後始末屋の特異点   作:緋寺

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白雲の憎しみ

 深雪の治療と白雲の洗浄を同時に行なっている間に、伊203を筆頭にした潜水艦隊が海中の調査を終えて戻ってきていた。伊203は何事も無かったようにうみどりに上がるが、スキャンプは何処か疲れた顔。伊26はそれを気遣うようにしつつも、苦笑を浮かべていた。

 

「調査完了。隠れてた潜水艦は3()()

 

 淡々と説明する伊203だが、その数に伊豆提督は驚きを隠せなかった。1体ならまだしも、3体も潜んでいるとは思っていなかったからだ。

 その全てが当たり前のようにソナーに引っかからず、案の定この海域の海底、海溝になっている場所に身を潜め、後始末が始まったところでまた狙い撃つつもりだったようである。

 だが、最初に伊203が1人始末した時点で、実力差を把握出来たのだろう。ここをやり過ごそうと逃走しようとしていたらしい。しかし、潜水艦の中で最速である伊203から逃げられるわけが無かった。勘が鋭く、目も良く、躊躇がないのだ。逃げ道なんてすぐに予想がついていたらしい。

 

 その結果が、伊203の手による殲滅。いや、()()()()()()()()()。見つけ出して、片っ端から始末する。ただそれだけ。

 

「全員、()()()()()()()。だから、カケラも残さなかった」

 

 最初だけでなく、そこにいた全員が潜水棲姫の姿をしていたという。いわば、姫による特異点暗殺部隊。

 ステルス機能持ちの潜水棲姫が複数体いるとか、普通に考えれば厄介極まりない。しかし、伊203が戦ってわかった通り、その全員が素人同然であったため、あっさりと全て終わらせることが出来ている。

 

 潜水棲姫という名前を聞いたことで、伊豆提督もほんの少しだけ怒りが湧いた。まあ考えても、直近で潜水棲姫と言われれば、桜の姉のことを思い出す。

 命を搾り取られて衰弱死したカテゴリーY。そこで手に入った潜水棲姫の命を、また次に使ってカテゴリーYを生み出し、深雪(特異点)の命を奪おうとしたのだ。しかも、どこでどうやって手に入れたのか、深海棲艦と化した実の妹まで囮に使って。

 

「……全員、斃したの?」

「その方が早いから」

「……そう、わかったわ。やらなくちゃ、やられていたんだもの。何か情報は?」

「何も言わなかった。余計なことばかり話すから」

 

 全員が全員、桜の姉のことを卑しめ、蔑み、貶めるような発言ばかりを繰り返した。前任が何もしなかったからと、口々に話した。同じことばかりで、伊203も気に入らなくなったため、最初と同じように怒りに任せて始末したという。

 やったこと自体は1人目と同じ。逃げられないようにして、力の限り引きちぎる。ただそれだけ。2人目も3人目も、伊203の手からは逃れることが出来ず、抵抗もまともに出来ずにその命を終了させられた。

 

 何も得られなかったことを『遅い』とし、冗長な連中は気に入らない。これで嫌々やっているとかならば同情の余地があるから捕縛して他のカテゴリーYのようにうみどりで管理すればいいのだが、揃いも揃って出洲に同調し、攻撃的な姿勢を崩さなかったため、もういいと切り捨ててこの世から消し去った。

 そんなことをしても、伊203は一切揺るがない。相手が元々人間であっても、命を奪ったことで動揺すら無い。これが、伊203が一度人を捨て去っている証。

 

「ありがとう、これで後始末も始められるわね。フーミィちゃん達も今日はまず休んでちょうだい。海中の作業は後からでも大丈夫かしら」

「大丈夫。艤装は先に纏めておいた。スキャ子も手伝ってくれたから」

「誰がスキャ子だコラ」

 

 文句は言うものの、潜水棲姫の艤装を一箇所に纏める作業だけは手を貸したらしく、スキャンプは少しだけ気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 伊203と行動したことで、逆説的にうみどりの信頼度は上がっている。やったこと自体はかなり残酷ではあるものの、スキャンプはあちら側の因果応報であることくらいは理解しているため、今回の件で人間への不信が増長されることはない。

 

「スキャンプちゃん、手伝ってくれてありがとう。お客様にそんなことをさせるのは申し訳なかったんだけど」

「やっちまったモンは仕方ねぇ。それに、まぁ、ここの連中がどんだけお人好しなのかがよくわかった。他の連中よりは信用出来るってこともな」

「そう……それなら良かった」

 

 少なくとも、うみどりの面々に対する感情は良いものへと変わったスキャンプ。態度は変わらずとも、心持ちが変わっているおかげで、ここにいやすくはなっただろう。

 グレカーレや夕立はすぐに順応したように見えたが、スキャンプは過去が過去だけに、どうしても他人との関係を深めることが出来なかった。だが、これでより深い関係が持てることになるだろう。こうやって潜水艦達と活動したが、まず仲良くなるのはやはり酒匂か。

