深海千島棲姫が特異点を、小柄がタシュケント達すぐさま戦闘に出られる状態の者と戦っている間、中柄のカテゴリーKは潜水艦側への威嚇──動くなと睨みを利かせつつ、その意識は深雪の方にも向けていた。
動かずにいたのは、特異点のポテンシャルをより詳しく調べるため。これまでうみどりを襲撃した者は、ことごとく敗北を喫し、戻ってくることも無かったため、軍港都市での戦い以降の特異点の成長が、出洲達には届いていない。
そのため、今回の戦いはそれも視野に入れた襲撃であった。深海千島棲姫がそのまま勝利し、特異点を始末するのならば問題ない。しかし、それを覆すようなことがあれば話が変わる。
「……来たか」
深雪から煙が巻き上がり、その戦場を煙が包み込んでいく。軍港都市の時と同じ、不思議な力を持つ煙幕。
しかし、軍港の時とは規模が違う。範囲はかなり小さく、深雪と電、白雲を包み込む程度の範囲。
内部で何が行われているかは、ただ見るだけではわからない。恐ろしいことに、電探ですら内部が感知出来ない。
「次は……何を起こす」
刀の柄を強く握り、深雪の動向を注意深く観察する。それこそ、潜水艦に向ける睨みが疎かになるほど。だが、意識はどちらにも向いているため、迂闊に動くと潜水艦側を攻撃するつもりではあった。
「煙……話には聞いていましたが、ピンチになると煙幕を出すんでしたね」
深海千島棲姫は、この状況になってもまだ余裕を持ってその光景を見ていた。煙幕が急激に拡がり、始末すべき敵が視界から隠れたとしても、何処にいるかは先程まではそこにいたという実績があるのだから、そこに向かって撃てばいいだけの話。
深雪はともかく、電と白雲は脚を失っているのだから、今いる場所から移動なんて出来やしない。そこにまた攻撃をすれば、確実に命を奪える。放っておいても死ぬかもしれないが、ここで反撃を喰らうのもよくないと、先んじて攻撃をしておいた。
「……おや?」
砲撃と雷撃、どちらも同じ場所、電と白雲が倒れていた場所に狙いを定めて撃ち込んだはずである。しかし、悲鳴も聞こえなければ、何かに当たったような音もしない。煙の中に入っただけで、それが霧散したかのように消え去った。
「当たっていない……? 文字通り、煙に巻いたとでも言いたいんですか、
当てつけのように煙の中に話しかけるが、深雪の反応も無かった。
苛立たせ、本来のポテンシャルを発揮させないようにしつつ、確実に追い詰める。それが今回の作戦だったのだが、この煙が戦場に撒き散らされたことによって、状況が変わろうとしている。
深雪の頭の中には今、電と白雲を救いたいという気持ちしか無かった。深海千島棲姫の声も聞こえていない。戦場も見えていない。ただひたすらに、2人を救う力を求めた。
その結果、サポート妖精さんが、今なら大丈夫と判断した。それは、かつて深雪には許可を出せなかった
これまではずっと何処かに雑念があった。負の感情も交じっていた。薄雲の命の解放を願った時も、その根幹は深海千島棲姫への怒りがあった。
だが、今は違う。怒りも憎しみもない。心の底から、仲間を救いたいという気持ちが溢れていた。
深雪は今、自らの弱さと向き合えていた。そして、その上で、必要だと感じたのが仲間を救うための力。敵を討ち倒す力ではない。強くなりたいというわけでもない。この現状を覆すだけの力を求めた。
深雪が改二となるための最後のトリガー。それは、これまで以上に仲間を想う心。
「煙幕……! って、あたし発煙装置持ってないぞ!?」
ここで深雪は気付く。深雪の発煙装置は左手首に装備されるモノ。そしてそれは、左腕ごと失われてしまっている。今は煙幕で視認出来ないが、その左腕は今まで近くに落ちていたはずだ。
それなのに、煙幕がモクモクと周囲を囲んでいた。この煙は、
「なんだこりゃ……これがあたしの能力ってことか……?」
