「余裕ぶってますが、私がそう簡単にやられるとでも?」
「やってみなきゃわからねぇだろ。ほら、来いよ。かかってこいよぉ!」
深海千島棲姫と相対する深雪は、主砲を構えて怒鳴るように挑発した。これだけ待ってやったんだ。さっさとかかってこい。そう言わんばかりに、深海千島棲姫からの先制攻撃を待つ。
あくまでも正々堂々。精神攻撃に対してはやり返してやったが、命の奪い合いには卑怯なことはしない。
「ならば、お望み通り向かってあげますよ、
当てつけはやめない。あくまでも精神攻撃をメインにしている辺り、とことん性格が悪い。むしろ、それしか深雪に対して有利が取れる戦い方を持ち合わせていないか。
そんな攻撃は、もう今の深雪には一切効かない。深海千島棲姫が何を言おうと、動揺することはないのだ。
ただし、怒りを持たないとは言っていない。冷静でいられるくらいに精神的にも成長したが、冷静でいられる
「何か変わったんですか? ただ傷が治っただけでしょう」
この状態でもまだ侮辱するような態度で砲撃と雷撃を同時に放つ。相変わらずこの攻撃方法は変わらない。
砲撃も雷撃も、見極めてしまえば避けられない攻撃では無い。特に魚雷は、撃ち抜いて水柱を立ててしまうと思うツボである。
今ならば雷撃から守る誰かということもいないため、破壊することなく避けられた。
しかし、本当に危険なのは砲撃でも雷撃でもない。不意に投擲される主砲そのもの。鎖は赤熱して全てのものを焼き切り、そうでなくても振り回されればそれは鈍器だ。直撃したら致命的になる可能性だってある。
今はそれをちゃんと見据えるだけの余裕が出来る。心にゆとりが無ければ空回りすることなんて、深雪は特に知っている。怒りはそれすら奪っていくのだということを、痛いほど知ることになった。
「そうかもしれねぇけどな、さっきまでとは全然違うぞ」
「それが何かと聞いているんです」
「黙って見てればわかるんじゃねぇか?」
深海千島棲姫の攻撃は、回避方向を計算しながら砲撃と雷撃を同時に、時には交互に繰り出される。特に魚雷の方が、破壊した時の水柱の高さからして威力が高く、直撃しようものなら、先の電や白雲のように両脚を持っていかれた挙句、動けなくなったところを追加でドカン。
そうならないように、深雪は華麗にステップを踏みながら回避し続けた。これも怒りに呑まれていたら忘れてしまっていたこと。うみどりで教わったことを、正しく発揮出来るのは、心が静かな時。
深海千島棲姫の戦術は、特異点特化で心を乱すこと。その存在自体が有利といえる。だが、深雪がそこを攻略してしまえば、少々火力の高い駆逐艦となる。
曲がりなりにも姫級であるのに、先程までの圧倒が嘘のように失われ、あっという間に拮抗。むしろ、深雪のペースとなっていた。
「こんな戦場でダンスですか?」
「そのおかげで、お前の攻撃は当たらねぇ」
那珂から学んだアイドルのステップが、また戦場で役に立つ。事実、深海千島棲姫の攻撃はまるで当たらなくなり、深雪は飄々とした表情で砲撃を返す。
深海千島棲姫だって、回避性能はかなり高めだ。これまでのカテゴリーYと比べると技術力も高く、かなり練度の高い艦娘と同等かそれ以上と言える。深雪の攻撃は、深雪以上に余裕があるような回避を見せた。
しかし、ここから疲労を感じ始めているのは深海千島棲姫の方だ。先程までの余裕が覆され、愉悦は焦燥へと変わり、それを表に出さないように努めていても、精神的な余裕は少しずつ削れていく。
先程まで自分が深雪に仕掛けていた策を、逆にやり返されているようなものだった。無意識に追い詰められ、余裕が無くなれば攻撃の精度も失われ始める。
「お前の方こそどうしたよ、さっきまではもっとやれたんじゃないのか?」
逆に煽り始める深雪に、深海千島棲姫は苛立ちを覚える。これまでの自分の立場を奪われたような感覚に襲われ、歯軋りしたような表情を見せた。
