後始末屋の特異点   作:緋寺

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呪いへの祈り

 伊豆提督とイリスからの話も終わったところで、執務室にノックの音が響いた。

 

「ドロップ艦の処置が終了したわ。その報告がしたいのだけれど」

「ええ、大丈夫よ。こちらの話も済んでいるから、入ってちょうだい」

 

 声の主は神風。筆頭駆逐艦はその戦場に出ていなくても報告に来る様子。いや、むしろ別の理由──深雪がここで真実を聞いていることを知っているからこそ、実際に手を下した長門では無く、神風が自らココに赴いたのだろう。

 前々から神風は深雪を気にかけている節はあった。最初の発見者であることも関係していそうだが、それ以上に何処か放っておけないと感じるのだろう。

 

「……もういつも通りに伝えていいのかしら」

「深雪ちゃんも全部知っている状態よ。だから、普段通りにお願い」

 

 深雪がいる場では、やはり隠し事をしていたということがわかる。気を遣われていたことを理解し、深雪は少しだけ真剣な眼差しを神風に向けた。

 そこに苛立ちや怒りなどは無く、次に神風から語られる()()()()()が何かを聞くことで、これからを見定めるため。

 

「妖精さんの処置で、穢れは浄化されたわ。()()も見えないみたい」

「そう、良かったわ。よく祈っておいてくれたかしら」

「勿論。これ以上恨みを持たないように。ハルカちゃんも」

「ええ、行かせてもらうわ。アタシが祈らなくちゃ意味がないもの」

 

 人類に敵対するドロップ艦を屠ったことに対する祈り。後始末の際にも深雪は妙高に祈るように言われていたが、この()()()()()()()はかなり重要な立ち位置にあるようだった。

 

 過去の人類の行ないが呪いを生み出し、それによって人類に対する憎しみを持つようになってしまったのが現在のドロップ艦だ。それは本来の在り方すらも呪いに塗り潰されて、人類の敵にされてしまった存在。

 命の奪い合いをせざるを得ない状況に置かれてしまい、結果的にうみどりの面々が勝利を収めることが出来たとしても、それがさらなる呪いに繋がりかねない。

 深海棲艦を生み出す穢れよりも脅威と考えられている呪いは、言ってしまえば何よりも思いの力に準拠しているモノだ。それ故に、許してもらえずとも祈ることによって少しでも呪いが緩和すればという()()()をしている。実際、この祈りのおかげでドロップ艦の発生そのものが少々減ったようにすら思えるらしい。

 

「深雪、貴女も来た方がいいんじゃないかしら。もう全部知ってるのよね?」

 

 神風に話を振られて、深雪はしっかりと首を縦に振る。

 

「ああ、全部聞いた。過去の人間がしでかしたことも、この艦隊がその尻拭いをしてることも」

「尻拭いじゃなく、後始末ね」

「似たようなもんだろ」

「違うのよ」

 

 心持ちが違うのだと、神風は苦笑する。戦場の後始末をしていることには変わりないのだから、過去の人類のしでかしたことに対しての後始末として率先して自分から踏み込むためには、尻拭いという言葉を使うと抵抗があるらしい。

 そんなもんかと深雪が尋ねると、そんなもんよと神風はオウム返しした。ならそうなのかもしれないと、深雪は尻拭いという言葉を使わないようにする。

 

「みんな揃ってるわ。どうせなら、改めて全部知った深雪と話をした方がいいかなって思うのよ」

「良い考えだと思うわぁ。それじゃあ、行きましょっか」

 

 伊豆提督に促され、先程命を落としたドロップ艦の冥福を祈るために執務室を出る。戦場の後始末の時に深海棲艦の亡骸に祈るよりも、神妙な気分になっていた。

 

 

 

 

 工廠、立ち入り禁止区域の手前に、うみどりの艦娘達が全員集まっていた。ドロップ艦を発見し、それがカテゴリーMである場合は、こうして伊豆提督も含めて全員で冥福を祈る。

 

「自分達で沈めた相手の冥福を祈るんだ」

「……ああ、こうならないようにしているんだがな」

 

 深雪の呟きが聞こえたか、長門がそれに応える。このドロップ艦を沈めたのは長門であるため、この集まりの中心となっていた。

 

