深雪による後始末屋についての説明を受け、今現在実行中の後始末の様子も見せて、償う必要のない罪を償いながら、祈りを捧げて平和を願う人間達を知って、なお白雲は人間を信じることが出来なかった。拗らせているというのではもう済まない。歪んでいる、壊れていると言ってもいいほどの悪態をついてしまった。
そのせいで、深雪はついに堪忍袋の緒が切れた。実の妹であっても、誇りある後始末屋の仕事を侮辱し、あろうことか深雪自身が洗脳されているのではないかという疑いまでかけたのは、本当によろしくなかった。優しく接してきたのに、その物言いには心の底から嫌悪感が湧きあがった。
見てないうちから否定するなと言い続けたが、見てからでもそれを曲解し、侮辱し、完全に否定する。こうなってしまうと、もうどうにも出来ない。深雪ですら、ここで諦めそうになった。故に、白雲を放ってベッドに横になった。
「ぁ……」
恐怖によって何も出来なくなってしまった白雲の小さな吐息が聞こえたが、深雪はそれを無視する。今口を開いたら、怒りをぶちまけてしまいそうだったから。
「……くそっ」
横になって、深雪は考える。どうすれば白雲がうみどりのことを理解してくれるのか。全人類を好きになれとは言っていない。せめて手が届く範囲の人間だけでも、正しい目で見てもらいたい。その手段を考える。
後始末を全て見たわけではない。まだ
だが、白雲の曲解は異常とも言える。後始末を見て穢らわしいと吐き捨ててしまったのは本当に酷いことだ。話を聞いてもそう言ってしまえるということは、後始末に対して全く理解をするつもりがないということに他ならない。
「……どうすりゃあいいんだ……」
今はこうして顔を背けたが、深雪は白雲を見捨てようだなんて思っていない。あんなことを言われたらどうしても怒りが湧き立つ。だが、それが仕方ないことなのもわかっている。故に、非常に困る。
深雪の怒りは白雲に向けてもあるが、
白雲は間違いなく言ってはならないことを言っている。後始末屋を侮辱し、ここにいる者全てを愚弄し、深雪を想うがあまり、深雪の矜持すら踏み躙った。怒りを買うのは当然でもある。
だとしても、それが全て白雲のせいだとは考えない。呪い、境遇、現状、全てが重なり合った結果、白雲はここまで壊れてしまっているのだ。そして、これはおそらく荒療治をしたとしても治ることはない。
「何が最善なんだよ……」
白雲に聞こえないように独りごちる。ここまで悩むのは、電の時以上かもしれない。
一方、白雲はまだ動けなかった。ベッドに横になった深雪の背中を見つめることしか出来ず、目を逸らすことも出来なかった。震えが止まらず、頭の中がぐちゃぐちゃになるような感覚を味わっていた。
白雲にとって、この世界は灰色一色だ。光などない、色など何もない、ただの一つも面白みのない世界。そうなってしまった理由は非常に単純。呪いと、境遇である。
呪いを持って生まれたことで、人間への怒りと憎しみが蓄積している上、
深海棲艦と化したことで、怒りや憎しみ以上に本能──救われたいという気持ちが荒ぶり、誰にも声が届かなかったことで寂しさも暴走し、負の感情しか頭の中に残らなくなってしまったくらいである。呪いによる憎しみは、人間だけでなく世界にまで拡がり、この世全てに対して憎しみを持ってしまったようなものとなった。
何故自分がこんな目に遭わなくてはならない。その気持ちが、白雲にはずっと渦巻いていた。海に放り出された時も、怒りや憎しみはあっても目的が広すぎて何も出来ず、ぽつんと立ち尽くしていた程。
そんな中、身体を張って自分を救ってくれた実姉は、白雲の目で見たら後光が差していた。神の如き存在、自分を解放してくれる救世主が現れてくれたのだと、生まれて初めて喜びを感じた。洗浄により失われた穢れを埋める感情は、間違いなくそれになる。自分は姉のおかげで救われた。ならば、その身を全て姉のために使う。何も惜しくはない。そう思える程に刻まれた。
