うみどりの面々は、簡単な夕食を終えて後始末の続きへと繰り出した。作業はまだ終わらず、日を跨ぐことになるのは確定しているため、数人はストレッチを軽く行ない、身体の疲れを緩和してから向かった。
深雪は白雲のためというのもあり、今日は後始末には参加しない方向に落ち着いた。心身共に休むことが必要ではあるため、今回はいい機会であるとも言える。
とはいえ、後始末が終わるまでは眠るつもりもない。スキャンプと同じように、何かあった時のために待機という心構えでいる。
「夕立、お前は今からどうすんだ?」
夕食ということで、桜の面倒を見ている潜水艦の2人以外は工廠に集まっている。夕立やグレカーレも例に漏れることはない。
夕立は結局、深雪達が工廠でいろいろと話している間、与えられた自室で何も考えず寝ていたらしい。スキャンプが話していた通り、後始末には本当に興味が無いらしく、相変わらず自由気ままにうみどりで生活していた。
「んー、いっぱい寝たから眠くなくなったから、ここでのんびりみんなのお仕事を見学しよっかなって思うっぽい。深雪達はここで待機するっぽい?」
「どうだろうな。白雲、お前はどうしたい」
話を振られたことで、白雲は少し考える。しかし、答えはなかなか出てこない。
本能のままで動く深海棲艦化した白雲だが、自分の行動を理性的に選択することはどうも苦手のようで、次の行動をすぐに判断出来なかった。
これは、艦娘的な思考と深海棲艦的な本能が混在する弊害。艦娘としてならば、その場で臨機応変に自分の意思を出せる。深海棲艦としてなら本能的に選択するまでもなくやりたいことをやる。今の白雲は、うみどりの面々を見てきたことで、どっちつかずの状態になってしまっていた。
「……お姉様にお任せいたします」
結局最後は思考を放棄して、深雪に次の行動を任せる。これまでは深雪に先導され、それに従ってきたことで、やらねばならない交流などが全て出来てきたのだ。これ以降も、深雪についていけば間違いない。そう思って、次の行動も深雪に任せることにした。
「本当にいいんだな?」
「えっ、は、はい。白雲はお姉様の行動には間違いはないと信じております故」
ふーんと深雪は目を細める。少し悪いことを考えているような表情だが、白雲はそれに気付けない。
「じゃあ、執務室行くか。ハルカちゃんも改めて話をしなくちゃいけなくなったからな」
ハルカちゃん、つまり人間とまた顔を合わせろと言い出したことで、白雲の表情が引き攣った。深雪の選択に任せると言ったものの、
「な、何故その選択肢なのでしょうか……」
なるべく表情を変えずに、しかし感情がバレバレな態度で深雪に問う。そんな白雲を見ると、そりゃお前と切り返した。
「さっき、生まれた時に島で捕まって改造されたっつってただろ。そのこと、ハルカちゃんに報告する必要があると思うんだが」
「そ、そうかも、しませんが……」
「何度も話させるのは可哀想だし、あたしが説明する。ただ、間違いがあったら困るから、お前にも近くにいてほしい。何せお前は被害者だ。あたしは体験したこともない」
知らないことを又聞きで説明するのだから、それは何処か間違っている可能性がある。白雲にはそれを隣でサポートしてもらいたい。
しかし、白雲は人間と顔を合わせるというのが嫌である。カテゴリーCは艦娘の姿であるためまだ話せる可能性があるものの、それでもまだ嫌悪感が拭えない。それなのに、それを飛び越えて純粋な人間は流石にまだ無理。いくら深雪がそうしたいと言っても、激しい嫌悪感で徐々に顔を顰めていく。
「いつかは説明しなくちゃいけないんだけどな。あたし達はお前をそんな姿に変えた奴らをどうにかするために動いてんだ。まぁ実際に動くのはあたし達じゃなくて別の部隊なんだけどな」
白雲が捕らえられたという島については、絶対に調査が必要になる。それをするのは後始末屋ではなく、それを専門にした部隊である調査隊。つまりおおわしである。
それを調査してもらうためには、白雲が持っている情報を全て話してもらわなければならない。後始末屋が動かないでいられるようにするためには、それが必須事項。
