後始末屋の特異点   作:緋寺

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反省

 白雲との一件の後、深雪は本格的に眠りについた。傷は薬湯で完治しており、風呂によって身体の疲労も取れてはいたが、精神的な疲労は相当なモノ。グレカーレがちゃんと見ておくからと、2つの意味で任されてくれたお陰で、グッスリと眠れる。

 それくらい、今のグレカーレは信用が出来た。元々問題児と言われていたグレカーレだが、根は頭のキレるやり手。狡賢いこともあるし、欲望のままに動くことも多いが、本当にやってはいけないことはやらないし、こういう時も手を出さない。それだけでも信用に値する。

 

 その間、白雲はじっと後始末の現場を見続けていた。穢らわしいと一蹴したその作業を、違う視点から見るために。見ていたのは作業の内容ではなく、作業をしていたうみどり所属の人間達。

 グレカーレの言っていた通り、誰も嫌な顔なんてしていない。楽しんでいるかと言われればそれはまた違い、平和への道を拓くために真剣な表情で仕事をこなしている。

 

「ミユキが寝てるからあえて聞くんだけどさ、どうよ感想は」

 

 深雪が眠るベッドに腰掛けて、脚をぷらぷらさせながら、グレカーレが何気なく白雲に聞いた。返事をするかはわからないが、とりあえずということで。

 白雲はグレカーレの声が聞こえているのかいないのか、反応を一切せずに窓の外を見続けていた。じっと、全体を見るように。

 

「少なくとも、真剣に見ていられるくらいには凄い仕事でしょ」

 

 返事が無くともグレカーレは語り続ける。白雲は反応せずに真剣に外を見続ける。

 

 白雲が何を考えて眺めているのか、グレカーレが知る由もない。表情は硬いし、何かがあって一喜一憂するわけでもない。ただ眺めているだけと言ってしまえばそれまでである。

 だが、後始末を見ても何も変わらないということは、少なくともその行動に対して穢らわしいという真正面の否定はしなくなっていることになる。

 

 深雪は白雲に、人間のことを見てから文句を言えと何度も何度も口を酸っぱくして言ってきた。白雲は人間への憎しみのせいで、愛する姉からそこまで言われても実行することすらなかった。

 だが、本当に痛い目を見たことによって考え方を変えた。深雪に見捨てられるという崖っぷちに立ったことで、今までの考え方は間違っていたのではないかと、ようやく気付くことが出来た。そこにグレカーレからちょっとしたアドバイスを貰えたことで、素直にそれを実行することが出来た。

 

「汚れ仕事にしか見えないけどさ、世界ってのは誰かがそういうのをやってるから上手いこと回ってるんだよ。あたしもちゃんと気付けたのはここ最近だけどね。長いこと生きてんのに」

 

 グレカーレは笑みを絶やすことなく、一方的に話し続ける。後始末屋のことをこれでもかと持ち上げるのは、グレカーレ自身の本心。ここに少しの間滞在したことで、心の底から芽生えている気持ちである。

 

 人間に裏切られ、姉を失い、それが原因で問題児となり、人間のこともクソッタレだと思っていたというくらいに拗らせていたが、このうみどりで生活することでその考えを改めている。

 きっかけは深雪と電、より深く刺さったのは神風。ここから人間のことが改めて信用出来るようになり、問題児の中でトップクラスにうみどりで穏やかに生活出来ていた。

 白雲はまだ始まったばかりなのだから、自分のようにはならずに済むぞと、歳上からの忠告というカタチでいろいろと話していた。自ら堕ち、そして長い年月を経て戻ってきたグレカーレだからこそ、白雲にはその説明が出来る。深雪には不可能な芸当。

 

「ミユキはそういう()()()()()の仕事に誇りを持ってんだよ。世界の平和を守るために、別に目立つ必要なんてないからね。それは全然汚くないでしょ。身体は汚れるかもしれないけど、()()()()()()()()

 

 外を見ている内に、少しずつ綺麗になっていく海。残骸まみれで黒ずんだ海を、艦娘達が力を合わせて本来の色に戻していくその姿は、心を切り替えて見ていると、とんでもなく地道で大変だが、清掃部隊というよりは勇者の進軍のようにも見える。

 バラバラに行動しているわけでもなく、全員がうまく噛み合うことで、迅速かつ丁寧な仕事を可能としていた。うみどりの面々だからこそ、ここまで綺麗に出来ていると言っても過言ではない。

