深雪がこの世界に生まれ落ちる前、この深海棲艦との戦いの成り行きを聞いたことにより、その心は暗く沈んでしまっていた。
ドロップ艦が人類に憎しみを抱いているのは、全て過去の人類がしでかした悪辣極まりない行為のため。協力関係を築いていた艦娘を利用し、私利私欲のために命まで搾り上げ、挙句の果てにはその亡骸を海に棄てるという暴挙までしでかした。
ここまでされたら、恨みを持たない理由が何処にも見当たらない。あれだけの憎しみの目を見せても文句すら言えない。
「過去の人類の罪の……
伊豆提督は確かにそう言った。この部隊、後始末屋の仕事は、海のごみ掃除だけでは無かった。
真の意味での後始末。過去、既にいないような人間のせいで起きている呪いを、遺された者達がどうにかするために尽力する。
「そんなの、理不尽すぎるだろ」
深雪にはこの言葉しか出てこなかった。
聞いている限り、伊豆提督を含め、今を生きる人間達には何の罪もない。なのに、一方的に恨まれて、憎まれて、命の危険にすら晒されて、ただただ後始末をする。
こんなもの、後始末というより
「そうかもしれないけれど、誰かがやらなくちゃいけないことだもの。アタシがそれを受け持っただけよ」
「でも」
「いいのよ。そう言ってくれるだけでも嬉しいわ。深雪ちゃんは優しいのね」
辛さなど見えず、慈しみの強い瞳。伊豆提督が言うように、後始末に関しては、誰かがやらなければ人類が滅ぶ。それが危険なことであっても、避けては通れないことだ。伊豆提督は、その役目を自分から買って出たという。
陸より海を基本として生活し、依頼があればすぐに駆けつけ、ドロップ艦を見つければ説得もし、それでもダメなら涙を堪えて沈める。それでも伊豆提督は、自分で手をかけるわけではないから余計に辛いと話す。
「それに、イリスがいるからこの仕事が出来るのよ。いなかったら、アタシ達は深雪ちゃんだって沈めていたかもしれない。眠っているのなら、起きる前にってね」
途端に恐ろしくなる。ドロップ艦はその全てが敵性艦娘と言ってもいい状態で、深雪だってドロップ艦なのだから、目を覚ます前に命を落としていた可能性は充分にあった。抵抗しないのだから尚のこと。
だが、それはイリスがどうにかしてくれた。それが、カテゴリー。深雪はMでは無かったから保護され、今このように生きている。それは、イリスにしかわからないことだという。
そのイリスだが、伊豆提督に振られて優雅に飲んでいたお茶を置く。ここからは自分が話す番かと姿勢を正して。
「ハルカに聞いたかもしれないけれど、貴女のカテゴリーはW。だから、保護をしたの。Mだったら起こしてもいなかったかもしれないわね」
「そのWだとかMだとかは何なんだ。ただでさえ混乱してるってのに」
「私にはね、相手の在り方が
イリス自身は彩と言ったが、つまり見えているのはオーラのようなもの。かなり強い霊感みたいなものだとイリスは語る。
それがわかるお陰で、イリスにはその手の偽装が通用しない。どれだけ正常を装っても、逆に異常を装っても、本質は変わらないのだから。
そして、そのまま色分けについても語り出す。これはうみどりの面々が全員聞いている話らしい。先程のドロップ艦発見の時などで、カテゴリーを言われるだけで何者かがわかるからである。
うみどりで活動するのならちゃんと知っておかなければならないことだったりするのだ。イリスのその眼は重要かつ必要不可欠なモノ。
「人間は緑……つまり、カテゴリーG。
今イリスが語る中に、敵性艦娘のMや深雪自身のWは含まれていない。要するに、純粋なその種族ではないということになる。
「あたしのWっていうのは?」
「その前に、ドロップ艦のMから説明するわ」
深雪の色はあまりにも特殊であるため、最後に話したいとイリスは一度止めた。全てを話すことで繋がるはずであるということで、深雪は黙って聞く。
「敵性艦娘はマゼンタ……RとBが混じった色なの。カテゴリーM、
つまり、敵性艦娘は要素が混ざったことで狂ってしまった。呪いは深海棲艦とも繋がると考えてもいいのかもしれない。人類に対して負の感情を持つ者の彩は赤くなるというのがイリスの見解。
つまり、イリスの中では、敵性艦娘は純粋な艦娘ではないということになる。そんな見方をしているのはイリスだけであるが。
「次、ここにいる艦娘達は、BじゃなくてCなの」
「艦娘なのにか?」
「ええ。BとGが混じった色、シアンね。だからカテゴリーC。
本来の艦娘ではなく、艦娘の性質をコピーされた人間。今の世界ではこちらが人類の味方である艦娘となっているが、イリスの中では
「なら、GとRが混じった奴も……いや、人間と深海棲艦が混ざってる奴なんて流石にいないか」
「ええ、少なくとも私はそんな人見たことがないわ。でも、いたならその人は私の眼には黄色で見えることでしょう。カテゴリーY。
今でこそカテゴリーMも人類に敵対してしまっているが、本来の関係で最も人類と結びつかないのは深海棲艦だ。故に、カテゴリーYはまずお目にかかることは出来ないと言う。
しかし、カテゴリーCがいるように、人間に深海棲艦の要素を足すなんてことが起きたら、それはカテゴリーYのように視えるかもしれない。イリスはそんな存在が出てからのことを危惧している。
ここまで来て、最後に残されたのが深雪の持つカテゴリーW。流れから深雪自身ももしかしてと思うものがあった。この色分けについて、まず知らないことなのに、Wが何を示しているか。
「そして最後。それが貴女よ、深雪。カテゴリーWは、そのままずばり、
何にも属さない彩。それが、深雪のカテゴリー。イリスはその彩をそう判断した。
