深雪は夢を見ていた。電との関係が始まってから見るようになった当時のことのような、
電の時は、実際に艦だった頃のトラウマを、艦娘の姿で体験させられる夢。電と衝突して命を落とす瞬間を、今の身体で起きたらどうなるかを知ることとなる夢。それは、艦娘という身体の扱い方を覚えることで脱却出来た。沈みかけても泳ぐことで死を逃れ、ぶつかる瞬間に手を伸ばせばそもそも沈むこともなくなる。ヒトのカタチをしているからこそ、
しかし、今回深雪が見ることになった夢は、ついさっきの出来事。深雪の中に刻まれた、新たなトラウマ。
「……っ」
それが夢だとわかっていても、その全ての段階をただ見せつけられる。まず真っ先にやられたのが、左腕を失う瞬間。赤熱した鎖が左腕に巻き付き、そのまま焼き切られてしまった時のこと。
夢であるが故に痛みなどは感じない。感じないのだが、心が痛むような感覚を得る。その時の全てを思い出してしまうため、嫌な気分にしかならない。
だが、これ自体はまだ自分が傷付いただけ。白雲を庇ってのダメージでもあるため、名誉の負傷と割り切ることは出来た。
「く、そ……っ」
次に見せられるのは、電と白雲が脚を失う瞬間。魚雷が向かっているのに、それを破壊出来なかった自分の未熟さを呪った。あそこで破壊出来ていれば、電も白雲もあんな目に遭うことはなかっただろう。それがどうしても許せなかった。
夢でもそれを再現させられ、撃てども撃てども魚雷を破壊出来ず、最終的には電と白雲が同じように両脚を失う。激痛に顔を顰めているところまで完全に再現された。それだけ、深雪の心に深く突き刺さっていた。
「っああっ……!」
そして、夢の最後は深海千島棲姫にトドメを刺す瞬間だった。右腕を噴き飛ばし、恐怖に怯えるその敵を撃ち殺すところ。それだけならまだ良かった。だが、深雪には
「な……!?」
さっきまで深海千島棲姫だった。なのに、今撃ち殺そうとしたその敵の顔は、
ここで深雪は自覚する。あの場で斃したのは敵だ。だが、それは姿形が深海棲艦であっても、元々は人間だ。
「うぁああああっ!?」
叫びながら目を覚ます深雪。入渠した後なのでドックの中だと思いきや、前回の入渠と同じように自室に運び込まれていたらしい。深雪の消耗は他の者達とは少々違うようで、本来なら入渠で全快出来るようなものが、ちゃんとした睡眠も必要なようである。
しかし、それが加わってしまうことによって、ドックの中での夢すら見ない熟睡状態から抜け出してしまい、状況によっては悪夢を見てしまうようである。
「……あ、あたし……人間を……殺したのか……?」
悪夢の内容はハッキリと覚えている。あの時は冷静になっていても怒りが先立っていたため、仲間を傷つけ、
しかし、今落ち着いて考えてみれば、あの深海千島棲姫はカテゴリーY。元々は人間であり、そこに深海棲艦の要素が加えられた
本来人間を守るために生まれた艦娘である深雪は、自分の在り方を違えてしまっているのではないかと考えてしまった。守るべきモノに手を出し、怒りのままに滅ぼしてしまった。
そんなことを怒りのままに実行してしまった自分に、恐怖してしまった。
「し、仕方なかった……仕方なかったんだ……ああでもしないと全員やられちまってた……」
自分を納得させるように呟くが、簡単に割り切れることではない。人間を殺したという事実は、どうしても付き纏ってくる。
あの場で人間であることを盾にされたら、元人間の自分を殺すのかと真正面からぶつけられたら、トリガーを引けただろうか。
あの深海千島棲姫ならば、それで躊躇わせて隙を作り、逆に深雪の命を奪っていただろう。当てつけのように妹の命を使っていることを語り続けたような相手だ。
だとしても、仕方ないで済ませてもいいのかと、深雪は自問自答してしまっていた。吐き気を催す邪悪であっても人間。人間であっても救いようのない存在。生殺与奪の権利が自分の手の内にあった場合、それをどうするのが正解なのか。
「……うぅぅ……」
