潜水艦の浮上と共に、使者としてうみどりにやってきたタシュケント。深雪達と久しぶりの再会となり喜んだのも束の間、見た目は深海棲艦である白雲と顔を合わせた瞬間に、反射的に主砲を構えてしまった。そのせいで深雪達から取り押さえられる羽目になっている。
こればっかりは仕方ないとわかっていても、いざ行動されると辛いもの。タシュケントも本当に撃つつもりはなかったかも知れないが、そう動かれたのなら深雪達も白雲を守るために動かざるを得ない。
「こういうことは先に教えておいてもらえないかな……」
タシュケントの苦情はごもっとも。しかし、モールス信号でそこまで伝えるのは難しく、結果的にこうなってしまった。
前に来たときには、既にカテゴリーYは仲間に加わった後。しかし、タシュケントはそれを見ることなく事が進んでしまったため、今に至る。
「伝えたら信じてたか?」
「当然……とは言いづらいかもしれないね、深海棲艦が仲間になったなんていわれても、
「だろ。だから直に見てもらうしかないんだよ」
うみどりにはあらゆる種が取り揃っているなんて言われても、信じていない可能性が高い。瀬石元帥のように、報告を素直に受け取る者もいるが、ただでさえカテゴリーBは人間に対して不信感を持っているのだから、人間の言う荒唐無稽すぎる話はまず信じないだろう。実際に見たタシュケントは、これでもう信じざるを得ないが。
「こいつも元凶の犠牲者だ。本来は艦娘。身体だけ深海棲艦に変えられちまったあたしの妹だ」
「そ、そうなのかい。それは、その、何と言えばいいのか」
「何も言わなくていいぜ。受け入れてくれりゃいい」
実際にこうなっているのだから、信じるしかない。タシュケントは白雲に目を向けると、確かに純粋種だと頷いてから、握手を求めた。
「タシュケントだ。よろしくね」
「……白雲と申します」
タシュケントは純粋種。白雲の呪いを刺激しない存在であるため、カテゴリーCと接するよりは警戒心は疼かない。先程主砲によって狙いを定められたものの、事前にそうされても仕方ないと聞いていたこともあって、何とか抑えることが出来た。
しかし、この握手を応じていいものかと少し躊躇う。今の白雲は、調査された後、ある程度の整備をされた深海艤装を装備した状態だ。主砲は取り外され、深雪達と同様に一切の兵装がない無防備な状態ではあるのだが、ただ握手をしただけで深雪に凍傷を負わせたという実績があるため、ここで同じことが起きてしまったら姉に迷惑をかけてしまうのではないかという恐れが出てくる。
「だ、大丈夫だから、握手は応じて、いい」
そんな白雲を見かねたから、少し小走りで登場した手小野が白雲にアドバイスを送る。たまたま今は工廠の手伝いをしていたところだったため、ここで間に割って入ることが出来たようだ。
深海釧路沖棲雲姫の次は集積地棲姫が現れたので、タシュケントはまたもや目を見開いた。しかし、主砲が反射的に動くことはなく、ただただ唖然としてしまうだけ。握手を求めるポーズで固まってしまう。
「タシュケント、面白い顔してるねぇ」
そんなタシュケントをグレカーレがニヤニヤしながら眺めていた。知らない者が見たらこういう反応をするというのを、見本市のように次々と見せてくれるタシュケントに、グレカーレはご満悦のようである。時雨も同じようにニヤニヤしているのは言うまでもない。
「調査、終わってる。その艤装、ボイラーの冷却システムが、深海艤装の力で、過剰に働いてた、みたい」
「そうなのですか……?」
「そ、そう。今は、自分の意思で制御出来るように改良されてる」
深雪に凍傷を負わせ、処置が間に合わなかったら凍え死なせることになっていたかもしれない白雲の特殊な力は、深海艤装による出力の大幅上昇に巻き込まれた、ボイラーの冷却システムの過剰出力が原因。
敵潜水棲姫のステルス能力と同じように、過剰出力によって全身にその冷却を纏うようになってしまっている。その上、艤装を装備している張本人にはその影響が出ないというご都合主義まで兼ね備えていた。
改良したのは勿論主任。艦娘の艤装のみならず、深海棲艦の艤装すら軽々弄ってしまうのは、流石妖精さんと言ったところか。
白雲の場合は、元が艦娘であるということもあって、妖精さんでも触りやすいモノなのかもしれない。とはいえ、妖精さんの力はまだまだ未知数。艦娘よりも深海棲艦よりも謎が多い。
「でしたら……応じさせていただきます」
手小野からそれを聞けたので、唖然として固まっているタシュケントの手を取り、握手に応じた。
その手は驚くほど冷たかったが、以前の深雪のように凍傷を負う程の冷たさではない。言ってしまえば、
「ここに来て驚いてばかりだよ。なんなんだいここは本当に」
「これだけじゃあないぜ。そろそろ来ると思うけど……ああ、来た来た」
そんなことをしていると、今度は工廠ではなくその外、食堂からセレスが登場。手土産を作り終えたか、満面の笑みで深雪達のところへとやってきた。
「何人イルカワカラナカッタカラ、ミンナデ摘メルヨウナモノニシタワ。ソレデモ数ハ多イケド」
大量生産ならばコレと、大量のクッキーが入った袋をいくつか運んで来ていた。全てがセレスの手製であり、味もシンプルで大概の者が嫌わないバター風味。シンプルだが確実な一品。
タシュケントとしてはそこはどうでもいい。戦艦棲姫が当たり前のようにそういうことをしているというのに驚いていた。しかも、タシュケントが知っている個体とは違う、どう考えても食堂などでご飯を提供しているような素朴な恰好をしているため、一目で深海棲艦かと疑いかけたくらいである。
