海域の調査が終わったところで、本来の仕事、後始末が開始される。おおよそ昼からの開始であり、規模が大規模──白雲との邂逅からの潜水棲姫3体分の残骸追加により、大規模よりの中規模から昇格──であるため、終了は間違いなく日を跨ぐと予想されている。
今回最初から参加しない者は、うみどり所属の艦娘という範囲で言えば、深雪と潜水艦組のみ。白雲の説得に向かった部隊は、これといって疲労もないため、そのまま続けて後始末に参加することとなった。電も深雪が心配ではあったものの後始末を優先する運びとなっている。
カテゴリーBの3人は、まだ客という立場もあり、後始末の作業には参加しない。強いて言うなら、執務室で後始末の様子を見ているか、休息を取る深雪達と共にいるくらい。グレカーレが何処か危ない目をしていたため、電は一瞬ハラハラしたものの、なんだかんだ自重する性格であることも理解しているため、逆に深雪を任せるにいたる。
カテゴリーYの面々はいつものように工廠や食堂で作業。桜だけはまだ子供であるため、最初は休んでいる伊26と行動を共にするとした。その後に改めて後始末に参加するとなったら、伊豆提督や平瀬が面倒を見ることに。
カテゴリーRであるセレスは、この時間に料理の探求に勤しむとのこと。合間合間の軽食を提供出来るように、早速努力をするらしい。もう深海棲艦にすら見えないほどである。
そして、問題の白雲だが、深雪が休むということを聞いているため、一時も離れるつもりはないと休息に便乗する意思を示している。
「お姉様がお休みになられると言うのならば、この白雲、その御身を守護させていただきたく存じます。なに、艤装は無くとも、この身一つでも充分に戦えましょう。ましてや相手は賤しき人間。後れを取るはずもございません」
後始末の邪魔にならないようにと私室に移動しようとしている最中、やはり白雲は深雪を思いながらそれを躊躇いなく口に出す。
「この場所で危険なんて無い。誰もあたしを襲おうだなんて思ってないし、陥れようとする奴だっていない。あと何度でも言うけど、人間のことを下に見るような言い方はやめろ」
白雲の物言いに対していちいち口を挟まなくてはいけない深雪は、それだけでも少し疲れた顔をしていた。
今の白雲は呪いのせいで本来の性格から大きく歪んでしまっているのだろうと予想は出来るのだが、口を開くたびに人間を下等だ下賤だと蔑視するのは、深雪にとって聞いていて嬉しいものでは無い。
「しかし」
「しかしもかかしも無ぇ。よくよく考えてみろ。あたし達はその人間の力が無いと生きていくことも出来ねぇんだぞ。寝床はどうする。飯は、洗浄は、戦ったとして艤装の整備と燃料や弾薬の補充は誰がしてくれるんだ。あ?」
深雪は生きていくためには人間と力を合わせていく必要があると理解している。むしろ、自分よりも人間の方が優れているとすら思っている程だ。
そんな相手を下等だなんて絶対に思えない。これで下等なら、自分なんてミジンコ以下では無いかとすら思う。
「人の助けが無けりゃ戦えない時点で、あたし達と対等かそれ以上だよ。それくらい理解しろ」
「艦娘に守られなければ営みを正しく行えないのが人間でございましょう。だというのに、艦娘を道具が何かと勘違いし、好き勝手に管理し、時にはその命すらも当たり前のように奪うのが人間でございましょう。他者の命を蔑ろにする人間を対等かそれ以上だなんて、この白雲には考えられません」
「そういう輩もいるってのは認めるが、全員が全員じゃ無ぇんだよ。少なくとも、このうみどりの人間達に悪い奴なんて誰もいねぇ。そうじゃ無かったら、お前はもうこの世にはいねぇよ」
命を蔑ろにするというのなら、今こうやって白雲を救おうだなんて選択はしないだろう。ただでさえ姿形は人類の敵である侵略者だ。だというのに、殺さず傷付けず自由にしているのだ。この時点で、うみどりの面々には慈悲があるものと考えていい。命の尊さを知り、だからこそ後始末を続けているのだから。
「お前にかかってる呪いのことはあたしもよく知ってるつもりだ。でもな、まずは目の前の現実を受け入れろ。お前の思ってるような人間がいたか。いないだろ。憶測だけで人間を下に見るな」
「見るまでもないでしょう」
「お前マジで時雨と同じこと言うんだな。見てから言え」
深雪に敬意を払っているが、自分の考えも曲げるつもりがないのが今の白雲。深雪が最上級であり、人間が最下級。人間を見る目は簡単には変えられそうにない。
人を見ろという深雪の言葉も、先入観があるせいで意図した通りにはならない可能性が高い。時雨も今のようになるまでにそれなりに時間がかかったのだから、深海棲艦の本能まで加わってしまっている白雲には、もっと厳しいものがある。
