神風自身の意地で命の灯火を消さずに済み、どうにか工廠まで辿り着けた。神風の血が大発動艇を赤く染め、神風自身は顔色が随分と悪くなっていたが、意識を失うこともなく痛みを堪えていた。
「神風、ついたぞ! もう少しの辛抱だからな!」
神風を早く送り届けなければという気持ちが強く出た荒っぽい操縦だったものの、神風へのダメージは極力避けられているあたり、願いが叶った結果で生まれた大発動艇なだけあった。
「ドックは用意してあるわ! 早く運んでちょうだい!」
伊豆提督も妖精さん達と待ち構えており、神風を大発動艇から下ろして運ぶ準備は万端。
伊豆提督の指揮の下、妖精さん達が迅速かつ繊細なテクニックで神風をあっという間に工廠の奥へと運んでいく。伊豆提督は勿論のこと、深雪もそれに便乗した。
時折、神風が痛みで呻くため、深雪はその都度ヒヤッとするものの、ドックに入ってしまえばこちらのもの。妖精さんが深雪に親指を立てて見せて、そのまま神風をドックへと入れた。
「頼んだ……!」
そして、ドックの蓋が閉まり、神風の状況が見えなくなった。こうなればもう安心出来る状態。この中で気を失ったとしても、そのまま命の灯火が消えるようなことはないと言っても過言ではない。それほどまでに、妖精さんの医療技術が凄まじいということに他ならない。
「……もしかして、こっちは」
神風が入ったドックとは別のドックが3つ。その内の2つは、今神風が入れられたモノと同じように、絶賛稼働中である。その中はほんの少しも見えないものではあったが、先程の戦闘のことから考えれば、誰が入っているかなんてすぐにわかる。
「ええ、先に運び込まれた2人よ」
「電……白雲……無事に間に合ったみたいだな」
脚を失った2人、電と白雲は、無事に入渠まで辿り着き、現在治療中。電は勿論、白雲も難なくドックが使えたとのこと。深海棲艦だから艦娘と同じ治療が出来ないということは無かったようだ。
ここでようやく大きく息を吐いた。緊張感が失われ、その場に膝から崩れ落ちる。疲れがドッと出て、身体から力が抜けるかのようだった。
伊豆提督がギョッとするものの、あれだけの戦闘、これだけのことが起きたのだから無理もない。肉体的には大丈夫でも、精神的には相当疲弊している。
「お疲れ様、深雪ちゃん。アタシとしては、アナタも入渠した方がいいと思ってるんだけど、どうかしら」
入渠したところで精神的な疲弊は治療されないものの、今の深雪には一度深い休息が必要だと判断した。そもそも、今の深雪には前代未聞のことがいくつも起きているのだ。身体を調査するべきだし、この後に何かあっても困るのは深雪である。
「……そうする。なんか腰が抜けちまった。でも、他にも入渠が必要なヤツがいるんじゃないかな。タシュケントとか結構傷だらけだったと思うけど」
うみどりの入渠ドックは4基。既に重傷者が3人使っているので、残りはあと1つ。深雪は疲労困憊ではあるが、傷は負っていない。見た目だけで言うなら、深雪の言う通り身体中に傷を負ったタシュケントの方が重い。
「そうね。じゃあ、落ち着いたら正式に入渠してちょうだい。少し待たせることになっちゃってごめんなさいね」
「いや、いいよ。あたしも入渠の間に調べてほしいことあるし」
深雪にも、
その時は出てきてくれたそれに縋ったが、落ち着いて考えてみれば流石におかしいと深雪でもわかる。そもそも発煙装置そのものを持っていなくても溢れ出たのだ、自分の身体はどうなっているのだと疑問に思ってもおかしなことではない。
しかし、前回の発煙装置を主任が解析したときも、『わからない』という答えだった。今回もおそらくそうなるのではないかと考えられる。未知の兵装だけでなく、そろそろ
「落ち着いたらでいいから、一度じっくり話をしましょうか。アタシ達も、深雪ちゃんについてはちゃんと知っておかないといけない気がするわ」