「さっきも言ったけどな、お前がやってよくて、あたしがやっちゃいけない理由なんて何処にも無いんだよ。それに、今ここにいるのは、命の奪り合いだよな。あたしを殺しに来たんだろ。だったら、
深海千島棲姫は気付いていない。深雪が少しずつ近付いてきていることを。回避しながらも前進し、自分の間合いへと持ち込もうとしていることを。
「なんで絶対に自分が勝てると思える。これまで負けたこともなかったのか。何処からその自信が出てくるんだ。自分が最強だとでも思ってるのか。こんなに追い詰められておきながらよぉ!」
ある程度近くまで来れたタイミングで、真正面から放たれたのはまさかの魚雷である。
煙幕に包まれるまでは間違いなく持っていなかった装備。しかし、焼き切られた腕が再構成され、改二として改装された際に、太腿にしっかりと括り付けられていた。
改装されることで身体が全回復すると同時に新たな装備を得る艦娘というのはかなりの数いる。それは正式なドックでの改装の時に妖精さんが用意してくれる、一種の
しかし、この煙幕の中での改装で深雪はそれを手に入れ、さらには即座に使いこなそうとしている。それが当然と言わんばかりに。
それは、軍港都市で発煙装置を手に入れた時のほとんど同じ。そのためか、妖精さんも若干困惑したものの、魚雷は魚雷であるためひとまず納得したような表情。発煙装置のような管轄外では無いようである。
「なんっ、さっきまで持っていなかったのに、それも魔王のインチキですか!?」
咄嗟に雷撃を回避する深海千島棲姫だが、明らかな焦りの色。これまでに無かったモノを出されたことで、戦況が完全に変わったとようやく理解し始める。
「あん? あたしも知らねぇよ。でもな、これが必要だからここにあるんだろ。必要無いものが出てくるなんて思えねぇからな!」
かなり至近距離での雷撃であるため、回避に専念せざるを得なくなる深海千島棲姫。深雪も砲撃に雷撃を織り交ぜて、ガンガン攻撃を続ける。
しかし、悪知恵も働く。自分で放った魚雷は破壊されなくなったことで水柱が立たなくなり、姿を隠したところから鎖で繋がれた主砲を振り回すというわかりやすい不意打ちをすることが出来なくなっている。それを深雪の魚雷を利用してやってやればいいのではないかと、咄嗟に思いついた。
真正面から鎖を振り回しても、おそらく絡めとることも出来なければ、直撃させることも出来ない。電のように脅かして硬直させたりしなければ、有効打が狙えない。より確実性を求めるのなら、より相手を
「当たりませんよ!」
回避しつつもその魚雷を主砲で破壊する。先程はそこからでも行動が読まれたものの、ならばこれまでやったことがない行動で意表を突けばいい。例えば水柱を突き抜けるように主砲を投擲する、など。
深雪が水柱を散らすように砲撃を放つことは、煙幕による覚醒後に見られた行動。ここでもそれをすることは予想出来た。ならば、それを利用してやる。水柱を作り、それを散らすための砲撃を放つと同時に、少し避けてから正面に投擲。これが現在出来る深海千島棲姫のベスト。
至近距離と言っても、手が届く範囲というわけでもない。鎖がある深海千島棲姫の方がリーチもあって有利であることには間違いない。砲撃の合間に繰り出されるからこそ、主砲投擲は不意打ちとして成立する。
「そりゃそうだろうな。んなもん、いくらでも読める」
ここで深雪はこれまでに見せたことのない戦術を取る。水柱をあえて散らすことをせず、そのまま深海千島棲姫の攻撃を
案の定、真正面から少しズレた位置から主砲が投げつけられたことを確認出来た。水柱の向こう側にいる深雪に目掛けて。
「鎖は熱くなるみたいだけど、主砲が熱くなるわけじゃあねぇだろ」
