深雪は電に主砲を渡して深海千島棲姫へ。そして、タシュケントはグレカーレと共に時雨の元へと駆けつける。
「ほい、シグレ。主砲」
「ありがとう。本当の主砲はうみどりだから、かなり心許ないけど」
「文句言わないの。アンタの背中の主砲は取り扱ってないから」
本来の時雨の艤装は、基部に接続された背部大口径主砲が存在する。手持ちの小口径の主砲とは違い、取り回しにくいものの大火力を誇るいわば
潜水艦に来るにあたり、完全な非武装となるためにそちらも取り外している。その専用装備はうみどりに置かれており、残念ながら潜水艦には時雨がいないため、同じ装備はない。
「すまないね、そこの小さいの」
「んー? 特異点じゃなくて君達がボクの相手?」
「深雪はあっちのお仲間にどうしても用があるんだ。先に僕達と遊んでくれないかい」
主砲を握りしめて、海面に降り立つ。グレカーレとタシュケントも同様に降り、小柄の眼前へ。
3人がかりとなるものの、そもそもそれでもどうにもならなそうなのがこのカテゴリーK。第二改装を済ました時雨であっても、ブランクがあるにしろ30年分の蓄積があるタシュケントとグレカーレであっても、おそらく敵わない。
故に、なるべく時間を稼ぐ。熟練者であるうみどりの仲間達が、この戦場に駆けつけてくれれば、多少は戦況も変わるはずだ。
しかし、軍港での戦いでは、この小柄にも誰一人として太刀打ち出来なかった。長門でもだ。あの時から力をつけているとしても、人数が増えているとしても、勝ち目は薄いと感じてしまう。
「いいよ、遊ぼう遊ぼう! こういうのってなんて言うんだっけ。えーっと、えーっと、あ、わかった!
無邪気にカチンと来る言葉をしっかり選択してくる小柄に、時雨は内心苛立ちが凄まじいことになっている。一極化された呪いのせいで、今まさに理性を焼き尽くさんとしている。
タシュケントとグレカーレも、前座呼ばわりは流石にイラッと来る。しかし、表には出さない。
「ラスボスの前に立ち塞がる中ボスっていうのは、ゲームの定番だもんね。でも、特異点は
深海千島棲姫だからちーちゃん。勝手に渾名をつけているあたりも、見た目通りのお子様である。
そんなまだまともに善悪感情を持っていなそうな存在に、全てを壊し尽くせる並みの力を持たせてしまい、しかも間違った教育をし、好き勝手やらせたらどうなるか。命を奪うことに対してなんの罪悪感も無いという、
こんな狂った子供に同志の命が使われていると思うと、タシュケントは余計に怒りが昂まってしまう。
「そもそも、1人であたし達を相手にしようっていうのかい?」
挑発するようにタシュケントは言うものの、小柄はそんなことを言われても何の感情のブレもない。笑顔のまま、勿論だと首を縦に振る。
「そういうゲームあるでしょ。1人でいっぱいの敵をボッコボコにするゲーム。ボクは
「その割には、さっきは集中砲火喰らって逃げたじゃないか」
「アレはハメだからノーカンでーす。正面から突っ込んだらノーダメクリア出来ないから回り道するようなものでーす」
何処までもゲーム感覚。それでいて、自分が負けるつもりはカケラもないという自信家。
軍港都市で長門に立ち向かったときは、格闘ゲームか何かと思って突っ込んでいたのだろう。強いキャラに対して、自分の力で討ち倒すことに快感を覚えるタイプ。結果として、長門は為す術もなく敗北を喫してしまった。妙高が加わったのも、乱入と考えていた可能性は高い。そちらは中柄が乱入返しをして斬り捨ててしまったが。
そして今回はタクティカルアクションゲーム、つまりは
あくまでも、この戦場を、この世界を、ゲームか何かだと勘違いしているのがこの小柄なカテゴリーK。タチの悪さは出洲に負けずとも劣らない。子供ならではの無邪気さを悪い方向に進化させた存在。
「攻略方法なんて、すぐにわかるもん。君達を全部斃してから、外から潜水艦ごと壊しちゃえばまとめてクリア! そこから出てきた敵の残りを広い場所でボコボコにしてエンディング! ボクにはそれくらい出来る力があるからね」
事実、本気を出せばそれくらい出来てしまうのがカテゴリーK。こうやってタシュケントが話しているのも、時間稼ぎの一環だ。3人ではどうにも出来そうにない。その上、時雨とグレカーレは潜水艦でのために非武装でココに来ており、今ようやく1つだけ武器が手に入っただけ。
潜水艦の仲間達も交戦する気でいるようだが、それを止めようとする者もいる。今、これだけやっていても中柄は全く動いていないのだ。それが動き出した途端に、より壊滅に向かうだろう。
中柄を動かさないようにするためには、余計な動きを見せない方がいい。気が変わったら最後だと、嫌でも思わされる。故に、門の前にカテゴリーBが集結し始めるが、それ以上動くことが出来なかった。
「それじゃあ、始めようよ。ゲームスタート、だよ!」
一方、深海千島棲姫と睨み合う深雪も海面に降り立った。今のままでは1対1であり、深雪としては勝ち目がかなり薄い。そもそも主砲1つで戦わねばならないのに、相手は曲がりなりにも姫級の力を持つカテゴリーYだ。
