「ぐ……あぁっ……!?」
深海千島棲姫の能力、燃焼により赤熱した鎖に絡め取られた左腕が焼き切られてしまった深雪。あまりの激痛に悶えるが、歯を食いしばり、悲鳴や泣き言だけは口から出さないように心がけた。隣には白雲がいる。自分を頼りにしてくれている妹に、今は弱い自分を見せられない。
「お姉様!?」
「悪ぃ……白雲。っぐ……傷口を……凍らせてくれねぇか。焼かれてるから……あぐっ……血は出てねぇけど、とにかく熱ぃ」
「か、かしこまりました!」
白雲は気が動転しそうになっていたが、深雪が痛みを堪えながらもすぐに傷の冷却を頼んだ。
腕が無くなっているのだから、もっと苦しんでいてもおかしくないのに、ここでまだ負けていないという意志を見せていた。
そんな深雪の勇ましい姿に、白雲は気を落ち着かせて深雪の焼け爛れた腕の断面を凍結させるために行動を起こす。
「何をしたいのかは知りませんが、やらせるわけないじゃないですか。魔王に効果的なダメージを与えられたんです。畳み込みますよ」
しかし、それを妨害するのが深海千島棲姫。投擲した主砲を手元に戻しているため、すかさず砲撃を再開。この時には魚雷が爆発したことで発生した水柱も無くなっており、視界は良好。
「電が邪魔をするのです! 白雲ちゃんは、移動しながら深雪ちゃんを!」
「は、はい!」
治療のためとはいえ、止まっていたらいい的である。故に、やることは全て動きながらやらねばならない。
白雲を治療に専念させるため、深雪は痛みを堪えながらも深海千島棲姫を視界に捉えた状態で動き回る。白雲には酷ではあるが、こうでもしないと先程の二の舞。
「二度と深雪ちゃんを傷つけさせないのです」
「やれるものならどうぞ。魔王の部下は魔王以下。ならば、貴女は腕だけでなく脚も身体も焼き切ってあげましょう」
深海千島棲姫から放たれる魚雷は、回避せずにすかさず破壊。ただ回避するだけなら電でも余裕があるが、それによって深雪達の方へと流れていくのを防ぎたかった。
しかし、そうするとまた水柱で深海千島棲姫の姿が隠れる。そこから主砲を投擲されて、今の大惨事を引き起こしていた。
故に電は頭を使う。魚雷を破壊した直後に、水柱にも砲撃を放つことで、すぐに視界を開けさせた。
それは深雪も察していたこと。自分の今の怪我の原因が、深海千島棲姫が常に見えている状態では無くなったことだと判断したため、電と同様、治療を受けるために移動しながらも、砲撃だけは欠かさなかった。
水柱が上がる前まで深海千島棲姫がいたという場所を確実に狙い、自分でも電でもいいから、常に深海千島棲姫をその目に捉えられる状況を作り出す。
「少しは学習したと。成長する魔王は、斃せるうちに斃すべきです。つけ上がられると厄介ですからね」
「つけ上がっているのはそちらなのです」
電が口にするとは思えないような言葉。しかし、それだけ電に怒りが湧き上がっているということが、嫌というほどわかる。
そしてそれは、砲撃にも現れていた。魚雷を破壊し、水柱を散らし、さらに三発目が放たれている。異常なまでの速射性能は、本来主砲ではあり得ない挙動。なのに、電はやってのけた。
自らトリガーを引くのではなく、頭の中でトリガーが引けるからこそ、この連射が可能。サポート妖精さんも、電の怒りを汲んでくれている。
「電が止め続けるのです」
「仲間思いなんですね。でも、そんなへっぴり腰では説得力がありませんよ。まずは貴女を始末してしまいましょうか」
深海千島棲姫からの攻撃が、電に一点集中し始める。近くでうろちょろされるのが目障りであるという態度を表に出して。
電としては好都合。ほんの少しだけ時間が稼げれば、深雪は白雲によってある程度は痛みを克服出来る。
その電の思いが通じたか、白雲は危なげでありながらも深雪に接近出来た。
近くでその傷口を見た時に息を呑み、発狂しそうになる。だが、深雪が痛みを堪えて深海千島棲姫を睨みつけ攻撃をする姿を間近にしたため、ギリギリのところで踏みとどまった。
「大丈夫、やれます。操り方は、理解しているつもりです」
まだ穢れを失っていないとき、足下を一時的に凍らせて、回避時のグリップを強くするという小技を見せていた。その時は、無意識ではなく意識して凍結の範囲を拡げていた。
整備されて全ての凍結のコントロールが出来るようになった今、深雪を苦しめる傷口だけを完全に凍結させることは容易のはず。
