午後から丹陽率いる秘密組織との対話が約束されることとなった。そこに向かうのは、当然ながら純粋種。前回も話をしている深雪、電、時雨が筆頭となり、そこにグレカーレもついていくというカタチに決まる。
潜水艦が本来の居場所であるスキャンプと夕立は、参加を辞退。夕立は難しい話を聞いているのが面倒だから。怠惰的ではあるものの、今回は無理して話に参加する必要はない。そもそも夕立は説明する力が酷く少ないため、そこにいてもただ聞くだけになるだろう。スキャンプはあちら側よりもこちら側の方がまだ居心地がマシだということ。大分絆されたなと時雨が揶揄うが、チッと舌打ちをする程度で終わっていた。スキャンプにも自覚があるようだった。
そして、そこに深雪についていくためと白雲が参加表明をしたのだが、白雲の精神状態で潜水艦に向かえるかは疑問視されており、さらにその姿のせいであちら側にもいるカテゴリーB達にも不信感を持たれ、敵視されてしまうのではないかという不安があった。
深雪にしっかりと忠告をされたことで、白雲はついていけるかどうかわからなくなってしまう。考える時間は貰えているが、纏まるかどうかもわからない。
「ひとまず言えることは、だ。潜水艦の連中は、そこまで悪い奴じゃあない。スキャンプが大丈夫なら、全員大丈夫だと思う。でもな、攻撃を受けることは覚悟した方がいい」
深雪からはこう説明されている。元々が人類の平和を守っていた、第二世代の艦娘なのだから、拗らせていても真に悪人であることは無い。ただ、深海棲艦は敵であるという観点が当然だから危険であるということ。
スキャンプ達も、うみどりに来た直後にカテゴリーYを見たことで、即座に攻撃態勢に移ったくらいだ。共に生活が出来ているところを見るまでもなく、その姿が目に入った瞬間でそれなのだ。
白雲が潜水艦に足を踏み入れた途端、間違いなく攻撃を受ける。そもそも入口からまず辿り着くところが工廠なのだ。艤装を装備した艦娘がそこには何人もいるのだから、即座に動き出す者だって確実にいる。
「白雲はそれに対して何もするな。やっていいのは回避だけ。そもそもあたし達は武器を持っていくつもりはないから、白雲もそれに則ってもらうぞ」
「か、かしこまりました。しかしそれではご自分の身を守ることが……」
「必要が無いから武器を持って行かない。それだけだぞ」
武装しないのは信頼の証。こちらは一切攻撃の意思がないという証明。そのため、海上を移動するために基部だけは装備するものの、主砲も魚雷も装備しない。
とはいえ、深雪達は武器無しで問題児を制圧してしまっているので、攻撃しませんと言っても説得力が無かったりするのだが。今回も念のためということで制服の下にはトレーニングウェアを身につけた状態で行く予定。最近はそれがデフォルトになりつつあるが。
「こう言っちゃ悪いが、お前の場合は見た目から攻撃されちまう。そこを説得するのは、あたしじゃなくグレカーレだ。あと使者として来てくれるタシュケントな。あたしはそいつらを信じてるから、武器なんて持たずに行ける」
深雪としては癪ではあるが、白雲の姿はどうしても攻撃をされてしまうモノ。しかし、うみどりと交流出来るのなら、受け入れることが出来ると信じられる。そもそも問題児達が受け入れられるくらいなのだから、慣れてしまえば普通に生活出来るだろう。
「それでも不安なら、ついてくるべきではないな。悪いことは言わない。ここで待っていてくれ」
不安を持つということは、相手を信用していないというところにも繋がる。生まれて間も無く、呪いも振り切ることが出来ていない白雲に、これから向かう潜水艦は、精神的に過酷な場所になりかねない。
