電と白雲の入渠も終わり、これで身体が傷付いている者はいなくなった。そのため、朝食の場にも全員が集まることとなる。
潜水艦からうみどりへと移動してきたカテゴリーB達は、流石に食堂に入ることは出来ないため、雑魚寝をしている部屋で食べられるように準備がされていた。布団を片付ければ簡易的なテーブルが広げられ、料理はカテゴリーYとセレスがしっかり運んでくる上に配膳までしてくれるという特典付き。
ちなみに、選ばれたカテゴリーB……既にうみどりに馴染んでいる問題児3人と、そもそも雑魚寝に加わっていない丹陽、つまりは部屋を与えられている者に関しては、食堂で食事をしていたりする。丹陽を除けば。それがこれまでの日常だったため。
そして、それが全て終わったところで、全員に話をするために集まってもらいたいところだったのだが、食堂はおろか、レクリエーションルームにも総勢60人近くを集めるのには無理があった。
そのため、ひとまずは食堂でうみどりの面々を相手に、そしてその状況をスピーカーで流せるようにして、全員に日程の共有をすることとした。レクリエーションルームのカテゴリーBは聞くことしか出来ないものの、勝手を知らないうみどりの行動に対して文句を言うことが出来なくなってしまっている。
勿論後から話を聞くことにはなっているのだが、丹陽がここにいるというのもあり、基本的にはその意思に従う方向で進むようになっているようだ。
「人数が一気に倍になったから、食事を準備するのも大変ね。でも、調理班も人数が増えたからどうにかなったわ」
伊豆提督もこれまでから一気に増えたことで朝の支度に時間がかかっていることを話す。
とはいえ、今はカテゴリーYの面々と、何よりセレスがいるのが大きいようだ。セレスの料理に対する成長のスピードは凄まじいようで、もう殆ど伊豆提督の技術をコピーしたと言っても過言ではないらしい。本人は謙虚にまだまだだと言っているようだが、レパートリーは日を追うごとに増えているようだ。
そのおかげで、今回の朝食もどうにかなっているとのこと。ある意味、伊豆提督が2人いるようなものなのだから、文句すらない。
「でもやっぱり、食糧の問題はどうしても出てきちゃうわね。ということで、急遽予定を変更。次の後始末よりも先に、物資の補給を優先するわね」
こればっかりは仕方ないと、昨日から方々に連絡を入れていたらしい。詳細までは話せないことばかりなのだが、結果だけは公に出来る。
特に重要なのが、潜水艦の曳航。放置するわけにもいかず、修復するなら軍港都市まで運ばねばならない。それが出来るのは、現在うみどりのみだ。
「今日、もう今から動き出すわ。昨日の夜のうちに、うみどりを潜水艦に近付けて、妖精さんに曳航出来るように準備してもらっているから」
深雪と丹陽は知っていることだが、深夜のうちにうみどりは潜水艦のかなり近く、目の鼻の先と言えるくらいには接近している。その上、朝になる前に曳航の準備として、潜水艦側の妖精さんと協力して、曳航出来るようにワイヤーなどで接続済み。
「潜水艦をここに放置しておくわけにはいかないから、どういう結末を迎えるにしても、軍港には曳航させてもらうわ。必要ならしっかり修復させてもらうから安心してちょうだい」
こんな伊豆提督の言葉を聞き、少し言葉に詰まるのがレクリエーションルームのカテゴリーBの面々である。
まだ1日にも満たないものの、うみどりの快適さを知ってしまったために、潜水艦に戻ってまたあの生活をしなくてはいけないと言われた瞬間に、一気に抵抗の気持ちが溢れた。
潜水艦生活の時とは比べ物にならないほど良質な食事と、湿り気のない部屋での就寝、そして何より、日中に陽の光を浴びることが出来るという大きすぎる利点は、純粋種達の心を完全に捉えている。
「私としては、潜水艦に戻ることなく、こちらから何か別の手段で活動していきたいと思うんですよね」
ここでレクリエーションルームのカテゴリーB達の思いを受け取ったかのように、丹陽が話し出した。
「ここまで公になっていますし、そもそもあちらには私達の存在がバレていることもわかりました。わざわざ海中に潜んで活動する必要も無くなってしまったんですよね」
