セレスと話をした後、白雲が話すことが出来そうな純粋種となると、カテゴリーBになる。グレカーレとはもう話をしているため、出来ることならスキャンプか夕立を見つけたいところ。
後始末中であることを考えると、スキャンプはおそらく工廠。まず必要無いとは思うが、スキャンプは仮とはいえ現状唯一うみどり内に残っている救護班の1人だ。後始末をしている最中に突如戦闘が始まり、誰かしらが傷付いてしまった時に動く必要があるため、常に待機しておくように酒匂辺りから頼まれている。酒匂にお願いされたことでスキャンプはしぶしぶ受け入れることにしているのではないかと、この流れが深雪には何となく読めた。
夕立のいそうな場所は、思いつく限り三箇所。執務室で伊豆提督にオモチャ──ルービックキューブと知恵の輪は制覇したようなので、何か他のものがあれば──を貸してもらって遊んでいる。後始末を見学したり手伝いをしているかはわからないが、工廠にいる。後始末にも興味を持たず、与えられた自室で昼寝の真っ最中。この3択。
こうなると、2人に会える確率が高いのは工廠となり、次の目的地が決まる。ただ、工廠となれば顔を合わせる者が一気に増えるため、事前に覚悟が必要になることが多い。
「白雲、ぶっちゃけてくれて構わない。うみどりの中で誰に一番
少々心無い質問かもしれないと思いつつも、ここからの行動に必要不可欠であるため、あえて聞いた。
「……ここの長を務める人間は、出来ることならば避けたいと思う所存でございます。どうしても、どうしても想像するだけでも本能的に憎しみが増すような感覚を持ってしまうのです」
「そうか、なら仕方ねぇよ。ハルカちゃんにはゆっくり慣れていってもらいたい」
伊豆提督に対して苦手意識を持ってしまっている白雲。それに関しては、艦娘と違って
艦娘の姿をしている人間、カテゴリーCに対しても、白雲は嫌悪感がかなり強い。人間
だが、伊豆提督はどう見てもただの人間であり、艦娘を指揮する
その上、白雲は
それはちゃんと知れば払拭出来る感情。だが、それを知ろうとするには、白雲にはまだハードルが高い。理解する前に本能がそれを拒む。
「本能的にダメなんだろうな。でも、人間は捨てたもんじゃねぇんだ。純粋種のグレカーレやセレスがそう言ってたろ」
「……ですが……」
「まぁ焦る必要もないわな。とはいえ、ストレスは溜まっちまうだろうから、そこはうまいこと考えていかねぇと」
白雲とて、嫌悪感が先立ったとしても、深雪にもうあんな表情をさせるわけには行かないと自重する力が芽生えている。
本能のままに動くにしても、人間への嫌悪感よりも上回る本能として、深雪に対する愛が生まれていた。そのおかげで、ある程度は仲間として相応しい感情も持った状態となっている。深雪からの説教と、グレカーレによる説明があったからこそ、今は安定していると言えよう。
「顔を合わせやすいのは、やっぱ純粋種だと思うんだよ。グレカーレ相手には嫌な感じしなかったみたいだし」
「……そう、ですね。グレカーレ様には、嫌悪感はありませんでした。やはり人間では無いからでしょう。先程のセレス様も同じく」
「なら、やっぱ次はスキャンプか夕立が妥当……だ、なー……」
話しながら歩いているうちに、正面から人影。後始末をしている間にうみどりの艦内を歩ける者など限られており、食堂から工廠に向かう最短経路を進むならば、さらに顔を合わせそうな者は限られてくる。
カテゴリーY、平瀬と手小野。今から全員分の夕食を用意するため、セレスと共に作業をしようと食堂に向かっているところと鉢合わせすることになった。桜は休息中の潜水艦達と過ごしているため、ここにはいない。
カテゴリーYは深海棲艦の外見は持っていても、中身は人間。白雲の嫌悪対象と言える。
「セレスがそろそろ夕食の準備するっつってたもんな。そりゃあ顔も合わせるか。白雲、あの人達も犠牲者だ。お前と同じ、な」
言ってしまえば、ここにいるカテゴリーYも白雲と同じような被害者。本人の意思とは関係なく、勝手に素材にされて深海棲艦の身体に変えられ、外に出られないことをいいことに労働力として使われていた。出来損ないと違い人間としての意思を残したままの適合者であるため、何かしらに利用しようとしていたのは間違いなく、いつその命を奪われるかもわからなかったような存在。
白雲にとっては、元々人間であるという嫌悪感が上回りかけたが、自分と同じで救われなかった者ということも理解出来たことで、嫌悪感と共に同情も生まれる。
「……お疲れ様です……夕食は……少し時間がかかりますので」
「か、簡単で、量が多い方が、後始末の時は、好まれるから、ね」
深雪達の姿が見えたことで、小さく微笑みつつ説明する平瀬と手小野。そんな2人に対して、白雲は複雑な表情をしていた。どう感情を表していいかわからず、声を荒げることもせず、じっと2人を見ることしか出来ない。
それが睨みつけているようにも見えたか、平瀬と手小野は少し怖がりつつも、白雲の境遇については聞いているので、少しだけでも歩み寄ろうとした。
「……私達を同類としてみるのは、難しいかもしれませんが……貴女の辛さは……多少はわかるつもりです」
「そ、そう、本当の姿じゃなくされるのは、やっぱり、辛い」
