今後の潜水艦との関係は、ひとまずは食糧を全て回収した後、その全員を一時的にうみどりで匿うという方向で決定。潜水艦に住まうカテゴリーBには何の許可も取っていないが、生きていくため、死なないためには、これが最善であることを語り、そのように持っていけるように丹陽が必ず説得すると意気込んだ。
それを実行するためには、まず大発動艇を使って丹陽と明石を潜水艦に送り届けねばならない。そして話をした後、全員をこちらに引き入れ、部屋割りから食事、着替えまで、全てを用意する必要がある。
今の時間は、そろそろ夕方になろうとしているところ。まだ暗くはなっていないものの、少しすれば日は沈み、辺り一面が真っ暗闇に包まれる時間帯。
「やるなら急いでやりましょうか。そちらで一晩過ごすのも難しいんじゃないかしら?」
「はい、その、出来ればよろしくお願いします。私の部屋も砲撃の衝撃で酷いことになってまして……」
丹陽が思わず苦笑した。小柄からの攻撃を何度も受けた潜水艦は、その場で沈むことは無かったにしても、潜航はおろか、航行も厳しいレベル。そのダメージを受けたということは、潜水艦の居住区とも言える場所は、かなり酷い状態になってしまっていると考えられる。場所によっては、部屋に入ることすら難しいまでありそうだ。あんな砲撃を受けたら、振動対策も通用しない。
丹陽が使っている部屋も、それは酷いことになっているらしい。工廠から真っ直ぐ行ったところにあるということもあり、小柄が潜水艦内で暴れた衝撃が、他の居住区の部屋よりも強く影響を与えたようだ。
「こちらでもすぐに準備させてもらうわ。慌ただしくなるけれど、すぐに始めましょう」
「はい、すみませんが、よろしくお願いします」
ぺこりと丹陽がお辞儀する。続けて明石も。伊豆提督からしてみれば、こんなにも落ち着いた
あの戦いの後で行われた後始末は、小規模にすら届いていない簡単なモノ。伊豆提督達が話している間にはほぼ全て終わっており、片付けの真っ最中。だが、丹陽が直接乗り込んできたということもあり、大発動艇が扱える睦月と梅、そして念のため長門も艤装を装備したまま待機していた。
一度に扱える大発動艇は、長門まで込みにするとなんと10隻以上。だがそこまでは使うこともないだろうと見越して、睦月と梅がフル装備することで、合計6隻の大発動艇がスタンバイしている。それでも足りなそうなら長門まで駆り出されるということに。
「それでは、またすぐに戻ります」
「ええ、準備が終わるかはわからないけれど、受け入れる準備だけは整えておくわ」
「はい、ありがとうございます」
明石にお姫様抱っこを頼もうとしたところ、その明石は顎で睦月達の方を見ろと促した。ああそうでしたとにこやかに睦月と梅の方へと向かい、大発動艇で送ってもらうことに。丹陽が頭を下げると、睦月も梅も大丈夫だと笑顔で応えた。
「ボス、あたし達も一回行くよ。自分達の部屋がどうなってんのか知っときたいし」
「ぽい。スキャ子も来るっぽい!」
「あぁん? まぁでもあっちのあたいの部屋が散らかってるなら気に入らねぇからな。便乗してやる」
「わかりました。ではスキャンプさんは一緒に乗ってくださいね」
元々潜水艦に住んでいた3人も、自分のモノがどうなっているのかは気になるようで、丹陽達に便乗することになった。あちらにいるカテゴリーBの説得にも一役買ってくれるだろう。
その背中を見送った後、改めて伊豆提督は深雪に向き直る。
「改めてご苦労様、深雪ちゃん。アナタのことはまだいろいろと調べなくちゃいけないことがあると思うけど、そろそろ本当に休まないとね」
「そう……だな、うん。でもまだタシュケントの入渠は終わってないだろ? 電達はもっとかかるし」
「ここでもいいし、部屋でもいい。何処かで身体を休めていてちょうだい。特殊な状況ということは変わらないんだもの」
今ドックを使っている者の中で、最も治療が早く終わるであろうタシュケントでも、あと小一時間ほどはかかる。電達は重傷すぎるくらいのため、丸一晩はかかると考えていいだろう。以前に救助した榛名達の部隊でも、脚を失った朝霜がそれくらいかかっている。
深雪の入渠はもう少しあと。少なくともタシュケントが目を覚ましてから。それまでは何かするわけでもなく身体を休めるという方向で進めていく。
「疲レテイルナラ、甘イモノヨ」
そんな時に、相変わらずお菓子などを配り歩いているセレスが、深雪に饅頭を1つ渡した。なんでも今回の新作とのこと。ついには和菓子にも手を出したらしい。
ありがとうと貰った饅頭に躊躇なく齧り付くと、深雪が目を開いた後に笑顔を見せる。
「ん、すげぇ美味ぇ」
「ヨカッタワ。他ニモマダアルカラ、食ベテカラ一休ミシテチョウダイ」
「それはいいことね。入渠が長引いたら、食べられるものも食べられないかもしれないもの。お言葉に甘えて、食べさせてもらいなさいな」
比較的緊急性のない入渠であるため、少しは腹に入れた状態の方がいいと伊豆提督からも勧められ、深雪はわかったとセレスについていくことにした。カテゴリーYの面々も今は食堂にいるらしく、夕食の準備中。深雪はそこである程度腹を膨らませてから入渠することとなった。
丹陽がまたうみどりに戻ってきたのは、それから小一時間経った後。タシュケントの入渠が終わり、深雪が念のための入渠を始めた時くらいである。
「今、私達の潜水艦に残っていた食糧を全て積み込ませてもらいました。何かの足しになればいいのですが」
その量は、ざっと大発動艇4つ分。30人近くでこれを食べていくとなれば、割と早く全てを消費してしまいかねない。本来ならもう少し多かったようだが、先の小柄の攻撃によっていくつかはダメになってしまっていたとのこと。