純粋種しかいない場所であるため、呪いが湧き上がることは無いはずなのだが、あちらから攻撃を受ける不安があるのならば、呪いではなく本能の方が働く。自分から行くのは我慢出来ても、敵対の意思を見てしまったら反撃してしまうだろう。
「別にあたしはお前を見捨てようとしてるわけじゃない。嫌な思いをするくらいなら、ここで待っていてほしいって言ってるだけだ。嫌な言い方かもしれないが、お前のためを思って言ってる」
「お姉様……」
「とはいえ、一緒に来てほしいって気持ちもあるんだ。ここにいる
来てほしい気持ちと来るのが難しいのではという気持ちがせめぎ合っているのは確かなので、本心は隠さずに伝えた。突き放すわけではなく、白雲のことを思ってのこと。それを理解してもらいたいと。
白雲も、深雪の気持ちは察することが出来た。他の者の言葉では無い、深雪の言葉だからこそ、その心が伝わってくるように感じた。
「……白雲、努力いたします。この半日で、
「無理だけはするなよ。ただでさえ、向こうは潜水艦で生活してるんだ。それもお前のトラウマを刺激してるだろ」
潜水艦と聞いてうっと声を詰まらせる。それがいくら安全なモノであっても、慣れていないためにどうしても恐怖が湧き上がる。話だけでこれなのに、実際に目の前に現れたら錯乱しかねない。
「よし、じゃあ今からは潜水艦に慣れるところからにしようぜ。ニムとフーミィとはあまり話してないだろ」
「……あまりどころか、ここに来てまともに話をさせていただいた方は殆どおりません。それこそ人間が混じっている者など……」
「じゃあいい機会だな。大丈夫、あいつらは間違いなく悪い奴じゃない。それに、フーミィ辺りには礼も言っとけ。あたし達はあいつに救われてるからな」
午前中の予定がこれで決まる。ヒトの姿となった利点を知るために、潜水艦と交流するために、白雲は水泳の訓練へ向かうこととなった。
用意されている水着、白雲も例外なく競泳水着を身につけ、艦内のプールへ。電と時雨もそれに便乗している。電は深雪と一緒にいるため、時雨は白雲の成長を見届けるため。
そこには予想通り、伊26と伊203がいる。そしてもう一人。
「お、桜も遊びに来てたんだな」
伊26に手を引かれながら楽しそうに泳いでいる桜の姿。流石にトレーニングなどではなく、ただ遊びに来ているというところもあって、桜はわかりやすい子供水着。これもイリスが用意したモノらしい。
桜の今の身体は潜水新棲姫。つまり潜水艦であり、艤装さえあれば海中も当たり前のように航行出来る。だが、それは桜が望んで手に入れた力では無いし、艤装は工廠で封印中。むしろ海中は亡くなった姉のことを思い出してしまうため、泳ぐことにすら抵抗があった。
だが、それも徐々に乗り越えることが出来ているようで、今はプールの中に入ることは出来ていた。泳ぐというよりは、浮いているという感じではあるが。
「深いところはあまり行けないけど、こうやって遊ぶのは楽しいことだからね」
桜の保護者役となっている伊26も、桜の成長が嬉しくて仕方ないらしく、こうやって一緒にいられる時は姉代わりになっているかのように可愛がっているようである。
元々孤児院出身、かつ艦娘になった理由がその孤児院の運営のための資金稼ぎというのもあり、子供相手には非常に優しく親身になる性質があるようだ。
しかし、そんな光景であっても、潜水艦にトラウマを持つ白雲にとっては、恐怖の対象になっていた。艤装すらつけていないのに、それが潜水艦であるという認識を持ってしまった時点で、目が泳いでしまっている。
そもそも水着を着た時点で少々ビクビクしていたというのもあった。それほどまでに、潜水艦という存在が心の傷として残ってしまっているのだろう。
「ほら白雲、まずは水の中に入っちまおうぜ」
「え、あ、は、はい……その」
