白雲の境遇には、今後の出洲との戦いのためにも必要な情報が数多く含まれていたため、出来ることなら伊豆提督にも話してほしいというのが深雪の願いである。
しかし、白雲は人間に対しての憎しみがかなり強く、伊豆提督であってもそれは変わらない。初対面で強めの啖呵を切ってしまっているのもあり、顔が合わせづらいというのもある。
だが、深雪の思いを聞いた白雲は覚悟を決めた。伊豆提督にあってやろうじゃないかと。
呪いによる憎しみはまだまだ払拭出来ていないが、深雪のためならばと、心を決めた。
「今は執務室で雑務をやってるはずだ。後始末作業を見守りながら、あたし達が作業しやすいように、裏から手を回してくれている。踏ん反り返ってるわけじゃあないからな」
「……はい、ここの者達は、そういう人間では無い……のですよね」
「そうだ。実際に見ればわかるからな」
工廠を後にして、深雪と白雲、そして夕立まで含めた3人で執務室へと向かう。こういった情報の提供は早いに越したことはないし、一度決断した後に時間が経つとどうしても躊躇いが再燃してしまう。故に、決めた瞬間に動き出した。逃げられないように、深雪は白雲の手まで握って。
「大体はあたしが話す。だから、間違っているところがあったら、横槍を入れてくれ。ハルカちゃんには、正確な情報を渡したい。それに、お前しか知らないこともあるだろうから、その時にはお前自身の口から話してくれ」
「……かしこまりました。ただ……」
「何かあったら止めてやる。それに、夕立もついてきてくれてるからな」
「ぽい! ダメなことやりそうだったら実力行使っぽい!」
夕立は本気でやりかねない。それこそ、白雲が失言、もしくは最悪手が出るようなことがあったら、いち早く夕立が動いてゲンコツが飛んでくる可能性が見えた。
そして、夕立は見ているだけでも分かる通り、
その夕立が余計なことを言いそうだしやりそうなので、そこは深雪が容赦なく行くつもりである。時雨も引っ叩いてきているのだから、夕立にも同じように出来る。
「我慢は……するつもりです。なるべく、ですが」
「そのためのあたし達だ。それに、あたしの願いを叶えるために、ハルカちゃんに会うって決めてくれたんだろ。だったら、あたしは全力でお前をサポートするさ」
まだ今の状態になって1日どころか半日くらいしか経っていないのに、最初に啖呵を切った時からいい方向に完全に変わっているなんてことはあり得ない。顔を見れば高圧的な態度をとってしまいかねないし、口を開けば暴言しか出ないかもしれない。
自分を抑えられる気はしない。だが、深雪のためにも出来る限り我慢する。それが白雲の覚悟であり、ほんの少しの成長。
「んじゃあ、よろしく頼むぜ、白雲」
執務室の扉の前まで辿り着いた3人。白雲は生唾を呑むが、深雪はその手を離さず、扉をノックした。
執務室に招き入れられた3人だが、白雲はどうしても表情が硬い。伊豆提督を睨み付けるような視線は変えることが出来なかったが、余計な口を利くことは無かった。
イリスは機関部に出向いているらしく、今はここにはいない。そのため、伊豆提督のみと対面することに。
「お茶でも出しましょうか。紅茶でよかったかしら?」
「ありがとな、ハルカちゃん。それで大丈夫なはず。白雲、いいよな?」
「……は、い」
悪態を呑み込んだ返事。おそらく、人間の淹れた茶などと言いそうになったのだろうが、そもそも夕食もカテゴリーYとはいえ元人間が作ったモノ。それを食べておいて、人間が目の前で淹れたお茶には文句を言うというのは、あまりにもナンセンス。
そのため、白雲はここで本能的に反発するのではなく、ギリギリで耐えることが出来た。
「それで、改まって話って?」
「ああ、白雲がさ、ここに来るまでのことを話してくれたんだ。だから、それをハルカちゃんに伝えておかなくちゃって思って」
「そうなのね……それは是非とも聞かせてもらいたいわ。可能なら、アタシ達がしっかり調査して、解決に踏み出すわ。第二第三の白雲ちゃんが今も生まれているかもしれないんだもの」
次の被害者が生まれないためにと、伊豆提督は親身になって聞こうと姿勢を正した。
その態度は、白雲にとっては好感触ではある。深雪経由であっても、自分の境遇を聞くために真剣になってくれているというのは、相手がどういう存在であっても悪い気分では無い。