「説得、してたよね。長門さん」

「ああ、勿論。カテゴリーがMであろうとも、話し合いで解決出来るのなら、私はそれを優先する。呪いに蝕まれ、憎しみに染め上がっていても、本来の艦娘の心に私の声が届くかもしれないと思っている。だから、まずは話し合いを持ちかけるんだ」

 

 しかし、それは今まで全て失敗していると、長門は悔しそうに呟いた。過去の人間のせいで、生まれた直後から憎しみに囚われた艦娘達が牙を剥いてくることを見続けるのは、長くこのうみどりに勤めていても辛いモノだと語る。

 

「声が届かないならば、そこで沈めるしかない。そうしなければ、我々がやられる。我々がやられたら、人類に脅威が及ぶ。あの場所で逃がしていたら、間違いなく軍港が襲われていただろう」

「……だろうね」

「軍港の鎮守府の艦娘達は、我々よりも練度は高いだろう。我々よりも呆気なく沈めてしまうかもしれない。だが、私はあちらの艦娘達に、こんな気持ちを味わってもらいたくないんだよ」

 

 深雪は長門がうみどりに所属している理由がわかったような気がした。その心は、伊豆提督と似たようなモノ。

 

 誰かがやらなければならないのならば、自分がやると手を挙げる。他の誰かが、こんな気持ちを知る必要はないのだから。そう考えて。

 長門もそれだ。最終的に手を下すことになるのなら、他の者にこの辛い判断をさせたくない。カケラも知ってもらいたくない。だから、自分がそれを受け持つ。

 一種の()()()()()()()である。

 

「その話はまたあとからしよう。今は、この子の冥福を祈ろう」

「……うん」

 

 そこには、明らかに人一人が入れそうな箱があった。中は見えないが、どう考えてもそこにあのドロップ艦が入っていることが明らかだった。

 

 艦娘の最期を表すような、無骨な鉄の棺。

 

「提督、すまないがよろしく頼む」

「ええ、ありがとう」

 

 長門に促され、伊豆提督が一歩前へ。長門にハルカちゃんと呼ばれていなかったが、この雰囲気の中で言い直しを強要することはない。ここはそういう場ではないし、おちゃらける空気でもない。むしろ、今は伊豆提督もハルカちゃんではなく提督としてここにいる。

 

 伊豆提督が前に出た代わりに一歩下がった長門が深雪の隣へ。そこで小さく、今からやることはドロップ艦を見送る()()みたいなものだと伝える。

 流れはいつも同じ。しかし、それをやることでこの呪いを少しでも失わせることが出来る。そう信じて、ただ祈る。

 

「我々に謝罪されても、貴女達の怒りと憎しみが晴れることは無いと理解はしています。過去の我々の同胞の非道な行ないを許してくださいと言えません。我が身を守るために貴女達の命を奪ったことも、仕方が無かったと吐き捨てず、背に十字架を背負って生きることを誓います。せめて、安らかに」

 

 それは、祝詞でも経でもない、ただの懺悔。過去の人類の罪を呑み込んで、それを理解し、ただ自分達の行ないを罪として認識し、それを言葉に出す。謝罪は出来ない。だが、償う気持ちがあることを伝える。

 呪いによって憎しみを持った敵性艦娘にその声が届くとは到底思えない。言われたところで絶対に許さないとその意志を強くぶつけられている。しかし、言わねばその声が届くこともない。

 それが亡骸であっても、その本質、呪いそのものに純粋な心をぶつけることで、ほんの少しだけでも気持ちを知ってもらうために。

 

 伊豆提督の言葉に続けて、周囲に立つ艦娘達が目を瞑り、その冥福を祈る。次はこうならないようにと、心の底から願う。うみどりで後始末をすることを自ら選択しているとしても、こんな悲しい戦いを続けたいなんて思わないから。

 

「……」

 

 深雪も見様見真似で追悼の意を捧げる。同じドロップ艦の死を目の当たりにして、複雑な気持ちになっているが、どちらの言い分もわかるため、とにかく次が無くなってほしいと願った。

 せめて安らかに眠ってほしい。次に生まれ変わることがあったら、自分のように呪いの影響を受けていない存在になってほしい。ただそれだけを思う。

 