最愛の姉と共に生きていけば、この灰色の世界も彩り豊かになる。そう確信出来た。その周りには憎しみの対象である人間が沢山いたが、所詮は人間と高を括っていた。括ってしまっていた。
そのせいで白雲は、姉に対して以外は傲慢で不遜、思い上がりも甚だしい高飛車な姫と化してしまった。それがよろしくなかった。
「……ぅ……うぅ……」
姉の言葉を反芻する。ここにいる人間を何も見ずに、頭ごなしに否定されるのは気に入らない。知識もない奴がここの人間のことを悪く語るな。全部見て、その上で悪いところがあるなら言え。とにかく、この後始末という作業をよく見てみろと何度も何度も言われている。
人間のやることなど見るまでもないと思っていたし、実際に見たら穢らわしいという言葉しか出てこなかったが、だとしても、深雪はもっとよく見ろと訴えた。
「……ぐ……」
故に、白雲は深雪を見つめるのをやめ、窓の外に目を向けた。後始末はまだまだ始まったばかり。海域に蔓延する穢れと格闘する人間達の姿を、改めて見ることにした。
白雲には深雪しかいない。その深雪に見捨てられたら、この世界は灰色どころか真っ暗に塗り潰される。救われたのにまたそんな世界に落とされたら、もう耐えられない。
だから、深雪の言う通りに、後始末をずっと見続けることにした。一瞥して穢らわしいと思った先程とは違う、多種多様な視点で。
それによって何かわかれば、深雪にまた救ってもらえる。そう信じて、今はそこに縋り付くしかなかった。非常に打算的な考えではあるが、白雲にはそれしか出来なかった。
「Ciao〜、ミユキはちゃんと休んでるかな?」
などと考えているうちに、部屋に入ってきたのはグレカーレである。白雲がいることも理解した上で、当たり前のように堂々と真正面から突撃した。ノックもせずに突入するので、白雲は流石に驚いた。
「あらら、寝ちゃってるのかな。で、アンタはボケーッと突っ立ってるけど、何かあった?」
笑顔は崩さず、しかし何処か下心があるような不思議な表情。ここに来た理由は、深雪にちょっかいを出すためであると全身で表しているようなもの。
相手が純粋種なのはすぐにわかった。人間相手の嫌悪感などが全くなく、しかし別の理由で相手にしたくない気持ちが湧き上がる相手。深海棲艦の本能から相手が艦娘だと察知し、白雲は人間相手以上に警戒を強めた。
「ま、大体わかるけどね。アンタ、ミユキのこと馬鹿にしたんでしょ。どちらかといえば、ミユキじゃなくて、ここの仲間のこと」
図星を突かれ、白雲は息を呑む。その瞬間、グレカーレはニマーと意地の悪い笑みを見せた。
「そりゃあダメだね。ダメダメだ。ミユキだって普通に生きてる普通の艦娘なんだから、何かがきっかけでブチッとキレるところってのは誰にだってあるもんだよ。そこに入り込んだら怒られて当然だね」
ニマニマとした笑みを浮かべながら、深雪が横になっているにもかかわらず、当たり前のようにベッドに腰掛ける。小さく深雪が身じろぎしたが、グレカーレは素知らぬ顔。
「あたしもミユキに
「……何を」
「ここの人間達、馬鹿に出来ないよ。というか、スゴイよ。そうとしか言えないくらいに」
脚をパタパタさせながら、窓の方を見る。そこからでは外の光景なんて見えないものの、何をやっているかは理解している。
「普通さ、自分からそんな汚れ仕事やろうって思う? 思わないよね。でも、みんな平和のために頑張ろーって、他の人間に嫌な思いをさせないためにやってんだってさ。あたしもカミカゼから聞いた受け売りだけど」
グレカーレもなんでこんな仕事をしているんだと神風に聞いたことがあるらしい。そうしたら返ってきた答えがコレである。
