タシュケントが入渠したことを確認したところで、深雪と伊豆提督は一旦ドックから離れ、工廠の方へと戻る。深雪には疲労が多少溜まっているものの、傷は無いため、入渠は後回しでも問題なかった。強いて言うなら、安心したところで腰が抜けてしまった程度。それは少し時間が経てば立ち上がることは出来る。
入渠と言っても、あくまでも身体の調査という側面が強い。深雪にもわからないことが多いため、今の身体が
とはいえ、今は不安になっていても仕方ない。深雪自身、体調に何かあるわけでもなく、感覚的にも今までと同じ。むしろ、改二となる前よりも身体がよく動くようになったと思えるくらいであった。
「タシュケントちゃんの入渠が終わるのが、多分少し暗くなってからというところだと思うわ。深雪ちゃんは、夕飯を食べた後にそのまま入渠してもらうということになるんじゃないかしら」
「ん、それなら充分だよな。部屋じゃなくてドックで寝るって感じになるのかな」
「前と同じようにしておくわよ。目が覚めないようなら、また部屋に運んでおくわ。目が覚めたなら、部屋に戻った方がいいわね。ドックって夢見が悪いってよく聞くもの」
深雪が前回入渠したときは、入渠が終わった後に自室に戻されている。入渠の終わりが自覚出来ない程に消耗していたということになるのだが、今回もそうなるかはわからない。
なるべくならば、ドックを長時間使わない方がいいと伊豆提督は語る。それが、ベッドで寝ている時よりも、
治療を受けている時は熟睡しているため気にならないようだが、単純に寝るとなると話が変わる。ベッドほど寝心地がいいわけでもないため、人によっては苦痛に感じる可能性がある。だから治療が終わったら起きるようにされるし、そのまま眠ってしまうようなら自室に運ばれるのだ。
「うわ、そういうのあるなら、ちゃんと部屋に戻るぜ」
「そうしておきなさいね。どうしても身体が動かないということがない限り、ドックに身を委ねすぎるのもよくないわ」
そんなことを話しながら工廠に到着すると、そこは何やら騒がしかった。その中心にいるのは、潜水艦からやってきたボス。
「え、丹陽!?」
「どうも、深雪さん。直接話をするべきだと思って、無理言って来ちゃいました。最初からこうしておけば良かったと思いますね」
これまでからは考えられないくらいアグレッシブな行動を取る丹陽に、深雪と呆気に取られるしか無かった。
工廠で話し続けるのもなんだからと、執務室へと移動する伊豆提督と丹陽。ここまでグイグイ行く丹陽が心配であるというのもあり、明石は当然同席。イリスも流石にここは聞いておかねばならないとお茶の用意をしに行き、そして深雪も来てもらいたいと丹陽に言われたので便乗。
他の者達はもう再後始末を進めている。少なくとも、
「潜水艦が破壊されてしまったなら、流石に生活はしていけないわよねぇ」
「はい。今も調査中ですが、潜航することも出来ず、そこから動くこともままならない状態です。ですので……」
「ここに置いていくわけにもいかないし、うみどりで匿いましょう。こちらでも出来る限り支援したいもの」
ただし、と伊豆提督が続ける。
「わかってもらえていると思うけど、食糧は有限なの。アタシ達もこんなことが起きることを想定して蓄えてはいないから、受け入れるとなるとどうしても補給に行かなくちゃいけなくなるわ」
事前に想定していたことが伊豆提督の口からも語られる。やはり難点は食糧であり、人数が増えれば増えるほど維持が厳しくなるのだから、すぐにでも補給が必要になることを伝える。
現在のうみどりの貯蓄として、潜水艦の面々を考えないで全員を養っていけるのはおおよそ1週間少しが限界。次の後始末の後くらいに軍港都市へと向かう予定でもあった。これでもそれなりにやりくりをしているという状態らしい。
そこに突然人数が倍になったなんてことがあったら、やりくりも何もない。ただただ一気に食い散らかされて、食糧難に陥って最悪そのまま餓死である。いくら艦娘と言っても、補給が無ければ何も出来ない。後始末すら出来なくなる。
「潜水艦の食糧は全て差し上げますので」
「ちなみに、どんなものが?」
「レーションとインスタント食品、あとある程度は生物はありますが……」
「……見てから決めさせてもらうわ。あんまりこういうことを言いたくないけれど、食生活が不健康すぎる気がする」