考えても考えても答えが出なかった。兵装のみを破壊して鹵獲という手段だってあったと思うが、それで改心するとも思えないし、躊躇っていたら自分が殺されていた。死んでも治らないくらいに歪んでいたとしか言いようがない。
「……まだ、暗いのか」
今は部屋どころか外も真っ暗。深夜であることがわかる。入渠したのがおおよそ夕方に近いくらいだったので、それなりに長い時間眠っていたことがわかる。
ただ、うみどり自体が少し移動しているように見えた。おそらく、破壊されて立ち往生している潜水艦を曳航するため、夜のうちに近付いているのだろう。妖精さんの力を借りれば、眠っている者達に悪影響を与えずにその辺りの準備は出来る。
それを全て妖精さんに一任しているとすると、こんな時間に誰か起きているとは到底思えず、相談出来る相手もいないだろう。電も白雲もまだ入渠中。心細さに拍車がかかる。
「……風呂……行くか」
冷や汗でビショ濡れになっていると気付いたため、改めて風呂に入るべきかと思ったものの、今の時間で入れるかどうかはわからない。ひとまず行ってみて考えることにした。
風呂に来てみると、普通に電気がついていた。もう日も跨いだ後の深夜だというのに、誰かが入っているような雰囲気。
うみどりの面々の生活態度から考えると、こんな時間まで起きている者がいるとは到底思えない。伊豆提督だって眠っている時間だ。強いて言えば、妖精さんの管理をしているイリスが起きている可能性があるが、こういう時に風呂にいるとは思えない。立ち入り禁止区域で指揮をしているくらい。
「誰かいるのか……?」
更衣室に置かれている服から誰かわかりそうなものの、既に寝間着が用意されていたため、やはり誰かの判断は出来ない。
少なくとも伊豆提督ではないことはわかったため、どうとでもなるだろうと深雪は中に入っていった。
「あ、深雪さん。こんな時間にお風呂ですか?」
中にいたのは丹陽。珍しく明石もいない、完全に1人の状態。ゆったりと風呂で身体を癒しているようだった。
「いや、お前こそこんな時間にどうしたよ」
「お婆ちゃんは早寝早起きなんですよ」
「早起きって時間じゃねぇよ」
クスクス笑いながらこちらへと深雪を導く丹陽。結局この時間に風呂に入っている理由は有耶無耶にしてきたものの、単純に眠れていないだけと白状した。
長い年月を潜水艦で過ごし、その間もメンテナンスを欠かしていないわけだが、環境がいいかと言われればそうでもない。そこでいきなりこの好環境に移動してきたのだから、身体が慣れていないようである。枕が変わったから寝られないみたいなもの。
他の者達はちゃんと眠れているようだが、丹陽は変に神経質になってしまっているのか、妙に敏感になっていたらしい。少し眠っては目が覚めというのを繰り返したため、いっそとこの時間に風呂に入りに来たとのこと。
「潜水艦はお風呂もあまり広くなかったんですよ。他よりは大きかったかもですけど、ここは本当に快適で」
「他を知らないからよくわからねぇけど、気に入ったなら良かった」
「修復材がちょっと混ざってるんですよねコレ。だからですかね、こうやって浸かってるだけでも、すごく気持ちがいいんですよ。私の仲間達も絶賛してました」
本当に楽しそうに話す丹陽に、深雪は少し癒された。しかし、先程の夢のことを思い出すと、どうしても表情が曇る。
それにいち早く気付いた丹陽は、隣り合って座っているのではなく、少し移動して面と向かうようなポジションに。
「私で良ければ、悩み事を話してみませんか? 年の功で解決出来るかもしれませんから」
「年の功って、いや、まぁ確かにあたしの何倍も生きてるだろうけどさ」
「深雪さんってまだ生まれて1ヶ月くらいですよね。私、これでも85年生きてますから。1000倍は生きてるんです。そういう時は、お婆ちゃんを頼ってください」
トンと自分の胸を叩いて、胸を張るようにドヤ顔を見せる丹陽。初めて会った時と比べると、やはり一転したかのように明るくなっているのがわかった。