「
あまり表情を変えないイリスが、深雪に対して薄く微笑む。この世界の真実を知っても、深雪が変わらなかった。それが嬉しくて、思わず笑みを浮かべた。
先程イリスが話した通り、これまでの戦いの中、カテゴリーW、つまり潔白の者は、一度たりとも見たことが無かった。それ故に、明確な性質が断言出来なかった。Rが混じっているから人類に対して攻撃的であるとか、Gが混じっているから人類に近しいとか、そういったことも見えない。艦娘なのにBが混じっていないのは何とも言えないようだが。
その結果、この深雪の保護はイリスとしても
「貴女は何も変わらなかった。明るさや暗さはあるけれど、彩が変わることはなかった。それは、本当に凄いことなのよ。人類の罪を知っても尚、揺らがなかったの。こんなことは初めてよ」
褒められているのか、それともただ驚かれているだけなのか、深雪には判断が難しかった。しかし、イリスの雰囲気から悪いように思われていないことはわかった。
深雪としては、未だに混乱している状態だ。人類の大罪を知って怒りもある。自分と同じドロップ艦をいいように使い、やりたい放題やった挙句にその尻拭いを別の者にやらせているような輩だ。正直、人類なんて滅んでもいいのではとすら思えた。
だが、その後始末をしている伊豆提督を知っているからこそ、それが間違っていることも理解出来た。その一部の悪辣な人類のせいで、伊豆提督のような聖人君子が割を食うのは絶対に間違っている。
悪い人間のせいでこうなっているとしても、良い人間の方が沢山いることは、この数日間生きてきたことでわかっているのだ。伊豆提督だけでなく、ここにいる仲間達、軍港の住民、保前提督率いる艦隊も含めて、全員が善良な人類。そんな人達が、こんな酷い目に遭うなんておかしい。
「あたしだって、そんな人間がいたなんて知っちまって、正直腹が立ってるよ。ドロップ艦の命を何だと思ったんだってさ」
「……そうね」
「しでかした一部の人間って奴らがあたしの目の前にいたら、まず間違いなくぶっ殺してる。さっきのドロップ艦の気持ちは痛いくらいにわかる」
ギュッと拳を握る。溢れんばかりの怒りに耐えるように。
「でもさ、あたしの知ってる人間ってのは、そんな悪い奴じゃあ無かった。話を聞いてもそんな奴らがいるなんて信じられないくらいにさ。そんな人達が嫌な思いをする世界は、あたしも嫌だ」
休暇を体験していることで、この世界の楽しさを事前に知ることが出来ている。それを生み出しているのも、紛れもなく人間であることも理解している。そのおかげで、深雪の中に人間に対する不信感が強くならない。
当然ながら、そういう輩がいるということもわかっているし、ドロップ艦にかかっている呪いについてもわかっている。その気持ちを否定することなんて出来やしない。
だとしても、この世界は守らなくてはいけない。滅ぼされてはいけない。そう確信している。
「だから、あたしは……あたしも、この後始末に参加する。ハルカちゃんはそんなこと絶対しない人間だろ。だったら、信用出来るよ。あたしは先にそれを知れたのが運が良かったな」
先に悪辣な人間のことを知っていたなら、憎しみに呑み込まれていたかもしれない。イリスは深雪の彩が何にでも染まる白だと言っているのだから、
そういう意味でも、最初に見つけてくれた神風、カテゴリーを視ることが出来るイリス、その二人を統括する、さらに人間が出来ている伊豆提督、それに、何かと気にかけてくれていたうみどりの仲間達全員に感謝した。
ある意味、奇跡的なバランスで成立している深雪。これは全て運と言えるのだろうか。
「良かったわぁ、そう言ってもらえて。全部を知ってしまうと、どうしてもアタシ達に不信感が出てくるでしょ」
「それはハルカのキャラが濃いからもあるわね」
「自覚してるけど別にいいじゃないの。大切なのはココよ」
自分の胸を指さして笑う。どんな濃いキャラであっても、大切なのは心である。
深雪もそれは同意した。伊豆提督の心が眩しいほどに明るいのは、イリスのように彩が見えていなくてもわかるほどだ。それを完全に善意でやっているのだから、より素晴らしい。
「次は、あたしもドロップ艦の説得をしてみたい。あたしだってドロップ艦なんだ。もしかしたら、話を聞いてくれるかもしれないから」
「とても危険よ? 今回みたいに、どうしても命の奪い合いになっちゃうんだもの。罪のない者を沈めざるを得ないことにもなる。それでもいいの?」
「いい。それに、もしかしたら沈める必要も無くなるかもしれない。あたしが少しでも変えてやりたい」
決意に満ち溢れた深雪の言葉に、伊豆提督はもう何も言えなかった。
この時のイリスの目に映っていた深雪は、これまでにないくらいに白く輝いていた。彩が強く強く光を発していたのだ。
この彩は揺らがない。深雪は染まらない特性を持っていると確信した。むしろ、この彩の輝きが周りを変えてくれるかもしれない。相容れない色かもしれないが、
イリスの頭に一つの言葉が浮かんだ。その言葉は、深雪という存在を最もわかりやすく喩えている言葉だった。
以前には無かったタイプによる革新的な行動や思想の表明などにより、その後の文化を一変させた事象のことを、文化的特異点と言います。深雪の特異点たる部分は、コレになり得る彩を持っているからとなります。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/106084006
1話の1シーン、目覚める深雪。カテゴリーWたる深雪は、おそらくベッドに全裸で寝ていた。そのあと制服渡されていますしね。