白雲は何を知った口をと言いそうになったものの、深雪はそれを前以て防ぐため、先に手を打つ。
「この人達は、お前よりも遥かに長い年月この姿で生活してる。言っちまえば、深海棲艦の姿に変えられた大先輩だ。先輩には敬意を払えよ」
深雪に言われたならば、押し黙るしかない。ぐっと喉を鳴らした後、下等な生物を見る目ではなく、単純な疑問を持った目で2人を見つめる。
「……貴女方は、どれほど長い年月をその姿で」
割と不躾な質問ではあったため、深雪はおいおいと止めようとするものの、平瀬も手小野と大丈夫と笑みを絶やさず、説明を始める。
「……私は……かれこれ30年ほど」
「さ、30年……!?」
「私、は、まだ短い方。20年もない、かな」
「20年……」
生まれてまだ間もないと言える白雲には考えられない年月を、本来の姿ではなく変えられた姿で生活していると聞いて、白雲は驚きを隠せなかった。驚愕しながらも、何故そこまでされてもここにいられるのだと疑問ばかりが湧いてくる。
「……私は……意気地無しでしたから」
「意気地無し、ですか」
「この姿を悔いて……自ら命を絶つことも出来ず……いいわいいわで元凶の組織で働いていたんです。脱走は出来ましたが……それまでの犠牲者を見て見ぬふりをしていたようなものですから……」
「し、死にたくない、一心で、毎日を過ごしてきた、ようなものだからね。戦うなんて、出来ないから」
死ぬのが怖いのは当たり前のこと。人間は艦娘以上にそう考えてもおかしいことではない。だから、それが問題のあることであっても、恐怖から従ってしまうことだって納得は出来た。
変えられる恐怖は白雲は特にわかる。泣き叫んでも救われなかった経験があるのだから、平瀬や手小野の持つ恐怖は、嫌というほど理解出来る。故に、元は人間であっても、これには同情出来てしまった。
「……復讐、したいとは思わないのですか」
自分の感情にはそれも含まれている。人間に対する怒りと憎しみに、身体を変えられたことに対するモノも上乗せされ、復讐心だって芽生えていた。
「思わない、と、言えば、嘘になる」
「ですが……それ以上に……私達は穏やかに暮らしたいんです」
それが心からの望み。白雲にはそれが嘘には思えなかった。誰に対しても悪意を振り撒かない、身体を変えられて辛く苦しいという気持ちがあっても、それによって八つ当たりするわけでもなく、そこから離れていたい。ただそれだけ。
そんな人間に対して、怒りも憎しみも湧くわけがなかった。ただただ同情し、可哀想だとしか思えなかった。
人間には2種類いるのだと考える。する側と、される側。平瀬と手小野はされる側……いわゆる、食い物にされて、利用されて、報われない者。
「貴女方は、白雲の知る人間とは違うようですね」
「……そう、なんでしょうか。人間は人間ですから……貴女に憎しみを向けられる理由があっても、おかしくはないかなとは思いますよ……」
「わ、私達は、その組織に加担していた、過去があるわけ、だから、ね」
あくまでも謙虚。こういったところも、白雲には斬新というか、知らない人間の姿である。
深雪がちゃんと見てから言えと言った理由が、また一つわかった。人間にもいろいろいる。少なくとも、この平瀬と手小野には怒りも憎しみも湧かない。同じように身体を書き換えられた仲間……と言えるかはわからないが、自分と同類であるとは思えるようになっていた。
「……勉強になりました。ありがとう存じます」
「お礼を言われるようなことは……ありませんよ。でも……人間にはいろいろいるのだと知っていただければ……」
「だ、誰もが、艦娘を利用するとか、考えてるわけじゃない。同じ生き物なんだから、ただ、一緒に生きていきたいと、考えてる人間も、いる。ここには、そういう人間しか、いないから」
白雲に知ってもらいたいのは特にそこ。人間にもいろいろいるということ。深雪にだって許せない人間はいる。だが、それは本当にごく僅か、一握りだけなのだ。
少なくともこれで、白雲には憎めない人間が2人出来た。知ることで、また一歩前進出来た。深雪の言っていた通り。
「そ、それじゃあ、夕食、作ってくるから」
「……工廠に持っていきますので……欲しかったら取りに来てください……。食堂でも大丈夫です……」
「ああ、ありがとな。また食べに行かせてもらうよ」
これで平瀬と手小野と別れる。白雲はその後ろ姿を目で追うくらいしか出来なかったが、やはり今ここで得たカルチャーショックは大きかった。
「な、元々人間だった人達だけど、憎めないだろ」
「……はい、あの方達を憎むのは、間違っていると、白雲の本能が囁いています」
「そいつはよかった。その気持ち、大切にしとけよ。ここから顔を合わせる奴ら、みんな同じようなのばっかりだから。ここにいる人間は全員、憎んじゃいけない人達ばっかりだからな」
半信半疑ではあるが、あながち間違っていなそうであると、白雲の心の中に芽生える。そう思うと、ほんの少しだけ心が軽くなったようにも思えた。
うみどりに馴染むことが出来るのはまだ先かもしれないが、ここで間違いを犯すことは無くなるのは、割とすぐだろう。
元人間であっても境遇が近い平瀬と手小野。今はまだ桜とは顔を合わせていませんが、あのスキャンプですら桜を見たことで元凶に対しての怒りを持ったのですから、白雲が同じようにならないわけがない。