うみどりの今後の方針が決定したため、この後始末が終わった後は、それに準じて行動する事になる。
今はもう夜も遅くであるため、外部への連絡は翌朝から。まずは大本営、瀬石元帥への報告からになるだろう。前回の報告からさらなる例外、深海棲艦化させられたカテゴリーMである白雲が加わっているのだから、これについては早々に話しておかねばならない。
「白雲ちゃん、アナタがうみどりにいることは、上に報告させてもらうわね。でも、心配しないで。報告したからといって、アナタに害が及ぶとか、そういうことは無いわ。むしろ、余計なことをされないように前以て準備するようなものだから」
先んじて白雲にしっかり説明する伊豆提督。これはこれで誠意の証。白雲には隠し事はしていませんよと伝えているようなもの。
「そうですか。貴方にも立場というものがあるのでしょう。この白雲の存在は、人間にとって喜ばしくないモノでしょうから」
「そんなことはないわ。少なくともアタシとしては大歓迎よ」
嫌でも皮肉が出てしまう白雲だが、伊豆提督はそれすらも呑み込んで笑顔を見せる。
「アナタという存在が現れてしまったことは、とても悲しいこと。でも、こうやってわかりあうことが出来ているのは、平和に向かって歩みを進められている証左にもなるわ」
「貴方にとっての平和とは?」
「戦いがなく、どんな種でも手を取り合える世界よ」
そもそも伊豆提督という存在が1つの成果である。人間と艦娘のハーフというだけでも、平和の象徴と考えてもいいくらいだ。そこに深海棲艦も加わることが出来れば、真の平和と言えるだろう。
今、このうみどりの内部だけは、その真の平和が実現出来ている。全ての種が手を取り合って生きていくことが出来ている。
「アナタはまた他のは違う存在と言われてしまうでしょう。でも、アタシの中では全て等しく尊い命なの。だから、なるべく早く命の奪い合いは終わらせたい」
深海棲艦との命の奪い合いを妥協している時点で、そんな言葉に説得力なんて無いでしょと、自分で皮肉めいたことを言う伊豆提督。
深海棲艦とだって戦争ではなく共存がしたいというのが本音だ。しかし、深海棲艦は本能的に人間に襲いかかる、いわば人里に下りてきた野生動物。野放しにしていたら人間は滅んでしまうし、それこそ野に帰す的な対処をしたとしても、懲りずにまたやってきて堂々巡り。理性を失い本能で動き回る分、余計にタチが悪かったりもする。
ならば、抵抗する力を持たない人間達を守るため、
伊豆提督としては、それだって本来は辛いことだと語る。言葉が交わせるのなら、話し合いで解決したい。それでも違えてしまうとしても、根気強く話をしたい。
しかし、深海棲艦は言葉が使えても会話にならない。故に、今のような戦争になってしまっている。長い年月をかけても、こればっかりはどうにも出来ていない。
「セレスちゃんとは話したかしら」
「……はい。深海棲艦でありながら、食を探求し、侵略をくだらないものと言い切るお方」
「あの子が加わった時ね、アタシは真の平和に進んだんだって、内心大喜びだったわ。例外中の例外だとは思っているけど、そういうことが出来るとわかっただけでも充分すぎた」
セレスは例外中の例外。深海棲艦を大人しくさせて洗浄するなんてことが出来るわけがないのだが、一応の可能性としてこの結果が生まれたことがとても嬉しかったと語る。
「だから、アタシはこれからもそんな平和を目指すわ。世迷言と言われても、アタシはこの道を違えない。みんなで
終始笑顔で、自分の本心を語る伊豆提督に、白雲の心は少しほぐれる。だが、そんな心とは裏腹に、呪いによる憎しみは増幅し、言わなくてもいいことが口から出てくる。
「人間がいる限り不可能でしょう」
バッサリと斬り捨てるように言い放った。人間に対する思いから出た、今の白雲の本心。全ては人間のせいであるという思い込みは簡単には払拭出来ず、そんな言葉がどうしても出てきてしまう。
深雪と夕立がピクリと動くが、伊豆提督は大丈夫とその後の行動を止める。
「そうでしょうね。人間が傲慢だから、平和なんて訪れない。艦娘と深海棲艦、どちらもいなくなったとしても、人間同士で争ってしまうんだもの。平和のために戦うこと自体が、馬鹿馬鹿しく感じてしまうこともあると思うわ。だって、人間が次の争いを生み出してしまうんだから」
白雲の頭の中を言葉にするかのように話す伊豆提督に、よくわかってるじゃないかという感情も、それなのに何故そんな無駄なことをという感情が渦巻く。
「でもね、
一時だとしても、その時は平和なのだ。侵略されるという恐怖から解放されるだけでも、生きていくにあたってのモチベーションが全く違う。
軍港都市などは、この戦時中でも明るく楽しい街になってはいるものの、その裏側に鎮守府があるからそう出来るだけだ。
「人間は反省するべきだと思うけれど、これだけ多いとなると、1人や2人じゃない人数が、自分のことしか考えなくなるわ。自分が一番でないと気が済まない者や、他者を蹴落とさないと自分のカタチを留めておくことも出来ない者もいる。その時点で、平和なんて夢のまた夢かもしれない」
「……ええ、白雲もそう思います」
「でも、夢を見ることは罪じゃないわ。実現しようと努力することだってね。それを誰かに止められる筋合いはない」
力強く話す。うみどりの目指す平和の道に対して、何を言われても止めるつもりはないと断言する。
