荒療治ではあったが、深雪と電の温もりを感じていたところに、時雨による
今ではここにいる者達全員の力を借りて、水泳の訓練中。泳ぐということを知れば、いざという時に助かると深雪に熱弁されて、白雲は真剣に取り組んでいた。
「やっぱり身体が深海棲艦だからかなぁ、覚えるのがすっごく早いよね」
「早いのは好き。天性のモノを感じる」
伊26も伊203も絶賛する、白雲の泳ぎの才能。おそらくこれは、深海棲艦化の影響である。
白雲は知らないから泳げなかっただけであり、知ってしまえば潜水艦と同じと言ってしまうと言い過ぎだが、深雪や電以上に泳げる存在となっていた。深海棲艦はその名の通り、深海でも活動出来るという要素もしっかり持っていた。
「万が一あたし達が溺れた時は、白雲に助けてもらえるな」
「なのです。そもそも溺れるようなことがないようにしますけど、足の艤装を壊されたりした時に頼るのです」
「だな。今後無くはないだろうし」
海中にステルスの潜水艦が潜んでいるという事態が発生している以上、不意打ちで海中から襲われる可能性は最初から考えておいた方がいい。それにおいて最悪な状況が、
そうなってしまっても大丈夫なように、うみどりの面々は立ち泳ぎを覚えている。出来ない者は、戦場に出る者ならば誰一人としていない、ここで戦っていくにあたっての必須技能。
しかし、怪我を負ってしまった場合はその限りではない。その時に助けてもらえる者が多ければ多いほど、生存確率は上がる。白雲の水泳技法が高ければ、より迅速に救われるのだ。
「まぁそれよりも」
「穏やかな風景なのです」
2人が笑顔で見ていられるのは、今の白雲。泳ぎの訓練がある程度済んだようなものなので、水の中に慣れ、そして潜水艦という存在に慣れようというのが今の課題なのだが、そこでやっているのが桜との遊び。手を繋いで立ち泳ぎをしているだけなのだが、これだけでも複雑な関係になっている。
片や、元凶に捕獲された挙句、深海棲艦に改造されたカテゴリーM。今でこそ多少は緩和されているとはいえ、呪いも重なって激しく人間を恨んでいる純粋種の艦娘。
片や、経緯は未だ不明だが、同じように元凶に改造されたカテゴリーY。その時の、また施設で行なわれていたことによって恐怖を覚え、失語症となってしまった幼女。
この2人が、今は仲良く手を繋いで遊べているというのが、まるで奇跡のような光景だった。
「桜の存在は拗らせた奴の心を解きほぐしてくれるのかもしれないな」
「なのです。桜ちゃんは……いろいろありますけど、癒しなのです」
白雲が心に余裕が出来てきた時に、あの桜と対面している。泳ぎを教えられている間にその存在が目に入り、子供の被害者がいるということを知った。
その時の白雲は、正直目も当てられないくらいであった。元凶の許されざる行為の中でも、特に残酷と言えるモノがそこにあったのだから、人間への憎しみが激しく沸き立っていた。最も拗らせていた時のスキャンプですら、元人間である桜を見て怒りを覚えたくらいだ。白雲も同じように憤慨していた。
だが、桜が今は元気にうみどりで生活していると聞くと、その怒りは少しずつではあるが収まっている。それが元人間であろうとも、同情というところから怒りの対象にはならない。白雲のなかでは、カテゴリーYは総じて、人間であっても別の種として認識されているようである。
今では、白雲も桜と共に水遊びが出来るようになっている。おそらく人間が絡んでいる相手で最も心が開けていると言えるだろう。伊26や伊203にはまだぎこちないが、桜には純粋種と接するかのように穏やかな表情を見せていた。
「潜水艦で、元人間ってだけでも、白雲にはキツイ要素ばかりなんだけどな。桜にはそういうのを感じさせない魅力みたいなのがあるのかもしれねぇ」
「なのです。子供なのですから、ここからはずっと幸せになっていてほしいのです」
「ああ。その幸せは、あたし達が掴み取らなくちゃいけないな」
そんな姿を見たことで、この戦いを勝利で終わらせるための意欲がより一層増した。元凶たる出洲を討ち倒し、この世界を少しでも正しい道に進めたいと願って。
「その前に僕も幸せになりたいんだけどダメかな」
そんな癒しの空間で、時雨はぐったりとした表情でプールサイドで倒れていた。白雲をプールに押し出した後、深雪と電によって極められ、息も絶え絶えになっていた。
白雲がそれを望んだとはいえ、そのやり方が危ないと言えば危ない行為。救われるとわかっていても、それはそう簡単に流していいモノではなかった。
「お前は白雲で遊びすぎなんだよ。反省しろ反省」
「彼女が望んだことじゃないか。僕は
「その時の顔が完全に玩具にしてた顔なんだよ」
姿は違えど同じカテゴリーMということで、時雨としてもテンションが上がっているのかもしれない。
故に、極めたとしてもそこまで痛みは与えていない。時雨も白雲のことを考えて、望んだことを望んだ通りにやっただけ。それを
ある程度水泳訓練をしたことで、もう昼食の時間となる。今日は朝が早いため、時間が経過するのが早く感じると深雪は白雲に語った。
その頃には桜とも完全に打ち解けており、小さくだが笑顔も見せるようになっていた。
白雲に必要なのも、夕立と同じ
「聞いて聞いて! くまりんこにオセロで勝てたっぽい!」