伊豆提督も常々言っていたこと。誰かがやらないといけないのなら、自分が率先してやる。他の者に嫌な思いをしてもらいたくない。だったら自分がそれをやった方がいい。その思いで、この仕事を続けている。そして、やり甲斐も感じているのだからいいことである。
「アンタ、実はその作業にしか目を向けてないんじゃない? やってる人間達の顔とか見てる? それ見ても汚いとか思える?」
よく見てみろと顎で促すグレカーレ。何故そんなことをという気持ちもあるが、深雪に見捨てられたらもうこの世の終わりであるため、グレカーレのその言葉も、藁にもすがる気持ちで乗った。
窓の外、作業をしている者達は、穢れ対策として完全防備ではあるため、マスク着用。そのせいで表情がわかりにくい。だとしても、見ただけでわかることはあった。
みんな、嫌々やっているなんてことはない。誰一人としてである。この仕事に誇りを持ち、平和に繋がることを理解しているからこそ、何処か楽しげに作業を続けていた。
深雪もその一人だ。やりたくてこの仕事をやっているのだから、何も知らない者から、そんなことは穢れるからやめろ、洗脳されてやらされてるんじゃないか、なんて言われたら腹が立ってもおかしくはない。
「そりゃあやってることはうわぁって思えることばかりだよ。深海棲艦の肉片を掴むとか、あたしはちょっと気が引けちゃう。でも、みんなそれを自分からやってんだよ。やれって言われてるわけじゃないんだ。アンタと同じCategoria-Mのシグレですら、今は自分から後始末をやってやるってなってるらしいしね。作業によっては死んだ目してるらしいけどさ」
ケラケラ笑いながら、だとしても核心を突きながら話すグレカーレに、白雲は言葉もない。
作業ばかりに目が行き、そんなことを姉にさせたくないという気持ちが膨れ上がり、嫌悪感ばかりが先立った。深雪がさんざん言ってきたことなのに、それが全く聞き取れていなかった。
理解しようとしていなかったのは、紛れもなく白雲。呪いもあるが、先入観もある。愛する姉の言うことであっても、それを聞き入れないくらいに。
「今回は規模が大きいみたいだから、まだまだ見どころがあるよ。大物もあるみたいだし、それをみんなで力を合わせて引き揚げたりするらしくて。あたしはそういうところ見ると、人間って捨てたもんじゃないなとは思えるけどね」
「……」
「あ、そうそう、あたしもちょっと前までは人間なんて
自分の経緯を併せてアドバイスを送るグレカーレに、白雲はやはり言葉もなかった。呪いと憎しみが、頭の中で葛藤している。
すぐに結論を出すことは出来ないだろう。だが、ついさっきよりは明確にいい方向に向かっているのは確かだ。この答えは、白雲にしか出すことが出来ない。
「悪いなグレカーレ、あたしが放棄しちまったばっかりに」
「いいのいいの。割とこうなるんじゃないかなって思ってたからね。来てよかったよ」
白雲には届かないくらいの小声で話す2人。深雪は眠ることなんて出来ず、白雲のことばかり考えていたので、このタイミングでグレカーレが来てくれたのは、本当に助かっていた。
「ミユキにだってわかんないことはあるよ。だって、ミユキってば
「……そうだな。白雲と同じ視点に立つことが出来なかったのは、あたしの落ち度だ」
「落ち度かどうかはさておき、知らないことはわかんないよ。そういう時は
見た目は子供でも、グレカーレだって第二世代。30年選手である。深雪よりも経験が豊富なのだから、寄り添い方が変わってくるのだ。
「じゃあ、今度お礼に」
「絞めないぞ」
「ぶー、ケチー」
「ケチじゃねぇよ」
だが、グレカーレに深い感謝を持った。何かしらのお礼はした方がいいかもとは思いつつ、今は身体を休めることにした。
こういう時は、深雪よりも長く生きている者に頼ることが大事。知らないことは知っている者に任せるのも才能。