そしてそれは、丹陽が言っていたことと同じ、ほぼ全てがインスタント食品、もしくはシュトーレンなどの長期保存が出来る食品。湯を入れるとか少し切るとかの一手間かかる以外に調理する必要もないようなものばかり。
「……とりあえず積み込んでおくわ。これはアタシとセレスちゃんがアレンジ料理にでも使わせてもらうから」
「すみません、こんなものばかりで」
丹陽もこれには苦笑い。食生活の悪さをまざまざと見せつけられ、伊豆提督も溜息をついた。長期の潜航をしている上に、自分達で食糧を確保していないのだから、こうなっても仕方ないかと諦める。これでも秘密裏に補給をしていた瀬石元帥は考えに考えた結果なのだろうというのも理解出来るから。
「それで、全員がこちらに来るということで良かったかしら。緊急だったから部屋もしっかり準備が出来ていないの。今日のところは、レクリエーションルームで雑魚寝ってことになってしまうわ」
「充分すぎるくらいです。安全な場所を提供していただけるだけでも、こちらとしては万々歳ですから」
幸いにも、布団などは人数分用意出来たものの、部屋まではすぐには用意出来なかったようである。空き部屋にも限界があり、一人一部屋なんて以ての外。相部屋は当たり前で、元々うみどりに所属している者達にも影響を与えるレベル。それを今すぐどうにか出来るということは難しい。
そのため、比較的広い空間が作れるレクリエーションルームを全て使って、休める場所だけは作り上げた。雑魚寝になるかもしれないが、脚を伸ばして眠れるくらいに場所は空けてある。
「文句は言わせませんのでご安心を。ちゃんとわかってもらいましたから」
ニコニコしている丹陽だが、後ろに控えているスキャンプが少々疲れた顔をしているのを見逃さなかった。
「ウチのBossがあそこまでグイグイ行くヤツとは思わなかった。グレカーレよりヤベェ」
「ヤバいって何さー。ボスの
「いや、ありゃ説得でも何でもねぇ、ただの
「そこまで言ってないよ。ここに残ってもいいけど、そのまま沈んでも助けられないから見捨てるって言っただけなんだから」
「そこまで言ってませんよ。私は、残るのは自由だけど何があっても助けられる保証はないし、不要なプライドでうみどりの皆さんに迷惑はかけないでほしいと言っただけです」
命が懸かっているのなら、従わざるを得ないだろう。とはいえ、丹陽が言う通り、潜水艦がここから沈まないとは限らない。そんな状態でも人間と会うのが嫌だから残ると言って、いざ危険な状態になって後悔してももう遅い。そこで人間を逆恨みするなんて以ての外。
救われる道を提示されているのに、不要なプライドでそれを自ら蹴って命の危機になり、そういう時に限って助けを求めるだなんて都合が良すぎる。救われるのが当たり前だなんて思うなということを、全員に説いただけである。
その結果、元々深雪達の奮闘を見ていたというのもあって、全員がうみどり行きを了承した。割と最初から揺らいでいた者は多かったが、それでもまだ拗らせていた者はいた。それを
ともかく、全員が丹陽に従い、人間を受け入れようと考えてくれたのならば、伊豆提督としては万々歳である。
「で、続々とこちらに来てくれているわけね」
工廠の入り口、大発動艇から荷物を下ろしているところには、カテゴリーBの行列が出来ていた。ちなみに夕立は入渠が終わったタシュケントと一緒にこの荷物降ろしを手伝っていたりする。
そこでいろいろと指示を出しているのは、イリスと救護隊の面々。艤装を何処に置くかの指示をイリスが、潜水艦への攻撃で軽傷でも負った者がいれば酒匂達が応急処置をする。
ただそれだけでも、揺らいだ心には優しさが染み渡るもの。拗らせは救護隊によって癒されていき、悪い人間ばかりではないと実感させられていた。
「ったく、ちょっとあたいも行ってくる」
「あれぇ? スキャンプってば、結構やる気じゃーん?」
「一応救護隊に入れられてるからだよ。仕方なくだ仕方なく」
「そーゆーことにしといたげるー」
あれは間違いなく酒匂がてんやわんやになりかけているのを見兼ねてだ。思った以上に軽傷を負った者が多かったようで、人手が足りないように見えた。
スキャンプはそれを見兼ねて手伝いに行くと言ったようだが、どう考えても酒匂が困っているから手助けしなくてはと動いたようにしか見えない。
この行動が、更にカテゴリーB達の心を掴んだ。
最も拗らせた者の改善は、ここの人間の善良さを特に表しているといえる。
「こちらの方々のおかげで、私達は長い停滞から一歩前に進み出せると思います。これまでの失態を挽回するべく、お手伝いさせていただきますね」
「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。こういう時こそ、お互いに助け合わなくちゃいけないわ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
これにより、うみどりと潜水艦は同盟を結んだようなものとなった。そして次の課題が現れる。
「このまま軍港都市に行こうと思うわ。補給はどうしても必要だもの」
「そうですね。私もそれには賛成です」
「そして……だけれど、そこで調査隊とも落ちあうことにする」
潜水艦のカテゴリーB達と、調査隊おおわしの面々との邂逅。無理難題とは言わずとも、またこれがカテゴリーB達への試練となる。
そしてこの後、食事を提供する(見た目)深海棲艦達の姿に全員が声を上げることになる。割とグイグイ来るセレスに対して何を思う。