「だよな、うん。自分でもよくわかんねぇんだもんよ。ハルカちゃんにもいろいろ考えてほしいし」
「ええ、そうね。アタシだけじゃなく、みんなに考えてもらいましょ。あちらも、受け入れなくちゃいけないでしょうしね」
あちらと言われて深雪は首を傾げる。だが、今のこの戦場で大変なことになっているのは、うみどりだけではないことを思い出した。
工廠では、伊豆提督に代わってイリスが艦娘達に指示を出していた。戦場にはまだ深雪が撒いた煙幕が残っているものの、それが晴れるのも時間の問題。先程まで戦闘に出ていたものは全員回収出来たため、すぐに戦場の後始末に入ることとなる。
「潜水艦は潜航出来ないくらいに破壊されてしまったのね」
「うん、ちょっとアレは生活もしづらいかなー。多少は動くことは出来るかもしれないけど、土手っ腹に穴が空きかけてるからさ、多分生活もままならないかも」
それを説明するのはグレカーレ。あの場で戦っていた時でも周囲を見ながら状況を確認していたが、特に意識を向けていたのは潜水艦の状況。小柄の砲撃が何度も直撃していたため、相当傷がついているのはわかっていた。
今のまま潜航したら、水圧で間違いなく崩壊し、浮上することも出来ずに全滅がオチだ。だが、そこにそのまま置いておくわけにもいかない。
「潜水艦には今、何人が暮らしているのかしら」
「ボスも込みにしてざっくり30人くらいかな。ここより多いよ」
「……全員引き取るのはかなり厳しいわね……」
うみどりにも許容出来る人数というものがある。部屋は相部屋などを駆使してどうとでもなるが、一番の問題は食糧などの生活に関すること。維持をしようにも、いきなり人数が倍とかになったら、単純に倍の時間で消費していくことになるのだ。
ここ最近次々と増えているのに、これ以上増えたら、元々いた艦娘達まで何も出来なくなる。それは流石にまずい。
「一旦、補給のために軍港に行くことは確定ね。このままだと節約しても餓死が見えるわ」
「そこまで切羽詰まった状況?」
「貴女がここに来てから、一度でも補給したかしら?」
グレカーレがなるほどと納得した。前回の補給は、出洲に一度襲撃を受けた時。その時からうみどりは、どこからか物資を調達することなんてしていない。
そういう意味では、また近々軍港都市には行かなくてはならない状況にあった。それが、そろそろからすぐに変わった。
「潜水艦側の物資で無事なものがあれば、一度こちらに運んでもらった方がいいかもしれないわ。そこからこっちでやりくりしていくから」
「そうだねぇ。でも、アイツら納得するかなぁ。いやさせるんだけど」
アイツら、とは潜水艦に所属しているカテゴリーB達のこと。今回の戦いで人間のことを見直してくれているとは思うが、未だに拗らせている者はいる。ここまでされても人間を信用出来ず、うみどりのような善良な組織であっても裏があるのではないかと感じてしまう者が出てくるだろう。
だとしても、グレカーレは全員に納得させると意気込む。そして、少し悪い顔をしたのもイリスは見逃さない。
「あまり過激な手段はやめてほしいのだけれど」
「だいじょーぶだいじょーぶ。アイツらに今のスキャンプ見せれば一発だから」
ああとイリスも妙に納得してしまった。ここに来たばかりと今では、誰が見ても柔らかくなったと言える。今でもスキャンプは文句を言いながらも救護班として酒匂の仕事を手伝っているくらいなのだ。擦れていた当初とは雲泥の差。
「問題はボスだね。艤装が装備出来ないんだよ」
「こちらに来る手段がないということかしら」
「そゆこと」
強いて言うなら、丹陽を背負うかお姫様抱っこか何かをしてここまで連れてくるしかない。それが出来そうな者もいるが、それで丹陽が耐えられるかという問題も出てくる。最もそれが悠々と出来るのはおそらく明石。