 この仕事に誇りを持つのも、白雲にはわかる気がした。戦いではない戦いというものがあると理解した。

 

 いないとこの世界が成立しない、この世で絶対的に必要な立ち位置。姉はそこに立っている。いわば、この世界を正しい道に乗せるための仕事。誇りを持って当然。

 それを侮辱した自分の愚かさに、今初めて気付いた。穢らわしいと吐き捨てて、愛する姉にそんなことはやめてほしいと訴えた。だが、それはただ誇りを傷付ける行為。

 

「……白雲は、お姉様を傷付けてしまったのですね」

 

 冷静になればすぐにわかること。人間への恨み、世界へ憎しみを一度横に置いて考えれば、聡明な白雲なら気付ける。

 

「そうだねぇ。例えるなら、アンタの前で深雪のことボロクソに貶すのと同じだよ」

「……っ、白雲は、何という事を……」

 

 白雲にとって、深雪は誇り。深雪のことを馬鹿にされたら、間違いなく白雲は怒りに身を任せる。最初から理性が失われて本能が第一であるため、一切の躊躇なく攻撃をするだろう。

 

 これまでの白雲は、このうみどりが深雪をいいように利用しているようにも見えていた。だからこそ、こんな穢らわしいことはやめてほしいと訴えてしまった。

 真実を知れば、それが最大の侮辱であることが理解出来る。深雪がさんざん、うみどりの面々をよく見てから言えと言っていたことが、嫌というほどわかった。

 

「白雲は……どう償えばよろしいのでしょうか……」

「そんなの簡単なことでしょ。あたしが言わないとわからない?」

「……いえ、そんなことはございません。白雲のせねばならぬことは、白雲自身が理解しております」

 

 ならそれでいいとグレカーレはより強い笑顔を見せて、ベッドから飛び降りた。こうなったらもう、自分の手助けはいらないなと部屋から出ようとする。だが、白雲はそれを呼び止める。

 

「あ、あの、グレカーレ様……」

「様とかはいらないけど、なぁに?」

「……ありがとう、存じます。白雲は一生理解出来なかったことを知ることが出来ました」

 

 深くお辞儀をする白雲に、手をヒラヒラさせながら笑顔を向けた。

 

「わかったんなら、あとはカタチにするだけだよ。まぁでも最後にあたしからの忠告」

「はい、何でしょうか」

「ここの人間だけは信じても良いと思うよ。だから、深雪だけじゃなくみんなと仲良くなれるようにね。その方が、ミユキも喜ぶと思うから」

 

 それだけ言って、グレカーレは部屋から出ていった。白雲は、ずっと頭を下げたままだった。

 

 

 

 

 それからしばらくして、深雪は目を覚ます。メンタル的に回復したとは言いにくいものの、少しは落ち着けたと言える。

 まだ後始末は終わっているわけがなく、残骸集めも中盤に差し掛かったかというくらい。海の4割ほどが綺麗になったかという程度。

 

「お目覚めになられましたか、深雪お姉様」

 

 眠る前から変わらない位置で、ずっと後始末を眺めていた白雲が、目を覚ました深雪に声をかけた。その声色は、少しだけ恐れが混じりつつも、何か決意したような、そんなイメージ。

 

「……ずっと後始末を見ていたのか」

「はい。お姉様と、グレカーレ様から勧められましたので」

「感想は?」

 

 この答えで進退が決まると言っても過言ではないだろう。先程は穢らわしいと吐き捨てたそれに対して、白雲が何と答えるのか。

 本能のままに生きている深海棲艦と化したことにより、今の白雲は嘘がつけない。故に、質問をしたら、必ず本心を答える。

 

「……穢らわしいだなんて述べてしまった事を撤回します。白雲は、無知であることをいいことに、有る事無い事好きに言い過ぎました」

 

 眠っている間に考えが変わっている。深雪にとっては少しの驚き。そして、グレカーレとの対話が非常に効果的だったことがわかり、顔には出さないが喜んでいる。

 

「世界を裏側から立て直すための誇りある仕事。白雲にとっての深雪お姉様という存在と同じように、深雪お姉様にはこの後始末という仕事が誇り高いことだったのですね。白雲はそれを何も知らずに侮辱してしまいました……」

 

 そう言うと、姿勢を直してベッドに座っている深雪の前に立ち、その場で膝をつく。

 

「どうか、どうかお許しくださいませ。白雲は無知故に深雪お姉様の誇りを傷付けてしまいました。白雲に出来ることはこれくらい。誠意と見做されなくても構いません。深雪お姉様の心を傷付けた報いを、どうか」