 

「あとは深雪ちゃんね……酷い凍傷だったから心配だけれど、薬湯もあるし、後遺症とかも残らないはず……だけど」

 

 ステルス潜水艦からの脅威が去った今、残った心配は白雲の冷気によってかなりギリギリなところまで追い込まれていた深雪。薬湯によって治療されれば、短時間で全快とまでは行かずとも、心配がないくらいにはなるはず。

 

 そう思った時、工廠に深雪達が戻ってくる姿が見えた。時間としては小一時間ほど。今回の治療には充分な時間が経過している。

 しかし、その光景に伊豆提督は目を見開いた。むしろ、工廠にいる全員が驚きを隠せなかった。

 

「ハルカちゃん、薬湯ありがとな。おかげさんで、手も動くようになったぜ」

 

 酷すぎる凍傷で手を動かすことも出来なかったであろう深雪が、伊豆提督にその手を振って治ったことを示した。今や傷ひとつない手のひらであり、綺麗に完治していることがわかったのは、伊豆提督としても喜ばしいこと。

 しかし、視線はそこよりもその隣。深雪にべったりとくっつき、先程までの険しい深海棲艦としての表情が完全に失われた白雲に注がれていた。

 

「白雲、歩きにくいから離れような」

「では、お手をお貸しくださいませ。お姉様の温もりが無ければ、白雲は落ち着くことが出来ないのです」

 

 人が変わったのではと思えるほどに態度が違う。深雪に懐いているというだけでは言葉に表せないくらいの変貌。

 深雪を治療する過程で、穢れの洗浄も行なわれていた白雲。これにより今のカタチへと変化、いや、()()()()()()()と言える。

 

 一から十まで深海棲艦の要素しかないセレスは、穢れを失ったことで本当に何も無くなってしまい、最初に刺激を受けた食を探求する者として新たな生を謳歌するようになっているが、白雲は本来艦娘として生まれているため、深海棲艦の要素が中身から失われたら、艦娘の要素のみが残るのは必然であった。

 しかし、深海棲艦化したことで理性が消え、本能のままに行動するようになったところで穢れを失ったため、セレスと同じように最初の刺激に重点を置くようになっていた。

 

 その刺激というのが、深雪の姉妹愛。妹を救うという確固たる信念と、常に発揮される優しさ。心配させまいと気丈に振る舞い続ける力強さ。そして、今の白雲は身体そのものは深海棲艦のままであるため、眼もそれに準じていることから、深雪の特異点としての光も、カテゴリーYの面々と同じようにその目に映ってしまっている。

 その結果、深雪を偉大なる姉、そして神の如き存在として扱ってしまっていた。それこそ、深海棲艦の本能的な部分が洗浄によって洗い流されたところに、その感情がはまり込んだと言える。

 

「あら人間、深雪お姉様を治療したことは感謝いたします。よくやりました。褒めて遣わしましょう」

 

 しかし、深雪以外には尊大な態度。元よりカテゴリーMであるため、呪いによる人間不信は据え置き。むしろ深海棲艦化を経ているため、より強いモノとなってしまっている。

 深雪を救った伊豆提督に対してもこの言動。まさしく姫と言える振る舞いで、下賤な者に対する物言いを止めることはない。

 

「それに免じて、この白雲の艤装に触れることを許可します。それが深雪お姉様の望むことでしょうから。大いに励むように」

 

 この言い方には伊豆提督も苦笑。信用していない人間に攻撃的になるのではなく尊大な態度で見下すという方向になっているのが白雲である。ここはまた同じカテゴリーMの時雨とは違った方向性。

 

「白雲、ハルカちゃんはあたし達を助けてくれる司令官だぞ。そういう態度はあたしはいいとは思えないな」

「申し訳ございません深雪お姉様。下賤なる人間に口を利くことが、白雲はどうにも我慢ならぬことなのです」

 

 ここで白雲の表情が憎しみに染まる。それこそ、見た目は深海棲艦であっても、中身がカテゴリーMであることを表すかのように。

 

「卑しい人間共は、この白雲の身体を嫌がる声すら聞くことなく汚し、弄び、壊しました。そのような卑劣な人間を許すことが出来ましょうか。いつか輝かしい深雪お姉様も手にかけることがあるのかもしれないと思うと、とてもとても悍ましく思うのです。白雲は深雪お姉様が同じようにされるところなど、見とうございません。深雪お姉様は清廉潔白、謹厳実直、純真無垢なる神々しい存在。低劣なる人間が触れていいものではありませんから。この白雲ですら、御身に触れることには抵抗があるのです。ですが、お姉様は白雲の心を鑑みて触れることを許可してくださっている偉大なるお方。その尊き思いを無下にするわけには参りません。純粋なる者以外は触れるべきではないのでしょう。そう、そうなのです。深雪お姉様はこの白雲がお守りいたしませんと、俗悪な人間にいいように利用されかねません。ですので、無闇矢鱈と人間と接するのは」