「あたしはこのうみどりが好きだからここにいるし、ここでの作業を手伝ってる。ここに囚われてるわけじゃなくて、進んでここから離れないんだ。嫌なことなんて一つも無ぇ。あたしは、ここの人間が大好きだからな。その人間を知らないにもかかわらずとやかく言う奴は、あたしはハッキリ言って嫌いだ。白雲、お前今そこに足踏み入れてるぞ」
間接的に、しかし殆ど真正面から、今のお前は嫌いだと言い放ったようなもの。白雲にはショックが大きいかと思いつつも、ちゃんと言ってやらないと理解も出来ないと思い、心を鬼にして口にした。
勿論、白雲がそれを聞いてショックを受けないわけがない。敬愛する姉から、今のお前は嫌いだと言われてしまえば、心にグサリと棘が刺さったかのように辛い。
「でもな、あたしはお前を見捨てたりはしねぇ。ちゃんと見ていれば、ここの良さを理解出来ると信じてる。知らないモノを罵倒するのは看過出来ないけど、知っていけばここがどれだけいいところかわかるはずだ。だから、まずは姉ちゃんとここの人間を黙って見てな。知ることが一番大事だぜ」
そんな深雪の言葉も、今の白雲に届いているかはわからない。深雪に嫌いだと言われてしまったため、そのショックで目が泳いでいるのは一目瞭然。
しかも、白雲の歪み方はこれだけでは終わらない。深雪にこう言わせているのは人間のせいだと責任転嫁までしてしまう。人間への憎しみが強い分、何をしてもされても、全てが人間のせいだと思い込めてしまう。本能も乗っかってしまうため、その考え方が加速する。
「……人間のせいで、人間のせいで白雲はお姉様に嫌われていると……?」
「誰もそんなこと言ってないし、少なくとも人間のせいじゃねぇ。どちらかといえば
深雪の言葉が聞こえていないかのように震え出し、頭を抱える。その目には、人間に対する憎しみの色が濃くなる。
「貧賤な人間に高貴なお姉様が力をお貸しになっていること自体が間違っているのではないでしょうか」
「あぁ?」
「そもそも、このうみどりとやらは一体何をする組織なのですか。後始末屋とは一体何なのですか」
その辺りをキチンと教えていなかったのは自分の落ち度だと深雪は気付く。そもそも白雲は生まれて間もなく、ゆっくり話す機会も与えられていないので仕方ないところはあるのだが。
これを知れば、白雲もきっと人間の良さを少しは理解してくれるはずと、深雪は一度ちゃんと冷静になってからここでやっていることを話す。流石にその時には私室に入って。
ベッドに座って淡々と語る深雪の話を、白雲は床で正座しながら真剣に聞いていた。その構図が何処か上下関係をハッキリさせているようなものに見えたものの、深雪は一旦ツッコミを放棄。
自分が生まれてここで拾われ、後始末屋という存在を知り、そこでやってきたことを掻い摘んで全てを語る。嘘偽りなく、隠し事もなく。
「……ってのが、ここの在り方で、あたしの生きてきた道だ。世界を平和に持っていくためには、戦争の後片付けが必要なんだよ。そうしなきゃ、お前みたいな人間に憎しみを持った艦娘も生まれちまう。そもそも戦いが終わらない。あたしは、平和に向かおうとするここの人間達に惹かれてここにいるし、喜んで力を貸す」
平和を目指している。これが一番大きな部分。世界の穢れを取り除き、綺麗な海へと戻すことで、続く戦争を食い止めようとしている。
先代の戦いは悲惨極まりないモノであろう。艦娘を利用し、命を搾り取り、それで戦いに勝利したものの見捨てられ、スキャンプ達のようなカテゴリーBを生み出してしまった。それは人類の落ち度であるだろうが、あくまでも先代の罪だ。
「自分のモノじゃない罪を償おうとしているし、どんな存在でも救えるのなら救う。手が届く範囲なら誰だって対象だし、可能な限り仲良くしようとする。お前みたいに馬鹿にしてくる奴だって、救われると思うなら怒りもしないし、むしろ手を差し伸べる。これ、とんでもなくすげぇことだと思わないか」
深雪はそういうところに素晴らしさを感じ、自分もここで平和を目指したいと思って、後始末屋として活動をしている。だから、ここでの活動に強い誇りを持っているし、白雲にもそれを知ってもらいたいと思っていた。
すぐに納得出来ずとも、その活動をその目で見れば、この信念が眩しい程の輝きに満ちていることをきっと理解してくれる。そう信じて。
「ほら、もう作業が始まってんだ。見てみな」
深雪の部屋の窓からは、作業風景が見えるようになっている。そのため、深雪は白雲を促して、窓から後始末がどういうものなのかを見せた。
白雲がポツンと立っていた少し先にある現場は、大規模とされているだけあって残骸が散乱している。特に事前に聞いていた姫級2体分の残骸が相当であり、今回は持ち逃げもされていないくらいに無残なカタチであった。
如何に出洲であっても、原型を留めていないような残骸はそのまま放置するらしい。取捨選択しているところが更に腹が立つポイントである。
「汚ぇだろ、この海。こんな海、人間でも艦娘でも、あんまり長居したくねぇ。そこを綺麗にするのがあたし達の仕事だ」