 

 そして、そのまま土下座をすることで謝罪の意を見せた。白雲は本心から自身の非を認めて謝罪している。それがありありとわかる行為に、逆に深雪が焦る番。

 

「わかってくれりゃあそれでいいんだ。だから頭を上げてくれ。土下座なんてするな。あたしはそこまで望んじゃいねぇよ」

「ですが、白雲の気が済みません。尊き深雪お姉様の高潔な精神を、愚かな白雲は無知を盾に踏み躙ってしまったのですから。このまま白雲の頭を踏み躙っていただいても構いません。むしろ、そうしていただかなくては、白雲の罪は消えません」

「アホか。あたしがそんなことするわけねぇだろ」

 

 さっさと頭を上げろと言うのだが、白雲は姿勢を変えない。むしろ、そのまま震えている程である。おそらく、顔を伏せたまま涙を流していると思われた。ほんの少し、鼻を啜るような音も聞こえたから。

 深雪は小さく溜息をつきながら頭を掻き、ベッドから降りて白雲の前に腰掛ける。そしてそのまま肩を持ち、強引に土下座を終わらせた。

 白雲の顔は、思っていた通り泣き顔でぐしゃぐしゃ。深雪にそんな顔は見せられないとすぐに目を逸らすものの、肩をぐっと掴んでいることでそれにも限界がある。

 

「お前はまだ生まれたばかりだし、そもそも知らないことだらけだろ。痛い目を見るかもしれねぇけど、ゆっくり知ってきゃいいんだよ。あたしだってそうだったんだからな」

 

 先程見せた嫌悪感のある目ではなく、また妹に気を遣う優しい姉の目に戻っていた。その目で見つめられたことで、白雲は今の自分の行ないが間違っていないと確信しつつ、湧き上がる愛情に心が燃えていくような感覚も得ていた。

 先程とは違う涙が流れ、気持ちが抑えきれなくなる程に昂揚する。ドクンドクンと心臓が鼓動を速め、本能が暴走しようとしている。抑え込まないといけないのではと思いつつも、愛を伝えることに何の抵抗もない。そのため、白雲の瞳は深海棲艦特有の輝き方を見せるようになる。

 

「お姉様……白雲はお姉様のお近くで、学ばせていただきたいと願います。人間はまだ嫌いですし、下等生物にしか見えないという本心は隠せないと思います。ですが、お姉様に止めていただければ、少しずつでも変われると、確信しております。ですので、白雲にどうか、この世界を、正しき在り方をお教えくださいますよう、お願い申し上げ奉ります」

「当たり前だ。お前が願わなくても教えてやるよ。今のままだと生きづらいだろ。せっかくなら、楽しく生きようぜ。なんかやらかしたら、その都度教えてやるから」

「はい、はい、ありがとう存じます」

 

 深雪が落ち着かせるために頭をポンと撫でてやった。その瞬間、白雲の感情が爆発したか、大きく震えて深雪に抱きついた。温もりが欲しいという気持ちも強く、深雪の熱を感じていたいという気持ちが暴走していた。

 

「あっぶね! 白雲、お前今角生えてるんだからな!? 刺さる刺さる!」

「あ、あぁあ、も、申し訳ございません、感極まってしまい、お姉様のことも考えずについ……」

「まずはその身体との付き合い方も覚えないとな。流石に角なんて共感出来ねぇから、何か教えることも出来ねぇよ」

 

 深雪は苦笑しつつ、頭をより一層撫でてやった。気持ちよさそうにそれを受け入れる白雲だったが、その度に角が腹を掠めて危ないことになっていた。

 

 

 

 

 仲違いはこれ以上起きず、二人の関係は悪化することはない。白雲が前途多難なのは仕方ないこと。ゆっくりとこの社会に慣れていけばいい。




「ところでお姉様、グレカーレ様はお姉様にわからせられたと仰っていましたが、どのようなことを? 是非とも白雲にもそれをしていただきたく存じます。白雲はお姉様の心を傷付けた罪人、その悪性をわからせられる必要があるかと。詳しくは聞いておりませんので、実際にこの白雲の身体を使って教えていただきたく存じます。尊大なるお姉様のすること、グレカーレ様も何かしでかしたのでしょうが、それを反省する程の何かなのでしょう。罪を罪と理解させていただける絶好の機会。是非とも、是非ともこの白雲に教えていただきたく」
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