その傷口に触れることに抵抗はあるものの、すぐにでも多少は痛みを和らげたいという気持ちが強く出たため、時間をかけずにその傷口に冷却の力を使う。艤装の基部さえあれば十全に使えるその力によって、深雪の左腕があった場所は見る見るうちに凍結。熱がすぐに抜けて痛みすら麻痺した。
逆に冷たさが痛みに変化しそうだが、そもそも腕を失った痛みが麻痺してくれているおかげで、凍傷になる痛みだけならば耐えられる。
「っく……よし、白雲、ありがとな」
「無理だけはなさらぬよう……」
「善処……する」
このまま戦闘を続けること自体が無理をしていることなのだが、深雪はこんなところで止まるつもりは無かった。左腕が失われようとも、戦えるのならば戦う。あの深海千島棲姫は、ここでどうにかしない限り妹の命を使い潰す。それが許せない。
怒りのままに戦うことがよくないことはわかっている。だが、そうは言っていられないのが現状。自らの歪んだ正当性をベラベラと口にしながら、魔王を討つなどという妄言の下に圧倒的な力を振り回す。そんな輩が、妹の命を使っている。その上、薄雲の意思を知っているかのように語り、今の自分に賛同しているとまで言い放ったのが、どうしても怒りに繋がった。
「電! 一旦退いてくれ!」
「なのです!」
深雪がある程度
三人がかりで、いきなり深雪が片腕を失う大惨事に見舞われるほどの実力差がついているのは、これまでのカテゴリーYとは別格。それが薄雲の命を使っているからという理由で鍛え上げられた可能性があると思うと、それはそれで当てつけであることがわかり、苛立ちが強くなる。
「1人だけを相手して粘られたのは私の落ち度ですね。少しなめすぎましたか」
電を始末しきれなかったことを落ち度と言っているものの、どう考えてもなめきっているからこそのこの成果である。
「では、もう少し出力を上げていきましょう。私にも被害が出かねないのでなるべく抑えておきたかったのですが」
そう言うと、深海千島棲姫の艤装から煙が出始めていた。
それは、深雪の煙とは全く違う特性のモノ。ボイラーの過剰出力により鎖を赤熱させるほどの燃焼能力を自らの艤装に回すことにより、タービンを限界以上にまで駆動させる。熱量が上がれば出力も上がり、並ではない速力を可能とする。それでいてオーバーヒートを起こさない辺りが、深海ならではのインチキ。
「では」
これまでとは段違いだった。砲撃や雷撃の速度は変わらずとも、本体の動きが速くなっているということは、放たれる場所がこれまで以上に広くなるということに繋がる。いきなり視界の外に出られたと思ったら、そちらを向いた時にはまた視界の外に。そして、それを近付くことと遠退くことに使われるため、タイミングを何度もズラされることになった。
「くそっ……追いつけねぇ……」
狙い撃つために主砲を構えても、その時にはもう視界の外に移動されているせいで、撃ったところで無駄弾になるのが目に見えていた。
あちらからの攻撃を回避することに専念することで攻撃は当たらないが、それも時間の問題。深海千島棲姫は消耗が見えないが、深雪達は神経を使い続けることで消耗が激しい。
姫級との戦いは当然ながら初めて。その上で、経験不足もあり、深雪に至っては大怪我をしている。集中力が途切れるのは当たり前だし、本来の技術を全て出し切ることが出来なくなっていた。
本来ならば狙いを定める先や次の移動先を予測するくらいは出来ている。しかし、今の集中力では、深雪はおろか、電でもうまく出来ない。回避は出来ても、攻撃に転じることが出来ない。
「では、まず手近な貴女から行きましょうか」
海面を爆走する深海千島棲姫が最初にターゲットにしたのは、電。深雪の応急処置を間に合わせたのは、電の必死の抵抗があってこそであり、逆に言えば、電を始末してしまえば、今は深雪の頼れるものは一気に半減する。そして、深雪のメンタルにも大きなダメージを与えることが出来る。そう確信していた。
自分の力に酔っている雰囲気もあるが、自分が深雪に対して一番
世界の平和を破壊しようとする魔王には、これ以上ない屈辱を与える。それが、今の深海千島棲姫の戦い方。
卑怯で、陰険で、吐き気がするほどのドス黒さ。そしてこれを、恒久的な平和を手に入れるための正義と本気で思っている。出洲の教えを心の底から信じているからこそ、ここまで残酷なことが出来る。そこに深海の思想まで含まれてしまっているのかもしれない。
