夜の風呂で丹陽と話をした深雪は、少しだけでも落ち着くことが出来たので、また部屋に戻ろうと風呂を出ようとする。一通り温まり、汗を流すことも出来たため、ここにいるのは充分だと考えた。
「深雪さん、1人で眠れそうですか?」
その後ろ姿に、丹陽が声をかける。今の深雪は少し不安定。初めて人に手をかけたという事実に押し潰されかけており、また1人で眠ったところで同じ悪夢を見るのがオチなのではと考えた。
深雪としては、大丈夫だと即答したかったのだが、ここからまた1人で部屋に戻り、誰もいない自室で眠るというのが少し怖い。
今からはすんなり眠れるかもしれない。少しスッキリしたことで程よく眠気は来ている。だが、またあの夢を見たらどうしようという気持ちが強かった。正直なところ、電も白雲もいない今の部屋は、心細さを感じてしまう。
元々は電と白雲のために添い寝をして、互いに悪夢を見ないようにしようとしたものだが、深雪もそれを頼りにしていたと実感する。トラウマを持っているのは深雪も同じ。2人のことを強く頼っていたのだ。
「……正直なことを言うと、ぶっちゃけ自信はない。また叫んで飛び起きちまうかも」
「それじゃあ、私と一緒に寝ますか?」
突然何を言い出すのだと驚く。
「潜水艦のみんながレクリエーションルームで眠っているのに、私は一人部屋をあてがってもらっちゃいまして。広いというわけではないですけど、初めての場所なので少し寂しいんですよ。明石さんも別の場所ですし」
深雪を気遣ってそういう理由を作ってくれているようにしか思えないが、深雪の心情を知って、その上で選択をしやすいようにしているのだから、逆にそれを受け入れない方が失礼にも思えてしまう、
それに、深雪としてもありがたいこと。今はどうも心が弱っていると自覚しており、こんな真夜中でもこうやって話しが出来たことで、丹陽には非常に感謝している。ならば、その思いを無下にするわけにもいかない。
「それじゃあ……頼んでいいか」
「お任せください。さぁ、行きましょう」
ザパーッと風呂から出ると、深雪の手を掴んですぐ行こうと笑顔で引っ張った。丹陽が言っていたことも、あながち間違いではなく、本気で1人で寝るのが寂しいのかもしれない。
この時間に風呂に入っている理由も、この場所で生活させてもらえるとなったことで少し神経質になってしまっているということ。深雪と共に眠れば、それも少しは癒されることになるだろう。
互いに利害が一致したこともあり、すんなりと受け入れ合い、そのまま眠りについた。部屋は深雪の部屋で。
その時は、もう悪夢なんて見なかった。温もりがあるだけでも、心持ちが大分変わるものだなと、深雪は改めて実感した。
翌朝、イリスによる総員起こしにより目が覚める深雪。その時には既に丹陽は目を覚ましており、ベッドから降りて軽くストレッチをしていた。
「おはようございます、深雪さん。お互い、ぐっすり眠れたみたいですね」
「ああ、なんつーか、ありがとな」
「いえいえ。私も気持ちよく朝が迎えられたのでお互い様ですよ」
そう言ってもらえると助かると、深雪も安心したような笑みを浮かべてベッドから降りた。
知らない間に部屋にある着替えの制服は改二のモノに替わっており、自分がそのように変わったのだと実感させられる。そして、その力を使って人間を殺したということも。
深雪としては初めてのことだった。
「多分ですけど、電さんと白雲さんの入渠、そろそろ終わると思いますよ。先に迎えに行ってあげてはどうでしょう」
それを見透かすように、丹陽は気持ちを切り替えられるようにと、深雪にとって大切な者の出迎えをしに行ってみてはどうかと促す。
時間としては、もう入渠が終わってもいい時間。失った脚も修復され、五体満足の状態に治療が完了している。後遺症などは残らず、昨日までと同じように歩くことも可能になっていることだろう。
