翌朝。後始末が深夜にまで続いているため、遅めの始まり。イリスによる総員起こしもなく、起きた者から自由に食堂に来て自由に朝食を摂るスタイル。夜遅くまで続いた後始末の後は定番の流れ。
深雪達もそれは例外ではなく、特に電はしっかりと作業をしているため、いつもより遅い時間までグッスリになる。
しかし、今回は少々違う理由で目を覚ますことになった。時間としては、いつもなら既に目を覚まして朝の準備をし始めた頃。習慣になっていながら身体が目覚めたかというわけではなく、深雪は鋭い痛みを顔……頬に感じたことで目を覚ました。
「いってぇ……なんだなんだ……」
うっすらと目を開く。すると、その痛みの正体がすぐにわかった。
「……寝てる時はお互い無防備だもんな……」
白雲の角。それがこのタイミングで深雪の頬に突き刺さったようだった。大惨事になるほどに強烈に刺し貫こうとしたわけではないが、よく見たら白雲の角の片方の先端には、うっすらと血のような色がついているのがわかった。元々危ないとは思っていたものの、案の定というイメージ。
眠ってより無意識に本能的に動くようになったら、当然最初以上に密着を求めるだろう。その結果、顔を深雪の二の腕に密着させるほどに近づいている。白雲に生えてしまった角は、握り拳1つ分の長さがあるため、それだけ密着すれば深雪の頬を掠めるのは自明の理だった。
「うお、そこまで深く行ってんのか……?」
傷口があるであろう場所に触れてみようかと思ったものの、両腕共に全く動く気配無し。
それもそのはず、添い寝は非常に綺麗に成功しているからだ。電が抱き締めるように絞めあげてしまっている右腕、白雲が温もりをより強く感じたいがために強く抱きしめてしまっている左腕。どちらも添い寝している相手によって完全に動かなくされていたからである。
「起きてもらうしかないか……おぅい、朝だぞー。起きろ2人とも」
添い寝の弊害を実感しつつ、深雪は2人を起こす。動かない腕を揺すり、朝だぞと耳元で囁くように伝えた。
電はそんな起こし方に慣れているので、ゆっくりと目が開いていく。しかし、白雲は当然ながら初めてのこと。かなり刺激が強かったのか、ビクンと震えて目を見開き、寝惚けているのか眼前にある深雪の腕を見て驚き、ひっと息を呑んだ瞬間に頭が大きく動いた。
頭が動くということは、その分角も動くということ。ただでさえ一度掠めており、深雪の頬を傷付けているそれが、かなりの速さで動いたとなれば、その傷はより深いものになりかねない。それこそ、擦り傷では済まないくらいに。
「あっぶ」
深雪の瞬発力ならば、それを瞬時に判断して避けることは出来た。出来たのだが、左から襲い掛かる角を避けるためにする行動は、頭を右に動かすことになるわけで、そちらにあるのは電の頭。
「ねっ!?」
「ぴっ!?」
回避した先にあった電の頭頂部に思い切り逆側を打ち付けることになってしまい、2人揃って悲鳴をあげる。
それだけで済めば良かったのだが、大きめなダメージを受けたことで電が力んでしまい、抱き締めていた深雪の右腕を強めに極めてしまった。深雪が咄嗟に力を入れなかったら、そのまま筋を持っていかれる程に綺麗に極まっていた。
「ちょっ、いってぇ!?」
「あ、み、深雪ちゃんごめんなさいぃ!?」
すぐに電の腕を離すものの、それによって深雪の顔は左側に流れ、今度は白雲側の危険が深雪に押し寄せる。あまり速く首を動かすと、再び角の餌食になってしまいかねない。
「白雲、首引け!」
「えっ、あっ」
深雪に言われたことで首を素早く引くのだが、それによって角が鋭利な刃となってしまった。その脅威を防ぐため深雪はかなり無理矢理自分の動きを止める。
そのおかげで、角はスレスレのところで止まり、余計な傷がつくことは無かった。
そして、白雲は深雪の傷付いた頬を見て顔面蒼白になり、そのままベッドから飛び上がって床に土下座する。