「白雲、一度止まれ。あと、それ以上言うな」

 

 あまりにも酷い白雲の言葉に、深雪もそろそろ業を煮やしたか、その口を止める。無理にでも止めないと伊豆提督のことを罵り続けそうであるため、割と強引に口を押さえるカタチで。

 

「ん……申し訳ございません。深雪お姉様のことを思うとつい」

「あたしのこと思ってんなら、人間のことを馬鹿にするな。そういうことを言っていい連中はここにはいないんだからな。ここにいる人間達は全員信用出来るって何度も言ったはずだけど?」

「う……実際にその姿を見ると、本能的に曝け出してしまうのです。怒りと憎しみが止まらず……」

 

 そこはやはりカテゴリーM。時雨との大きな違いは、()()()()()()()()()()()()。知らないのに呪いのせいで人間を憎む時雨とは違い、憎む理由が既にあるのだから、こうなってしまってもおかしくはない。

 だが、うみどりでそれは少々生きにくいだろう。深雪がここにいる人間を全面的に信じているのだから、それに追従することが出来ないとなれば、白雲はまた独りになりかねない。

 

 そんな白雲に対し、伊豆提督は少ししゃがみ視線を合わせてから語り出す。

 

「アナタが人間を信用出来ないのはわかるわ。ただ呪いがあるだけならまだしも、姿形が変わってしまっているのだもの。憎くて憎くて仕方ないでしょう」

「よくわかっているようですね人間。この白雲は貴様のような人間が」

「白雲」

 

 どうしても人間を前にするとこうなってしまうようである。隣に深雪がいても止まらないのは、やはりカテゴリーMの呪いと深海棲艦の本能が入り混ってしまっているからか。

 深雪に止められれば口を噤めるようだが、それもすぐにダメになる。本能というのはそれだけでも怖いもの。

 

「アタシ達は、信じてくれとしか言えない。行動で示すしか出来ない。でも、これまでやってきたことで、こんなにも仲間が出来ているの。アナタと同じような存在もここにはいるわ」

「それは貴様が拐かしただけではないのか無礼者」

「無礼者はお前だバカ。本能のままに話すのは仕方ないかもしれねぇけど、あたしが黙れと言ったらとりあえず黙れ」

「くっ……貴様のせいで……っ」

 

 深雪に叱られたことで白雲はシュンとしてしまうが、それでも人間への憎しみは止まらない。叱られたのは人間のせいだと責任転嫁してしまうくらいの壊れ方。

 

「ねぇ深雪、もしかして昔の僕は()()みたいな感じだったのかな」

 

 そんな白雲を見てニコニコしながらやってきたのは時雨。同じカテゴリーMということで興味深かったようだが、ここまで酷いのを見ると逆に楽しくなってきたようである。

 

「あー、酷かったのは酷かったけど、流石にここまでじゃあないな。お前、無知なまま人間を罵ってただろ。でも違いがわかってからは物分かりいいじゃねぇか」

「言い返せないのが気に入らないけど、まさにその通りだね。じゃあ、やっぱり()()にもちゃんと知ってもらわないといけないわけだ」

 

 そう言うと、白雲の前に立つ時雨。

 

「僕は君と同じカテゴリーMの時雨。純粋種だから人間じゃないし、カテゴリーMだから君の怒りと憎しみも理解出来る。これからよろしくね」

「……深雪お姉様のご友人の方ですか」

「まぁそんなところかな。で、本題だ。僕はここにいることでいろいろと割り切れてね。憎む人間と憎む必要のない人間の区別が出来るようになった。君にもそうなってもらわないといけない。これは僕の意思でなく、深雪も願っていることだ」

 

 隣で深雪がうんうんと頷く。しかし、白雲はそう簡単には納得出来ない。

 

「だから、だ。まず君はここで人間の社会に触れた方がいい。実際に触れてみて、それでも信用出来なかったら好きに振る舞えばいい。そうだろう、深雪?」

「ああ。そうだな。時雨にしてはいいこと言うじゃん」

「余計なお世話だよ。でも、まぁ、経験者からの率直な意見だ。今そこまで反発していると、後から恥ずかしい思いをするよ。それこそ、不憫に思われるくらいにね」

 

 白雲の肩をポンと叩き、まぁ頑張れと手を振って工廠の奥へと向かった。これから後始末の作業もあるため、白雲に構っていられないんだとニコニコしながら。

 

「時雨の言う通りだ。まずは見ろ。あたしの側でいいから」

「……お姉様がそう仰られるのなら、白雲は従います」

「今はそれでいい」

 

 

 

 

 前途多難な白雲との交流。この深すぎる憎しみを、どのようにすれば取り除けるのかは、まだわからない。

 




酷すぎるくらいの白雲の憎しみ。深海棲艦に改造されたようなものですから、そりゃあそんな風に思っても無理はない。
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