後始末は予想通り日を跨いでも続き、最終的な終了時間は丑三つ時と言えるくらいの時間。月光が照らす海は、薬剤の散布が始まっている。
深雪達は、後始末が終わるまでは眠るつもりはなかった。休息というカタチで作業に不参加ではあったものの、仲間達を置いて終わりを迎えるのは少し違うと考えたからである。
作業を終えた仲間達を工廠で出迎え、労う。これで深雪達も後始末を終えたとなり、気分良く眠ることが出来るというもの。
同じ考えを持っていたか、グレカーレも工廠に来ていた。なんでも、さっきまでは潜水艦達と一緒にいたらしく、桜を寝かしつけたためにこちらに来れたとのこと。他の潜水艦、伊26は、桜から離れられないため、そのまま休むと言っていたらしい。逆に伊203は休息も早いらしく、今では後始末に参加しているとのこと。
「Ciao〜。ミユキ達もお出迎え?」
「ああ、もう後始末もおしまいだろ」
「だねぇ」
深雪と共に工廠に来た白雲の表情を見た途端、グレカーレはニマーッと笑みを浮かべた。
「シラクモ、ちょっとはここの見方変わった?」
深雪が眠っている間に、グレカーレは白雲に1つ忠告をしていた。ここの人間だけは信じても良いと思うと。深雪だけでなくみんなと仲良くなれと。その時は返事をしていなかったが、そんなもの必要ないくらいにグレカーレは白雲の心境の変化を察した。
どのようにうみどりを回ったかは知らない。しかし、周囲に敵意を振り撒いていたようなものだった白雲が、今は多少ではあるが落ち着いている。深雪が隣にいるというのもあるが、それだけではこの表情にはならないと確信した。
だから、あえて煽るような口調で問うた。それに対して深雪はおいおいと苦笑。自分が眠っている間に繰り広げられた会話の内容は知らなくても、グレカーレがわざわざ聞いたくらいなのだから、何かしら助言のようなことをしてくれたのだろう。その前から、白雲の考え方は理解出来ると同調もしていたのを、深雪はその目で見ているのだから。
「……はい、少しだけ、ですが」
「うんうん、それでもいいと思うよ」
白雲の進歩を知り、満足げに頷くグレカーレ。それはどちらかと言えば、手のかかる妹を見るような目をしていた。
後始末を終え、続々と帰ってくる仲間達。ほぼ大規模をこなしたということで、どうしても全員に疲労の色が窺える。この中でもピンピンしているのは神風と途中参加の伊203くらい。
「お疲れさん。今回は参加出来なくてゴメンな」
「大丈夫よ。それに、貴女は後始末以上に大変だったんじゃないかしら」
神風に言われ、深雪はすぐに言い返せなかった。白雲との半日は、決して楽というわけではなかったからだ。だが、それを白雲本人の前で言うわけにもいかず、態度で見せるわけにもいかない。
「あんまり意地悪なこと言うなよ。反応に困る」
「ごめんなさいね。でも、チラッと見ただけでも、ここに来たばかりの時よりもマシな顔になってると思うわ」
「神風がそう言うなら、そうなんだろうな」
グレカーレだけでなく、わかるものには皆、白雲の精神的な進歩が見てわかるようであった。わかりやすいところで言えば、人間に対しての態度がかなり軟化しているのは、ぱっと見でも察することが出来る。
とはいえ、まだ認められない部分は多く、本当に心を許しているのは純粋種のみであることもわかりやすい。こうやって深雪と神風が話している間も、白雲は神風に対しての警戒を解いていないし、どちらかと言えば電や時雨側に身体を傾けているくらいである。
「でも、白雲はここからが大変かもしれないわね。ここで生活していくなら、常に人間に囲まれた空間になるんだもの」
常に周囲を警戒しているというのは、自分でも気付かないくらいにストレスが溜まるもの。平常心で生活していると思っていても、精神的な疲労が蓄積されて、最終的には倒れるなんてこともあり得る。
ただ疲れるだけでなく、うみどりという空間そのものが疲労に繋がるというのなら、ここでの生活そのものが障害になってしまうだろう。
そこから抜け出すには、人間への感情に折り合いをつけ、共に生きていくことに抵抗を感じないようにしなくてはならない。
しかも、それを心の底から。時雨以上に憎しみが深い白雲には、かなり難しいことだろう。多少は気を許したとしても、警戒心は全く失われていないのだから。
「まぁそこは不信感の大先輩である時雨に聞いた方がいいかもしれないわね。あの子、なんだかんだ来た時からしっかり順応出来てたでしょ」
「アイツは何も知らないところから始まったからじゃねぇかな」
「それはあるかもしれないけれど、同じカテゴリーMで呪い持ちではあるんだもの」
時雨と白雲は、カテゴリー的に同じところに属しているが、境遇が違いすぎるというのがあって、参考になるかはわからない。白雲は既に被害を受けているというのが非常に大きいのだ。
「それ以外にも大変なことはあると思うけど」
「確かにな。まず白雲にここでの生活を送ってもらって」
「そこじゃないわ。大変なのは貴女。しかも、すぐにわかるわよ」
そう言われても、深雪はピンと来ない。
「そりゃあ大変なのはわかるけど、すぐにって何かあったか?