とはいえ、そんな気持ちとは裏腹に呪いによる憎しみは増幅する一方。目の前の人間への苛立ちはどうしても湧き上がり、余計な口を出してしまいかねない。
「白雲ちゃん、我慢しなくていいわ。そっちの方がストレスになっちゃうでしょう。アタシは何を言われても気にしないから、好きに話してちょうだいね」
そんな白雲の内面を察してか、何を言ってくれても構わないと先に許可を出していた。自由に出来ないことの方が苦しいというのはわかっており、怒りであっても発散しないと身体に悪いのだからと説明する。
「……いい心掛けですね、人間。ですが、今は深雪お姉様のお話を心して聞きなさい。白雲が話すべきかもしれませんが、貴様に話すと余計なことを言ってしまいかねないので」
「そう、わかったわ。でも、何かあったらすぐに言ってちょうだいね。お茶だけでなくお茶菓子もあるから、摘みながら心を落ち着けて話しましょ」
そのお茶菓子に早速手をつけているのは夕立だったのには苦笑していたが、深雪がじゃあ話すぞと空気を変えたことで、執務室は真剣な雰囲気に包まれる。夕立も食べる手を一旦止めた。
このうみどりの今後をも左右する大きい情報。遊び感覚で話すようなことでもなく、笑い話にすら出来ない白雲の不幸のこと。真剣になるのは当然のこと。
そこから、先程深雪が白雲に話してもらったことをそのまま伝えることとなる。
生まれた直後に見てた島を攻撃するために動き出した白雲。それを返り討ちに出来る程の戦力を持っていたその島は、白雲を始末するのではなく捕縛し、今の身体に改造してしまった。
それほどの戦力と技術力を持っている島となれば、それはほぼ間違いなく出洲が関与していると考えていい。その上、白雲を後始末の現場に放置するという所業までやっているのだから、完全に意図的。深雪を狙っての行動としか思えない。
少し前に時雨が憶測として語ったところに、伊豆提督も辿り着いている。たまたま白雲がそこで生まれたから、深雪に揺さぶりをかけようとして、深海棲艦に改造して罠を仕掛けた。そう考えるのが妥当。後始末現場ならうみどりが必ず来るし、妹の姿が見えれば深雪は必ず出る。そして、妹を始末するなんてことは絶対にしない。
深雪の心を利用し、
「本当に不運だったのね……生きているだけマシなのか、
生かされて利用されたのは不幸と言える。しかし、そうされたからこそ生き延び、深雪に救われ、新たな自由を手に入れることが出来た。始まりはどん底だったが、今は言うほど不幸ではなくなっている。特に、深雪と共にこうやっていられることは、何物にも変えられない幸せにもなっている。
それを伊豆提督に言われ、勿論だと言わんばかりの表情を見せつつと、あえて何も言わない白雲。今の生活は間違いなく苦ではない。神経を使うことは多いが、深雪と共にいられるならば、その前よりも格段に落ち着ける。
「問題は、その島になるわね。白雲ちゃんが何処でそんな目に遭ったか。少なくとも、アタシ達の活動範囲内だと思うのだけれど、そういうことが出来る島なんて聞いたことが無いわ」
管轄している海域の情報は大体入ってくるのが後始末屋だ。後始末の現場に向かうにしても、その航路で別の戦いが繰り広げられているのならば避けて通らねばならないし、範囲が広いならば、そこを担当している鎮守府全てに許可を取らなければならないしで、とにかく顔が広い。
今回のような島のことであっても、基本は漏れなく連絡が来ているはずだ。管轄している海域の鎮守府とは全て連絡が取り合える状況下にあるのだから、例外があればすぐに報告されるはず。
「そもそも白雲ちゃんを捕縛したっていう謎の戦力よね」
「ああ、白雲が言うには、
「……はい。今の白雲にはとんと見当がつきませぬ。覚えているのは手も足も出なかったという事実のみ。悔しいですが、戦いにすらなっていなかったのでは無いかと」
生まれたばかりとはいえ、カテゴリーMであれば相応の力を持っている即戦力だ。しっかりと鍛錬を積んでいるからこそ、それを対処出来る。心苦しいながらも撃破することだって、練度が高ければ可能だ。
だが、何の報告も受けていない何処かの島が、そんなものを持っているというのは信じられないことでもある。長く