それが間違ったことであり、それを指摘され、納得が行くモノであれば、考えを改めるつもりだ。だが、少なくとも今は、この世界が賛同してくれている。押し付けていると言っても過言ではないかもしれないが、最低限の正気の保証はしてくれている。ならば、迷うことなく突き進むのみ。
それが、艦娘としての思いも備えた、この世界にいる唯一の純正のハーフ、伊豆遥の思い。
「納得してもらえたかしら。出来れば、うみどりのことを好きになってもらいたいのだけれど」
「善処します。少なくともここには深雪お姉様がいますし、白雲も行くあてがありません。ここに住まわせていただく以上、その長たる
「するわけないじゃないの。アナタももう、うみどりの一員よ」
悪態はどうしても入ってしまうが、少しは素直に伊豆提督のことを認めることが出来たようである。下等な人類という括りから、伊豆提督だけは外に出たと感じる。
一時期の時雨よりも言葉の節々に棘があるが、伊豆提督は気にしていない。むしろ、少し距離が縮まっているため喜ばしいとすら感じる。最終的にはこの棘が無くなれば良し。
「とにかく、明日の朝にはアナタが仲間になったことを報告する。その時に、アナタが拉致されたという島の調査についても話をするわ」
「それが深雪お姉様の望みであれば」
「あたしも先に進むためには必要なことだとは思ってるから、お前のことは上にも知ってもらうぞ。信用出来る人間は他にもいるんだからな」
うみどりに協力してくれている人間は、基本的に信用出来るだろう。朝に連絡が行くという元帥も、顔は見たことが無くても信用出来る存在であることは保証済み。軍港都市の施設制圧に援軍を寄越してくれたこともあるし、そもそもカテゴリーBの潜水艦に支援をしているような人間が、信用出来ないわけがない。
「ただ、問題はその調査についてなのよね……」
ここで伊豆提督は深雪達にもわかるくらいに悩んでいる素振りを見せる。
「島の調査はマークちゃんがやってくれると思うのよ。でも、夕立ちゃんが言うように、丹陽ちゃんにも話を通しておきたいのよね」
調査隊の手腕は、深雪でも理解出来るほどのモノだ。潜水艦の存在に気付いているというのも非常に大きい。それだけの洞察力まであるのだから、その島の調査もそこまで心配はない。
しかし、相手は軍港都市に何十年も潜伏し、その正体を隠し続けることが出来ているほどの猛者だ。島1つと言えど、隠蔽がより完璧になっている可能性は非常に高い。
故に、調査隊とは別口に、海に詳しい者が欲しくなる。そうなると、やはり強いのは長年海の中で潜伏し続け、元凶の行方を追い続けていた潜水艦、カテゴリーBの秘密組織に協力を仰ぐことは有用。
支援を受けながらとはいえ、30年間の潜伏はこの海を把握し尽くすには充分な時間と言えよう。そこに何かしらの違和感があれば、そこを調査するという流れが出来る。
とはいえ、秘密組織はいろいろ拗らせていたとはいえ、30年間元凶が見つけられなかったという覆しようのない事実もある。違和感があれば最初からそこを突いていそうだが、それをしていなかったということは、潜水艦の目も欺いていると考えるのが妥当。もしくは目が節穴だったか。
「1つの組織ではダメでも、2つ組み合わされば上手く行くとは思うの。でも、その2つの組織が心の底から連携が出来るかと言われたら、難しい気がするのよね……」
昼目提督はやる気満々だろう。丹陽相手でも臆すことなく、正面からいつものように協力関係を求める。
しかし、潜水艦側がそれを受け入れられるかと言われたら何とも言えない。
まず純粋な人間であること。拗らせている者しかいない秘密組織に、信頼をようやく得たうみどりならまだしも、タシュケントを追いかけ回した前例があるおおわしが受け入れられるかといわれたら、五分五分よりも低い確率になりそう。
そしてその確率をさらに下げそうなのが、昼目提督の人相である。いい人間であることは間違いないのだが、如何せん、普通にしていても威圧するような雰囲気がどうにも出来ないため、初見だと警戒するか攻撃するかのどちらかだと思われる。
「夕立、お前なら協力する人間がいるって言われて、すぐに許可出来るか?」
「うーん……それって人間だよね。だったら、信用出来るかわかんないから、何とも言えないっぽい。ハルカちゃんはいい人なのはわかってるけど、それ以外には気を許さないっぽい」
「だよなぁ……」
ここにいる夕立がコレなのだ。潜水艦の面々はもっと受け入れられないだろう。
「それに、うみどりにも少し難しいところがあるわ」
「そうなのか? みんな調査隊とは交流あるし大丈夫だと思うんだけど」
「マークちゃんの部下に、
その言葉に、白雲が硬直した。人間が自分の姉妹のカタチを取っていると知った途端、カテゴリーMの呪いが激しく反応する。
「あー……そうか、そうだよな。あたしだって最初はキツかった。今は慣れてるけど、白雲にはもっとしんどいか」
「人間が……姉妹の姿をしているだなんて……」
すぐさま白雲の手を握る深雪。それでどうにか出来るとは思えないが、少しは緩和するために。
「まずはその2つの組織をうまく連携させる手段を考えなくちゃいけないわね。それがないと始まらないわ」
「だな、うん。夕立も協力してくれよ。丹陽達が人間と協力出来るように」
「ぽい」
夕立は割と乗り気である。伊豆提督が信用出来るのだから、そこから紹介される人間も多少は信用出来るだろうと踏んでいるようだった。
次の動きは翌朝から。まずは後始末を終わらせて、うまく動いていけるように考えていく。
おおわしと秘密組織が手を取り合えたら、それこそ真の平和にまた近付けるというもの。