「今は夜、洗浄が終わったら、私達はあと寝るだけになるわよね」
「そうだな。夜だし」
ここまで言われてもわからないのかと神風は呆れていた。
「あのベッド、
今の深雪は、悪夢防止のために電と共に夜を過ごしている。お互いに嫌な夢を見ないようにするためには、最も心身共に無防備になる眠る時に、最も信頼出来る相手の温もりがあることが大切とし、添い寝状態で一晩を明かす。
そのおかげで、ここまで悪夢を見なくなっていたし、朝もスッキリ目が覚めるようになっていた。総員起こしまでグッスリ眠り、前日に溜まっていた疲労も綺麗さっぱり。心機一転新しい1日を始めることが出来る。
だが今晩からは、そこに白雲が加わることになるだろう。白雲の特性的に、1人で部屋にいるということが出来ないと考えられるためである。
白雲はあちら側に捕縛されている時、救ってほしいと泣き叫んだ。その経験もあるせいで、
その寂しさは呪いによる憎しみすら超えている感情。それだけはどうしても払拭出来ない。しかし、人間を使って寂しさを振り払おうとすると、今度は憎しみが表に出てきてしまい、温もりどころではない。
「あー……神風が言ってたのは、そういうことだな、うん」
深雪がボヤくのも無理はない。仲間達の洗浄も終わり、あとは寝るだけとなった時にようやく気付く。電と白雲、
「申し訳ございませんお姉様。白雲はどうしても、どうしてもその温もりがなければ休むことが出来ないのです。心休まるのはお姉様の近くにいる時、この手を握ってくれているときだけなのです。電様にもご迷惑をおかけ致しますが、お許しいただけたらと存じます」
深雪は勿論白雲の中で最上位の存在となっているが、電もそれなりに高めになっていた。
出会った直後は警戒心が強かったが、今の心持ちで見ると、深雪にある
「あ、あの、深雪ちゃん、電は自分の部屋にもどりましょうか?」
こういう時の電はとても遠慮がち。白雲に深雪が必要であることは理解しているため、一歩も二歩も引いてしまう。
深雪は、そういうのはダメだと思っている。電も、自信を持って前に出てもらいたい。白雲と争えと言っているわけではないのだが、やりたいことはやりたいと言ってほしい。
だから、深雪はここで電の後ろ向きな意思は突っぱねる。
「いや、電も一緒に寝よう」
「え、でも……」
「狭いってことは、その分くっついてるってことだろ。そしたらいつもよりあったかいってことだ。お互い、それくらいの方が落ち着けるってもんだ」
それに、後始末の後ということで、高確率で悪夢を見てしまう。それを防ぐためには添い寝が一番
深雪の言う通り、1つのベッドで3人寝るのは狭い分、より密着度は高くなる。そうすれば温もりを強く感じることになり、さらに落ち着くことが出来るだろう。
「白雲も電と一緒でもいいって言ってくれてるんだ。なぁ?」
「はい、白雲が後から来た者。それなのに我儘を押し通させていただくのです。電様もお姉様の温もりが無ければ苦しむ者、つまりは白雲の
「迷惑だなんて思ってねぇよ。つーか、あたしだって同じで悪い夢を見ちまうんだ。あったかい方が落ち着けると思うからな。電、あたしからも頼む」
2人がそう言ってくれるならと、電は後ろを向かずに前に歩み出る。
「そ、それでしたら……よろしくお願いするのです」
「ああ、いつも通り、な」
電も笑顔を取り戻したため、心置きなくベッドに入ることが出来た。深雪と白雲はさておき、電はついさっきまで後始末をしてきたのだ。疲れ果てており、横になってしまえばすぐにでも眠れる状態。
配置は非常にわかりやすく、深雪を真ん中に置き、右に電、左に白雲。密着しているものの、川の字を描くようになった。
「……せっま」
思わず口にしてしまうほど。幸いなことに、電は寝相の良い方。深雪は1人で寝ていると寝相があまり良くない方だが、電と添い寝をするようになってからは、無意識に遠慮しているのか、あまり動かなくなっている。それでもベッドの上では動いてしまっているくらいなので、この狭さは少々危険を感じてしまった。寝返り1回でどちらかを落とすレベル。
「ああ……お姉様の温もりを感じます。心が落ち着きます。寂しくない、憎くない、艦娘としての白雲に戻れているかのように思えます」
「そりゃあよかった。裸で寝るっつった時はどうしてやろうかと思ったが」
流石にそれは許さないと、今の白雲はゆったりとした浴衣を着ている。人間の技術がと悪態をつきそうになったが、その着心地の良さに口を噤んだ。
「深雪ちゃん、大丈夫なのです?」
「大丈夫大丈夫。両腕を完全に絞めあげられてる気がしないでもないけど、あったかいからな。寝惚けて極めないでくれよ?」
「そ、そんなことしないのです!」
そんな漫才のようなやりとりを聞き、白雲は少し疑問に思うことを素直に口にした。これぞ深海棲艦化の影響、思ったことを素直に口にする性質。
「お姉様と電様は、
2人同時に噴き出した。
そうして夜は更けていく。白雲も、この時には大分落ち着きを持っていた。