「……ああやって?」
イリスが苦笑しながら海の方に視線を向ける。他の者達も何だ何だと騒がしくなっていたくらいである。グレカーレもそれを見たことでうわぁと声を上げた。まさに考えていた通り、丹陽が明石のお姫様抱っこによってこちらに向かってきているのが見えたからである。
丹陽はやはり艤装は装備しておらず、振り落とされないように明石がクレーンまで使ってしっかり固定。今ここで落とそうものなら、丹陽は間違いなく死ぬため、明石の顔は必死そのものである。ちなみに丹陽はニッコニコである。
「あれはボスがかなり無理言ったねぇ。アカシも苦労してるよ」
「よくもまぁ……」
少しすれば明石がうみどりに到着。よいしょと丹陽も工廠に降り立った。
「……もう二度と御免なんですけど!?」
「帰りもあるのでよろしくお願いしますね」
「ここの大発借りてください!」
明石が感情を露わにするのにも素知らぬ顔。ニコニコしながらキョロキョロしつつ、イリスの姿を見つけて歩み寄った。
「貴女が代表者ですか?」
「副代表みたいなものよ。ここの提督は今、ドックの方に行ってるわ」
「なるほど、重傷者を治すためですね。了解です」
それならそれで大丈夫と笑顔を崩さずに一礼。
「あちらの代表、ボスと呼ばれているお婆ちゃん、丹陽です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。副代表のイリスよ。ボスは外に出られないと聞いていたのだけれど」
「今回は緊急事態だったので、明石さんにお願いしてここまで運んでもらいました。訳あって艤装が装備出来ないものですから」
老朽化の影響なのは誰にだってわかること。85年も生きているのだから、普通に生きているくらいしか出来ないのだろう。明石も割とハラハラしながら丹陽の傍に控えている。
「緊急事態とは、やっぱり潜水艦のことよね」
「はい、グレカーレさんに聞きましたか」
「ええ。潜航も出来ないくらいになっているとね」
「そうなんです。しかも、それで機能がかなり破壊されてしまってまして……」
それだけ話した後、手をパンと合わせて頭を下げる。
「一時的にでもいいので、私達をこの艦に匿ってもらえませんでしょうか。艦内の食糧などは全てこちらに持ち込みますし、全員で雑務でも何でもやりますので」
「ボスー、何でもやるっていうのは言わない方がいいよー?」
グレカーレのツッコミを聞いて、確かにと手を叩く。うみどりの人間達が無理難題を押し付けてくるようなことは無いとは思うが、ここにいないものの運命を簡単に決めてしまうような言葉は避けた方がいい。
とはいえ、住ませてもらっておいて何もせず文句だけは言うなんてことがあっても困る。スキャンプは救護班の手伝いを、グレカーレは実はそれなりに雑務をやっていたりする。夕立だけは遊び歩いているようにしか見えないが、そもそもから考えると相当に素直になり、狂犬が愛玩犬になったくらいには落ち着いているので、問題にはなっていない。
「そもそもボスだってあまりヤンチャしないでください。自分の身体のことをちゃんと理解を」
「わかってます。でも、明石さんはここまで連れてきてくれました。なら、まだ私の身体は大丈夫ということですよね?」
「揚げ足を取らないでもらえます!?」
ここの明石も苦労人のようである。後から胃薬をあげようとイリスは内心思った。カテゴリーBに人間の薬が効くかはわからないが。
「ちゃんと後からハルカ──ここの提督にも聞くけど、多分大丈夫だと思うわ。彼が貴女達を見放すなんてことはしないから」
「ありがとうございます。恩に着ます」
潜水艦の艦娘達は、一時的にうみどりに引き取られることになる。ひとまずは、全員無事ということになった。
話はここで一段落つきました。次からは、調査隊との合流に向けていろいろと進めていくことになります。