「白雲、さっきは聞き忘れてたんだけどさ」
「はい、なんでしょう」
「その島って、どの辺にあるんだ?」
島でそうされたと聞いてはいるが、その島が何処にあるかは全くわからない。ここまで運ばれてきたのならば、少しだけでも位置関係がわかるかもしれないと、深雪が聞く。
本来なら伊豆提督が聞こうと思ったことではあるのだが、人間から聞かれても素直に答えるかはわからないだろう。それに気付くことが出来た深雪がいち早く行動に出た。
「……申し訳ございません。実は、
「わからない? 何かされたのか?」
「いえ……白雲はここに運ばれる時、艦に乗せられたのです」
周囲が見えない艦の中で、暴れようにも暴れられないくらいに拘束されて、ここまで運ばれてきたと白雲は語る。
その艦はうみどりほど大きくは無いのだが、それなりに人間もいたという。その全てが見た目作業員のように見えたようで、逆に妖精さんのような存在は見えなかったとも。
言ってしまえば、人間が運用するタンカーや漁船のような雰囲気だったと、白雲は考えていた。その時には理性がなく本能のままに恨み辛みを撒き散らしていたので、細かくは確認していなかったようだが、今思い出す限りではそう思えると。
「……もしかして、後始末を邪魔する海賊船を使った……?」
伊豆提督はそこに目をつける。今、後始末屋としての問題は、片付けるはずの深海棲艦の残骸を持ち逃げされること。それを行なっている海賊船が何処かにいると考えている。白雲は、それに積み込まれてここまで運ばれ、不要になったために放置されたのではないか。
「だとしたら、その島に海賊船があってもおかしくないよな」
「ええ、でもそれが問題になってないということは、偽装が完璧ということよね。それこそ、トシちゃんの軍港の時みたいに」
軍港都市の施設を長年隠し続けていただけあり、何処で同じことをするにしても偽装は完璧と言えよう。あれだけ見つからなかったのが、他の島でも行なわれているというのなら、余計に見つからない。
「艦が港に停泊していたのは覚えております。それに運び込まれたので……」
「そうなのか。その島に連れて行かれたときのことは覚えてるのか?」
「いえ、全く……。捕縛された時は気を失っておりました故。艦であることを知ったのは、出される時なのです。なので、白雲がどのように運び込まれたかは、見当がつかず……。処置をされたのも、狭く暗い室内で、また気を失い、気付いた時には港で運び込まれている始末……」
白雲自身は、途切れ途切れの記憶しかないらしい。カテゴリーMとして交戦した記憶、何処かわからない施設のような場所で深海棲艦に改造された記憶、そして、港から艦を使って運び出された記憶。
それだけしかないのなら、その島が何処にあるかは流石にわからないだろう。わかることとしたら、その港の風景と、艦の形状くらいか。
「ボスにも聞いてみるっぽい?」
ここで夕立が口を挟んだ。丹陽率いるカテゴリーB達は、潜水艦でずっとこの近海に潜んでいる状態。もしかしたら、何かしら情報を持っているかもしれない。ここ最近はうみどりに付かず離れずの位置を保ちながらの行動ではあるものの、それまでは一応元凶探しを続けていたのだから、違和感のようなモノを感じる施設が無かったか聞いておいても良さそうである。
「ありがとう白雲ちゃん。アタシ達の次の動きが決まったわ。あてもない調査じゃなくなったのは大きいことよ」
「……白雲はお姉様のために事を起こしたに過ぎません。人間はお姉様に感謝しなさい」
最後まで白雲は態度を変えなかったものの、最初に比べると少しは柔らかい。警戒心は薄れていないが、深雪に対して親身に接しているところから、そこまで危うい相手では無いのではとは思えているようであった。
伊豆提督との対話もあり、次の行動は、その島の捜索というカタチで決定した。
うみどりはサポートで、おおわしと丹陽の潜水艦がメインとなるだろうが、間違いなくうみどりも巻き込まれる。警戒を厳として、事に当たって行かねばならない。
まずは島を探すところから。おおわしと潜水艦の連携になりそうですが、その2つは面識がないというなかなかハードな状況。うみどりが仲介役になって進めていくことになりそうですが、果たして。