後始末屋の特異点   作:緋寺

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白雲の決断

 昼食中もうみどりの面々はこぞって白雲と接しに来ていた。元人間が相手だと自ら向かうことがまだ出来ない白雲を相手にするならば、もう仲間達が自ら向かうのが手っ取り早いと考えた。

 白雲の隣を陣取る深雪と電はニコニコ。逃げられないようにしている辺り確信犯。今の白雲ならば、これくらいなら耐えられると踏んでの策である。どうしても我慢出来ずに立ち去ろうとするならば、別に問題なく移動出来るくらいのスペースは空けているのだから。

 

「話してみないとわからないだろ?」

「みんないい人達なのです」

 

 少なくとも昼食時の交流で、白雲が嫌な気分になることは無かった。話題は毎度世間話。聞かれたくないことは聞いてこない。腫れ物に触るような態度でもなく、ただ仲間として接してくるだけ。

 絶品である伊豆提督の料理を食べては舌鼓を打ち、食という幸福感に包まれているところをセレスにドヤ顔で説明されたり、おかわりもどうぞと伊豆提督に勧められ、深雪と電と共にご飯をもう1杯食べたりと、もううみどりの仲間と言っても過言では無い行動を取ることに。

 

 それは不思議と居心地が良く、別に嫌う必要なんて何処にも無いのだと思える空間。だからこそ、白雲はその場から動くことは無かった。そうしていても、苦痛では無かった。

 そこに深雪や電がいるからだけではない。全員が揃っているからこそ、この空間が出来上がっている。その一員に、自分も含まれている。それが嫌では無い。

 そんな事実を理解すると、呪いも自然と鎮まっているような感覚を持った。深雪達の言う通り、少なくともここにいる人間は憎しみを持つような相手ではないのではないか。そんな疑問が常に浮かんでくる。

 

 そういう疑問が浮かぶだけでも大きな進歩。自らの呪いに対して懐疑的になれるのは、現状から脱却しようという心が僅かにでも芽生えている証左とも言えよう。

 

「……これが皆様方の嘘偽りなき本心なのでしょうか」

 

 しかし、在り方が在り方だけに、人間への疑問も失われない。ここまで良くしてもらっていても、実は利用しようとしているだけなのではないのかという考えが浮かんでしまう。

 

「面白いことに、これが彼女らの本心なのさ」

 

 そこは同じ経験をしている時雨がすかさず口を挟んだ。白雲よりも長くうみどりで生活し、うみどりの人間達についてはおおよそわかっている時雨の言葉はなかなかに重い。

 呪いの一極化のおかげでうみどりの面々を信頼出来るようになってからは、捻くれた性格は直ることはないにしても、人間に対しての嫌味は無くなった。そのおかげで、今自分と同じ道を歩こうとしている白雲の()()()として立ち振る舞うこともしばしば。その結果がプールでの文字通りの後押しだったというのは、捻くれも極まってきている感じではあるが。

 

「僕も最初はそうだった。でも、君もそろそろ気付いているだろう。その気持ちに素直になればいいだけさ。抵抗があるかもしれないけど、そのうち慣れる」

「気持ちに素直になった結果が、お前のこれまでの言動なのか?」

「ああ、そうだよ。昔の僕は酷かったからね。今は垢抜けたものだよ」

 

 よくもまぁ自分で言えるものだと深雪は呆れつつ、しかしこの時雨の持ち味なのかもしれないと許容している。というか、時雨のこういうところも楽しんでいる。

 本当に危険なことはしないし、本当に言われたくないことは言ってこない。故に安全だし頼れるところもある。白雲を突き落とした件も、その時はシメたが、実際は白雲が望んでいるし、そのおかげで今の白雲がある。あの時の白雲の勇気に必要な最後のピースは、強引に押す者だったのかもしれない。

 

「それはそれとして、あまりおちょくるなよ。それで歪んだらどうしてくれるんだ」

「カテゴリーMは元々歪んでるんだ。少しくらい許容しなよ」

「出来るかバカ」

 

 深雪と時雨の言い合いも、何処か楽しげに見えた。深雪は本気で気分を害しているわけではないというのは、見ているだけですぐにわかる。何より、電が止めに入らないというのが大きい。

 