「んなろっ、させて、たまるか……っ」
「遅い、遅いですよ
深雪も電も、勿論白雲だって、この深海千島棲姫の言動が気に入らない。しかし、力が届かない。このままでは、薄雲の命を冒涜され続ける。それが悔しくて仕方ない。だが、諦めるようなことはしない。
なのに、手が届かなかった。
「電ぁ! 避け──」
「だから、遅いんですよ。先に始末させてもらいますね。電さん」
ここで電の弱さが出てしまった。猛突進してくる深海千島棲姫に対して、恐怖心が少しだけ溢れたのだ。
冷静ならば、迎え撃つことが出来るはずなのに、怒りによる集中力の欠如と同時に、恐怖心による動揺が重なることで、一瞬だけでも身体が震えてしまった。
深海千島棲姫の速さは、その一瞬が命取り。突進のスピードが乗った鎖は、それ以上のスピードを以て電に襲い掛かる。巻き付かれたら、深雪の腕も同じように焼き切られるだろう。腕でもアレだ。脚ならばもう動けなくなり、最悪浮力を失う。胴でも同じであり、より死が近付く。そして首ならば、逃がれようのない死。
それを意識してしまったことで、電は震えだけでなく身体が硬直してしまった。もう回避出来ない。諦めたわけではないのに、死を受け入れたわけでもないのに、その攻撃を真正面から受けることに──
「電様!」
ならない。ここで咄嗟に動くことが出来たのは白雲だった。ここで電が命を落としたら、深雪が壊れてしまう。無意識にでもそれを感じ取った白雲は、考えるまでもなく身体が動いていた。
深海千島棲姫の鎖が電に絡み付こうとした瞬間、電を抱き締めるようなカタチで身を投げた白雲。その結果、2人同時に絡みつかれることになる。だが、幸いなことに絡みつかれたのは首ではなく胴。艤装諸共縛り上げ、密着させるように拘束する。
「電様、どうか我慢してくださいませ!」
「な、何を」
そして、白雲はどうにかフリーにした手でその鎖を握りしめると、全力で凍結の力を注ぎ込んだ。赤熱していく鎖に、同じレベルの冷却をぶつけることで、焼き切られることを防ぐ。
しかし、締め上げられているのは変わりない。肺の中の空気を絞り出されるような苦しさを味わうことになる。
「っあっ!?」
「ぐぅっ!?」
その悲鳴は、逃れられないもの。嫌でも耳に響く。
「電、白雲!」
「都合がいいですね。2人纏めて始末してしまいましょう。それではさようなら。魔王の配下は、少ないに限りますから」
焼き切れないならばと、深海千島棲姫は2人に魚雷を放ってしまった。
「くそっ! くそぉっ!」
その魚雷を破壊するため、深雪は砲撃を放つが、冷静さを失った上に、常に痛みが送り込まれる状態では、まともに照準を合わせることすら出来ない。
そして──
「ウソ……だろ……」
その魚雷は縛り上げられた2人の真下まで向かい、ドンピシャのタイミングで爆発。水柱と共に、鎖から解放された電と白雲が空中に投げ出された。
その時に深雪は見えてしまった。電も白雲も、
「……電、白雲……! しっかりしろ!」
べちゃりと海面に叩きつけられた2人は、脚部艤装が失われたことで、もうそこから動けない。基部の力でなんとか沈まずに済んでいるが、時間の問題。
「い、電様……止血……いたします……我慢をば……」
基部が無事ならまだ凍結は使える。白雲はそこは冷静に動いた。自分の頭を冷やすということも出来るのかもしれない。
真っ先に電の失われた脚の付け根に触れると、一気に凍らせる。電が呻くものの、これで出血多量ということはない。続けて自分の脚にも同じように施した。
「まぁこれでいつでも沈められるでしょう。放っておいてもそのまま死にそうですし。あとはこれで貴女だけですよ、
笑みを浮かべて主砲を構える深海千島棲姫だが、深雪はそれどころでは無かった。
薄雲の命を解放する。その願いは、今霧散した。それ以上に叶えなくてはならない願いが出来た。電と白雲を救いたい。そのためにはどうすればいいのかはわからない。だが、とにかく救いたい。その一心で、
「2人を救うための力を、今を覆す力を、あたしに……!」
その時、肩に控えていた深雪のサポート妖精さんが、小さく頷いた。
瞬間、手の甲に漂っていた煙が、一気に噴き出した。それは、軍港都市の時と同じ。だが今は、発煙装置はここにない。深雪の身体から、その煙は溢れ出したのだ。
その時の深雪は、怒りを忘れていた。憎しみもなかった。ただひたすらに、電と白雲を救いたいと願っていた。それが、深雪の力を呼び起こす。