「ありがとう、みんな。上辺だけと言われるかもしれないけど、アタシ達の祈りは届いていると信じましょう」

 

 少し長く祈り、それを終える。これだけで呪いに届くかはわからないが、気持ちを込めることが呪いを薄れさせると信じることで、それを良しとするしかない。

 

 自己満足だと言われたら、それを否定する術はない。むしろ、自分達でもそうであると言い切れる。謝罪しながら沈めているのだから、言っていることとやっていることが矛盾しているだろう。

 事実、うみどりの立ち位置は微妙なところだ。贖罪を受け持っていても、人類を守るためには戦わなければならないのだから。

 

「その箱……棺桶でいいのか、それはどうするんだ?」

「この後、妖精さんの手で処置をしてもらうの。深海棲艦の亡骸とは違う扱いになるのだけれど、この艦の中だけで全て終わらせるつもりよ」

 

 立ち入り禁止区域で行なわれる処置のため、艦娘達には全てが秘密とされている。その()()()()だけは、伊豆提督とイリスだけが知っている。

 敵性艦娘に手を下すことを艦娘に頼らざるを得ないのだから、それよりも先は自分が背負うのだという決意と覚悟。そもそもこの方針を決めているのが伊豆提督なのだから、自分に一番業があるとは彼の言葉である。

 

「さぁ、あとはアタシとイリスがやっておくから、みんなは一度休んでちょうだいね」

 

 伊豆提督がいつもの調子に戻ったように見えたが、深雪にはこの現状が重くのしかかっていた。

 自分もドロップ艦を説得したいと思っていたものの、それが失敗した時はこうなるというのを先に知ったことで、その覚悟が揺らぎそうになっていた。

 

「深雪、ここで全部を見たということは、うみどりのやり方に賛同してくれているってことでいいのかしら」

 

 そんな深雪に神風が話しかける。気が重くなっていることを見越して、考え込まないように。

 

「……ああ。ハルカちゃんにも話したんだけどさ、次のドロップ艦には、あたしが声をかけてみたいって思ったんだ。聞いたよ、カテゴリーのこと。あたし、Wとかいう特別な存在なんだってな」

 

 その言葉に、神風は無言で首を縦に振る。

 

「同じドロップ艦なんだから、あたしの声は届くかもしれない。だから、あたしもみんなと戦う。そう考えてた、でもさ、今のコレを見て、実際にやって、もう尻込みしちまった。失敗したらこうなるってわかったら、さ」

 

 自分の失敗がドロップ艦の死に繋がると思うと、手が震えるような気分だった。

 まだ深雪には他人の命は重い。命を救う存在なのに、考えていた戦いとはまるで違うから。仲間の命が直結する上に、それが深雪のトラウマにも直結する。

 

「気にするなとは言えないわ。私達も、その重みを背負っているつもりだもの。そうなるのには……時間がかかるわ。私だってそうだったから。ねえ、長門さん」

「ああ。私だって同胞となり得る艦娘達を手にかけるのは辛い。本当に辛い。今でも抵抗はあるし、手だって震える時がある」

 

 だが、と長門は続ける。

 

「誰かがやらなければ、同じ思いを誰かがするんだ。私は()()()()()()()()、人類の平和のために戦うと誓った。自己満足だと言われても、偽善だと言われても、私はこの歩みを止めない。それが、私の物語だ」

 

 ニッと笑みを浮かべる長門。人類を守るためには、敵性艦娘も手にかけなければならない。どちらを取ると言われれば、長門は人類を取ると誓った。

 罪の意識を持ちながらも、艦娘として人類を守ろうとしているだけ。本当にそれだけ。しかし、それほどの正義感を持っているからこそ、ここに立っていられる。前に進める。

 

「深雪にこうなれとは言わない。決めるのはお前だ。その道を違えても、私達はお前の物語を尊重する」

「……わかった。一度決めたことだ。あたしは、揺らがねぇ」

 

 

 

 

 決断はしたが、揺らいでいくのが人の心。深雪にもそれはある。それを乗り越えて、心を強くする。

 




艦娘と戦うことなんて怖いに決まっているわけで、でもやらなければその向こう側にいる人間が滅ぼされるかもしれないと思うと、やらなくちゃいけなくなるわけで。
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