散らばった艤装片や肉片を拾い集めながら、黒ずんだ海水を浄化。大物は長門を筆頭にした膂力があるものの力によって穢れを拡げないように運ばれ、丁寧に、そして出来る限り迅速に、その海を清浄化する。
その中に、白雲と同じカテゴリーMである時雨の姿もある。今回はようやく離れることが出来たと思っていた肉片集めの再来。電や神風と共に、死んだ目で拾い集めていた。だが、嫌がっている素振りは見えず、早く終わらせようと的確なトング捌きで肉片をケースに入れて行っている。
「人間も、艦娘も、深海棲艦も、全部平等だと思っているのがここだ。ほら、わかるか、拾い集めながら、平和になりますように、次生まれ変わったらこんなことにならない世界に行けますようにって、祈りながら作業してるんだ。そんなことが出来る人間が、お前には下賤に見えるのか?」
深雪に言われているが、白雲はその光景から目が離せない。艦娘としても、深海棲艦としても、本来そんなことやることではないような作業が繰り広げられている。
戦わずして戦争を終わりに向かわせる大切な仕事なのだと、深雪は誇りを持って説明した。それがどれほど高尚な仕事なのかと思っていた白雲は、この
「……お姉様は、このような
その言葉は、深雪の堪忍袋の緒に手をかけた。
「穢らわしいってお前、そりゃあ今の海は汚いけどな、誰かがやらないと綺麗にならないんだぜ。だからあたしはそれをやる。綺麗になっていくのは気持ちがいいことだし、やり甲斐もあるんだ。それに、あたしはこういうカタチで平和を目指してる心意気に心を打たれたんだ。あたしもやりたいって思えるくらいにな」
「おやめください!」
初めて白雲が声を荒げた。流石に急に大きな声を出されたことで、深雪は言葉が止まってしまう。
だが、白雲は止まらない。
「何故お姉様がこんな穢らわしいことをせねばならないのです。これは哀れな人間が招いた結果でしょう。お姉様には何一つとして関係がない、むしろ、関わること自体が間違っていることなのです。人間の業は人間に背負わせるべき。全ては人間の罪なのですから。まさかお姉様はそう考えるように人間達に何かされているのではないですか? この白雲が
「白雲、お前いい加減にしろよ」
怒りのこもった低い声に、白雲はビクッと震えて言葉を止める。話をしている間は見えていなかった深雪の顔を見ると、あの本能を刺激するくらいに優しく姉として偉大だったモノが一変、白雲に心底嫌悪しているような眼差しに。
尊敬する姉にその目で見られた途端、白雲は身体中が震え上がり、心の底から竦んでしまった。言ってはならないことを言ってしまったと実感し、したくなくても涙目になる。
「あ、そ、その、お姉様、白雲は」
「お前がそういう考えになっちまうのはわかる。実はあたしも洗脳されて後始末やってるとか言われても、否定出来る材料が無いってのは確かだ。でもな、少なくともここにいる人間を何も見ずに、頭ごなしに否定されるのは気に入らねぇ」
淡々と話す深雪の声色に、白雲は終始震えたまま。
「もう一度言うぞ。そういうことは、見てから言え。いいか、後始末屋の知識もない奴が、ここの人間のことを悪く語るな。全部見て、その上で悪いところがあるなら言え。あたしは当事者だから見えていないところもあるかもしれないからな。じゃあ例えばだ、お前が穢らわしいと吐き捨てたこの作業、何処に悪いところがある。言ってみろ」
後始末の作業に、人間を蔑視するようなところは何一つとしてない。海を綺麗にし、世界を平和に導くという、ただただ善行がそこにあるだけ。しかも、残骸を使って命を冒涜しているわけでもなく、安らかに眠るようにと祈ってすらいる。
それの何処が悪いのか。否定出来る部分があるのか。これが過去の人の罪を償う行為だと言うのならば、善行であることを肯定しているようなモノだ。尚のこと悪いところなんてない。
白雲はもう何も言えなかった。言おうとしても言葉が出てこない。故に、口をパクパクとするだけで終わってしまう。震えが止まらないのもあり、もう何も出来なかった。
「無いだろ。否定するところが。穢れるのだって、誰かがやらなくちゃいけない仕事なんだ。だったら、あたしは自分からそれを選び取る。お前が穢れるくらいなら、あたしが穢れた方がいいしな。それが嫌なら手も口も出すな。黙って見てろ。
それだけ言って、深雪はベッドに横になった。元々休息のために後始末の仕事を休ませてもらっているのだから、今はまず全快になることが仕事。目を覚まして疲れが取れ、体調万全ならそこから後始末に参加してもいい。
しかし、白雲はもうそこから一歩たりとも動くことが出来なかった。恐怖のあまり、何も出来なくなってしまった。
白雲の心に、何かが刻まれたのは間違いない。それがいい方向なのか悪い方向なのかは、今はわからない。
深雪に否定されてしまったら、白雲はどうなってしまうのか。立ち直れるのか、余計に壊れるか。