これまであった特殊な能力──白雲の凍結や、深海千島棲姫の燃焼のような、艤装の要素を拡張している能力とは思えない、体内から溢れ出す煙。
特に今は、焼き切れて白雲によって傷口を凍結してもらっている左腕の断面から激しく噴き出していた。まるでそこが噴出口のように。
「これで……2人を救えるのか」
直感的に、
それが正しくても間違っていても、この煙には縋るしかなかった。今この場でこうして出てきてくれたのならば、現状を打破する力になってくれるはずだ。
「頼む……救いたいんだ。電と白雲を救いたいんだ。だから、あたしは……!」
サポート妖精さんも小さく頷く。そして、前代未聞の
ドックを使わない改装は、基本的には出来ない。例外は一部あるようだが、ドックの妖精さんの力を借りて初めて安定した改装になる。そこにサポート妖精さんの力も加わることで、さらに安定するのだ。
しかし、今ここでやろうとしているのは、
「あいつらがいなくなったら、あたしは前を向けなくなっちまう。だから救うんだ。その力を、すぐに、すぐにくれ! みんなを助けられる力を──っ!」
煙がより一層強く噴き出し、深雪の身体に纏わりつく。それは煙ではあるのに、まるでドックに入っている時のような温かさと心地よさ。そして、その効果はすぐさま現れる。
凍結した左腕の断面が溶け、煙が腕の形状に固着したかと思えば、本当の腕へと変化。すぐに神経も繋がり、失われたそれが生えたかのように元通りとなった。
それだけでは終わらず、身体中についた傷や汚れすらも無くなっていき、それこそドックに入った後のように綺麗になる。
人間が艦娘となる際に、その時までに負っていた怪我も、患っていた病も、全てが治った健康体となることは、重傷を負って命を求める過程で艦娘となった睦月や子日によって証明されている。
改装はそれと同じ効果がある。大破状態であっても、全ての傷が失われ、
「す、すげぇ、行けるのか、あたしはまた……!」
纏わりつく煙は身体に染み渡り、これまでの疲労すら失われた。むしろ、これまで以上の力を感じる。
よく見れば、肩にいる妖精さんの姿も変化していた。深雪の改装に合わせ、制服が別物となっていた。そして、気付けば深雪自身も制服が変化していた。煙が纏わり付き、それそのものを書き換え、新たな姿へと生まれ変わった。
深雪改二。この戦いを終わらせる者として、ここに覚醒。
「よし、行こうぜ。みんなを救うんだ!」
妖精さんも強く頷いた。途端に煙が晴れていき、仲間達の姿がハッキリ見えるようになった。それ以外の煙はまだ残ったまま、深海千島棲姫からは身を隠した状態。
煙の中でも、電と白雲の怪我は治っていない。今回の煙は、深雪にのみ作用する願いであったことがここでわかる。救いたいという気持ちの中に、現状を打破する力をという願いが強く入ったことで、そういう効能となったと言える。
「大丈夫……じゃねぇよな。耐えられるか」
優しく声をかける深雪に、脚を失った2人は弱々しいものの、笑みを浮かべる。姿が変わっていることに驚きを見せるものの、深雪が無事であることを心から喜んでいる表情。電も白雲も、自分のことより深雪のことを考えている。
「だ、大丈夫……なのです……。深雪ちゃんの煙で……少し痛みが和らいだのです」
「はい……電様が仰る通り……今は耐えられる程に」
救いたいという願いが込められた煙であるおかげか、その痛みを緩和する効能もあった様子。そこから動くことは出来ないが、このまま事切れることも無ければ、意識を失うこともない。
安心は出来ないものの、先程までとは違う、安定した状態。この戦いを早く終わらせることが出来れば、余裕で間に合うはずだ。
逆に言えば、ここからまた時間をかけてしまったら、2人は危なくなる。深雪はそんなことを願っていない。
「すぐに終わらせてくる。だから、少し待っていてくれ」