そんな食堂、真っ先に飛んできた夕立の第一声がこれである。今日も今日とて、心のゆとりのために遊んでいたようだが、ついに三隈にオセロで勝てたのだと大喜びで飛びついてきた。
それをキャッチしたのは時雨。実の姉としての責任をとっているようだが、その勢いに負けそうになって、壁際まで持って行かれた。
「マジかよ、あの人オセロクッソ強いんだぞ」
「いえいえ、三隈は夕立さんと真剣にやって負けました。悔いはありませんわ」
そんな夕立を優しい目で見守っている三隈も食堂で昼食の時間を待っていた。妙高も一緒にいるあたり、今日の夕立の相手をしていたのはこの2人だったらしい。
また、同じ場所にグレカーレもいたため、今日は夕立の面倒を見ていたという感じだろう。グレカーレ自身も、夕立が何をやっているのかは気になっていたようだ。
「彼女は本当に覚えが早いですね。パズルやテーブルゲームくらいだと、ルールをすぐさま覚えてしまいます」
「それもこれも、心にゆとりが出来たからでしょう。これまでは寄り道をする余裕すら無かったと思いますので」
妙高も三隈も、この夕立の覚えの早さには驚きつつも、それが夕立の天性の才能であることはすぐに理解していた。
それなのにこれまでその片鱗すら見せなかったのは、自分が元凶の犠牲になりかけたことで心に余裕がなくなり、強さを追い求めることしかしなくなったから。遊びというわかりやすい癒し要素を手に入れた今、夕立は全盛期と同等か、それ以上になっていると推測される。
そんな三隈が、チラリと白雲の方を見た。桜がキッチンを手伝うために駆けていった後であるため、小さく手を振っていた後。それだけ見ると、本当に心のゆとりが出来たかのように見える。
だが、三隈の視線を感じた瞬間、表情が硬くなる。桜にはその境遇やら何やらを知ったことで心を開くことが出来ているが、他の者にはまだまだ足りない。三隈に関してはまだ殆ど会話すらしていないため、警戒はかなり強め。
「誰にでも、心のゆとりというものは必要です。貴女もゆとりを知ることが出来たのではなくて?」
そんな硬い表情に気付いた三隈は、笑みを浮かべながら席を立ち、白雲に近付いた。警戒心がまだ強い白雲は、それだけで身構えてしまう。そんな白雲の姿に深雪は苦笑してしまうが、この人は凄い人だからと背中を押し、面と向かうようにしてやった。
「警戒するのはわかります。ですが、人……いえ、知性持つ種は、寄り道をするゆとりを持つことで心が穏やかになるのです。1つの方ばかり見ていても、本当に楽しい脇道を見逃してしまいます」
あくまでも穏やかに、どんな視線を受けても自分の調子を崩さないのが三隈。相手が白雲であろうと、一切の躊躇なく真正面から切り込んで、その心に響くように言葉を紡いでいく。
「貴女はまだ、道を見定めることも出来ていない様子。ならば逆に、その道は無数に伸びているのです。最善を掴み取るのは貴女の力。ですが、ゆとりが無ければその道には霞がかかり、一歩も動けなくなってしまうでしょう」
白雲には少し理解が難しい言い方ではあるのだが、何が言いたいのかは何となくわかった。
故に、白雲は言葉を返す。どうしても警戒心が抜けないため、少しだけ強い口調で。
「では、その道とやらはどのように掴み取れと」
「視野を拡げること。それこそが、心のゆとりですわ。このうみどりは狭いかもしれませんが、知見を得るにはうってつけの場所ではないかと思います。この短い時間でも、貴女の考え方に影響を与えたのではなくて?」
間違いなく、たった半日にも満たない時間が影響を与えていた。桜と出会えたことは、人間に対する怒りと憎しみが変化するきっかけにもなっている。
元凶への怒りはより深く、より鋭利に研ぎ澄まされ、桜に対する感情は同情もあるが慈しみが芽生えている。人間かもしれないが、桜は別格と心の奥で定められたようだった。
「貴女はまだ若く、
「気持ちがわかる、とは」
「三隈にも歩き出す勇気を持たねばならない時があった、ということです。雁字搦めに繋がれ、道が見えても進めない、そんな時が」
笑顔で語るが、それ以上は明かさない。三隈はうみどりの中でも屈指の、艦娘になった理由を聞かれたくない者。それらしいことは話すが、真相は絶対に口に出さない。
「幸い、貴女はその鎖が少ない。少し力を入れれば断ち切れる。その力こそ、知見でしょう。いい方向を見定めることが出来ていると思います。しかし、まだ進み出せていない」
意味深な、しかし心を鷲掴みにするような言葉を次々と繰り出す三隈。白雲としても、警戒心は解けないものの、その話を聞いていたくなるような感覚。
「午後からは、あちらに向かわれるのでしたね。そうしたら、また貴女の道が拡がるでしょう。鎖を断ち切り、霞を取り払うことが出来る経験となることを願いましょう。三隈からは、応援することしか出来ません。最後に貴女が、自身に最善の道を選び取ることを望みます」
そんな言葉に、白雲は頷くことしか出来なかった。圧倒され続けていたと言ってもいい。
隣で聞いていた深雪は、三隈は相変わらずだと思いつつも、白雲にいい影響を与えてくれたはずだとも思っていた。
深雪の時もそうだった。それ以外にも何人も、三隈に導かれている。白雲もまた、その1人になるのではと思って、何も口を挟むことは無かった。
桜の存在は、うみどりの中でも屈指の清涼剤となっています。本人の経緯はそれはもう酷いものですが、今を楽しく生きてもらいたいものです。