「……賑やかな、場所ですね」

「なのです。白雲ちゃんも、今は難しいかもですけど、気に入ってくれると思うのです」

「どうでしょう。本当に人間を信用していいのかは、まだ白雲の中では定まっておりませぬゆえ」

 

 言いながらも、その人間が作った料理はしっかり全てペロリと食べ尽くしているので、馴染む片鱗はもう見えていたりする。

 

 

 

 

 そこから少し経ち、潜水艦側からそろそろ近くに浮上するという連絡が入る。今回は前回と違って浮上も事前報告、その上近くであってもうみどりに影響を与えないように動くという、ある程度はうみどりのことを信用している行動をとってくれる様子。

 ひとえに、丹陽が奮起したことが影響している。長年説得してもダメだったカテゴリーBを纏め上げるため、深雪に作ってもらったきっかけに乗っかるようになってしまったことを悔やみながらも、この機会を逃すことなく前に進むために立ち上がっていた。諦めるのはもうやめにして、明石やタシュケントの力も借りながら、どうにかうみどりだけは信用してもらえるように尽力していた。

 

 間もなくとわかっているため、工廠で待つ深雪達。準備万端整え、艤装も装備した状態。万が一を考え、前回潜水艦に赴いた面々は、制服の下にトレーニングウェアもしっかり着こなした。いざという時には、これで接近戦も可能である。前回でその強さを知らしめているため、そうそうそんなことがあるとは思えないが。

 

「白雲、どうするか決めることは出来たか」

 

 深雪に聞かれ、白雲は少しだけ表情を曇らせる。まだハッキリと決まっていないということがその表情から見ても明らかだった。

 

「……正直なところを言います。白雲は、ここで待つことが出来ないので、お姉様についていきたいと思っているのです」

 

 あれだけのことがあっても、まだ人間への信用は足りていない。それくらいに呪いが深く刻み込まれている。少しは人間を信用出来るようにはなっているのだが、とにかく時間が足りない。

 これがあと数日交流する時間があれば話は変わるかもしれないのだが、昨日の今日で考え方を変えろというのが無理な話だ。時雨だって今の状態になるまでにそれなりに時間をかけているのだ。

 

「白雲の姿がお姉様に迷惑をかけるかもしれないと思うと、それも辛く感じるのです。白雲という存在が、全てを台無しにしているのではとすら」

「んな事は無ぇよ。お前はうみどりの平和の象徴の1人だ。どんな奴だって受け入れて、みんなで仲良く生活するってのが、滅茶苦茶わかりやすいだろ」

 

 伊豆提督が七色の艦隊と言った通り、ここには多種多様の種族が仲良く暮らしている。狭い空間かもしれないが、完全な平和を作り出すことが出来ていると言っても過言では無い。白雲もその象徴と言える。

 それを潜水艦のカテゴリーBに見せることで、より信用を勝ち取りたいと思っている。少なくとも、あちらにいる丹陽と明石、タシュケントは納得してくれるだろう。

 

「……お姉様、白雲はまだ迷っています。迷っていますが、決めたことがあります」

「おう、言ってみ」

「白雲は、どのようなことがあっても、お姉様にご迷惑をかけないと決めております。そして、ここの人間達に害があることも、お姉様に迷惑をかけることに繋がると、そう考えております」

 

 基本的には深雪を軸にした考え方をしている。これはもう仕方ないことだろう。セレスが最初に受けた刺激に対して本能に忠実に行動するのだから、同じく深海棲艦の身体を持つ白雲も同じように最初の刺激──深雪に救われたこと──に対して本能のままに動くのはおかしなことでは無い。

 

「白雲にはそれが最も守らねばならないこと。本能のままに行動する以前に、お姉様に嫌な思いをしてもらいたくないのです。ならば、白雲は今はまだ、お姉様の目が届くところにいるのが正しいと、そう考えたのです」

 

 自分の不甲斐なさを理解した上での決断。ただ、この裏側にはもう一つの決意があった。

 それは、ここの人間だけでも信用出来るように努力するということ。それが深雪の望みであるというのは大きいものの、それだけではなく、ここにいる人間の心に触れることが出来たからこそ、そうしようと思えるようになった。

 

「そうか、じゃあ一緒に来い。何かあっても、姉ちゃんが守ってやるさ」

「ありがとう存じます。攻撃を受けそうになっても、我慢、我慢ですよね。理解しております。故に武器も持たない。抵抗は回避だけ。理解しております」

 