「どうかしたのかい? 大丈夫さ、溺れることもないし、魚雷もない」
深雪だけでなく、時雨も白雲の水泳訓練を後押し。ニコニコ笑顔で深雪と手を引き、プールサイドへと移動させる。
別に水恐怖症とかそういうわけではないのだが、そこに潜水艦がいるということがよろしくなかった。それに勘付いたか、すぐさま動き出したのは伊203。
「慣れるなら早いに越したことはない。ん」
プール内から手招きする伊203。水の中に入っただけで潜水艦への恐怖心が取り除かれるわけではないのだが、こうやって話し、水の中で触れ合うことが出来れば、多少は潜水艦に対して心が開けると考えていた。
流石に後ろから蹴り落とすようなことはしないものの、時雨が少しずつ少しずつプール側に押しているのは、深雪と白雲にもわかっている。深雪がやめれと引っ叩いているが、こういうことで慣れるのも必要だと時雨はニコニコしっぱなし。
「まず最初の勇気だよ白雲。彼女は仲間の潜水艦だ。元人間であっても僕達の敵じゃない。怖がる方が失礼なんじゃないかい?」
言いながらまた少し押す。伊203も手招き。全ての潜水艦が恐怖の対象になってしまっているようだが、せめて味方の潜水艦に対しては恐怖心は失ってもらいたいと文字通り
「白雲、無理なら無理でいいからな。キツイのはわかってんだ」
「なのです。無理したら頭がパンクしてしまうのです」
深雪だけでなく電からも白雲の無理を心配する言葉。白雲にはその言葉も刺さってしまう。
「ここで勇気を出さないと、ずっと前に進めないよ」
それとは逆に無理をしてでも前に進むことを望むのは伊203の言葉。速さを求めている伊203は、恐怖心から前に進むのにも躊躇が無いのかもしれない。
勇気を出さねば、深雪の隣に立つことも出来ない。恐怖を乗り越えねば、そこまで向かうことも出来ない。我慢の前に勇気が必要であることを、白雲は嫌というほど理解した。
「……お姉様、その、手を、握っていただけますか」
「おう」
一切の抵抗なく、深雪は白雲の手を握る。
「……電様、逆の手を」
「なのです」
電も躊躇などない。白雲の手を握る。
「……時雨様、白雲は勇気がありません。なので、
「任せなよ。むしろ今もずっとしてるんだ。抵抗しているのは君だからね。さ、行ってらっしゃい」
これまでとは力加減を変えて、時雨は白雲を思い切り押した。
自ら踏み出せないなら、仲間の力を借りる。白雲にとって、仲間と感じるのはこの3人。同種のカテゴリーである時雨、共に添い寝を経験した電、そして愛すべき姉である深雪。その3人がそこにいれば、無理矢理にでも前に進み出せる。
「うおっ!?」
「はわっ!?」
白雲の勇気の一歩目に持って行かれる深雪と電は、止めることも出来ずに共にプールに落ちた。
深雪と電は既に何度も水泳訓練をしているので、立ち泳ぎも当たり前のように出来る。しかし、白雲は深海棲艦の身体とはいえ初めての水没。潜水艦のように泳げる深海棲艦がいるという話ではあるが、白雲はそれに該当していないようで、泳ぐという行為が出来なかった。
つまり、
「掴まって」
それすらも見越していたようで、すぐに伊203が白雲を支える。泳げるようになったとはいえ、溺れているものを支えられるほど、深雪も電も泳ぎが上手いわけではない。溺れないように浮上出来るようにするのと、相方を救うために泳げるようにしただけ。
「た、助かりました……ありがとう、存じます」
「いい。潜水艦は、こういうことも出来るってこと、知って」
潜水艦は害を為すだけではない。こうやって仲間を救うことも出来る。それを知ることが出来れば、多少は印象が変わる。
少しずつ進歩していけばいい。それだけでも、この世界では生きやすくなる。
時雨はニコニコ笑いながら後ろから押してそう。多分この後なのです!喰らってる。