深雪と白雲がうみどりを回っていく内に、後始末は一旦休憩時間に。夕食が工廠に運ばれて、それを各々が好きなように食べていく。さながら立食パーティーなのだが、洗浄に行くわけにもいかないため、全身を包むインナーも脱げず、マスクも軽く下ろして上手いこと食べていくことになっていた。
そのため、夕食は全てがフォークで刺せるようなものばかり。炭水化物として出されているおにぎりも、一口サイズと徹底されていた。
この少ない時間の休憩でも、各々が楽しんで心身を休めている。その中でも特に目立つのは、
「ドウ? 上手ク握レテイルンジャナイカシラ」
「ああ、食べやすい握り具合だ。ちょうどいい」
今回のおにぎりはセレスが握ったようで、長門に褒められたことで嬉しそうにドヤ顔を決めていた。
こういうところを見ると、本当に深海棲艦に見えない。振る舞うことも忘れない辺り、徹底的に食を極めようとしている。自分にも他人にも美味しいと思える食べ物を求めて、日夜努力していた。
「専属の料理人の道をいい具合に歩けているじゃないか」
「エエ、マズハソコヨネ。ハルカカラ技術ヲ学ンデイカナクチャ」
「その意気だ。彼の技術は、君の欲を満たすためには重要だろうからな」
やはり拾ってきた張本人であるためか、長門とセレスは仲がいい。セレスは戦闘なんてやりたいとも思っていないが、うみどりではたった2人の戦艦でもあるため、そういう方向でも相性がいいようだ。基本は料理や食べることに専念しているセレスだが、夜などの自由時間では2人で雑談などを楽しんでいる模様。
「コノ2人ノオカゲデモアルノヨ」
「ああ、2人ともありがとう。セレスが喜んでいるのなら、私も嬉しい。感謝しているよ」
「い、いえ……私達は教えられることを教えているだけですから……」
「そ、そう、料理も、簡単なモノ、ばかり」
セレスとしては、平瀬と手小野にも感謝をしているらしい。手が空いた時、料理をよく教えてくれるのはこの2人である。それは伊豆提督の作るそれとは違う味であり、ベクトルの違う美味しさを持っている。
セレスにとっては、あらゆる味を知りたいため、教えてくれる者は全員感謝する相手になる。そういうところも深海棲艦とは思えない。
「わ、私が出来るのは、お弁当のおかずとか、だから」
「少ナイ材料デ、冷メテモ美味シイ料理トイウノハ、私ノ中デハ新境地ナノ」
「少しは料理は出来ますが……時短料理とか……」
「手早ク作レル料理デ、味ヲ追求スルノハ面白イ試ミヨネ」
セレスのポジティブさは凄まじい。初めて食べるモノは全てが知識に繋がると、貪欲にその調理法を求めて聞き出すし実践する。平瀬も手小野も、ここまでのめり込んでいることが驚きであった。
また、別の場所でも交流は進んでいる。これもまた今の鎮守府では見られない存在。人間に愛想を尽かした純粋な艦娘、カテゴリーB。
「今日も何事も無くて良かったね。スキャンプちゃん、結局暇にさせちゃってゴメンね?」
「……別に構わねぇよ。誰も怪我人がいなかったってことだろ。アンタはそれが嬉しいんだろ」
「だね。後始末も危ないといえば危ないからね。安全に全部やれるのが一番だよ」
スキャンプは酒匂に話しかけられると、ほんの少しだけ笑みを浮かべて答える。基本的には捻くれた言葉ではあるが、よく聞けば酒匂の言っていることを肯定するモノしかない。これで好意を持っていないと言ったら嘘になるほどに。
「暇そうにしてるところに、深雪ちゃん達が来てたから、世間話をしてたのね」
「あ、そうだったんだ。じゃあ、みんなとどんどん仲良くなってるんだね。スキャンプちゃんも馴染んできてくれて、酒匂は嬉しいよ」
「……そうかい」
睦月が会話に加わっても調子が変わらないところを見ると、やはり酒匂との空気に安心感を覚えているようである。
やはり、うみどりの空気はスキャンプの荒んだ心も少しずつ癒しているようだった。最初はこうやって誰かと話すことも拒んでいるような雰囲気を見せていたが、今では割と普通にうみどりの面々と話も出来ていた。