30年間ずっとそんなものを食べてきたのかと呆れてしまう伊豆提督。艦娘の中には料理が出来る者も多くいただろうにと聞いてみるものの、理由はすぐにわかることだった。
元帥から秘密裏に補給をしてもらうに辺り、海上で顔を合わせることなくやり取りをするならば、物資を約束している地点に
「さ、最近のレーションって美味しいんですよ?」
「そういう問題じゃないのよねぇ。まぁ一度アタシが料理を振る舞うわ。せっかく協力体制になるんだもの。ちゃんと満足いただけるものを提供させてもらうわね」
ともかく、絶対に軍港に行かなくてはならないのは確定。補給もそうだがもう一件、潜水艦そのものについてどうにかしなくてはならない。
今でこそ大型な艦は妖精さんの技術力も使って短期間で建造や修復が出来るようになっているが、それは専用の設備が無ければ不可能だ。そして、その設備は軍港には存在している。
過去にうみどりも世話になっていたりするその設備なら、潜航すら出来なくなってしまった潜水艦を修復することも可能であろう。しかし、その間は絶対に人目につくということだけは考慮してもらいたい。
「私が納得させます。というかですね、納得しないならそのまま野垂れ死ぬだけですから、否が応でも同意せざるを得ません。これまでと同じようにしていくのも無理だと、今回の件で全員が嫌と言うほどわかったと思いますし」
これまで拗らせ続けていたカテゴリーB達だが、この戦いで人間が本当に信用出来ない存在なのかはよくわかったことだろう。
潜水艦が襲撃を受けて、まずそれをどうにかしようとしたのは純粋種かもしれないが、すぐさま駆けつけてくれたのはカテゴリーC、つまり人間だ。潜水艦を救おうと躍起になってくれているし、その後のことまでどうにかしてくれようとしているのだから、これで人間がまだ信用出来ないというのは、流石によろしくない。
軍港都市も例の施設の件があるため、不信感はどうしても出てしまうものの、今度は大丈夫だと瀬石元帥が胃を痛めながら話している。これは信用しないと何も出来なくなってしまう。
「今が変わる時でしょう。司令、是非ともよろしくお願いします」
「そうね、長年大変だったでしょう。アタシが労わせてもらうわ。移動は今すぐの方がいいかしら」
「出来れば……そうですね。早いうちの方が助かります」
「わかったわ。じゃあ、こちらからもすぐに動かせてもらうわね」
これでひとまずはカテゴリーB達を匿う方向で話がつく。少なくともうみどりの面々がそれを拒むことは無いため、全ての問題点は潜水艦側になるのだが、そこは丹陽が意地でも納得させると意気込んでいるため、今は良しとしておいた。それでも拒む者がいたら、無理矢理にでも連れてくるとまで言い切ったので、伊豆提督は苦笑せざるを得なかった。
「で、あたしにも来てもらいたいっつったのは何でだ?」
話のキリがついたようなので、深雪が切り出す。話がこれだけならば、深雪がここにいる必要は無い。伊豆提督の意向に沿うだけなのだ。
「あ、すみません、これは司令にも知っておいてもらった方がいいと思ったので、深雪さんのこともまとめてここで話したいなと思っていました」
「あたしのことって?」
「あの戦場で起きたこと。私も潜水艦の上からですが、ずっと見させてもらいました。援軍として出られなかったのは申し訳ありません」
明石がいい加減にしてほしいという表情で丹陽を見つめるが素知らぬ顔。機会があれば限界ギリギリまで出撃する気満々なのは、明石でなくてもハラハラする。自分の命をあまり大事にしていないようにすら見えてしまうのは怖い。
「私の見解を伝えておきたかったんです。あの時に深雪さんの身に起きたことの」
あの時といえば、海上で改装が起きたこと、つまりはあの謎の煙幕のこと。深雪本人ですら何が起きたかはわからず、その状況を打開出来そうだったために考えることなくその力を使った。
とはいえ、自分の力が何かもわからずに信用しきるのは不安である。あまりにも都合が良すぎるというのもあって、頼るのも危険。
「深雪さんは、あの時に起きたことをどう思っていますか?」
「……そうだな、正直ありがてぇと思ったよ。無くなった腕が生えてきたし、これ改二だよな。妖精さんが許可してくれたみたいなんだけど、あんな感じに改二になれるもんなのか?」
「本来ならあり得ません。第一世代である私でも、あそこまでのことは見たことも聞いたこともありません」
