後始末屋の特異点   作:緋寺

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母と子

「あいつら酷いんだ! ボクのことイジメるんだよ! 助けて、()()!」

 

 小柄が放ったこの言葉に、戦場の空気が一変した。見た目だけで言えば、確かに親子に見えなくは無い。深海棲艦に親子という概念があるかはわからないが、姉妹という概念はあるのは艦娘達としては常識。カテゴリーCのみならず、カテゴリーBも把握していること。

 しかし、相手はカテゴリーK。元人間であることは確定である。それである小柄がママと呼ぶのだから、中柄は本当に母親であると考えるのが妥当である。

 

「待っていろ」

 

 小柄の言葉をそのまま言葉通りに受けて、周囲を取り囲む艦娘達に対して殺意を振りまく。まるで子供を守る母親。我が子を虐めた者に天誅を下そうとすら考えている表情。

 先程までどころか、軍港都市で襲撃を受けた時ですら、冷酷な表情から眉一つ動かさないくらいに無表情だった中柄が、明らかに怒りを露わにしているところからして、本当に血が繋がった親子であると感じさせるに至る。

 

「待つのは貴女よ」

 

 ここで神風も到着。ここに来るまでに刀を鞘に納め、いつでも居合が出来る状態にして中柄の前に立つ。

 

 この異様な雰囲気に、誰も声を出すことが出来なくなった。時雨も冷やかしが出来ないような空気に、生唾を呑み込む。タシュケントはおろか、グレカーレすらもこの緊張感に何も出来ない。

 神風のことをよく知る長門や子日は、尚のこと動かない。神風がこの場にこうやって現れたということは、この中柄とは因縁が出来てしまっているということ。何かあるまでは、黙って話をさせることにしている。

 

「その子、貴女の子供なの?」

 

 なるべく感情を抑えた口調で、その事実を問う。先程までは何を聞いても反応が無かった。何も答えてくれないし、表情も変えない、完全な無視をされていた。

 しかし、今の中柄は違う。無傷とはいえ、小柄が艦娘達に攻撃を受け、その事実に対して怒りを持っているからこそ、神風のその問いに答える。

 

「我が子を守るのは親としての使命だろう。貴様達は我が子の命を脅かした。ならば、死を以て償わねばならない」

 

 本気で言っていると、神風は確信した。何故ならば、神風もまた、()()()()から。

 自分の子供がこのような危険な目に遭わせられたら、間違いなく腹が立つし、その原因を作った者を詰問する。法が許すのならば手を上げるとすら思う。

 

 しかし、この場は事情が違う。ただでさえ小柄は人の命をゲーム感覚で摘み取ろうとする()()()()()だ。自分が絶対的な存在で、このゲームの主人公。負けるわけがなく、世の中は自分の思い通りになるとすら考えていそうな、幼稚な暴君である。

 虚構ではない現実で、そんなことが罷り通るわけがない。攻撃されれば抵抗するのが当然だし、命が奪われそうになるのならば逆に命を奪おうともする。それが戦争というものであり、逃れられない命の奪い合いというものである。一方的な蹂躙だけが戦いではない。

 

「貴女が腹を立てるのもわかるわ。子供を守りたいという気持ちも。でも、そんなに子供が大切なら、そもそも戦場に出さなければいいじゃない。それなのに、何故子供にこんな残酷なことをさせているのかしら」

 

 神風の言葉の端々に怒りが見え隠れしていた。ここにいる者でその真相を知る者はグレカーレ以外いないが、同じ()として、子にあえてこんな道を歩かせていることがどうしても気に入らなかった。まさかこの小柄が自分からこの道を歩きたいと言っているわけではあるまい。

 子の責任はおおよそ親にある。このような歪んだ子供となっているのは、親である中柄がそうしたからとしか思えない。故に、その真意を問いただした。

 

「貴様は理由があれば我が子を虐めてもいいと言うのか」

 