「だな。大丈夫なのはわかってるけど、安心はしたいからな」
「ですね。私も一緒に行きますね」
「お前は明石に一言言っておかなくていいのか? ここで寝たことも言ってないだろ」
「ああ、確かにそうですね。むしろ明石さんにも一緒に行ってもらいましょう。工作艦ですし、何かあった時にすぐに処置出来ますから」
何かあられても困るのだが、万が一のことがあっても困るため、そういうことに強い艦娘が近くにいてくれるのはありがたいかもしれない。
これまで工作艦無しでやってこられたうみどりであっても、その存在そのものが頼りになるというもの。妖精さんだけでやれることでも、明石の手が入ればより良いモノになる。
こと艦娘に関して言えば、人間よりは確実に知識がある。その上、この明石は第二世代。時が停滞していたとしても、長く生きていただけの知識がある。だからこそ、第一世代の雪風の専属医としてやってこられているのだ。
「よし、じゃあそれで」
「ここにいますよね!?」
行こうと言おうとした瞬間に、深雪の部屋の扉が勢いよく開いた。そこにいたのは、朝から丹陽のことを探していたであろう明石である。
「勝手にフラフラ何処かに行かないでくださいよ! ボスは朝からメンテナンスがあるでしょう!?」
「あ、そうでした。なんだかここに来てから身体が軽くて」
「それで自分の日課のこと忘れます!?」
朝から一波乱あったものの、深雪はまず電と白雲を迎えに行くところから1日を始めることにした。
ちなみに丹陽は明石に拘束され、強制的にメンテナンスをされることになった。こればっかりは回避してはいけないこと。丹陽がここまで長生き出来た理由でもあるのだから、深雪もちゃんとやれよと苦笑した。
工廠の奥、入渠ドックにやってきた深雪。入渠の残り時間は外からでも確認出来るようになっており、電と白雲のところには残り十数分、神風のところには既に時間が表示されておらず、ドックが開いていた。
胴をバッサリ斬られた神風の方が入渠が早く終わるのは、やはり四肢の
また、カテゴリーMとはいえ深海棲艦の身体を持つ白雲は少し勝手が違うのか、電よりも少し時間がかかる様子。先に目を覚ますのは電の方。
「あら、深雪。電と白雲のお出迎え?」
ちょうど今終わったようで、その場で着替えていた神風。深雪はああと端的に答え、2つのドックの傍に移動する。
「相変わらず凄いなドックは。あんなに深く斬られてたのに、傷跡1つ残ってねぇ」
「本当にね。おかげでまた戦えるわ」
神風の身体は、戦いの前と同じと言っていいほど綺麗なもの。中柄に斬られたことで、内臓まで見えてもおかしくない程の重傷を負っていたのだが、そんなことがあったようにすら思えない。先日まで死にかけていたのが嘘みたいである。
「……まさか、まだまだ鍛錬が足りないなんて思わなかったわ」
「神風でも敵わなかったんだよな……」
「いや、多分技術としては、アレは私よりも下。ただ、フィジカルがあっちの方が上で、しかも背中からもう一本腕が生えてきたのよ。隠し腕なんて流石に考えてなかったわ」
しかしそれ以上にと、神風は少しだけ顔を伏せる。
「アレ、ちっさい方の母親だったらしいのよ」
「……あの2人、親子だったってことかよ」
「ええ。私との戦いをほっぽり出してでも、子供を守りに行った。意味深なことも言っていたのよね……」
それが、『本来は死んでいた我が子をここまで立て直した』という言葉。そこで、同じように子を失った神風は、ほんの一瞬だけ、中柄の思想に
「アイツらも訳ありなのかもしれないって思ったのは、私の心の弱さよ。だから、私に足りないのは心の強さ。まだまだ修行が足りないわね……所詮は最初の動機が復讐だったってのを痛感させられたわ」
あの中柄にも、神風と同じような親子愛があると思ったことで、揺らぎが出てしまった。神風にとっては、それが自分の