「お姉様まことに申し訳ございません白雲が何も対策をしていなかったばかりにつかなくてもいい傷がついてしまいましたこの白雲どのような罰でも受けますゆえどうかどうかお許しをまずはこのお姉様を傷付けた愚かな角をへし折ってお姉様に献上いたしますのでお待ちください今すぐこの場でやりますので」
怒涛のように謝罪の言葉を並べ立てながら、土下座しながらも両手で自分の角を握りしめて、この場でへし折る、もしくは引っこ抜こうとした。流石にまずいと深雪も電もその行動を止めようと、手を角から離させる。
「やめろやめろ! それやってお前自身に何が起こるかわからないだろうが!」
「白雲ちゃん止めるのです! 神経繋がってるかもしれないのですから!」
「止めないでくださいお姉様の柔肌に傷をつける愚かな器官など無いに越したことないのです今すぐ排除し」
「いいからそのままでいろっつーの!」
これを止めるのに少し時間がかかってしまう。朝からてんやわんやであり、疲れを取るために睡眠をとったのに、もう疲れが溜まりつつあった。
どうにか白雲を止め、頬についた傷を応急処置してようやく食堂へ。それだけのことをしたために遅くなったかと思いきや、深雪が痛みで目を覚ましたのがそこそこ早かったおかげで、まだ仲間達が全員集まったわけではないようだった。
既に食事中だったのは時雨と夕立。おそらく夕立が早く起き、時雨を無理矢理起こして、お腹が空いたとせがんでここにいる。時雨が眠そうにしているところを見るだけで、そこまで予想が出来た。
「うーっす、おはようさん」
既に疲れている深雪を見て、何が起きたのかを察した時雨は、ニヤニヤが止まらないようである。
「白雲の角にやられたのかい?」
「まぁな……ありゃあ仕方ねぇよ。今度から寝る時はアレだ、角に何か巻くなり何なりしておいた方がいいな。あの竹槍の先っぽにつけるような」
「それは見た目が面白くなりすぎないかい?」
危険を避けるためとはいえ、少々見た目が悪くなる。だからといって、角を強引にへし折るのもどうかと思う。どうせやるなら外科手術で切り落とすしかない。
白雲の身体は一度しっかり調査したほうがいいのかもしれない。現在艤装も隅々まで調査しているようなので、それと同じように深海棲艦化したカテゴリーMという特殊な個体の全貌は知っておいた方が良さそうである。
「白雲、随分と恥ずかしい思いをしたようだね」
ニコニコと笑みを浮かべて時雨が白雲に問う。初めて顔を合わせた時に、人間の社会に触れておけと忠告したカテゴリーMの先輩が言うことは、概ね間違っていなかったと、白雲は嫌というほど理解している。特に伊豆提督と話した時。こんな人間もいるのかと感心したのは間違いない。
まだ全てを信用したわけではないが、少なくとも伊豆提督に対しては敬意を持つに至った。そしてそうなったことで、最初に高圧的に当たったことが恥ずかしく感じる。
「どうだい、うみどりは。僕達には呪いが付き纏うけれど、ここは思ったより悪いところじゃ無いだろう」
「……深雪お姉様がいらっしゃることで五分五分です。まだ全てを信用したわけではありません」
「なら、ある程度は信用しているってことだね。いい傾向じゃないか」
言葉尻を捕らえられたようなものなので、白雲はうっと声を詰まらせる。しかし、即座に否定出来なかったところから、ここにいる人間は少し信用出来ると言っているようなものである。
時雨はわかるわかると経験者としての顔で頷いた。
「真に憎むべきモノを見ることが出来れば、より変わることが出来るよ。二度と見たくないけれど」
時雨の言葉に深雪どころか電も同意。
「Ciao〜、あれ、ミユキその顔どうしたの。白雲の角?」
今度はグレカーレ。深雪の顔の傷はあまりにもわかりやすく、見た瞬間に指摘される上に、その原因も即座に看破される。深雪は気にしないが、白雲はその都度自分が何をやってしまったのかを突きつけられるかのような感覚に陥る。