「お前は嫌かもしれないが、あたし達が先に進むためには、お前の情報が必要なんだ。直接話したくないなら、あたしが全部聞く。覚えていることを全部教えてくれ。そしたら、それをあたしがハルカちゃんに伝える」
「……白雲の存在そのものが、お姉様の次の行動に活かされるということですか」
「ああ。正直なところ、これまで全く情報が無かったからな。藁をも縋る思いだぜ」
一度軍港都市で戦ってから、刺客は来ているが音沙汰が無くなってしまっている出洲一派。軍港都市の施設を制圧し、その後に何処を拠点にしているかが全くわからないのだから、ほんの少しでもそこに繋がる情報があるのなら、それをまず完璧に調査したいところである。
ただでさえ島がそうなっていると言うのならば、警戒に警戒を重ねて向かわなければならない。それが無人島なのか、それ自体が大きな村や街になっているのかもわからない。白雲の情報は、今唯一の手がかりだ。
「あいつらは絶対に野放しにしてちゃいけねぇ。だから、なるべく早くどうにかしないといけないんだ」
「……お姉様が追っているその者達は一体、どのような……」
「先にその辺りも説明しておいた方がいいな。夕立はある程度知ってるんだっけか」
「ぽい。夕立はあいつらに殺されかけてるっぽい」
ここにいる者の中では唯一、直接的な被害を受けているのが夕立だ。今でこそピンピンしているが、当時は命を搾られて瀕死の状態だったという。
「じゃあ、夕立からも白雲に教えてあげるっぽい。あいつらの最悪なところ」
「ああ、その後のことは、あたしが教える。今の世界の現状……っつーか、あたし達が巻き込まれている元凶の事件について、ある程度知ってくれ」
白雲は生まれてからドタバタしていて、うみどりが巻き込まれている出洲一派との戦いについてを伝えることが出来ていない。人間嫌いになっている理由だって、白雲は正しく知らないと言える。
ならば、まずは知るべき。知識が無ければ正しい判断は出来やしない。知らない者にただ言うだけなのもよろしくない。
まだ後始末は終わらないのだから、話す時間は沢山ある。だから、ここからまずしっかり話をすることにした。
今の戦いを知る深雪、そして第二次の時の人間の行ないに詳しい夕立から話を聞くこととなり、白雲は現状を知ることになる。話を聞けば聞くほど嫌悪感を露わにし、人間への憎しみが増しているかのようにも思えた。だが、逆にそれをどうにかしようとしているうみどりの面々に対しては、どちらかといえば嫌悪感は薄れている。
同じ人間なのだから同罪だという考えは少なからずある。過去の人間の罪を今の人間が償うことも当然なのではという考えだって無くなりはしない。人間が信用出来ない存在という気持ちは据え置きのまま。
だが、見ず知らずの人間の罪を自分の罪のように思いながら、世界の平和のために行動しているうみどりの誠意は評価するに値する。
「……よく、わかりました。全ての元凶は、その出洲という者。夕立様もその仲間に命を奪われかけ、今はお姉様が邪魔者とされて狙われている、と」
「ぽい。あいつらは艦娘の命を好き勝手使うクズっぽい」
「しかもそれを、世界の平和のためにっつってるからな。狂ってるとしか思えねぇよ。こちらを攻撃してくる理由がそれってだけでも腹が立つ」
「女の子の格好してるとか変態っぽい。しかもほとんど素っ裸とか正気じゃないっぽい」
夕立も知らない情報が出てきているため、出洲の現在に対して気持ち悪いと言い切った。
「悪いのはそいつらだけだ。他の人間は悪くない。白雲、それは理解してくれ」
「夕立もそれはわかってるっぽい。ここの人間達はいい人。夕立のこと、絶対裏切らないっぽい。だから白雲も、ここの人達くらいは信じても大丈夫っぽいよ」
どちらかといえば本能に忠実に動きすぎる傾向の夕立が、うみどりの人間達は信用出来ると言い切った。問題児と言われていた夕立がここまでの考えに至っているのは、神風からの
