように、まだ白雲から目が離せないのでサポートをしつつ一緒にいる。
深海棲艦の制服を脱いだ白雲は、全裸になってもやはり見ただけで深海棲艦だと感じる姿である。わかりやすく生えた角が特に目立ち、洗浄をされても傷ひとつ付かずカタチも何も変わらない。
「不要になったら切り落とせばいいわよ」
「神風が言うと洒落にならねぇ」
「冗談のつもりで言ってないわよ。生活に不便だと思ったら、妖精さんに頼んでどうにか無くしてもらえる方向に持っていきたいじゃない。肌が白いのも髪が白いのも言い訳がつくけど、角はどうしても難しいわ」
カテゴリーYの面々やセレスもそうだが、姿がどうしても人間社会に溶け込めないというのが難点となってくる。仲間なのに、敵と同じ姿だからと疎外されるようなことがあったら、人間不信がさらに酷くなる。
「まぁゆっくり行こうぜ。せっかくこうやって一緒にいられるようになったんだからな」
白雲の肩をポンと叩く深雪。その瞬間、ぼんやりだった白雲がピクンと動き、
そして、深雪の方を見ると、先程までとまるで違う、
「はい、お姉様。この白雲、深雪お姉様と共に」
言葉も、深海棲艦の要素が抜け落ちていた。洗浄によって穢れが失われたことで、白雲は艦娘としての自分を取り戻していたのだ。
心の氷を溶かしてみれば、深海棲艦から艦娘に元通り……といけてるのでしょうか。