「……申し訳ございません……お姉様。白雲が、もっと力があれば……」
「充分すぎる。お前が凍らせてくれてるから、これ以上酷いことになってないんだ。電が頑張ってくれたから、あたしはまだ生きてる。あたしだってもっと力がありゃ、こんなことにはなってなかった。すまねぇ」
深雪に謝られたら立つ瀬がないと白雲は落ち込むが、大丈夫だと頭を撫でた。それは、先程までは失われていた左の手。
「深雪ちゃん……お願いするのです。電達は今はもう戦えないけど……」
「任せろ。ここで待っていてくれ。全部、終わらせてやる」
電の頭も撫でた後、スッと立ち上がって手を強く振る。すると、戦場に撒き散らされていた煙が一気に晴れた。
今まで見えなくなっていた深海千島棲姫の姿もハッキリ見える。煙によって何も出来なかったようで、苛立ちを見せているようにも見えた。
「ようやく出てきましたか。煙幕だなんて小癪な真似をしましたが、時間稼ぎはもう大丈夫ですか?」
「ああ、もういい。それに、お前はあたし1人でやる」
一歩、また一歩と前に出て、深海千島棲姫へと近付く。その表情は、焦りなどは一切なく、怒りなども見えない。ただただ、その存在に対して
改二へと覚醒し、精神的に落ち着くことが出来たことで、周りがよく見えるようになっていた。相手が薄雲の命を使っているということは理解していても、そこから怒りが湧くようなことはもう無い。冷静にこの場を見ることが出来た。
それを見た深海千島棲姫は、これまでの嘲るような表情から、訝しげなものに変える。
「なんですか、その目は」
「いや、なんつーか……お前、可哀想な奴だなって思ってさ」
その発言は苛立ちに繋がる。
「可哀想? 意味がわかりませんね」
「お前も元はまともな人間だったんだろ。でも、出洲の奴に唆されて、あたしが魔王だのなんだのって吹き込まれて、それを信じ込んで、今こうやって戦場に立ってんだ。お前も余裕が無かったんだろうな。で、縋るしか無かったんだろ」
「知ったような口を聞かないでもらえますか
当てつけはやめない。しかし、もう深雪には効かない。
「……悪いな、薄雲。後回しにするような感じになっちまって。でも、絶対に解放してやる。あんな奴に使われているなんて、もう嫌だろう。あいつだって被害者かもしれねぇけど、取り返しがつかないところまで来ちまってる」
手の主砲を強く握りしめて、深海千島棲姫に向けた。仕切り直して、ここからが次のラウンド。そしてここで終わらせてやるという気持ちを強くぶつけるように、その表情は睨みに変わる。
「いい加減に、終わりだ。充分やっただろ」
「終わるのは貴女ですよ魔王。平和を拒み混沌を望む貴女は、この世にいるべきではないんですから」
そして、戦いは再開される。
──はずだった。
「特異点、今ここで散ってもらう」
深雪の覚醒を見届けた中柄が、先程までいたはずの場所から移動し、深雪を斬り殺そうと行動を始めたのだ。
完全に意識外からの攻撃。深雪どころか、深海千島棲姫ですら、中柄がここで動いてくるだなんて予想していなかった。
あまりにも速い、強烈な突撃に、深雪は空気を読まない闖入者に目を見開く。
「なっ……!?」
中柄からしても、今の深雪はまずいと感じたのだろうか。ここで始末しておかねば、後々本格的に自分が属する組織に仇なす存在へと成長すると理解してしまったのだろうか。
とにかく、深雪はその速度に反応しきれなかった。手が動く前には、中柄は完全に自分の間合いに入り込んでいた。
だが、その刃は深雪には届かない。
「ごめん、準備に手間取ったわ」
中柄の攻撃は、援軍として出撃した神風の刀によって受け止められていた。
250話にして深雪覚醒。そして少し遅れましたが、2023/10/18に、ハーメルン連載5周年となりました。これからもよろしくお願いします。