そもそも救護班見習いのような立ち位置に置かれたところで、スキャンプなら反発してサボるなり文句を言ったりする。だが、そんなこともせず素直に従っている時点で、柔らかくなったと言えるだろう。
「
「ふふ、そうだね。でも、うみどりのみんなは信用出来るでしょ?」
「……どうだか。ま、アンタはまだマシな方だとは思うぜ」
そんなスキャンプの物言いに、酒匂はニッコリ、睦月はニヤニヤである。
「……人間と……手を取り合っているのですね」
そんな光景を遠目に見ながら、白雲はボソリと呟く。先程まで話をしていた面々が、各々人間──カテゴリーCと仲良くしている姿が、白雲にはまだ不思議で仕方ない。
これまでここにいる純粋種と話をしてきたが、誰もが人間のことを自分のように憎んでいる者がいなかった。元々は憎んでいたかもしれないが、ここで改善された者もいる。それが今の白雲にはまだ理解が出来ない。
「ここの良さがわかるだろ。種族なんて関係ない。みんな仲良く出来るんだよ。勿論、お前もな」
白雲の感情が揺さぶられていることがわかると、深雪も嬉しく思う。
カテゴリーMの呪いがあり、その上で深海棲艦化までしてしまっていることで、その中身は直しようがないくらいに壊れてしまっているかもしれない。だとしても、うみどりの仲間達は、そんな白雲を笑顔で受け入れる。
どれだけ悪態をついても、優しく寄り添う。それは一部同情もあるかもしれないが、基本的には全て、仲間として認識して。
「……白雲は、どうしても人間が好きになれません。この身体をこのように変え、叫んでも叫んでも、誰も助けてくれなかった。世界すら呪いました」
白雲の本音を初めて聞く。今まで、白雲の人間嫌いに対して深く踏み込みはしなかったが、ここで白雲から話してくれるとなれば、深雪は少々強めに聞くことにした。
「話したくなけりゃ話さなくていい。白雲、お前どうしてこんなことになったんだ」
白雲は表情を曇らせる。当時のことを思い出したか、手も震えていた。そのため、深雪は震えを抑えるためにその手を握る。
すると、白雲は少し気持ちが落ち着いたのか、ポツリポツリと語り出した。
「……お姉様は、この世界にどう生まれ落ちたのでしょう」
「あたしは、海の上に浮かんでいたところをここで拾われたらしい。目が覚めた時には、ここで寝かされてたからな。だから、多分安全な場所かどうかはわからねぇけど、他のドロップ艦と同じだとは思う」
「白雲も似たようなものです。ですが……ですが、状況が違いました。何もないところではなく……
これは初耳の情報である。うみどりで航行するときは、その作業の内容もあり、島の近くを通るようなことはしない。入港も決められた場所、例えば保前提督の軍港都市以外には、基本立ち寄らないというのがルールとされていたりする。緊急性がある時はその限りではないが、ルールを守って行動している。
そのため、海に点在する島などの情報はあまりよく知らない。それこそ、調査隊などの情報が無ければわからないレベル。
そんな話をしだした辺りで、まだあまり話せていない純粋種、電と時雨もやってくる。2人とも白雲には興味を持っており、特に時雨は同じカテゴリーMであるため、白雲のこれまでのことは非常に気になっていたようである。
白雲は2人には嫌悪感を持っていないため、近くに来られても嫌な顔はしなかった。時雨には同類という親近感もある。
「電もぼんやりなのですが、海の上で生まれているのです」
「僕もだね。僕の場合は後始末の現場だったけど」
「そういう意味では、白雲は少し特殊な生まれなのかもしれないな」
島の近くということは、人間社会に近い場所で呪いを持って生まれたということ。カテゴリーMがそんなところで生まれた場合、その怒りと憎しみに駆られ、すぐさま陸に攻撃することだって考える。