うみどりの面々と、何かしらの遊びを楽しんだことで、戦う以外の楽しさを知ることを知ることが出来た。伊豆提督から貰ったルービックキューブや知恵の輪の他にも、妙高や三隈とテーブルゲームに勤しんだり、カードゲームを楽しんだりと、生活に潤いを得ることが出来ている。
「……だとしても、白雲の中にあるこの憎しみは……」
「それを全部捨てろとは言わない。でもな、その方向を見定めることは必要だ。あの時雨だって、最初は酷いもんだったんだぜ?」
その話は夕立も聞きたがったため、ここにはいないが出会った直後の時雨のことも話しておいた。
今でも捻くれているところは捻くれているものの、呪いによる憎しみを出洲だけに向けるという荒っぽい手段を使って、うみどりには随分と馴染んでいる。
だが、最初は深雪の言う通り酷いモノだった。自分で喧嘩を売っておいて反撃したら人間が悪いと言い出すマッチポンプや、とにかく蔑むような態度など、今の時雨に指摘したら恥ずかしがって拳が出てくるのではないかと思えるほどの黒歴史である。
白雲も今そこに足を踏み入れているんだぞと言われたことで、現状を把握して顔を赤らめた。だが、今でもこうなっているのは人間のせいだという気持ちが拭えない辺り、やはり簡単には治りそうにないようである。
「時雨は大分荒療治だったとは思う。あいつは出洲の野郎を直に見てるから、呪いを出洲一本に絞ることが出来てんだ。白雲は同じ手段が使えねぇ」
「夕立はその変態見てみたい」
「あたしはもう見たくねぇよ。決着つけるためにはあと1回は見ることになるだろうけどよ」
出洲の野望を打ち砕くためには、おそらくまた戦うことになるだろう。あちらが深雪を狙っているのは間違いないのだから、今までの刺客だけでなく、また本人が現れることもあるだろう。
それこそ、白雲が捕らえられたという島について調査している内に、出洲本人との戦いもあり得るのだ。うみどりがそこに近付くことが無くても、あちらからやってくる可能性は非常に高い。
「白雲、そんな奴をぶちのめすためには、お前の持ってる情報が必要不可欠なんだ。だから、話がしたい。出来ることなら、ハルカちゃんも交えてだ」
「夕立もそれがいいと思うっぽい。あの連中をぶっ潰すなら早い方がいいっぽいよ。ここの提督さん、そういうことすっごく親身になって手伝ってくれるから、白雲も覚悟を決めて面と向かって話すっぽい」
これだけ言われても、白雲は決断が出来ない。何せ、一度かなり傲慢な啖呵を切っているくらいなのだ。伊豆提督が悪い人間ではないとわかっていても、それはそれで話しにくい。まだ信用出来ていないのならば尚更だ。
「……それでお姉様は救われるのですか」
「あたしが救われるというよりは、この世界が平和に近付く。あいつらの歪んだ平和じゃない、
深雪がニッと笑みを浮かべる。その表情にときめきつつも、白雲はまだ決断が出来ずにいた。
「ま、時間はまだある。後始末が終わってから、丸一日はここにいることになるからな。それくらいまでには決めようぜ。あたしは話してほしいとは思うけど、無理なら無理で仕方ねぇ」
「提督さんと顔を合わせたくないなら、紙袋を被って話せばいいっぽい」
「本当に最悪はそれでもいいとは思うけど、多分白雲は見るだけじゃなくて声を聞くのも嫌がるぞ」
「ぽっ……じゃあ八方塞がりっぽい」
場を和まそうとする2人の気持ちを察したか、白雲はその場で決意した。
「……行きましょう。お姉様は仰いました。見てから言えと。今の心持ちであの人間を見て、話せるようならば話します。ですが……白雲は自分を抑えられません」
「大丈夫だ。あたしがついてる」
「夕立も便乗するっぽい。なんか変なことしたら、後ろからガツッとぽいぽいぽーいしてあげる」
物騒なことを言っているものの、ストッパーがいるのなら話すことも不可能では無い。
ならばと、白雲は覚悟を決めた。
「参りましょう。白雲の持つモノが、お姉様の力になれるというのなら」
もう一度、ハルカちゃんと対面する覚悟を決めた白雲。でも、また暴言は吐きそうです。2回目だから深雪達も相応と対処をするでしょうが、果たして。