「それは確かにそうねぇ。でも大丈夫かしら。海上に出るということは、人の目につくということになるのよ?」
そもそも秘密組織として活動していたのはそこだ。人間のことが信用出来なくなったため、人の目につかないようにするために潜水艦を使っていた。瀬石元帥も、第二世代の純粋種の気持ちを汲んで、潜水艦型の移動鎮守府は採用せずに秘密のままに行動出来るようにしていたのだ。人間への不信感によって、もし何者かに見付けられてしまった場合、最悪攻撃までしていた可能性もある。
しかし、今のカテゴリーB達は、うみどりのおかげで不信感が大分取り払われている。少なくとも、伊豆提督とそこに属するカテゴリーCを相手にするならば、不信感は無い。むしろここまでいい生活をさせてもらっているのに、さらに文句を言おうものなら、丹陽が叱りつけている。
「私としてはですが、もう大丈夫だと思っています。後から改めてみんなで話をしてみようとは思いますが、人間の
潜水艦という湿り気の多い密閉空間によるストレスも、拗らせ続けた理由なのではと丹陽は考えていた。そこから解放された今、その心は以前までとは言わずとも余裕が持てるようになるのではとも。
それを実証しているのが、問題児
やはり必要なのはゆとり。鬱屈した空間ではなく余裕のある空間で、のんびりと生活することが、この穏やかな心を形成したのだと思うと、同じようにこれまで潜水艦で生活していた第二世代の心を溶かすのにも必要だと感じられる。
「なら、他の人間とも話すことになるのだけれど、みんながいる場所でそれをやるのは問題ないのかしら」
あくまでも、信用出来る人間はうみどりにいる者のみ。他の人間にはまだ心が開けない。そうだとしたら、次にやりたいことが出来ない。
「調査隊の方々との合流ですよね。私としては、そちらも早めに進めた方がいたと思います。なので、こちらのことは気にせず進めてください」
丹陽は簡単に言うものの、それに対して何も考えずに頭を縦に振る者はいなかった。やはり抵抗があるのは間違いない。
「うみどりで潜水艦を曳航するのは決まっているけれど、その間無防備になっちゃうじゃない。それを護衛してもらうというのも兼ねて、調査隊の艦、おおわしに手伝ってもらおうと思うの。申し訳ないけれど、もう連絡はしてあるのよ」
「そうですね。安全に運んでもらうためには、手伝ってもらわないと難しいですよね」
それもあって、軍港での合流はやめて、海上での合流に方針転換している。安全に全てをこなそうとするのなら、頭数を増やした方がいい。それは丹陽も当然ながら理解している。
「合流はすぐには出来ないけれど、ここから軍港まではそれなりに時間がかかるから、それまでの間は頻繁に連絡を取り合うつもりよ。こちらも動いてるものね」
距離的なことを考えると、この曳航は軍港まで最短距離で向かったとしても2日はかかると計算されている。出来る限りの速度を出して運ぶにしても、通常の数分の1の速度になることはわかっているため、その間ずっと無防備というのはかなり厳しい。
調査隊との合流はおそらく本日中。昨日のうちに連絡をしたところ、今すぐ行くと快く返事は貰えている。近場にいるわけではなかったのだが、ある程度調査が一段落ついていたタイミングだったらしく、すぐに動いてもらえた。
「合流まではこちらは自由時間にしているわ。丹陽ちゃんは、そちら側の指揮……指揮と言っていいのかはわからないけれど、行動方針を決めてちょうだい。基本的には、この艦内を自由に使ってくれて構わないから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、少し心を休ませていただきます」
ひとまず、おおわしとの合流までは自由時間となる。うみどりではよくある流れではあるのだが、潜水艦の方では伸び伸びとした時間を過ごすということ自体が癒しになった。
この朝礼が終わった後、伊豆提督は丹陽を連れて執務室へ。おおわしとの合流に先駆けて、昼目提督に丹陽を紹介しておいた方がいいと判断し、通信で顔合わせをしておくつもりだった。