 それに対してこの回答。微妙に噛み合っていないところを見る限り、この中柄もどちらかといえば正気ではないように見える。子を守ろうとする親の愛が暴走しているような雰囲気。

 

「イジメでもなんでもないわ。ここは戦場、()()()()()()()よ。そこに足を踏み入れた時点で、いつこうなってもおかしくないわ。それに、貴女の子供にこちらは虐められてるんだけど、それはどう落とし前をつけてくれるのかしら」

 

 少なくとも、見ただけでわかるくらいに傷ついているタシュケントがいる。消耗している者も沢山だ。それに、カテゴリーBはこの子供に居場所すら破壊されているのだ。幸いにも誰もまだ命は落としていないものの、このままでは時間の問題。最悪の場合、ここにいる全員が蹂躙され、うみどりにすらその魔の手が伸び、全ての命が奪われる。

 虐められるのが気に入らないというのならば、こちらの言い分も通るだろうと、神風はそろそろ怒気を隠さないようになってきた。

 

「貴女のそれは、子供を想っての行動じゃない。真に子供を想うなら、そもそもこんなことをやらせないわ。それなのに、子供を手駒のように扱っているのを良しとしてる。例え愛があったとしても、そもそも道が間違っている」

 

 こういう時こそ子供を叱り、悪い道から外れさせる。それが親というものだと、神風は静かに語る。まるで自分が通ってきた道を語るように。

 

「いや、私はそんなもの、愛とは呼ばない。子を想っていない。好きにさせるだけなんて、歪んだ子供にしかならないもの。だから貴女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 中柄の存在そのものを完全に否定する言葉。道を正さない母など、親とは言わない。そこに愛があるとは思えない。

 子の危機に駆けつけ、その身を守ろうとするのは親子愛にも見える。しかし、それがかなりの力を持つ()()()()()だった場合も、同じように行動するだろう。

 

「本当に貴女の子供だったとしても、私は貴女を親だとは思わない。その子をいいように使っているだけ」

 

 そこまで言ったところで、中柄からの殺意が一気に膨れ上がる。それは確実に神風に向き、これまでの()()に腹を立てている感情がひしひしと伝わる。

 

「利いた風な口を。貴様にはわかるまい」

「わからないわよ。私は子供をそんな暴君に育てようなんて思わないもの。静かに幸せに暮らせればいい。健やかに育ってくれればいい。他の人間の命を奪ってまで平穏を手に入れようだなんて思わない」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドンと、海面なのに地面を抉るような音が聞こえた。中柄からも、神風からも。

 そして、同時にガギンと金属がぶつかり合う音が戦場に鳴り響いた。

 

 その金属音は、互いの刀がぶつかり合い、その力によって同時に砕けた音。神風は渾身の居合を、中柄は横薙ぎを繰り出し、その力が拮抗していたために、刀が耐えられなかった。柄しか残っていない刀が、その時の威力を物語っている。

 

「……まだやるつもりかしら」

「こちらのセリフだ」

 

 間髪容れずに互いに拳が繰り出される。狙いは全く同じ、一撃で終わらせるための渾身の拳である。

 顔面を狙おうとしたからか、その拳がぶつかり合い、鈍い音が響く。本来ならば骨が折れてもおかしくないくらいである。それなのに、神風は小さく舌打ちをする程度、中柄は表情すら変えず。

 

「ママ!?」

「心配するな。お前は守る」

 

 心配そうに声をかける小柄だったが、中柄は大丈夫だと言い聞かせ、神風との殴り合いに興じた。

 しかし、剣術一本の中柄と比べると、神風の方が徒手空拳では完全に上手。先程のぶつかり合いでそれは理解しているはずだが、あえてそちらに出たのは、刀が折れたからだけなのか。今のままでいけば勝ち目はあるが、そんな状況が続くとは思えない。神風は警戒に警戒を重ねて戦いを進める。

 