そんな丹陽だからか、一度話して楽になりたいという気持ちが湧いてくる。確かに年の功、同じ経験をしたことがあるとは思えないが、これまでの経験によって何か解決策を思いついてくれる可能性はある。
そのため、深雪はさっき見た夢と、今思っていることを包み隠さず話した。自分は人間を殺してしまった。仕方なかったかもしれないが、どうしてもその感覚が忘れられない。悪人であっても人間は人間。殺さないで解決出来る手段を取った方が良かったのではないか。怒りに身を任せてしまった自分が許せない。それだけのことを次から次へと引っ切りなしに。
丹陽は深雪の言葉を黙って聞いていた。時には相槌を打ち、時には小さく質問をしてより心の内を曝け出すように。深雪は隠そうとしないものの、無意識に避けそうなことまで全てを口にさせる。
そういうところが年の功。長生きしているからこその知恵。戦えない身体になっている分、頭と口で貢献する。
「なるほど……確かに相手は人間ですから、深雪さんは人間を殺したと思っても仕方ないことでしょう」
「……だよな」
「でも、私はそうしなければ仲間が傷付くというのなら、割り切ろうと思いますね」
少し近付いて、深雪の手を握る。
「そもそも、その敵に貴女自身も、大切な仲間も傷付けられた。しかも、あちらは命を獲りに来ている。そして、貴女がそう思ってしまうことも見越して、あの敵は現れたのでしょう。躊躇わせるために。精神的な攻撃が本当に上手ですね」
丹陽も自分の思ったことを包み隠さず語る。死んで償えとは思わないが、命を獲りに来たなら、自分もやられる覚悟も持ってもらわなければ困る。
元人間という立場を笠に着て、やるのはいいけどやられるのはダメだなんて、誰がどう見ても間違っていると言えるだろう。
「これはあくまで私の考えですが、そういう人間は、もう人間を辞めてしまっているのだと思います」
「見た目だけなら……」
「いえ、心もです。人の心を持っているのなら、そういう行為に多少なり躊躇を覚えると思いますよ。私も見てきた世界がそこまで広くはないので、自信を持って言えることではないと思いますが」
深海棲艦の身体となり、それでも人の心を失っていないうみどりのカテゴリーYは、姿はそれでもまだ人間と言える。しかし、人を陥れることに躊躇が無くなってしまっているのなら、それはもう人間ではない。身体と共に深淵へと堕ちてしまった、救いようの無い
もしかしたらそこから引き揚げられるかもしれない。それこそ、人の心をサルベージ出来る可能性だってある。だが、深雪と戦ったそれは、そんなことが出来ないくらいにまで堕ち切ってしまった人間だ。
「あくまで私はですけど、そんな敵はそのままにしておくだけで周りを不幸にし続けると思います。まず深雪さんは不幸になりました。電さんや白雲さんも、酷い目に遭いました。その姿を見て、罪悪感を持つどころか嘲笑うような相手ですよね。だとしたら、私が戦えていたら私がどうにかしていました。相手が元人間だとわかっていたとしても、私が直接手を下していました。命乞いも聞きません。何故なら、ああいう輩は自分の敵の命乞いを聞きませんから」
淡々と表情を変えずに話す丹陽に、少しだけ恐怖を覚えた。相手が人間であっても、丹陽は躊躇せずに始末すると言い放っている。
しかし、悩みに対してやったことが間違いでは無いと保証してくれる存在がいるだけでも、少しは落ち着くことが出来た。
「これで悩むことが出来るということは、深雪さんには人の心があるのでしょう。それはとても素晴らしいこと。命の尊さを正しく知っている、私からしたら
そんなことを言われても、深雪は善処するとしか返せなかった。
深雪のこの悩みは、本人が思っている以上に根深いモノになる。それは、ここのカテゴリーC達が呪われたカテゴリーMの命を奪わざるを得なくなった時と同じような感情。
開き直るしかないが、そうなるまでに幾重にも葛藤が繰り返されることになるだろう。
深雪が生まれて1ヶ月くらいだとして、丹陽が85年生きているのだから、単純計算で12ヶ月×85年で1020倍は生きていることになる丹陽。