そもそも昼目提督、ならびに調査隊は、このカテゴリーB達が集う潜水艦の存在を知らない。このことを知っているのは、今のところ瀬石元帥だけのはずだ。しかし、手伝ってもらうとなれば、流石に知っておいてもらわないと問題が出てくる。
勿論これについては、瀬石元帥とも合意済み。知らねばならない者達が知ることに抵抗は無い。昼目提督も協力者として、より深く関わってもらうことになるだろうと諦めた程である。
「マークちゃん、定期的に連絡させてもらうと言ったけれど、今は大丈夫だったかしら?」
早速おおわしに通信を送ると、相変わらずすぐさま受けるのが昼目提督。1コールもしない内に取ったのではと思えるほどの速度に、伊豆提督は流石と苦笑。
『うす。今は全速力でそちらに向かってるところっス。今日中には合流出来るとは思うんスけど、夕方……下手したら夜になるかもしれないですね』
「大丈夫よ。安全に来てちょうだいね」
『任せてください。ハルカ先輩の頼み事は、例え火の中水の中』
「気負いすぎるんじゃないわよ」
いつもの調子なのはいいことである。
「そうそう、ちゃんと話しておかなくちゃいけないと思って、このタイミングで連絡させてもらったわ。今回のうみどりが何をしているかは昨日話したと思うけど」
『うす。潜水艦の曳航っスよね。その潜水艦、オレ達が追っていたタシュケントが住んでた移動鎮守府みたいなもんだって聞きましたが』
「ええ。そこのボスがここに来てるの。一度、顔を合わせてもらおうかと思ってね」
『おお! それは是非とも。いきなり顔を合わせるより、先んじて知っておいた方がいいに決まってますからね』
にこやかに受け入れる昼目提督。常にこういうテンションだからこそ、任せられることも多い。
ただ、声が大きいこともあって、ずっと近くで聞いている丹陽は少しだけ引いていた。元気が良すぎるのも考えものであると。
話を振られたことで、丹陽がカメラの前に出た。そこに画面に映っている男の人相を見て少しだけ驚いたものの、これまでの伊豆提督との会話を聞いているため、少し怖いが内面は真面目でいい人間なのだろうとすぐに察した。
むしろ、調査隊という戦いの根幹を担う部隊のトップに立つ者なのだから、悪い人間なわけがない。
むしろ逆に昼目提督の方が驚いていた。潜水艦のボスと呼ばれている者が艦娘であることは予想出来たものの、それが丹陽であるとは想定していなかったようだ。
「初めまして。第二世代のボスをやらせてもらっているお婆ちゃん、丹陽です」
『お、おう、ご丁寧にどうも。オレは調査隊のアタマ張ってる昼目ってもんだ。よろしく頼むぜ、丹陽』
「はい、私達の潜水艦の問題でご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
カメラに向かってペコリとお辞儀。こんなことをすることにも驚きが隠せない。やはり、昼目提督も自分の頭の中にある
『そちらはアレだよな、人間にこっ酷くやられちまったから、今まで隠れ潜んでたって』
「はい、そうなります」
『そういうことなら、詫び入れとかねぇとな。ボスだけにするのは違うと思うから、またそちらに言ったら頭下げさせてもらう。お前らのこと、黒幕の何かかと勘違いしてた。それに、オレ達と同じ人間が無茶苦茶しちまった。本当にすまねぇ』
昼目提督は昼目提督で、丹陽に向かって頭を下げた。丹陽はその真面目さに少し驚きつつも、大丈夫ですと笑顔を向ける。
『タシュケントにも詫び入れさせてもらう。追いかけ回しちまって申し訳ないと、先に伝えておいてもらえないか』
「はい、そうしておきます。お任せください」
『悪ぃな。その分、オレ達が誠心誠意守らせてもらう。任せてくれ』
ただ少し顔を合わせただけでも、2人は仲違いなどせず、互いに互いのことを理解しあったような雰囲気を見せていた。
これでおおわしと一蓮托生。これからの戦いに、より深く関わってもらうことになる。
昼目提督もカテゴリーBのことを知る数少ない仲間となりました。協力者は増えれば増えるほど安定するはず。まずは曳航を守ってもらわなくちゃですがね。