「子を守ることだけは評価出来る。でも、その育て方は間違ってる」

「知らぬ者が知った口を開くな」

「ああせざるを得ない環境なんて知らないわよ!」

 

 技術では圧倒的に神風が上。しかし、体幹、延いては()()()()()では圧倒的に中柄が上。このせいで剣術だけでなく徒手空拳でも完全に拮抗。

 この殴り合いには、誰も乱入なんて出来ない。小柄ですらハラハラしながら中柄の戦いを見守っているほど。隙だらけといえば隙だらけなのだが、ここで不意打ち気味に始末することは、時雨達は抵抗があった。それだけは、本当にインチキに思えてしまったからだ。

 あの子供にワガママを言わせない方法はただ一つ、正々堂々真正面から打ち壊すこと。それでも文句を言うが、ならば文句が言えないくらいに完膚なきまでにやらねばならない。

 

「親としての責務を果たすなら! あんな子供に育てるな!」

「何度でも言うぞ。知った口を、利くな!」

 

 初めて中柄が声を荒げた。どうしてもこの子供をこうしなくてはならない理由があると言わんばかり。

 

「本来死んでいた我が子を、我々はここまで()()()()()()()。それが私の、母の愛だ。それの何が悪い!」

 

 何を言っているのかわからなかった。しかし、歪んでいるとはいえ、愛としてはホンモノではあった。

 神風はこの中柄を、()()()()()()()()()と錯覚する。旦那と娘を失った後に人を辞めてしまったあの頃のまま、より拗らせたのがこの中柄。そう思えてしまった。

 

 故に、神風に一瞬の隙が生まれてしまった。

 

「私は母として我が子を守る。貴様は一番の障害だ。ここで散れ!」

 

 その隙を突かれ、神風の拳が思い切り払われた。中柄に無防備な胴が曝け出されることになってしまう。

 

 その瞬間、中柄の背後から()()()()()。それは小柄と同じような、しかし本人の腕とほとんど同じ長さと細さを持つ、第三の腕。

 それには折ったはずの刀、()()()()()が握られている。まるで艤装の一部として、腕ごと生成されたかのようなもの。

 

「なっ……っ!?」

 

 息を呑んだ時には、神風ですら遅かった。第三の腕が振り下ろされ、神風の胴を袈裟斬りにした。

 

 

 

 

 その時、ここではない別の戦場では、深雪が深海千島棲姫を始末した直後だった。

 腕と脚しか残っていない深海千島棲姫を一瞥して、すぐさま次の戦場に目を向ける。今ならば小柄か中柄か。近くにいた神風が、知らぬ間に別の場所に移動しているのを今更ながらに知る。

 

「神風……何処にっ」

 

 嫌な予感がした。そして、無意識にそちらを見た。

 

 その瞬間が、目に入った。

 

「神風……っ!?」

 

 神風の背が見えたと思った時、グラリと後ろに倒れた。そして、胴から血がブシャリと噴き出した。

 

 その向こう側。返り血を浴びた中柄が、深雪と目が合った。深海千島棲姫との戦いは冷静に進められたが、これはダメだった。一度落ち着くことが出来たのに、一気に怒りが湧き出した。

 

「っざけんな……っ!」

 

 すぐに身体が動いていた。なりふり構わず、神風の側に駆け寄らなくてはと。死なせるわけにはいかない。ただでさえ限界を超えた行動をしているのに、あのダメージは致命傷だ。

 周りに仲間達がいるが、この戦いの結末に動くことすら出来なかった。ただ1人、小柄だけは大喜びしていた。

 

「やっぱりママはすごいや! 何言ってるかはわからなかったけど、中ボスなら簡単に斃しちゃうんだもん!」

「……ああ」

 

 中柄は抱きついてくる小柄に返り血がつくのも構わずに頭を撫でる。その瞬間だけは、親子として見えた。

 

 

 

 

「神風……!」

 

 その瞬間、深雪の腕から膨大な量の煙幕が噴き出した。

 

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