最も長く生きている丹陽が言うのだから間違いない。海上での改装だなんて、普通なら出来ないようなこと。強いて言うなら、それに該当する存在は艦娘ではなく
「深海棲艦なら、戦闘中に自らを強化改良する……こちらでは『改』ではなく『壊』というカタチで呼んでいましたが、そういう個体もありました。イロハ級ですら近しいことが出来る個体がいたくらいです」
例えば、第三次でも頻繁に現れる強力な重巡洋艦であるネ級や、それ以上に現れる空母ヲ級などは、戦闘中にでも突如オーラの色を変えて強化されることがある。改造されたと言えるほどの個体まで存在する。
姫級ともなると顕著であり、追い込まれると艤装が半壊しているにもかかわらず、装甲が厚くなったり、火力が上がったりする者が数多く存在する。
丹陽が言いたいのは、深雪にもその要素が含まれているのではないかということ。大きなピンチが訪れたことで覚醒した。そう考えるのもおかしくは無い。
「ただ、それだけじゃなさそうですよね。確か、ここに来るまでに大発動艇を使っていた」
「そうそう、神風を救わなくちゃいけないって思ったら、煙幕の中から出てきたんだよ。都合がいいから使わせてもらったけどさ」
「それなんです。流石に突然海の上に大発動艇が出てくるというのは、前代未聞に近いです。あ、でもあきつ丸さんが最初から持っていたりしますね。深雪さんに近い存在なら、浦波さんが改装されると手に入れることが出来たり」
改装と同時に大発動艇を手に入れる者はそれなりにいるらしい。だとしても、深雪はそこに該当しないという。故に、やはり何処かおかしなことが起きている。
「そこから考えるに……深雪さんは、あらゆる艦娘や深海棲艦の要素を内包しているのではないかと思っています」
「……は?」
「ですから、深雪さんは全部の要素を持ってるんですよ。全ての艦娘、全ての深海棲艦の出来ることを実現する力が」
そんな馬鹿なと笑ってしまう深雪だが、伊豆提督は真剣な表情で考えていた。イリスに至っては、そうかもしれないと納得までしてしまっている。
ただでさえ特殊な彩を持つカテゴリーW。その色自体、人間のG、艦娘のB、深海棲艦のRを全て取り込んだモノなのだから、全ての要素があると言われても疑問に思えない。
「だったら何か、あたしが艦載機使ったり出来るってか」
「それは……出来ないと思います。そもそも艤装が駆逐艦ですし……それに」
「それに?」
「多分才能が」
「テメェこの野郎」
少し冗談を交えるものの、事実として深雪はその場で本来出来ないことを引き起こしているのだ。この丹陽の想像も、あながち間違っていないのではと伊豆提督は考える。
しかし、そこで少し違うところも出てくる。それが、軍港都市での戦いで最も顕著に出たところ。膨大すぎる煙幕によって、あの出洲ですら撤退させたことである。
それは艦娘や深海棲艦の力とは少し違うだろう。伊豆提督からしてみても、あの奇跡の煙幕は、確実にこの世の理から外れている。
「……それだけじゃないわ」
伊豆提督の呟きに丹陽が反応。
「思い当たる節が?」
「ええ。あの時の深雪ちゃんは、煙幕を出すだけで終わってる。何も無いところから謎の発煙装置を生成して。しかも、あの煙幕にはおかしなことばかりよ。間近の敵は見えないのに、少し遠目の味方は見えるって、煙としておかしいでしょう。あらゆる理から逸脱してるわ」
確かに、と丹陽も納得。先の戦いでも煙幕が発生したが、効果が普通ではなかった。
「そうだ、発煙装置が無いのに煙が出たんだよ。無くなった腕からブワーッて」
「なら、煙そのものが深雪ちゃんの力ということになるわよね。発煙装置は……その範囲の拡張のための器具に過ぎない。全ての煙は深雪ちゃんから出てる」
ならば、何故その煙が出るのか。深雪から煙が出た時に、何を思っていたのかを辿れば、答えにすぐに近付ける。
「強い思いに反応した……? 深雪ちゃんの……願いに?」
「深雪さんが助けたい、救いたいと、強く願ったことがカタチになった。こう考えるのが妥当ですね。特異点ならではの
「運命の捻じ曲げっておいおい……」
あまりにも大袈裟なことであるため、深雪は苦笑するしかなかった。
そして、伊豆提督はここで辿り着く。深雪の力は、願いを叶える力なのでは無いかと。
しかし、それを口にすることは無かった。確証が持てない情報は変に表に出さない方がいい。
ハルカちゃんだけはそこに辿り着きました。でも、まだ確証は持てません。充分すぎる証拠はありそうですけどね。