深雪はその主砲に身体を向けた瞬間、主砲を持たない手、再構成された左手で砲塔を掴むようにして受け止めてしまう。
手から離れた主砲は、それはもう主砲ではなくただの鈍器。先程まで砲撃を放っていたために砲塔は熱を持っているものの、深雪はお構いなし。
「おら、来い!」
そして、その主砲を思い切り引っ張った。自分の意思でない力が加わったことで、深海千島棲姫は強引に姿勢を崩される。
主砲に接続された鎖は、基部の方にまで接続されているため、強引に引っ張られたら深海千島棲姫自身が引っ張られることとなった。鎖の長さにも限界はあるし、不意打ちで引っ張られたらすぐに伸ばすということも出来ない。
「なっ!?」
深雪の膂力でも深海千島棲姫は水柱をぶち抜くように引っ張られ、あっという間に深雪の手が届く範囲へ。鎖を熱する余裕すら与えない。
「よう。近くで見たら、薄雲と似ても似つかないな」
そして、勢いを活かしてその胸に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「かはっ!?」
「あたしは心が痛かった。お前は身体が痛くなれよ」
蹴りで吹っ飛ばされ、その度に主砲を引っ張られ、余裕がない状態だとまた身体を引き戻され、再び蹴りを叩き込まれる。
二度目の蹴りで既に肋骨が悲鳴を上げており、三度目の蹴りで何本も折れたことが理解出来る。激痛に身が焼かれ、悲鳴すら上げられない。
「っあっ、や、やめっ」
「あたしがやめてくれと言った時、お前はやめるか。やめないよな? だから、あたしはやめない」
胸を蹴るのはそろそろ可哀想だと思ったか、次に蹴るのは肩。一撃で脱臼させられる。
そして次は腰。ヒビが入るほどの強烈な蹴りで、立っているだけでも激痛が走るようになる。
「や、やめて……
ここでも情に訴えかけるように姉と呼ぶ深海千島棲姫。本心からやめてほしいという気持ちは見えていた。
だからだろうか、深雪は一度攻撃の手を止めた。掴んでいた主砲も離してやり、放り投げた。
しかし、攻撃を止めたことで、深海千島棲姫はほくそ笑んだ。あれだけ言っておきながら、妹らしく訴えればこうも簡単に攻撃を止めると。
あとは隙を見せたところで主砲を引っ張り撃てばいい。それで終わりだと画策する。
「……
「何勘違いしてんだ」
深雪は表情一つ変えず、深海千島棲姫の腕を撃ち抜いた。深雪が失った方とは逆の右腕が、二の腕から先が砲撃で失われる。
この砲撃は並の威力ではない。撃たれたことで千切れ飛んだのではない。二の腕から先が
その高すぎる威力による熱波もあり、右半身が焼かれるように熱くなる。残った二の腕以外も、大火傷を負ったように焼け爛れた。
ここで深海千島棲姫は気付いた。深雪の持つ主砲に、煙が漂っていることに。深雪の中から溢れ出た
「っ、が、ぁああっ!?」
「やめてと言われてやめたわけじゃねぇ。もうお前のツラも見飽きたってだけだ」
ここまで来たら、もう冷静でいなくてもいいだろと、怒りのままに主砲を深海千島棲姫の頭に向ける。ここでトリガーを引けば、深海千島棲姫はおしまい。
「最後まで改心は出来ないんだな。やめてくれとは言うけれど、ごめんなさいは言わない。自分のやってることが今も正しいと思ってる証拠だ。そんな奴、あたしが信用出来ると思うか」
ここで初めて、深海千島棲姫は自分がやってきたことの愚かさに気付いた。本当に敵に回してはいけない相手を覚醒させてしまったと。
溢れ出るのは、恐怖と後悔。余裕なんて何処にもなく、もう何も言えなかった。ガクガクと震え、痛みすら忘れて涙を流す。しかし、もう深雪にはそれも届かない。
「あたしは魔王だからな。お前らの平和なんてクソ喰らえだ」
そして、深雪は主砲を放つ。その瞬間、深海千島棲姫は頭どころか胴までもが消し飛んだ。残ったのは、腕の一部と両脚だけ。それも主を失ったことによって、海中へと沈んでいった。