相手が親子だからと言っても、どちらも歪んでいる上に、やりたい放題で他者の命を弄んでいるのだ。そこに愛があったとしても、到底許されるものではない。
だからこそ、容赦なく躊躇なくその命を奪らねばならないのだ。それが例え、親と子を離れ離れにするようなことであっても。同じことを自分がされたら、たちまち理性を失うようなことであっても。
「私はしばらく精神鍛錬に励もうと思ってる。アレは私がどうにかしないといけない敵よ」
元々リベンジに燃えていたが、それとは別に、自分で始末をつけなくてはいけないと考えていた。
中柄は自分の同じ母という存在。だからこそ、その愛を理解出来る。しかし、その愛を否定しなくてはならない。それが出来るのは、同じ母である自分だけだと、神風は考えた。
少しだけ無理をしているようにも見えたのが不安だったが、深雪には今すぐに何かを言うことは出来なかった。神風がそんなことで折れるわけがないと信じているし、今の深雪には神風にかける言葉が無かったというのもある。何故なら、深雪も今深い傷に悩まされているから。
「深雪……貴女も何か思うところがあるの?」
「……そう見えるか?」
「ええ。電と白雲のことが心配なのもわかるけど、それとは違う何かがあるんじゃないかしら」
朝イチだというのに、ほんの少し浮かない顔をしているように見えたというのが神風の見解。勿論それは今でも入渠中である仲間のことが心配というのもあるが、それとは違う、
流石は神風だと苦笑しつつ、昨晩の夢の話を神風にした。それと同時に、夜に丹陽と風呂を共にして、そこで聞いてもらったことと話してもらったことも。
「……なるほどね。でも、私も概ね丹陽と同じ考えね。あちらはもう人を辞めてる。身体だけでなく心も壊れてる。元人間かもしれないけど、あくまでも元よ。もうアレは人間じゃあない」
神風も容赦なく元人間であるカテゴリーY、船渠棲姫を始末している。相手が人間であったことを理解した上で、この世にいてはならないと断じて。
「例え命を奪いにきた者であっても、命を奪って罪悪感を持ってしまうのは、仕方ないことかもしれない。でも、今私達は
むしろ、そう考えないと感情に押し潰されかねない。戦場にいるということは、そういうこと。
言ってしまえば、深海棲艦は始末するのに抵抗が無いのに、相手が深海棲艦よりも世界に害を為す存在なのに抵抗を感じるというのは少々違う。神風はそこまで思っているようだった。
「これもまた、命を天秤にかける行為だけれど、私は間違いなくあの敵を2つの意味で切り捨てる。前にも言ったわよね。私達は人間側に天秤が傾いてるって。私からしてみれば、あの敵は人間側にはいない。人間でも深海棲艦でも、ましてや艦娘でも無い。そういう
「バケモノ……か」
「だってそうじゃない。同じ言葉を話せるのに、会話にならないのよ? 理解が出来ないモノに対して持てる感情なんて、私はそれくらいしか持ち合わせていないわ。だからハッキリ言っちゃうと、私はアイツらのことを
これはまた極端な考え方かもしれない。だが、神風としては、深雪が悩んでいるところはもう通過した後と言える。
次の段階、人間ではない相手でも、母としての愛を持っていることに対して、割り切ることが出来るか。神風は今、そこに立っている。
「……そっか、神風はそうやって前に進んだんだな」
「褒められた考え方がどうかはわからないけどね。丹陽は?」
「アイツは、やれるのなら自分で手を下してたっつってた。こちらの命乞いを聞かない連中の命乞いは、自分も聞いてやらないって感じだったな」
「私も同じかしらね。情に訴えかけてくるような手段を取ってくる輩は、絶対に情をかけてやらないわ」
容赦のない言葉であっても、そうしなければ仲間を守れない。故に割り切るしかない。深雪にさらにそれを教える者となった。
お婆ちゃん丹陽の次は、お母さん神風。深雪の道を指し示してくれる者は、思った以上に多いのです。