流石に白雲が不憫に思えてきたため、深雪があんまり触れてやらないでくれとやんわりと伝えた。グレカーレもそれは確かにと苦笑しながら小さく謝る。
問題児組の中で最も柔らかくなったのは間違いなくグレカーレ。拗らせていた人間への不信感も、うみどりでは大きく緩和しており、それこそ第二次の時、姉が存命だった頃の心境に戻っているかのようだった。
「今日は純粋種だけじゃなく、艦娘のみんなと交流していこうな。今の白雲ならもう大丈夫だろ。ハルカちゃんとあれだけ話せたんだ」
「は、はい……善処します」
「それでいい。長門さん達とトレーニングしてもいいし、フーミィ達と泳いでみてもいい。妙高さん達とテーブルゲームってのでもいいぜ。とにかく、ここでやれることをやってみような」
後始末の間に出来た交流とは違う交流をしていく必要がある。カテゴリーMならば特に強く感じてしまうカテゴリーCへの違和感に慣れてもらわなくてはならない。
カテゴリーWである深雪と電には薄かったが、姉妹艦を見た時に激しく発生した違和感。白雲は深海棲艦化したカテゴリーMということもあるせいか、少しでも人間が混じった存在に対しては激しい嫌悪感を持つに至っている。
カテゴリーYに関しては、嫌悪感よりも、自分と同じように深海棲艦に改造された挙句、とても長い時間をその姿で生活している上に、元凶に加担させられていた過去まであるため、人間とはいえどこか同類という感覚を持っている。
だが、カテゴリーCに関してはそういうのが働かない。まだ話に聞いているだけではあるが、自分の姉妹艦の姿をしている人間がいるということを知り、より強い嫌悪と憎悪が湧き上がっている。
「人間もひっどい過去を持って艦娘やってるのがいるんだよ。そういうのは聞いちゃダメだけど、全員そういう風なんだって思っておいた方がいいよ。それに、過去がどうであれ、うみどりで後始末屋やってる人間達は、あたしは間違いなく信用出来ると思うなぁ」
グレカーレがニコニコしながら話しているところを見ると、純粋種であっても信用出来る存在しかいないのだということを否定出来なくなる。
「とはいえ、覚悟は必要かもね。あたしは敵に利用された姉さんを見てるし、それをカミカゼに救ってもらったっていう過去があるから、ここまで言えるってだけだから。ミユキやイナヅマも、初めて元人間の姉妹見た時にすっごい違和感があったんでしょ?」
「ああ、あいつらが悪い奴じゃないことはわかってても、なんつーか
「なのです。白雲ちゃんもきっと、同じ思いをしちゃうと思うのです」
白雪と顔を合わせることがほぼ確定している現状、白雲は間違いなく覚悟が必要。おおわしとの協力も、そこまで時間をかけていられないため、覚悟する時間は思った以上に短い。
今の白雲に必要なのは、精神を落ち着けること。しかし、それが深海棲艦化によって難しい状態にあるので、時間をかけて慣れるしかないのだが、その時間すら与えられない。なかなかハードなのは誰が見ても明らか。
「まぁあたしもここの人間以外は信用出来てないけどね。アレでしょ、調査隊ってタシュケント追いかけ回した荒っぽい声のおじさんがいる組織でしょ?」
「おじさんてお前……あの人ハルカちゃんの後輩だぞ」
「えっ、うそ!? 声だけだとそんな風には聞こえないなぁ」
「顔見たらもっとだ。普通に怖ぇ見た目してっから」
グレカーレは逆に興味が湧いてきたようだが、白雲はそれどころでは無かった。
その裏側では、刻一刻とその時のための準備が進められている。イリスによるモールス信号で、丹陽率いる秘密組織の方へも連絡が渡っていた。
近々、むしろ今からでもいい、顔を合わせておきたい、と。
白雲も少しずつ緩くなってきました。朝からてんやわんや、朝食の現場では純粋種相手とはいえ雑談と、日常的な風景が見られそうです。