 反芻するように、ここからやらねばならないことを自分に言い聞かせていた。

 深海棲艦という見た目というだけで驚愕、最悪の場合は嫌悪の目で見られかねないという完全に()()()()の環境。そこに向かうということは、白雲は十中八九嫌な思いをすることになるだろう。本能のままに生きているのなら、それに対して怒りを覚えてもおかしくない。

 それを必死に我慢するという決意を持って、白雲は深雪の隣を選択した。最も心が落ち着く状態は、深雪の隣にいること、そして手を繋ぐなりして温もりを得ること。他の者では難しい。それもあって、うみどりに残るよりもそちらを選んだ。

 

「お前の決意をあたしは尊重する。それに、ちゃんと話してくれる奴もいるからな」

「そうそう。このグレカーレちゃんに任せてよね。シラクモにはなるべく嫌な思いはさせないからさ」

 

 笑顔で任せろと胸を張るグレカーレ。こういう時のグレカーレは不思議と信頼度が高く、白雲としてもグレカーレには一目置いているところがあるため、より信用することが出来た。

 

「話はそこまでにしよう。そろそろ来るよ」

 

 時雨が言う通り、工廠から見える少し遠目の場所に、潜水艦が浮上してくるのが見えた。前回のように、威嚇するような急浮上ではなく、影響を与えないようにゆっくりと、かつ波をぶつけないように少し遠くで。これだけでも扱いが随分変わったと言える。

 

 潜水艦の浮上は、白雲にとってはトラウマを刺激するもの。目を見開いてガタガタと震えていたが、深雪と電が両サイドから手を握ることで、どうにか落ち着かせる。

 艦娘や深海棲艦の潜水艦なら、午前中のふれあいのお陰でひとまずは耐えられるようになった。桜のおかげとも言える。しかし、実艦となるとそうはいかない。遠くても威圧感が凄まじく、白雲にとっては嫌な記憶が蘇る存在。

 

「なんだか懐かしいなぁ。離れてまだ少ししか経ってないのに」

 

 グレカーレがしみじみ語る。人間を知るためにうみどりへと出向して、まだそこまで時間は経っていない。しかし、ここでいろいろと起きすぎていて、随分と長居しているようにも思えてしまったようだ。

 それくらい、グレカーレはうみどりのことを気に入っていると言えよう。お気に入りの深雪と電、尊敬する神風、他にもここの人間達なら信頼出来るとわからせられているおかげで、下手をしたら潜水艦よりも居心地がいいとすら感じていた。

 

 そんなことを話している間に、潜水艦から1人飛び出してきたのが見える。前回と同じく、タシュケントが使者としてうみどりに向かってきていた。

 3回目ともなるとこなれたようで、深雪達の姿が見えると大きく手を振るまでしている。自分達が歓迎されていると思うと、なかなかに嬉しいもの。

 

「今回もよろしくね、同志達! グレカーレも一度戻るのかい?」

「うん、ちょっと説得しなくちゃいけないからね」

「説得かい。それは同志ミユキだけで大丈夫だと……思う……けど……」

 

 白雲が視界に入った瞬間、タシュケントの声が詰まっていき、目が泳ぎ始める。

 すかさず艤装に接続された主砲が白雲に狙いを定めるが、それを見越していた時雨がその主砲を蹴り飛ばし、深雪と電がタシュケントを制止するために腕をロックする。このおかげで主砲が暴発することもなく事なきを得た。

 

「待て、タシュケント。白雲は味方だ」

「いや、いやいやいや、驚くに決まってるだろ! 当たり前のように深海棲艦がいるなんて、あたし聞いてないよ! って、痛い痛い痛い!」

「事情を説明するのです! だから落ち着いて」

「ここまでされて落ち着けるかーっ!」

 

 白雲は、自分の存在がこういうことを招いてしまうということを知る。だが、事前に聞いていたため、まだ耐えられた。ロックされているタシュケントをグレカーレが少し羨ましそうに見ていたことからは目を逸らすことにした。

 

 

 

 

 前途多難ではあるものの、久しぶりの潜水艦往訪。カテゴリーBの協力を仰ぐため、ここはうまく乗り越えたいところである。

 




タシュケントがこんな行動に出てしまうのもわからなくは無いけど、深雪と電が容赦なさすぎた。
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