これまでの実戦経験が潜水艦やイロハ級な上に殆どなく、演習すらまともにしていない、トレーニングとシミュレーターでどうにかしてきた深雪にとっては、重荷すぎるくらいの敵。いつかは姫級と相対する時が来ただろうが、少なくとも1対1という状況にはまずならない。うみどりの仲間達と共に経験を積み、一人前になっていくのが本来の道筋。
深海千島棲姫が深雪を始末するために動こうとしているのだから、深雪という存在そのものが囮になる。白雲に視線を向けさせないためにも、前に前に出なければならない。
「特異点がまだ素人であっても、手を抜くわけにはいきません。悪の芽は早く摘まねば」
「どっちが悪かわからねぇな」
「貴女でしょう。我々が目指す恒久的な平和を乱し、世界を混沌に染め上げようとする特異点。何が正しくて誰が悪か、少し考えればわかることですよ」
聞く耳なんて持っていない。先に動き出したのは深海千島棲姫。突き出すように持った主砲からまずは一発砲撃を放つ。
撃つぞと言っているような構えであるため、深雪でも流石にそれは読めた。眼前で放たれた砲撃は見てからでも避けられる。素早いわけではなく、直感でもない。そう来るだろうとわかっていたから身体が動く。
「じゃあ、お前らも悪だな。あたし達はただ、戦場の後始末をしてるだけだ。掃除の何が悪なんだ」
対話が出来ているかはわからない。しかし、その言葉に対して問う。回避しながらも深海千島棲姫に対して砲撃を放つ深雪だったが、それは軽々と回避された。
狙いがあまりにもわかりやすすぎた。その減らず口を止めてやるという気持ちが無意識にあったか、頭を噴き飛ばすための急所狙い。そこを狙うだろうと予測される。
「貴女は存在そのものが悪なんですよ。いるだけで害を与える。まさに魔王じゃないですか。そうですよね、
確実に神経を逆撫でする言い方。あちらはそう思っていないのだろうが、深雪の心に確実にダメージを与えるような、言葉による攻撃。自分の立場を悪用していると言っても過言ではない。以前の白雪の時のように、
白雪は自分を姉妹とかではなく仲間であり友達として見てほしい、そして、白雪の力を誇りと話してくれているからこそ、その存在を受け入れられたし、仲間としての意識を強めることが出来た。こんな人間だからこそ、姉妹の力を託すことが出来る。
だが、この深海千島棲姫はダメだ。薄雲の力を利用して、深雪を陥れようとしている。人間の悪い部分を煮詰めたような、最も忌避するべき精神攻撃を当たり前のように繰り出してくる。
「お前……っ」
「悪でも姉妹への情があったりするんですね。妙に人間味があるのは何故でしょう。そういうフリをして人間に紛れ込むように出来ているんですか? 内部崩壊を狙う悪らしい策略じゃないですか」
自分の行動を棚に上げて、深雪の行動だけ揚げ足を取る。そんな醜悪な精神攻撃を、薄雲の命を使って実行してくる様に、深雪の怒りは限界まで来ていた。
ただでさえ冷静に戦わなければ勝ち目がないこの戦いに、感情を持ち込んだらより一層勝機が失われる。
深海千島棲姫もそれを狙っているとしか思えない。自分が特異点の妹であるという大きな特徴を存分に活かし、戦いを有利に運ぼうとしている。
感情的になればなるほど、照準はブレる。深雪は乱雑に撃つつもりはないのだが、心の揺れが照準に影響を与えている。
それを実感する深海千島棲姫は、ほくそ笑むような表情を見せた。
「貴女は私だけで充分に勝てます。魔王を討伐し、世界を平和に導きますよ」
「そんな余裕を見せてられるのも」
「余裕ですからね。素人に毛が生えた程度としか思えません。ほら」
砲撃を放ちながら、深海千島棲姫は不意打ち気味に魚雷まで放つ。砲撃を回避している最中に、突如足下に現れた雷撃には、深雪も舌打ちしてジャンプで飛び越えた。それしか回避方法が無いくらいだった。
だが、深海千島棲姫の狙いはそれ。雷撃を避けるためにジャンプさせること。艦娘も人間も、海面から足が離れれば、そこから自由に動くことが出来なくなる。誰が考えてもわかる原理。
そこで砲撃を放つのではなく、身体を回しながら鎖に接続している主砲をハンマー投げのように振り回した。砲撃ならば、艤装を盾にしてでも避けようとする可能性があったが、ここで想定外の動きをしたことで深雪の思考が一瞬だけ止まってしまう。どうすればいいのかがわからなくなってしまった。
その結果、主砲そのものが左腕に直撃。みしりと嫌な音が聞こえたかと思った瞬間、身体が激しく飛ばされた。海面に擦り付けられるように叩きつけられ、激しい痛みに襲われる。
「っぐぅ!?」
「呆気ない。でも、その方が世界のためです。早急にこの世から消えてくださいね、
当てつけのように言い、海面からすぐに起きられない深雪に向かって魚雷を放った。完全に直撃ルート。当たったら全てが木っ端微塵。避けなくてはならないが、身体を動かす前にはもう避けられない位置に来てしまう。
「ダメなのです!」
だが、その魚雷が深雪に直撃することはなかった。そうなる前に、外からの砲撃によって、魚雷が全て破壊されたのだ。
それをしたのは、電。白雲の手を引きながらも海面に降り立ち、深雪のピンチを救うべく、立ち上がった。