白雲もその例に漏れず、人間への憎しみを我慢することなく、近場の島を滅ぼそうと行動に出たらしい。
カテゴリーMの思考を言葉にされると、悲しく思ってしまう。電はこれを聞くだけでも泣きそうな顔をするほどである。
「しかし……白雲はそこで
「島でか?」
「はい。そこに所属する艦娘なのかどうかは見当がつきませんが、正直
その島自体がおかしいというのがよくわかる。カテゴリーMを始末するのでは無く捕らえるという手段で対処している時点で、普通の鎮守府ではない。しかも、出てきたのが艦娘なのかもわからないとなると、余計に謎が残る。
「そこで……白雲は今の姿にされました」
「……改造されたって感じか」
「はい……。白雲に処置を施したのは、
捕らえた者と、改造をしたのは別。つまり、組織的な犯行。
そこで白雲は何度も泣き叫んだが誰も聞く耳を持たず、抵抗も出来ずに身体を改造されて今に至るということだろう。
「その島じゃなく、あの場所にはたまたま流れ着いたのか?」
「いえ、あそこまで運ばれたのです。ゴミと共に不要になった白雲を棄てたのでしょう」
「いや、多分そうじゃない。そいつらが僕達の始末しなくちゃいけない元凶だったとしたら、君の命もその場で搾り尽くしているよ。わざわざ改造なんてせずに、艦娘の命っていう材料にしか見ていないはずだ」
時雨はその島の組織というのを出洲の一味であると睨んでいるようだ。深雪も電も同じ考え。そもそも艦娘を深海棲艦に改造するなんてことが出来るのは、そういう連中くらいしか思い浮かばない。こんなタイミングで、出洲に近い第三軍なんて現れても困る。
「ならば、白雲は何故このようなことを……」
「僕が思ったのは、君は
出洲達は、深雪を始末するために動いていた。特異点という障害がこの世界にいられることが困るようなので、どうにかしてでも消し去りたい。しかし、自分から出ていった際に、発煙装置という予想外の攻撃を受けたことでその場を去った。そこからは、あらゆる手を使って深雪を始末しようと動き出していると考えてもいいだろう。
そのうちの1つとして、白雲を使った。白雲を出せば、深雪が動かない理由がない。姉妹艦であることをいいことに、有利に進めようと考えたと考えるのが妥当。救おうとして返り討ちに遭えば御の字。そうでなくても、ステルスの潜水艦の攻撃から白雲を守るために身を挺して死ねばさらに良し。
しかし、あちらにも想定外なことはいくつもあるようで、それが伊203の存在。ステルスであろうとお構いなしに見つけ出し、直接手を下して全滅させている。
伊203がいなければ、出洲の目論見はほぼ完遂されていただろう。白雲と接しているだけでも消耗し続けるのだから、深雪はどういうカタチであれ命を落としていた可能性が高い。雷撃による爆死か、冷気による凍死か。
「都合よく出てきてしまったことで、いいように使われた。これが一番わかりやすいだろう。気に入らないが、奴らはそういうことをすると思うからね」
「……許せない。この白雲をお姉様を始末するための
「人間全部じゃないことくらいは、もうわかってるよな?」
深雪に念を押され、白雲は小さく頷く。ここにいる人間達は、何かが違う。それは嫌というほど理解した。今目の前で繰り広げられている光景が、まさにその結果。
「あたしだってそんな人間が気に入らねぇよ。お前じゃあないけど、命を杜撰に扱うような人間は、始末されても悲しくも何ともねぇ。でもな、ここの人間は違う。あたし達を助けてくれるんだから、助けなくちゃいけねぇよ」
「……お姉様がそう仰るのなら」
「今はそれでいいけど、最後は自分の意思で選ぶことになるぜ。きっとな」
しかし、これで次の目標は決まったようなもの。白雲を捕らえ、改造を施したという島。ここに出洲がいるのかもしれないのだから、調査する必要はある。
今までは後始末屋として交流を進めてきましたが、次はその島の調査が始まります。白雲から得られたヒントで、何処まで追い詰められるか。