「せ、戦艦棲姫……!?」
「アラ、貴女ガ使者ナノネ。ハイ、オ近ヅキノ印ニドウゾ」
身につけているエプロンのポケットから出てきたのは、手製の飴。こちらも袋にちゃんと入れられていたところを見ると、何かあった時に誰かに渡せるように最初から仕込んでいたということになる。
「す、Спасибо……」
「味ハ保証スルワ。出来レバ、スグニ感想ガ欲シイノダケレド」
「悪いなタシュケント、セレスは万人受けする料理というのを目指してるんだ。だから、味を見てやってくれ」
何が何だかわからないタシュケントだが、深雪に促されてすぐに飴を口に放り込む。
「
「ヨシヨシ、外ノ子ニモ美味シイト言ッテモラエルナラ、コレハ成功ネ」
タシュケントの言葉にご満悦なセレス。こういう表情もやはり深海棲艦からは見られないモノであるため、タシュケントはもう驚くのも諦めた。
うみどりはどこかおかしい。だがそれも別に悪い意味ではない。いい方向におかしい。
「釧路沖棲雲姫に、集積地棲姫、戦艦棲姫……奥の方に港湾棲姫もいるのかな」
「ああ、あと潜水新棲姫もいるけど、全員あたし達の仲間だし、経緯もいろいろあってな。それもちゃんと後から説明する」
「正直、驚きが止まらないよ。向こうのみんなが信じるかな……」
タシュケントの不安はそこにある。タシュケント自身はその目で見ているから、これを現実として受け入れられるが、話だけ聞いたら夢物語としか思えないような光景。
真の平和がここにある。本当に目指すべき平和かはわからずとも、全ての種がここで仲良く協力し合って暮らしているのは、潜水艦よりも和やかに見えてしまった。
「白雲は今回便乗してくれる。うみどりの現状の象徴みたいなもんだろ」
「確かにそうだね。でも、仲間達はさっきのあたし以上に敏感に反応するかもしれないよ」
「それをどうにかするのがあたしなんだよねぇ」
ここでズイと前に歩み出したのはグレカーレである。潜水艦の仲間達を手玉に取るぞと言わんばかりの表情に、タシュケントは苦笑するしかなかった。深雪達よりも比べるまでもない程に長い時間を共に過ごしてきたこともあり、グレカーレの口の上手さは深雪達以上に理解している。
「……グレカーレ、何処か変わったかい?」
「んー? どうしてそう思う?」
「何というか、
そんなことを言われて、グレカーレはそうかなと首を傾げるが、タシュケントにはわかったようである。少し見ない間に、拗らせていた心が綺麗になっているような、そんな雰囲気を纏っていた。
「ここの生活が悪くないってことだよ。あたし、正直そっちよりもこっちで永住したいくらいだし」
「そこまでかい?」
「いろいろあったんだよ、いろいろ」
いろいろと含ませた笑みを浮かべるグレカーレにタシュケントは苦笑する。昔からこういう表情をする性格だったが、今回のそれは何処か垢抜けているようにも見えた。
「まぁいいか。じゃあそろそろ行こうよ。あんまり長居もしてられないんじゃない?」
「そうだね。それに、ボスも同志ミユキとの再会を楽しみにしていたよ」
「そんなにかよ」
「君のおかげで、潜水艦の中の空気が変わったからね」
どう変わったかはさておき、少なくとも深雪達が潜水艦に行く前と後では
これまでは光の届かない海中を拠点としていることもあってどうにもこうにも陰鬱とした空気が何処となく漂っており、長年探しても見つからなかった元凶達の行方のことも相まって、何処か苛立ちも見え隠れしていた。
それを諌めることを丹陽が諦めてしまったというのもあり、どうしてもカテゴリーB達は
問題児達もそれは無意識に感じ取っていたのだろう。スキャンプは荒れ、グレカーレは捻くれ、夕立はストレスを溜め続けていた。
それが深雪の来訪によって終わりを告げたようだ。元凶は確かにいるということがわかり、特異点まで現れた。動きは加速し、結末までの道が見え始めている。そうなれば、これまでの当てもない生活が報われるような気もした。
その上、諦めていた丹陽が再度立ち上がり、気持ちを盛り上げてくれている。ゆとりはまだ無いかもしれないが、陰鬱な空気は少しずつ薄れてきているとのこと。
「なら、今回の話も受け入れてもらえるかもしれないのです」
「だな。じゃあ、すぐにでも行くか」
「ああ、ついてきて」
ここからは潜水艦への移動。去っていくタシュケント達の背を見ながら、お菓子を持ってきたセレスや白雲の艤装の心配をしていた手小野も、小さく手を振っていた。
白雲は今の状態となってから初めての水上移動だが、非常に安定した航行となっていた。深雪と電の手は握ったままではあるものの、精神的にも非常に安定している。
「今回は喧嘩を売るような奴はいない。でも、彼女の姿はなるべくすぐには出さない方がいいと思う」
「だな。ちゃんと説明を通してから見てもらおう。工廠を通るっつーのもあるもんな」
「ちゃんと武器は下ろさせるよ。その辺はグレカーレがちゃんと話してくれるはずさ」
当然ながら、誰にも害なく終わらせたいというのが、どちらの願いでもある。とはいえ、タシュケントが工廠に来ただけで、ここまで取り乱したというのもあって、まだ油断ならない状況ではある。
そこはグレカーレが、そして深雪も加わって、しっかりと説得してから前に出すことになるだろう。安心出来るかはさておき、必要最低限のことはちゃんとする。
久方ぶりの潜水艦。ここで、今後の戦い方がまた変わることになる。
次回、久しぶりの丹陽です。深雪達と対面したことで、少しは変わっているようですが、果たして。